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涼しい夕時だ。
彼岸も過ぎて、最近は全く心地よい天気になっている。
外に出れば少し肌寒いほどの風が顔を掠め、穏やかな太陽光をマッチする。
俺は、こんな落ち着いた秋が好きだ。いや、正確に言えば、最近好きになった。
何故かはよく分からん。だが、俺の周りにいる突拍子もない奴らと毎日顔を合わせている俺にとって、
この落ち着いた空気というものは大変貴重なものである、というのは確かなんだろう。

ん?
そういえば、やけにこの床つるつるしてるな。一体誰が…………。
まあどうでもいいことだ。滑らないように注意すればいいってことだ。

俺は、文芸部室のドアを開けた。

「おっそーいっ!何してたのキョン!?」
俺が部室に入るなり、あの聞き慣れた甲高い声が響く。
うるせえなあ。たまにはのんびり来たっていいじゃないか。
「いいから、どこに行ってたか教えなさい!」
どこにも言ってねえよ。教室を出た後、ここまでまっすぐ……。
「ふん。もういいわ。あんたの言い訳にはもうこりごりよ。
……みくるちゃん。お茶を淹れてくれない?」
「あ、はい」

ったく。一体今日は何なんだよあいつ。古泉、今日もまたバイト増えるかもしれないな。
そんなことを考えながら席に着いた俺の横を、朝比奈さんが通り過ぎる。

「キョン君、どうぞ」
あ、ありがとうございます。
「みくるちゃーん?こっちもこっちも」
「あ、はーい。今行きます」

全く、何なんだろうなほんとに。
お茶をゆっくりと飲む俺に、ハルヒの声がまた響く。

「みくるちゃん。あっちにあるリンゴ、取ってくれない?」
「え?……あ、はい。これですか?」
リンゴ?おいおいハルヒ、そんなもんいつ置いたんだ?
「あたしが今日、お家から持ってきたのよ。悪い?」
いやいや、なんでそんなものを………。

そんな俺の質問には答えず、ハルヒはリンゴに噛み付いた。
サクッという爽やかな音が出る。
ハルヒはそれを噛みながら、何か考えてるように見えたが、解決を得られないらしく、俺に話しかけてきた。

「ねえキョン。なんかおかしくない?」
はあ?何言ってるんだ?別におかしいことは……。
「おかしいですね」
「え?な、何がおかしいの?」
ハルヒは、驚いて朝比奈さんの方を向いた。自分から聞いといてなんだよ。

「なんか子供みたいですよ。リンゴを丸のままかじるなんて」
「なんだ、そんなことか」
「皮をむきましょうか」
「大丈夫よ。……他には?」
「いえ、他には何も……」
なあハルヒ。お前、何か気になることでもあるのか?

こう聞いても、「うるさいバカキョン!」とと返されるだけなんだろうな。
今日のハルヒの機嫌ならなおさら、な。
しかし、ハルヒはそんな俺の考えに反して、こんな話をしてきた。

「実は最近ね、毎晩のようにリンゴをかじる夢を見続けるのよ。しかも真っ赤なリンゴをね」
「ほう、リンゴをかじる夢、ですか」
「夢にも色ってあるんですねえ」
「………」
いつの間にか古泉と長門が話に加わってきた。
二人の顔が肩にかかって肩が重く感じる俺に構わず、ハルヒは話を続ける。

「みんなは、同じ夢を見続けることってある?」
ないな。でも、そこまで気にすることはないんじゃないか?
「わたしもキョン君に同感です」
「でも、それが気になって仕方ないのよ。
その夢っていうのは、リンゴの盛られた大きな皿からそのひとつを手に取って、噛みつくだけなんだけど……」
「……それで?」
「始めのうちは変な夢ぐらいにしか思わなかったんだけど、あたし気付いちゃったの。皿の上のリンゴの数が減っていくのを」
確かに、変な夢だな。
「こういうのを、理屈にあってる、というのですかね」
古泉、意味が分からん。

ハルヒは続ける。
「あたしがそれに気付いたとき、リンゴは6つだった。それが次の夜には5つに減り、そのまた次の夜には4つに減ったの」
「昨日の夜の夢ではリンゴはいくつだったんですか」
「最後に残ったひとつをかじったわ。一体、今日はどんな夢を見るのかしら」
もう夢は見ないんじゃないか。
「次はコーヒーでも出てくるんじゃないですかね」

正直、俺はもうこの話を終わらせたかった。
夢が現実に影響するわけでもないし、どうでもいいじゃないか。
しかし、ハルヒは納得いかない顔で一人つぶやいた。

「リンゴのかじり納め、という意味なのかな」
「まさか、それは無いですよ涼宮さん。……あ。できれば明日、リンゴを持ってきましょうか」
いや朝比奈さん、何もそこまでする必要は………。
「そうですかぁ?涼宮さんがリンゴ食べられなくなっても知りませんよ」
まさか。今晩で一斉にどこのスーパーでも品切れになることも無いだろうし、リンゴを食べてはいけない病気にかかるということも無いだろう。
ハルヒが明日からリンゴを食べられなくなる理由が無いぜ。

「キョンは他人事だからそんなことがいえるのよ」
じゃあお前はどう思うんだよ。大体なあ、そんな夢が現実に……。
「まあまあ、いいじゃありませんか。リンゴの一つ食べられなくとも、人生はやってゆけますよ」
「うーん…有希はどう思う?」
「……フロイトは、『すべての夢は性欲に基づくもの』という理論を提唱した。
またユングは、『夢は全ての潜在欲求から来るもの』という理論を提唱した」
「何か心当たりは無いですか?」
「うーん……リンゴはそんなに好きでもないし……」
もうどうでもいいじゃねえか。第一、夢と現実は違う。夢の謎を解いたところで、現実には何も影響しないだろう。
「あなたはいつから現実主義者になったんですか」

「あ…もうこんな時間ですよ」
気が付くと、もう6時。日もそろそろ暮れることだろう。
「…帰る」
「そ、そうね。じゃあ、みんな解散」
「涼宮さん、今度は青い果実でもかじり始めるんじゃないですか」
「まあ、そうかもね。それじゃ!」
そう言うとハルヒは、そそくさと部室を後にした。

しかし、変な話だったな。
「そうですね。ところで、あなたは最近夢を…」
いや、全くだ。俺は昔から夢は見てない。そういう体質なのか?
「わ、わたしは、結構夢は見てますよ」
どんな夢ですか?
「そ、それは言えませんよ」
「……全ての夢は性欲に」
「ち、違いますよ長門さん。そんな、そんな夢は……」
朝比奈さん、顔が赤いですよ。
「も、もうっ!キョンくんのいじわるっ!!」
「……ユニーク」
和やかな空気が流れる。さて、そろそろ俺も帰るとしますか。

と、その時。
廊下のほうが、突然騒がしくなってきた。
「何が起きたんですかね?」
「あ…わ、わたし、ちょっと見に行ってきます」
何が起きたんだろう?

帰ってきた朝比奈さんは、何故か青い顔をしていた。
「あの、あそこの廊下で誰か転んだようで、かなりの怪我を負っているようです」
そうですか。…朝比奈さん?大丈夫ですか?
「あ…み、皆さん落ち着いて聞いてくださいね。実は、その転んだ人というのは、顔を見た限りでは、どうやら涼宮さんかと………」
なにっ?ハルヒだとぉ!?

次の瞬間、俺は廊下の人ごみに向かって走り出そうとした。
しかし、朝比奈さんに止められてしまった。
「い、今の涼宮さんは、とても危険な状態なので、これ以上人を近づけてはいけないって…」
「とりあえず落ち着いてください。…では、話の続きを」
「は、はい。鶴屋さんの話によると涼宮さんは、あの廊下で足が滑って転んだようです」
あそこの廊下って……あの床がつるつるしてたところか!
おそらく、あいつはあの廊下のところも全力疾走していこうとし、そのままあのつるつるした床で滑ったんだろう。何てことを……。

「……危険な状態と言うと、命は……」
「あ、そ、それが、命に別状は無いみたいです。………で、でも、血をいっぱい流してました」
……ハルヒは足を滑らせたあと、どこを床にぶつけたんですか?
「それが、あごをぶつけたみたいです。歯もいくつか折れてて、骨が砕けたかもしれないらしいです。
治ってもしばらくは、固いものが噛めなくなるよう……」
朝比奈さんはそこで口をつぐんだ。
この事実で、俺たちは同じことを考え、思わず口に出してしまった。

「「「「リンゴが噛めなくなるわけか……」」」」

外からは、救急車のサイレンの音が高らかに響いていた。


【涼宮ハルヒの憂鬱 meets 星新一 第六部 「リンゴ」】
原作:星新一「宇宙のあいさつ」に収録 「リンゴ」
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