プロローグ

今日は13日の金曜日だ。
そんなどうでもいいことを、今日はなぜか気にかけているあたしがいた。
でもあたしは、今日は少し浮かれ気味に家を出る。
なぜって、こんな日には何か不気味なことが起こりそうで、ワクワクしてくるじゃない。

そう、今日は13日の金曜日だ。
そして、今日のそれが、あたしたちの運命の歯車を狂わせることになろうとは、あたしでさえ知る由もなかった――――。

放課後、文芸部室にあたしは一足先に来ていた。
今日あたしがやろうとしている『儀式』は、この日を逃すと、数ヶ月ぐらい先送りになってしまう。
今日という日はとても重要な日なのだ。

あたしは、早速『儀式』に取りかかった。
まず、カバンから手鏡を取り出し、部屋の鏡台のそばに持っていった。
次にあたしは、机に置いてある、英語で書かれた怪しげな本を出し、読みながら手鏡をずらした。
まもなく、二つの鏡の面が平行になった。
しかし、手鏡をあたしが持ち続けているわけにもいかないので、いすなどを使って、手鏡を固定させることにした。

あ、そうそう、聖書がいるんだったわね。
あたしは、これまた図書館から借りてきた聖書を、カバンから取り出し、左手に持った。

ふう、なんとかさまになったわね。
あたしは、鏡台を覗きこんでみた。鏡は互いに映しあい、深い深い奥まで長い廊下を作っていた。
勘のいい人は、もうお分かりね。あたしは、合わせ鏡をやろうとしていたわけ。
それと『儀式』とは何の関係が、と思う人もいるかもしれないけど、まあ見てなさい。

ちなみに、さっきから言ってるけどこの本はあたしが近くの図書館で借りてきたもの。
有希に触発されて、本を読んでみようかなと思ったけど、あまり面白そうなものはなかった。
ここにいるのも辛くなってあたしがそろそろ帰ろうとしたその時、その本を見つけた。
全文が英語だったから、すべて読むには時間がかかったけど、要約してみると、『悪魔を呼び寄せる方法』を書いたものだった。

最初のうちは、あたしもばかばかしいとか思っていたけど、最近のあまりに退屈すぎる生活に、脱出口を求めてこの本を開いたのだった。

そろそろ時間ね。
時計を見ると、ぴったり4時。本当に、『それ』は来た。
鏡の奥から近づいてくる黒い影を、あたしはじっと見つめる。
そして、あたしは『それ』が鏡台から手鏡に飛び込む一歩の間に、持っていた聖書を閉じ、あたしが待ち焦がれたそれをつかまえた。

聖書の間に挟まれていたのは、鏡台から出てきた悪魔だった。

さて、悪魔を捕まえたはいいが、一体どんな顔をしているのだろう。
あたしは、聖書からそのしっぽを抜き出し、手でそれをつまんで、明るい机の上に持っていった。
姿かたちは人間に似ていて、大きさは、ネズミよりはいくらか大きかった。
しかし、悪魔という名には似つかわしくなく、なんとなく哀れな顔つきだった。
あたしの、悪魔に対するイメージは崩されてしまった。

('A`)「助けてください。逃がしてください」
これが悪魔とはねえ。もう少し堂々としたものかと思っていたのに。
('A`)「お願いです。帰らせてください」
そうはいかないわよ。せっかく、本物の悪魔を捕まえたんだから。なにかやってみなさい。
('A`)「だめです。何もできません。逃がしてください」
うそよ!悪魔に、何もできないはずがないじゃない。何かやるまで絶対に帰さないんだから。
('A`)「本当に、何もできないのです。いじめないでください」

あーもうイライラするわね。
あたしは、悪魔の妙に甲高い声や、悪魔らしくない態度に、この悪魔をいじめたい気持ちが高まってきた。
次の瞬間あたしは、悪魔のしっぽをつかんで一振りし、壁にぶつけた。
よろよろと起き上がる悪魔を、今度は蹴飛ばしたりもした。しかし、悪魔は頭を下げるばかりだった。

そこに、キョンと古泉君と有希がいっぺんに来た。
三人同時に来るなんて珍しいわね。
「……それはいいんだがハルヒ。お前は何をしているんだ?」
「…ネズミ?」
違うわ、悪魔よ。ここで捕まえたのよ。
「ほう、悪魔ですか。ちょっと見せてもらえますか?」
「つーかそんなのいじめて大丈夫なのか?」
悪魔がこんなにだらしないとは、あたしも思わなかったわよ。
まあ、明るいところで見てごらん。
「これは……随分情けない顔つきですね」
そうなのよ。なにもできないとさ。
ちょっと、耳をひねってみるわね。
('A`)「そんなにいじめないでください。帰らせてください」
「面白そうだな。俺にもやらせてくれないか」
「僕も参加していいですか」
「くそみそは勘弁だぞ」

何かやって見せるまで、箱の中に閉じ込めておかない?
「壺のほうがいいのでは」
「…あっちに壺がある。それを使って」
「息ができなくて、死ぬなんてことは……」
それはないわ、キョン。悪魔は、絶対死なないそうよ。
「えさなどもいらないわけですね」
「小鳥を飼うより、よっぽど簡単だな」

そのうち、みくるちゃんも来た。
「こんにちは……って皆さん何してるんですかぁ?」
悪魔を捕まえたのよ。みくるちゃんも見る?
「こ、これが悪魔……なんか弱々しいですね」
おい、なにかやってみなさいよ。
('A`)「そんな無茶な…あうっ!」
「何やってるんですか涼宮さん!そんなことしたら罰があた……」
「大丈夫ですよ。この悪魔は何もできないみたいですし」
「だから僕たちもほら、こうやって……」
「キ、キョン君や古泉君まで……どうしたんですか?」
みくるちゃんは、やりたくないの?
「わ、わたしは……その………すいませんっ!」
「………」ガラッ

みくるちゃんは出ていってしまった。
なぜか有希もそれに便乗して。

あたしたちは、悪魔というペットを手に入れた。
あたしは、「悪魔の不思議探し」という名目であれを思いっきりいじめられた。それは、結構なストレス解消にもなったわ。
あたしの他にも、キョンや古泉君がやっていた。古泉君はいつもの笑顔をくずさずにあれをいじめるから、ちょっと怖いところがある。

みくるちゃんは、あたしたちが悪魔をいじめるのをハラハラした目で見つめていて、有希は、そういうものにはまったく興味のないかのように、いつものように本を読み続けている。
でも、実はあの二人も、あたしたちに気づかれないようにいじめていたりしていた。
しかも、暴力だけでなく、言葉責めなどもしてたりした。最初に見たときはびっくりしたわ。新ジャンル『黒有希』『黒みくる』だわね。

そして、何ヶ月か経ったある夕暮れ。
あたしたちは今日も悪魔をいじめ抜いて、帰ろうとしたときのことだった。
悪魔が、手鏡で髪を気にしているみくるちゃんのもとへ近づいてきたのだった。
そしてそのまま、悪魔は鏡の中へ飛び込んできた。

「きゃっ」
みくるちゃんの声に気づいたときには事すでに遅し。
悪魔は、もう鏡の向こうに逃げ隠れてしまった。

「す、涼宮さぁん」
「これは………」
何があったの、みくるちゃん?
「あ、悪魔が、悪魔が………」
「悪魔が手鏡の中に逃げ込んでしまったようです」
とんでもないことをしたわね。これからどうするつもりよ。
「そ、そんな………」
「こんなところから逃げるとは、心外でした」
ちゃんと、前に話しておいたはずよ。
「そんなこと言ってなかったぞ」

あたしたちの声は次第に高まっていき、お互いをののしるようになってきた。
もうその怒りを晴らしてくれるものはいないが、あたしたちに身についた習慣は残っている。
いつの間にか、それぞれの手には、あの悪魔をいじめるときに使ったさまざまな道具があった。

血が鏡の破片の散らばる床の上に流れ尽くし、うめき声が出尽くして静かになった部室。
そこには、もはやケダモノと化した四人の死闘を、部屋の片隅で一人じっと見ていた長門有希が、
静かに立ち去っていく姿が夕焼けとともに映し出されていた。


【涼宮ハルヒの憂鬱 meets 星新一 第四部 「鏡」】
原作:星真一「ボッコちゃん」に収録 「鏡」

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