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春、それは出会いと別れの季節であり、多くの人間が涙を流したり
新しい世界に胸を躍らせるのである。そして今日、俺は学年を一つ上げて
二年生となったのだ。今日は二年としての初めての登校であり、新しいクラスも発表される。

普通ならば、前日の夜は緊張で眠れなくなるものだ。かくいう俺も去年まではそうだった。
しかし今年は違う。なぜならば、一緒のクラスになる奴が一人は分かっているからだ。
別に俺は新しいクラス編成表を見たわけではなく、事前に情報を知っていたわけでもない。

ただこれだけは分かってしまうのだ。

俺がハルヒと同じクラスになることだけは。


俺は久しく上っていなかった坂道を、こんなに険しかったか?などと思いつつ
やっとの思いで上りきり、学校に到着した。校門を抜けてすぐのところに掲示板が立っており
そこに張られているクラス編成表を見る。案の定俺はハルヒと同じクラスだった。

分かっていたとは言っても、実際確認するまでは、気になっていたのも事実だった。
杞憂だったか。そんな心配性の自分を笑いつつ、俺は新しい教室に向かった。



教室に入るとハルヒが座っていた。その前の席はまた俺の席らしい。
ここまできたら偶然じゃないな。俺はハルヒに声をかけようと手を振り上げたのだが

「よぉキョン。また同じクラスだな」

「あ、キョン、おはよう。また同じクラスだね」

と、谷口と国木田に阻まれた。そういやこいつらの名前もあったっけ。
俺は適当に挨拶を済ませ、自分の席に座り、今度こそハルヒに声をかけた。

「よ、また同じクラスだな」

「……あ、そ、そうねっ。…あんた、まさかストーカーじゃないでしょうね?」

「……それはない」

いきなりストーカー扱いか。まぁ、それもハルヒらしいか。

「ねえキョン。休み中に面白いことあった?」

「いや、いつも通りの休みだったな」

「……ふーん」



ハルヒの奴、なんだか元気がないな。

「ハルヒ、なにかあったのか?なんだか本調子じゃないみたいだな」

「別にぃ。ただちょっと寝不足なだけよ」

「寝不足?何してたんだ?また深夜のB級映画でも見てたのか?」

「違うわよ。ただ…その…と、とにかくっ!寝不足なだけ!!」

ハルヒは顔を真っ赤にさせいきなり叫びだした。何をしてたのやら。

「それよりもキョン。今日から新学年なのよ。SOS団も、よりパワーアップ
するんだからね!早速今日から活動を始めるわ。とりあえず部室に集合ね。
キョン、来なかったら……分かってるわねっ!?」

「……はいはい」

いつものハルヒだ。本当に寝不足なだけだったんだな。
さて、今日からまたSOS団の活動か。いったい今日は何をするんだか。



今日は始業式ということで、学校は午前で終了した。
だからと言って早く帰れるわけでもなく、俺は久しぶりに部室へ向かった。
コンコン、とノックをすると

「はぁ~い」

と可愛らしい舌足らずな声が聞こえてきた。

「あ、キョン君。お久しぶりです」

「お久しぶりです朝比奈さん、長門も久しぶりだな」

「………(コク)」

部室には、すでにメイド衣装を身にまとっている朝比奈さんと、相変わらずイスに座って本を呼んでいる長門がいた。

「いやぁ、皆さん。お久しぶりです」

俺は久しぶりの朝比奈さんに見とれていたが、すぐに古泉が来た。
こいつの顔も相変わらずだな。今じゃこいつのニヤケ顔も慣れたもんだ。

「あぁ、久しぶりだな」

「涼宮さんはまだのようですね?」

「あいつは何か用があるとか言ってたな。まぁ大した用事じゃないだろうがな」



ハルヒを待つ間、俺は古泉と久しぶりにオセロをして遊んでいた。
こいつの弱いところも変わってないな。俺は改めて平和な日常を満喫していた。

バタン!と一際大きな音をたてドアが開いた。

「みんな!久しぶりね!早速なんだけど、これを見てちょうだい!」

ハルヒは眩いほどの満面の笑みで、ピラピラと紙をちらつかせている。
どれどれ、その紙にはこう書いてあった。

『映画研究部新入部員募集中!映画が好きな人もそうでない人も是非我が映画研究部へ!』

………?どう見てもただの新入部員募集の張り紙だよな?っていうか勝手に剥がしてくるな。

「………ハルヒ、お前映画研究部にでも入るのか?」

「はぁ?ちっがうわよ!ここよ!ここを見なさい」

そう言ってハルヒが指差す先にはこう書いてあった。

『部活紹介では新作映画を上映しますので是非見ていって下さい』

………まさかな。

「それじゃあ今後の予定を発表するわ!部活紹介で我がSOS団も映画を上映するのよ!」



当たってほしくない予想が当たってしまった。っていうか何で誰もツッコまないんだ?
長門は本を読んだままで、聞いているのかどうか分からなかった。
古泉は静かに微笑みを浮かべながら、時折話に頷いてみせていた。

朝比奈さんだけは、黙って聞いてはいるものの、何かに怯えているようにビクついている。
それもそうだ。SOS団で映画と言えばあれだもんな。そういや続編を作るだの何だの言ってたな。
俺はミニスカウェイトレス衣装を思い浮かべていた。またあの衣装を見れるなら………
いや、それ以上にデメリットの方が多いだろう。とりあえずもう少し話を聞いてやろう。

「……で、一体何の映画をやるんだ?まさか前回の続編とかじゃないだろうな?」

俺がそう言うと、朝比奈さんは体をビクっと震わせ、小さい声であうあう言っている。

「最初はそれでいこうと思ったんだけどね。でも続編は文化祭で上映するって決めたの。
だって続編目当てで文化祭に来たら、違うのがやってたー、何てことになったら
多くのファンを悲しませることになるじゃない?だから今回は完全新作よ!」

そんなもん目当てで文化祭に来るような暇人を俺は知らないね。
仮に楽しみしていても、それは朝比奈さんの衣装が見たいだけであって
決してお前の作るわけの分からん内容の映像を見たいわけではないだろうよ。



「へぇ、それは実に面白そうですね」

余計なことを言いやがって、このイエスマンは。

「でしょう!?それに今回はもっと面白いことを考えてるの!」

こいつの考える面白いことが、俺と朝比奈さんにとっては面白くないことであることは
既に実証済みである。その面白いこととやらは永遠に胸にしまっておいてほしいものだ。

「今回は配役を全部くじ引きで決めるのよ!主演から雑用までをね!」

ほう、そりゃ面白い。こいつにしてはまともな事を言ったもんだな。
いや、普通に考えたら全部をくじ任せで決めるなんぞは正気の沙汰とは思えないのだが。
監督や脚本がハルヒ以外になれば、少なくとも電波映画になる心配はなかろう。

「それじゃあ早速くじを作るわねっ!」

ハルヒは机から紙とペンを取り出し、あみだくじを作っているようだ。

「よし!出来たわ!それじゃあみんな、好きなところに名前を書いてちょうだい!」

さて、どこに名前を書くか?

俺はハルヒの面白いこととやらを、純粋に面白がっていた。



とりあえず結果から報告しよう。



主演男優:俺

主演女優:ハルヒ

監督:長門

脚本:朝比奈さん

その他雑用:古泉



――――なんてこった。



とりあえず当初の、ハルヒ監督失脚の願いは叶ったのだが。
俺とハルヒが主演だと!?脚本が朝比奈さんというのが救いではあるがな。



「む」

と、ハルヒは一言だけ呟き黙り込んでいる。こんな配役はハルヒも望んでないだろうよ。
今こそ、いつも下らない事にだけ使っている団長権限で何とかしてくれ。
今回ばかりは俺もお前のわがままは黙って見過ごしてやるから。

「………ま、まぁ良いんじゃないかしら?有希の監督ぶりとか、みくるちゃんの脚本も見てみたいしね。
そ、それにこのあたしがヒロインなのよ!?もうヒット間違いなしだわ!キョ、キョンが相手っていうのが…その、問題だけどっ!」

こいつはこの配役のままで納得するというのか?いつものハルヒなら
あたしが監督なんだからー!とか言いそうなもんだが。
さて、どうやって配役を代えようか。とりあえず俺は真っ先に思い浮かんだ言葉を口にする。

「ハルヒ、俺もお前の意見に賛成だ。確かに俺は主演男優という器ではない。
ならここは実績もある古泉に主演男優を代わってもらいたいと思うんだが」

我ながら完璧な言い分だ。これならハルヒも何も言えんだろう。
そう思っていた俺が甘かった。なぜだかハルヒはやや顔を赤くさせて
これまたなぜだか、ムキになって大声で言った。

「い、いいの!これは厳正なるくじで決められたものなのよ!
それをホイホイ変えるなんて罰当たりなことなのよ!分かった!?
とにかくあんたは大人しくあたしの言う通りにしなさいっ!」

まったく。こいつの理不尽ぶりには呆れるね。



ハルヒは理不尽なことを言い終わると、スタスタと朝比奈さんの方へ向かっていく。
そして朝比奈さんの肩を両手でガシッと掴むと、まるで脅迫するかのように言った。

「みくるちゃん。この映画はあなたの脚本にかかっていると言っても過言ではないわ。
いい?とにかくすっごいのを書いてくるのよ?そうね……とりあえず一週間で書いてきてちょうだい!」

「ふぇっ!?そ、そそそんなの無理です~」

「無理じゃないわ!みんなで同人誌作ったときに書いたじゃない!
あの時みたいに書けばいいのよ。みくるちゃんなら出来るわ」

「で、でも~。あれは童話でしたし………」

朝比奈さんが中々首を縦に振らないと、まぁ当然なのだが。
ハルヒは突然俺達に背を向け朝比奈さんにだけ顔が見えるような体勢になった。

「つべこべ言わずに書きなさい。分かったわね?」

と、地獄の底から聞こえてくるような恐ろしい声を発した。
こいつは本当に悪魔か何かか?しかし朝比奈さんには相当聞いたらしい。

「は、はひぃっ!」

目を涙目にして承諾する朝比奈さん。困ったことがあったら俺に言ってください。
聞くだけなら出来ますよ。



「それじゃあ決まりね。みくるちゃんの脚本が出来次第、撮影に入るわよ!」

「おいおい、本当にやるのかよ。せめてだな、もっと期間を設けるだとか。
人材を集めるだとかしないのか?大体、出演者が俺とお前の2人しかいねえじゃねーか」

「そんなのそこら辺にいる暇人でも使えばいいじゃない。
今日は始業式だし、ちょっと早いけど解散ね!
あたしは色々とやることあるから先帰るわね。じゃね!」

いっちまいやがった。残された朝比奈さんは今にも泣きそうだ。

「あのぅ~、キョンくん。脚本ってどうしたらいいんでしょうか……?」

朝比奈さんすみません。早速力になれそうにないです。

「その点に関しては僕に任せていただけませんか?」

突然今まで黙ってニヤニヤしていた古泉が話しかけてきた。
面倒事が無くなるのは良いが、こいつ何か企んでいそうだな。

「ちょっと待て。お前は雑用だろうが。」

「はい。いかにも。ですがこのままだと脚本が完成しそうにありませんのでね。
それはすなわち涼宮さんの不機嫌の引き金になると考えます。
それを回避するために、僕は及ばずながら朝比奈さんに協力したいと申し上げているのですよ」



もっともらしいことを言ってやがるがな。こいつに任せてはいかん気がするのは気のせいか?

「とにかく僕に任せてください。なに、悪いようにはしませんよ」

お前のそのスマイルはどうしても信用出来んのだ。

「朝比奈さんもよろしいですか?」

「へ?あ、は、はい。その手伝ってもらえると助かります」

朝比奈さんがそう言うと、古泉は笑顔を二割り増しにして

「決まりですね」

まぁ朝比奈さんがそうおっしゃるのなら。

「いいだろう。ただしあまり変な内容にすんなよ」

「はい、心得ました」

まったく、先が思いやられるね。長門が本を閉じたので、俺達は解散となった。
しかし俺は長門の監督というものにも不安を感じた。
とりあえず俺は長門と一緒に帰ることにした。変なことしないよう釘を刺しておくためにな。



長門はすでに坂道を下っていた。

「長門」

「………なに?」

長門は立ち止まりゆっくり振り返って俺を見た。

「あ、あぁそうだな。一緒に帰らないか?」

コクと頷くと、再び前を向いて歩き出す。

「なぁ長門、お前は監督ってのがどんなものか知ってるか?」

「………詳しいことは知らない」

そんなことだろうとは思っていたが。とりあえず変なことだけはさせないようにしないとな。
俺が長門に、監督とは何かを簡単に教えようと口を開いた瞬間だった。

「………大丈夫。1週間で覚える」

「………そうかい」

変に気合が入っていたのだった。理由はわからんがね。
とにかくこんなやる気に満ちた、いや、満ちてはいないか。
そんな長門に水を差すことなんて俺には出来なかった。



あれから1週間が経った。そして俺は今部室にいる。ハルヒ曰く、今日は朝比奈さんの脚本の発表会らしい。
ただ脚本を見るだけなのだから、いちいち『会』なんて大げさだと思うのは俺だけか?
しばらくすると朝比奈さんがやって来た。

「あ、遅くなってすみませんでした」

「いやぁ、台本にしていたら時間がかかりましてね」

どうやら古泉も一緒だったらしい。まぁ任せろとか何とか言ってたしな。

「さぁて!みんな揃ったことだし。それじゃあ早速見ましょう!」

いつになく元気な奴だな。古泉から出来上がった台本を受け取る時
こいつはなぜか俺に向けてウインクしやがった。何が狙いだ気持ち悪い。
長門はすでに黙々と読んでいる。ハルヒも黙って熱心に読んでいるようだ。
仕方ない、気は進まんが読むとするか。



─────読まなけりゃよかったな。



さて、ここで台本に書かれているストーリーを噛み砕いて説明しよう。

『不器用な2人』

主人公「キョン」とヒロイン「ハルヒ」は同じ高校のクラスメイト。
2人は同じ文芸部に所属していた。文芸部員はキョンとハルヒの2人だけ。
お互いのことを想っているにもかかわらず、些細なことがきっかけですれ違う2人。
距離が離れることで気づく、相手の存在の大切さ。キョンはハルヒに告白することを決意。
キョンに告白されたハルヒは、自分の気持ちもキョンに伝える。
2人は晴れて恋人同士に。そしていつまでも幸せに過ごすのでした。

………。

なんと言えばいいのだろう。突っ込みどころは多々あるような中身なんだが。
これはさすがにハルヒでも何か言うだろうよ。わざわざ俺が突っ込んでやることはない。

「………ふ、ふんっ!ま、まぁ良いんじゃないかしら!?ちょっと役名と相手役が気にはなるけどねっ!」

そりゃ悪かったな。つーかこんなものは役名ではなく実名じゃねえか!
大体主人公の名前がキョンっておかしいだろ?そんな名前の人間がいてたまるか。

「補足なんですが、この主人公のキョンというのは、主人公のニックネームということなので」

とってつけたようなことを言いやがって、このえせニヤケハンサム野郎は。



「まぁ役名のことに関しては何も言わないでやる。前のあれも似たようなもんだしな。
しかしこのストーリーだけは何とかならんのか?ベタ過ぎるというか、その…な」

「キョンくん、……やっぱり面白くなかったですかぁ?」

なにぃ!?これは朝比奈さんが書いたのか?

「い、いえ、そんなことないですよ。とてもいい作品だと思います」

「ホント?良かったぁ」

朝比奈さんはさっきまでの落ち込みようが嘘だったみたいに笑顔になっている。
なにやら古泉に目配せしているのが気になるな。この台本は古泉が作ったものだろう。

「それじゃあ早速明日から撮影を始めましょ!」

なんでこいつはこんなにやる気に満ちてるんだ?よくこの設定に不満を持たないものだ。

「今日は早いけどこれで解散!明日っからは忙しくなるわよ!」

本当に忙しくなりそうだな。主に俺がな。



翌日、俺は朝早くから登校していた。実は昨日の夜に長門監督からメールが来たのだ。
学校が開いたらすぐに俺とハルヒの教室に集合してくれ、とのことだったのだが
やはり長門はやる気満々らしい。教室に着くとすでに俺以外のみんなは集まっていた。

「キョン!遅い!まったく、あんたには主演っていう自覚が足らないわね」

お前の言う通りだよ。俺には主演の自覚なんか、これっぽっちもないね。

「次からは気をつけて。主役がいないと撮影できない」

俺は耳を疑った。あの長門がこんなまともな事を言うなんて。
いや、別に長門がまともではないという意味ではないのだが、いかん。
どうやら俺は予期せぬことをこれまた予期せぬ人物に言われて動揺しているようだ。

「あ、あぁ。すまない長門。次からは気をつける」

「そう」

今回、周りは敵だらけのようだ。

「キョンとハルヒの教室でのシーンの撮影を始める」

俺はしぶしぶながら言われた通りにする。一応台本は覚えてきたつもりだ。

「……よーい、アクション」



「よう、ハルヒ」

時間が時間だけに、教室には俺とハルヒだけだった。ハルヒはすでに自分の席に座っている。

「あら、今日はやけに早いじゃない?はっはーん!そんなにあたしに会いたかったわけ?
まったく、とんだストーカーね!このエロキョン!」

「カット」

長門の冷ややかな声が響く。

「そんなセリフは無い」

あぁ、説明しよう。そんな必要ないかも知れんが。ハルヒの今のセリフは半分以上がアドリブだ。

「これくらい言った方がインパクトがあるじゃない!?やっぱり掴みは重要だと思うのよっ」

「いい、ここは自然にしてほしい」

「む………わかったわ。有希がそこまで言うならこのシーンは自然に演じるわ。
でもいいアイデアが思い浮かんだらドンドン入れていくからねっ!」

いつになく饒舌な長門にとうとうハルヒも折れたようだ。
しかし本当に先が思いやられるな。



その日の放課後、今度は部室での撮影らしい。このシーンは文芸部での活動を伝えるためのシーンのようだ。
確認しておくが、これは文芸部のPRのための映画であり、ただ趣味でやっているのではない。

「……よーい、アクション」

「………」

「………」

黙々と本を読み続ける俺とハルヒ。こんなんで本当にいいのだろうか?
まぁ、本当の文芸部員である長門がしている活動と言えば、本を読むことだけだしな。
この間作った同人誌は、自主的な活動というよりも、無理やらされたというのが妥当だからな。

俺が黙々と本を読むフリをしていると、やはりこの沈黙に耐えられなかった奴が出てきた。

「ちょっと!これじゃあちっとも面白くないわ!」

そりゃあ本を読んでいるシーンを見せられて面白いと思う人間もいないだろうがな。

「みくるちゃん!あなた…暇そうね?」

「へ?あ、えっと~」

「有希、みくるちゃんも出しちゃいましょう。なんだか退屈そうだしねっ」



「ふぇっ!?え、ええ、いや、で、でも~」

朝比奈さんはこれから猛獣のいる檻にいれられそうになっている小動物のように震えている。
前回の映画がトラウマになっているようだ。それもそうだろうが。

「有希、どうかしら?」

「………恋敵役でなら」

ちょっと待て。どんどん話が文芸部から離れている気がするのだが?古泉、カメラ片手にニヤニヤするな、気色悪い。
それにしても恋敵役とはな。ひょっとして長門が今考えたのか?

「決まりねっ!みくるちゃん、あなたには期待してるわ!」

「ひぅ!?そ、そんなぁ。長門さん~」

「じゃあ早速このシーンから登場させましょう!」

「ダメ」

長門監督のドライアイスのような声が響く。

「しょうがないわねぇ。まぁいいわっ」

やはり今回の長門は何かが違うな。こう、人間味あふれるって感じだな。
この日の撮影は無事終了した。とは言っても教室で会話したり部室で本を読んでただけなんだがな。
事件らしい事件が起きなければそれでいいさ。全員で下校中、ハルヒがなにやら長門に吹き込んでいたのが気になるが
今回の長門なら、ハルヒの滅茶苦茶な意見は無視してくれるだろう。そして俺は、長門が朝比奈さんをどう絡ませてくるかを気にしつつ眠りについた。



「キョ、キョンくん。い、一緒に帰ろぉ~」

「そうですね、朝比奈さん。じゃあ帰りましょうか」

朝比奈さんは俺とハルヒの1年先輩で、俺に淡い恋心を抱いている。という設定だ。
これが現実ならどれほど素晴らしいだろう、などと考えている間にこのシーンの撮影は終わった。
次は下校のシーンだ。美少女と一緒に下校なんてのは誰もがあこがれる夢である。

「……待って」

俺と朝比奈さんが立ち位置についたところで長門が止めた。どうした長門。

「このシーンを少し変更する」

はい?

「ここで朝比奈はキョンにキスをする。それをハルヒが目撃する。
それがきっかけでキョンとハルヒが険悪になる。………その方がユニーク」

突然長門監督がとんでもないことを言い出した。何を言ってるんだ長門?
俺と朝比奈さんがキス?それはありがたいのだが…いや、違う。
長門はこんなこと言わないだろうよ。大方ハルヒが言わせてるんだろう。



「ちょ、ちょっと有希!な、なに勝手に脚本変えてるのよっ!?」

「この方が良いと思った」

「だ、だからって、その……キ、キスはやり過ぎなんじゃないかしらっ!?
そうよ!みくるちゃんがかわいそうじゃない!?キスの相手がキョンだなんて!」

悪かったな。それよりも、ハルヒがこう言うという事は、これは長門の独断なのか?

「大丈夫。転びそうになった朝比奈をキョンが助けようとした時に起きた事故という設定にする」

それの何が大丈夫なんだ?

「…嫌?」

「へ?あ、えっと、そ、そのぉ……はぅ~」

ハルヒと長門を何度も交互に見ている。朝比奈さんは心底困っているようだ。

「………嫌なら私がやってもいい」

ボソっと長門が何かを呟いた。

「長門、何か言ったか?」

「………別に」

その後、ハルヒが暴れまくった結果なのだろうか、長門はシーンの変更をした。とは言ってもキスをするフリをすることにはなったのだが。



何はともあれ、撮影は順調に進んでいった。そして今日、この映画の一番の見せ場がやってきた。
そう、俺がハルヒに愛の告白をせにゃならん時が来たのだ。
俺が告白するのは学校の中庭にある一本木の前である。

「この木の前で告白すると必ず成功すると言われている。………という設定」

どこかで聞いたことのある設定だが、今更何か言うこともないだろう。
今回の長門は自分の意見を積極的に出している。何か事件の前触れなのか?

俺とハルヒは木の前に向かい合わせに立った。

「えーと、ハルヒ。この前のあれはだな、全部事故なんだよ。信じてくれるか?」

「………」

「あー、信じてくれなくていい。でもまぁ、俺の想いだけは信じてほしい」

「………」

「俺は、お前のことが……す……す……」

駄目だ、言えない。



「カット」

「こらぁ!キョン!!あんたなにやってんのよっ!?」

「仕方ないだろ、言えないもんは言えないんだ」

俺は演技とはいえ、ハルヒに「好きだー!」なんてとてもじゃないが恥ずかしくて言えなかった。
別にハルヒのことが嫌いなんじゃない。いや、むしろ俺はハルヒのことが好きだ。
そのことが俺に余計な緊張を作らせた。そんな感情がなければ俺はさっさと告白でもなんでもしてるだろうよ。

「なんでこんなことも言えないのよっ!?」

ハルヒは台本をバシバシ叩きながら詰め寄ってくる。
頼むから今俺に近づかないでくれ。恥ずかしいんだよ。
俺はまともにハルヒの顔が見れず俯いてしまった。

「なに恥ずかしがってるのよっ!?はっはーん。そっかぁ~、キョン。そうなんだぁ~」

ハルヒはなにやら嬉しそうに言ってくる。なにがそうなんだよ?まぁそうなんだが。

「ほらっ!キョン!」

ハルヒがあまりにもしつこかったからだろうか。
それとも俺がガキだからだろうか。
俺はハルヒに嘘をついた。

「好きでもないやつに告白なんか出来るかよ」



「………」

しばらく沈黙が続いた。俺は自分で何を言ったのか気づき、慌てて弁解しようとしたのだが

「………そう」

あ……。

「今日はもう帰る」


俺はハルヒを追いかけることが出来なかった。


「では僕も帰ります。バイトが入ってしまいましたので」

「……すまん」

「わ、私は涼宮さんを追いかけます」

「朝比奈さん…」

朝比奈さんと古泉が帰った直後、俺は長門に話があると言われ部室へ行った。



「長門、話って何だ?」

我ながら白々しいことを聞くな。

「………どうしてあんなこと言ったの?」

「………」

「あなたは涼宮ハルヒのことが嫌い?」

「……いや、そんなことはない。むしろ……」

「じゃあどうして?」

「それは………」

「…それは?」

「俺は…。今まで恋愛らしい恋愛をしたことがないんだ。
だから告白だってしたことない。俺は……ただ恥ずかしかったんだ」

「………」

「馬鹿だよな?恥ずかしいってだけで、あんな…つまんねえことを…」



「…大丈夫」

「え?」

「あなたが反省しているなら、涼宮ハルヒのことを好きだと思っているなら。」

「長門…」

「だから明日はちゃんと彼女に伝えて。あなたの気持ち」

「………あぁ」

「………(コク)」

明日はちゃんとハルヒに伝えないとな。俺の想いを。でも、やっぱちゃんと言えるか不安だな。

「長門、本当に情けない話だが。練習してみていいか」

「………(コク)」

ハルヒ、俺はハルヒのことが好きだ。気づくのが遅かったな。

『ガチャ』

「俺はお前のことがずっと前から好きだったんだ!」

ガチャ?ドアの方を見ると、そこには帰ったはずのハルヒが立っていた。



俺は今、長門と向かい合って立っている。そして今のセリフを言った。
ハルヒがそれを見たらどう思うだろう。いや、そんなことを考えている場合ではないな。

ダッ!

「ハルヒッ!」

なんであいつがここにいるんだよ?しかもあんなとこ見られちまって。
俺は何とかハルヒを捕まえた。さてどう言い訳しようか?

「ハルヒ、その…今のは──」

「……そういうこと」

え?

「あんた……有希のことが好きだったのね」

「違っ──」

「だからあたしに好きって言えなかったんでしょ!?」

「ハルヒ……」

「何よ…バカみたい……グスッ……あたし1人で舞い上がっちゃって……もう好きにしなさいよっ!
キャストも変更!2人で勝手にすればいいじゃない!!…うぅ…バカキョン……バカキョン!!」



ハルヒが泣いていた。俺が泣かせたんだ。
走り去っていくハルヒを俺はまたしても追いかけられなかった。

「ごめんなさい」

「…長門?」

「涼宮ハルヒの接近に気づけなかった私の責任」

違う。

「全部俺のせいだ。練習したいだなんて言い出さなけりゃな…」

しばらく部室で呆然としていると古泉と朝比奈さんがやってきた。

「涼宮さんに何かあったのですか?」
「あの~ぅ、涼宮さんを見失っちゃって…」

俺は2人に事の顛末を話した。



「なるほど、そんなことがあったのですか」

「ご、ごごめんさいぃ!わ、私があの時涼宮さんを見失わなければ…」

「朝比奈さんのせいじゃありませんよ。全部俺が悪いんです。
ところで古泉。どうしてハルヒになにかあったかなんて分かったんだ?」

「そのことですか。実は先ほど、丁度事件の起こった時間を境に、閉鎖空間がなくなりましてね」

「なに?閉鎖空間が拡大したとかじゃなくてか?」

「えぇ。綺麗さっぱりと消滅しました。僕らにとって、それは良い方に捉えるべきかは分かりませんが」

それは……もしかして。

「お気づきになりましたか?」

「………あぁ」

「みんなに頼みがある」


「明日の撮影にハルヒを連れてきてほしい」


3人は黙って頷いてくれた。
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