ついに・・・この日がきた。

今日こそはユキと決着をつける。
私の最大のライバルであり、そして親友でもある長門ユキと。

私、涼宮ハルヒは高校を卒業後、女子プロレス団体「WWA」
(ワールドワイド・レッスル・エンジェルス)に入門した。
そこでの地獄のようなトレーニングに耐えた私は、マットの上で
華々しいデビューを飾った。

一方、親友のユキも同期入門し、私と同時期にデビューを果たした。
私たち二人は時に助け合い、時に支えあって過酷な日々を駆け抜けてきた。

三ヶ月前に行われたタッグリーグでは二人でタッグを組み、
抜群のチームワークで戦い抜いて優勝を果たしたばかりだ。

私とユキは今や飛ぶ鳥を落とす勢いで人気急上昇中の若手有望株。
次代の主力を担う双璧としてリングの内外から期待をかけられていた。

…でも、私たちはそんなことじゃ満足できなかった。

思えば入門してからの数年間、私はユキに負けたくないという一心で
頑張ってきた。ユキがいたからこそ私は頑張ってこれた。
それはきっとあの子だって同じことだろう。

そんな私たちはいまだに直接対決の機会をもたされていなかった。
私とユキは早くからその才能と華を見出され、将来の団体の柱石とするべく
ヘタに直接対決を組まされなかったのだ。
フロントは私たちの間に格の差がついてしまうことを恐れていたみたいだ。

いつしか私とユキはお互いをライバル視し、いずれ決着をつけなければならない相手として
意識しはじめた。
タッグを組んだときこそ抜群の相性を発揮できる私たちだけど、決着をつけたいという思いは
日に日に膨れ上がっていき、もはやそれを抑えることはできなくなっていた。

だけど、それも今日でおしまい。

すべては今夜のセミファイナル、若手レスラーのNO.1を決める試合で、
若手NO.1の証である「レジェンドオブバルキリー」の称号と共に、
私たちの微妙な関係にも決着がつく。

すべては今夜の試合で・・・

「おい涼宮ぁ!なにボケっとしてんだ!もっと気合入れろッ!」
「オ、オッスッ!」

控え室で目をつぶり物思いにふけっていたところに、団体の看板レスラーの
朝比奈先輩が入ってきた。私はあわてて立ち上がる。

目もくらむような美貌で男性ファンをとりこにしている朝比奈先輩も、
私たちにとっては地獄の鬼よりも恐ろしい存在だ。
冷酷で残虐非道、まるで悪魔のような人である。それが言いすぎではない証拠に、
これだけの美貌をもちながらいまだに彼氏の一人もできないようだ。

彼女のリング上での残虐ファイトは目を覆ってしまいたくなるほどである。
特に決め技である「エンジェルクラスプ」(天使の抱擁:相手の体を両腕で
ガッチリとホールドし、相手の顔をその豊満な胸にうずめて窒息させるという荒技)
を食らってしまえば、三日三晩生死の境をさまようことになるだろう。

朝比奈先輩は私の顔を凝視していた。

「さっき長門の控え室を覗いてきたが・・・アイツは大したもんだ。
これから若手NO.1を決めるっていうのに緊張のかけらもなかった。
お前はどうなんだ?」

先輩はいやらしい笑いを浮かべながら私の顔を覗き込んでくる。

私は控え室にいるユキの姿を思い浮かべた。自然と闘志が湧き起こってくるようだ。
…ユキにだけは負けられない。絶対に負けたくない。

「ふん。ちっとはマシなツラじゃねえか。・・・気合入れてけよ」
「オス!」

そういうと朝比奈先輩は控え室から出て行った。
私はしばらく前座の試合を写しているモニターを眺めていた。


コンコン


しばらくしてドアをノックする音が聞こえた。
…わざわざノックするなんて誰だろう。
先輩ならノックなんてせずにいきなり入ってくるはずだ。

「はーい」

私がドアを開けると、入ってきたのは・・・

「よう。試合前に悪いな」

入ってきたのはキョンだった。

「忙しいならすぐに出て行くよ」
「ううん!大丈夫。来てくれてありがとう」

キョンは私に大きな花束を渡してくれた。

とてもいい香りね。本当にうれしい・・・

「もっと緊張してると思ってたんだが、案外落ち着いてるんだな」

キョンは意外そうな顔をして言った。

「当たり前でしょ。メインの試合なら今までだって何度もこなしてきたわ」
「ははっ、お前らしいな。・・・しかし、いよいよアイツと戦うのか」

そう言われて不意に顔がこわばってしまった。

「オレはどっちを応援することもできないが、健闘を祈ってるよ」
「・・・わかってる」

私たち三人は高校の頃からの親友同士だった。
私にユキ、そしてキョン。性格は全然違う三人だったけどなぜか私たちは妙にウマがあった。
どこへ行くにも三人一緒だった。
高校を卒業してから会う回数は減ったものの、定期的に三人で会う機会を作っていた。

「それから、ちょっと頼みがあるんだけどいいかな?」
「なッ・・なによ」

キョンが不意に声をかけてきたので、少しぎょっとしてしまった。

「谷口にサインを頼まれてな。パパっと書いてやってほしいんだ」
「わかったわ。ファンは大切にしないとね」

色紙とペンを受け取り、サインをする。

「ありがとう。今日の試合、しっかりとこの目に焼き付けるからな」
「・・・うん」
「それじゃ、長門のほうにも顔を出してくるよ。・・・頑張れよ」

そう言ってキョンは控え室から出て行った。

…今日ユキに勝ったら、私は彼に告白する。

私とユキはキョンのことが好きだった。私たち二人は三人のきずなを壊したくなくて、
ずっと自分の気持ちを抑えてきた。

キョンもそれをわかってか、私たちのうち片方だけを優先することなく
つかず離れずの絶妙な関係を続けてくれた。

…でも、そんな関係がいつまでも続けられるわけじゃない。
いつか白黒をつけなければならない日がやってくる。
特に最近私とユキの仲が微妙になってくるにつれ、キョンとの関係も
今まで通りにはいかなくなっていた。

今日のこの試合に勝ったほうが彼に告白する。それはユキと約束した訳じゃないけど、
いつのまにか暗黙の了解としての合意ができあがっていた。
ユキだって、今日の試合に勝って彼に告白するつもりでいるのだろう。

絶対に負けられない。今日の試合ですべてが決まる・・・

それからしばらくして、世話役の練習生が控え室に入ってきた。

「オス!そろそろ時間です!」

…いよいよきたわね。やってやろうじゃない!ユキ、待ってなさいよ。

コスチュームを確認し、リングシューズの紐を締める。
私のコスチュームは、赤と黄色が基調のビキニタイプのものである。
しばし目を閉じて気を落ち着け、頬を両手で叩いて気合を入れた。

私は控え室を出て、練習生に導かれて暗い廊下を歩いていた。
さすがにここまでくると緊張は隠せない。今日は普段の試合とはまったくその重みが違うのだ。

ホールに近づくにつれ、除々に客の歓声が大きくなる。
…大丈夫。リングに上がってしまえば関係ない。
いつものようにお客さんの歓声を受け、いつもの試合をお客さんに見せるだけだ。

客の歓声はますます大きくなり、いよいよ目の前にホールの光の渦があふれ出した。

「それでは・・・光り輝く戦いの女神、涼宮ハルヒの入場ですッ!」

リングアナが私の名前をコールし、入場テーマ『Goddes knows…』がホールに響き渡る。
軽快なギターソロが流れ出すと同時に私は花道を歩き始めた。

いつもはお客さんに愛嬌を振りまきながら入場する私だけど、今日だけはその気になれなかった。
私は一歩一歩をしっかりと踏みしめ、黙々と花道を歩き続ける。

やがてひときわまぶしい光を放つリングにたどり着いた。
練習生が作ってくれたトップロープとセカンドロープの隙間からリングインする。

入場テーマがおさまっても歓声がやむことはなかった。
私はひとまずコーナーの一角に背を預ける。


「続きまして、宙を舞う美しき妖精・・・ミステリアス・ユキの入場ですッ!」


リングアナのコールと共に、ユキの入場テーマ『雪、無音、RSにて。』が流れ始めた。
シンセサイザーの音と同時に花道の奥からユキが走って出てきた。
颯爽と走るその姿は、私の入場と対照的である。

リング下までくると一気にコーナーポストに駆け上がり、宙返りでリングに降り立つ。
白と青を基調としたレオタードをまとったユキの姿は、照明の光を浴びて
幻想的とも思えるくらいに美しかった。

その瞬間、さきほどよりもひときわ大きな歓声が沸き起こった。
ユキは歓声を背に受け、私をまっすぐに見つめてくる。

絶対に負けられないというユキの闘志が伝わってくるようだった。
…だけど負けられないのはこっちも同じ。私もユキをしっかりと見つめ、
しばしお互いの視線がぶつかり合った。

私とユキがリングの中央に立つと、レフェリーが形式通りに試合前の注意をはじめた。
しかし、そんなことは今の私の耳にまったく入ってこない。

いよいよ・・・いよいよユキとの死闘が始まろうとしている。
…今は目の前の試合だけに集中するんだ。悔いの残ることのないよう、自分の持てる力を
すべてユキにぶつけよう。

一旦コーナーに戻って再び向かいあうと、ついに運命の試合開始ゴングが鳴らされた。

ゴングが鳴ると同時にユキは猛然と走ってきた。

先手必勝ってわけ!?やらせない。

すんでのところで身をかわすと、ユキはロープの反動を使って再び私に向かってくる。
私はユキの腕を取り、その勢いを利用してユキの体を持ち上げ
そのまま半回転させて背中からマットに叩きつけた。

ユキは受身をとる間もなかった・・・はずだったが、マットと激突する寸前に腕のロックをはずし、
前転して完全に勢いを殺した。
そしてそのまま何事もなかったかのように立ち上がる。
ユキの華麗な身のこなしに、観客席からどよめきが聞こえてきた。

ユキはその運動能力の高さを生かし、メキシカン・スタイルの華麗な技を主に身に付けていた。
空中殺法にかけてはおそらくWWAで一番だろう。先輩方もそれは認めているようだ。

運動能力ではユキが一歩リードしてるというその事実を
あらためて目の前につきつけられる形となってしまった。

…だけどそんなことで負けを認める私じゃない。私にだって、過酷な練習で身に付けた技がある。
ユキにだってこれからそれを思い出させてあげるわ。

今度は私からユキに向かっていった。全体重を右腕に預け、ユキののど元めがけて振りぬいたが
彼女は予想していたのか、深く身を沈めてかわした。

…やるじゃない。でもこっちだって予測ずみ!

私はそのままロープに走り、反動を使って再びユキに向かった。
ユキは私の側面に自ら倒れ込みつつ、両足で私のヒザを挟みにきた。

させない!

軌道を若干修正してユキの足をかわす。さらに向こう側のロープを使って、
私は三度目の攻撃を試みた。
ユキはすでに立ち上がっている。私は横向きに体をひねりつつジャンプし、
片足を浴びせかけるようにして振りぬいた。

今度はかわすヒマがないのか、ユキは両腕で上半身をガードしている。
私はガードの上から強引にニールキックを浴びせた。

ユキはまともに食らって大きく吹っ飛んだ。ガードしていたとはいえ、ウエイトの軽い彼女は
パワー系の技に弱い。

しばらくマットに倒れていたユキは、やがてゆっくりと立ち上がった。
私たちはリングの中央でにらみ合い、互いに手を絡ませた。
いわゆる力比べの体勢である。
腕力に勝る私は次第にユキを追い詰め、彼女をブリッジの体勢まで押し倒した。
追い詰められてなお、ユキは普段の無表情な顔のままだった。

「ずいぶんヤセ我慢するじゃない。苦しかったら素直に言えばいいのよ?」
「・・・あなたには負けない。負ける気がしない」

ユキはブリッジのまま大口を叩いた。相当ツライ体勢のはずだが表情にはおくびにも出さない。
…この子、ホントに効いてないの!?

「今は彼が見てくれている。彼の視線は私に力をくれる」

ユキの言葉にギクリとした私は、リングサイド席にいるはずのキョンの姿を目で追った。
その一瞬のスキをつかれ、ユキは私の腹部をヒザでケリ上げた。

ぐッ・・・!この体勢からここまでの瞬発力を出せるなんて・・・
彼女なりに力のなさをテクニックでカバーしているってわけね。

!?不意に視界が90度回転した。・・・いや、私が横に倒されたんだ。
どうやらケリで手の力がゆるんだスキを衝き、ユキは腕を捻って私を横倒しにしたようだ。

ユキは倒れた私の上体を引き起こして背中にサッカーボールキックを決めた後、
再びダウンした私にヒジを落としてきた。
私はユキのヒジをまともにお腹で受けてしまった。

「かはッ・・・・・ハァ・・・ハァ・・・」

私は追い打ちを恐れてコーナーポストまで下がりつつ、ユキを睨み据えた。

まずい・・・流れを変えなきゃ!

ゆっくりと近寄ってきたユキの腕を取り、ロープに振った。

ここははずせない・・・!

私は反対側のトップロープに飛び乗って反動をつけ、高く跳躍した。
そして走ってきたユキに渾身のドロップキックを放った。

これぞ私の十八番『グングニル』である。

私の脚力とロープの反動を合わせて加速したキックがひとすじのヤリへと変化する。
通常のドロップキックと違い、軌道がほぼ直線でしかも打点が高く、相手の上体へ深々と突き刺さることから
食らえば瀕死確実の殺人キックとしてライバルたちから恐れられていた。

ウエイトの軽いユキなら、この技を食らえばひとたまりもないはず・・・!

観客席から歓声が沸き起こる。これが決まれば間違いなく試合の流れが変わるはずだ。
しかし、ユキの上体に私の両足が突き刺さそうとしたその瞬間、彼女は体を横にひねった。

…ウソ!ありえないわ!?

ユキは空中で私の上体をとらえ、そのまま腕をロックして背中からマットに叩きつけた。

「ぐはッ・・・!」
しまった!受身が取れなかった。これじゃ息が・・・

歓声は先ほどよりもひとまわり大きくなった。背中を強打した私はしばらく息をつくことができない。
そのスキを狙って、ユキは私をコーナーポストに振った。
背中をポストでしたたかに打ち、ますます呼吸が困難になる。

しかしユキは休むヒマを与えてはくれない。そのまま私めがけてダッシュすると
目前で軽くジャンプし、セカンドロープを左足で踏み切ってさらに跳躍する。彼女はその勢いを駆って
反対の足で私の顔を蹴り上げ、後方に回転して着地した。

…これこそが、男女合わせて今のマット界ではユキしか使い手がいないという
伝説の技『サマーソルトキック』である。
かつてのタイガーマスクがこの技を得意としていたが、技の美しさという点では
おそらくユキの足元にも及ばないだろう。

ユキの放つサマーソルトキックは、その優雅さ、体全体が描く軌道の美しさから
『フェアリーテイル』と呼ばれていた。

私もこの技を食らったのははじめてだ。ユキが跳躍した刹那、足元から閃光が上に向かって
走り抜けたように感じた。気づいたときには、私は前のめりに倒れていた。

あれほど歓声を上げていた観客は、驚きのあまり声も出なくなってしまったらしい。
誰しもがユキの技に魅せられていた。しばしの静寂がホール全体を包んだ。

一瞬、意識が飛んでしまったようだ。頭がガンガンに響いている。
…あらためて見せつけられたが、ユキは本当の天才だ。私の才能なんか及びもしない。
でも・・・負けたくない、絶対に負けたくない。今ここであの子の才能に屈したら、
たぶん私は一生勝てなくなるような気がする。

しかしユキは容赦しない。非情にもまだロクに息のつけない私を仰向けに返して、
サブミッションに移行しようとした。
ユキは私の左腕を両足で挟み込み、右脇下あたりから体をもぐりこませて私の胴体をロックし、
そのままコブラツイストのように絞り上げる。

今や試合の流れは完全にユキが支配していた。リングサイドから朝比奈先輩が叫ぶ声が聞こえる。
だめだ・・・また意識が遠くなってきた・・・

リングサイドにて


「浅いな・・・効いちゃいない」

みくるはユキの技を見つめながらそう言った。

「どういうことすか!?長門先輩はあのとおり完全に涼宮先輩を極めてるじゃないすか!
それに涼宮先輩は今や瀕死になってるんすよ!」
「あれはさっきのダメージがまだ残っているせいだ。サブミッションのダメージじゃない」

練習生の質問にみくるは淡々と答えた。

「・・・そういやお前は知らなかったか。涼宮の特異体質のことを」
「とくい・・・体質?」
「・・・いつだったか、アイツが入門間もないころのことだ。
アイツは当初、同期の中でもズバ抜けていた自分の能力に過信を抱いていた。
たしかに素質はあったが、それだけじゃこの生き馬の目を抜くマット界を生き抜けない。
この世界で大切なのは何より忍耐力の一点につきる。
あたしらは一度アイツの鼻っ柱をヘシ折ることが必要と考えて、ある日WWA恒例のシゴキを敢行したんだ」

「ま・・・さか、あの『ラグナロク』と呼ばれる伝説のシゴキ・・・実話だったんすかッ!」

練習生は驚愕の表情を浮かべた。

「お前らの同期の中じゃまだ食らったヤツはいないからな。
・・・逆にいえばそれだけヤンチャなヤツがいないということでもあるが」
「・・・・・」

「よってたかって全身の関節を極限まで責め続けるあのシゴキ・・・
アタシも入門当初にやられたんだが、はっきりいって人間に耐えられるようなモンじゃない。
どんな強情なヤツだって最後は泣き叫んでワビを入れることになるんだ」

「それを涼宮先輩は・・・」

「そう、アイツはそれに耐え抜いた。アタシらがどれだけいたぶろうと
うめき声ひとつ上げなかったんだ。・・・さすがにアタシもアイツをぶっ壊すようなマネはしなかったけどな」
「・・・・・」

「アイツの関節は異様にやわらかいんだ。並のサブミッションじゃ
アイツにとっては柔軟体操にもならんだろうよ」
「それじゃ・・・」
「ああ。あれは完全に極まったように見えるが、涼宮にとっちゃキツめのマッサージみたいなもんだ」

練習生は驚きのあまり声すら出なかった。

「長門はこれまでずっと涼宮のパートナーを続けてきた。さすがに特異体質については知ってるだろうが、
その限度までは見極めちゃいない。ぶっ壊してもかまわないという気概で技をかけない限り、
涼宮を極めることはできない」

「・・・・・」

「あいつらは同期入門でしかも親友同士だ。いくら譲れない勝負だからって
そこまで非情にはなれないだろうよ。・・・アタシなら迷わずやるけどな」
「・・・オ、オス」

みくるが一瞬見せた冷酷な笑みに、練習生は怖気を感じた。

「ともかく、まだ勝負はわからないぞ・・・」

再びリング上

ユキにサブミッションをかけられている間、私はさっきまでのダメージを少しずつ回復させていた。
悪いけどユキの使う『ナガト・ロック』じゃあ私を極めることはできない。
ふとリングサイドの特別席に目をやると、キョンが心配そうな顔で私たちを見つめている。

キョン・・・この試合が終わった後には・・・・・

でも今はこの子に勝ちたい。私の持つすべての力を出しきってユキに勝ちたい。
私が今望むことはそれだけだ。

「・・・ギブアップすることを勧める。これ以上はあなたでも耐えられない」
「あら・・・人の心配してる場合じゃないわよ。この借りは・・・後で倍にして返してあげる」
「私はあなたには負けない。・・・この試合も、彼のことも」

ユキは特別席のキョンに視線をやりながらそう言った。

「試合中に・・・よそ見・・してんじゃないわよ」
「・・・私、あなたがずっとうらやましかった」

えっ・・・ユキ?

「彼はあなたの明るさにずっと惹かれていた。私のことを気遣ってくれてはいても、
彼はいつもあなただけを見ていた」
「・・・・・」
「私はずっとこんな性格だから、あなたの人を惹きつけるその明るさがうらやましかった。
あなたみたいになれたらっていつも思ってた」

「あんた・・・」
「私は自分を変えたかった。あなたを追いかけてWWAに入門したのもそう。
いつしかあなたは、私の中で乗り越えるべき大きな壁になっていた」

ユキ・・・そんなこと思ってたんだ・・・・・

「今日ここであなたに勝てば、きっと彼に告白する勇気が持てると思う。・・・だから負けない。
もうあなたの背中を追い続けるのはウンザリ」

ぐっ・・・この・・・!

「勝手なことばっか言ってんじゃないわよ・・・!」

私はユキのサブミッションから逃れようともがきながら言った。

「アイツが数年間ずっと同情だけでアンタに接してたとでも思うの!?・・・私だって、
アンタのその素直な性格がうらやましかった。アイツが惹かれた、アンタの素直さがね」
「・・・うそ」
「ウソなもんか!・・・私に言わせりゃ、アイツはアンタのことばかりを見ていた。
私、アンタみたいに素直になれたらってずっと思ってた」
「・・・・・」

「私は生まれつきのヘソまがりだから、きっとこんな機会でもなきゃ
アイツに思いを打ち明けることなんて一生できっこない。・・・だから試合前までは、
アンタに勝ってアイツに告白することばかりを考えてたわ。でも今は違う。
今はアンタに、私のライバルであり親友の長門ユキに勝ちたい。ただそれだけよッ!」
「・・・・・」

除々にユキのロックがゆるんできている。そのスキを見計らい
私が最大限の力をこめてもがくと、彼女の技はあっさり解かれた。
私は立ち上がり、数歩後ろに下がりつつ話を続けた。

「アンタはどうなのッ!アンタは好きな男に告白するためだけにここまできたっていうの!
冗談じゃないわよッ!このマットはね、私たち同世代の多くのレスラーがここにくることを望み、
そのほとんどが夢破れて消えていった舞台よ。私たちは彼女たちの夢を踏み台にして今ここにいるの」
「・・・私」
「敗者に情けをかけろっつってんじゃないわ。ただ私たちは、消えていった彼女たちの分まで
胸はって堂々と戦わなきゃならないのよッ!」

そうだ。いまさらながら私は気づいた。・・・この勝負の重さに。
私たちは知らず知らずのうちに、この勝負に私情を持ち込んでしまっていた。
本来それはあってはならないことだったのに、それを忘れてしまうほど私たちの因縁は深かったのだ。

「私・・・私だってあなたに勝ちたい。勝って『レジェンドオブバルキリー』の称号を手にしたい!」

いつしかユキも叫んでいた。・・・彼女だってわかっていたはずだ。
ユキの目にかつてない力がこもる。私は覚悟を決めて彼女と向かい合った。

もはや因縁なんて関係ない。力と力、技と技、私たちの持てる力のすべてをぶつけあって
勝敗を決する。それ以外になにも残っちゃいない。




再びリングサイドにて

「フン・・・ひよっこ共がいい顔をするようになったじゃねえか」
「涼宮先輩・・・長門先輩・・・」

ミクルはニヤケ顔で二人を見つめ、練習生はオロオロしながら二人とミクルを交互に見返していた。

「おい、この試合しっかり目に焼き付けとけよ。かつてはただの親友同士だった
二人の天才レスラーが死力を尽くしてぶつかり合おうとしているんだ。
・・・結果はどうあれこの試合、WWA史上最高の名勝負になるだろう」
「オ、オスッ!」

さすがのミクルも少し緊張してきたようだ。

「・・・ここからが正念場だぞ」

リング上

私たちは打撃技の応酬を繰り返していた。大技狙いだと外したときのスキが大きい。
今のタイミングで大技を食らってしまえばそのまま勝負が決することになりかねない。
だからできるだけ相手のスキを見つけて攻める。
一発一発はたいして効かなくても、粘り強く攻撃を続ければ必ず大きく崩れる瞬間がやってくる。
そこを叩く・・・!

「くっ・・・」

ユキが苦痛でかすかに顔をゆがめた。やや前かがみになり、動きが鈍る。
…今だ!

私はラグビーのタックルの要領でユキに肩をぶつけようとした。
私が前方につっこんだその瞬間、ユキが視界から消えた。

「どこっ・・・!?」

気がつけば私の視界は大きく回転し、マットに叩きつけられていた。
…なんとか受身はとれたが、ダメージは決して小さくはない。
観客は大きな歓声を上げていた。

どうやらユキの苦しそうな顔はブラフだったらしく、私がつっこんだ瞬間に
彼女は跳躍し、私の顔を両足ではさんで後方に回転して
フランケンシュタイナーの要領で叩きつけたのだ。

…しかしあんな低姿勢のタックルを捉えるなんて、つくづくユキのセンスは底が知れない。
いまさらながら、私はユキに大きな脅威を感じていた。

私がまだ立ち上がれずにいる間に、ユキはいつのまにかコーナーポストにのぼってこちらを見下ろしていた。
歓声がふたまわりも大きくなる。

…まずいッ!これはユキの決め技のひとつ『ムーンサルトブレス』だ。
コーナーポストからバク宙を決めつつ、倒れている相手の体に回転しながらプレスをかける大技であり、
特にユキのは滞空時間が長く、その分落下の威力もすさまじい。

今食らってしまえば、確実にそのまま3カウントをとられてしまう・・・!

ユキは私に背を向け、大きく宙に飛びたった。
照明に照らされて軽やかに宙を舞うユキの姿は、さながら物語に出てくる妖精そのものだった。
観客は息を止めて見とれているようだ。私までが一瞬ユキの美しさに目を奪われてしまったほどだ。

今のマット界でユキほど華のあるレスラーはそうそういないだろう。この私でさえ、
ユキを前にしたら自信はもてなくなってしまう。

しかし、今のユキはこの私に引導を渡すべく宙を舞う死の妖精である。
ボーっと見とれている場合じゃない。
私は気力をふりしぼり、激突する寸前に身をよじって直撃を避けた。

くっ・・・!

ユキの上体と私の上体がぶつかり、再び息が詰まる。しかしユキはヒザを当てるつもりだったのだろう。
本来の着地点だった場所にユキのヒザが突き刺さり、彼女はもんどりうって倒れた。

決まったときの威力は計り知れないが、外したときのダメージも大きい。まさに諸刃の剣である。

観客が私たち二人の名前を思い思いに叫んでいる。こういうときは自分への声援だけを耳で拾って
それを力に変える。ここ一番での声援の効果は思った以上に大きい。
私はゆっくりと起き上がった。ユキも起き上がろうとあがいているが
ヒザのダメージは大きく、肩ヒザをマットについて肩を大きく上下させていた。

…今しかないッ!!

私はすばやくロープに向かって走り、反動をつけてユキに突進していった。
これを外せばもう勝機はやってこないッ!絶対に決める!!

私は左足でユキのヒザに飛び乗り、そこを踏み台にして
ユキの頭を薙ぎ払うように右ヒザを一閃させた。

私の決め技のひとつ『シャイニングウィザード』である。
私はこれまで、ここ一番というときのこの技を外したことがない。

ユキは大きく後ろに倒れ、マットに叩きつけられた。

…観客の熱狂は今やピークに達しようとしている。それぞれが思い思いの言葉を発し、
リング上の二人の一挙手一投足に注目していた。
私は、ここで大きく右手の人差し指を天に掲げた。私のフィニッシュサインである。
ますますヒートアップした観客は、やがて声をそろえて唱和をはじめた。


「S・O・S!S・O・S!S・O・S!・・・・」


この観客の唱和は、私のフィニッシュ技へと続く死のカウントダウンである。

ユキは弱弱しい足取りでなんとか立ち上がろうとしていた。
私はそこに再び『シャイニングウィザード』を決める。もんどりうって
後方に倒れかけたユキだが、後ろのロープに支えられてまたこちらに戻ってきた。

私は前かがみになったユキの後頭部に右足を乗せ、その体を横に180°回転させて
マットに後頭部から叩きつけた。
『オーバードライブ』という大技である。

あおむけになったユキはもはや立ち上がる気力すら残っていないようだった。

…まだよ。まだ終わっちゃいない。

私はすばやくコーナーポストにのぼり、上からユキを見下ろした。

これで・・・決めるッ!

私は勢いよく飛びあがり、前宙を決めながらユキに急降下した。
最後は『スプラッシュ』という空中技である。
私はそのまま体全体で倒れているユキにのしかかる。

激突した瞬間、観客の絶叫がホールにこだました。
私はそのままフォールの体勢に入り、レフェリーがカウントを始める。

「1!」

頼む・・・これで決めさせて・・・・・

「2!」

カウントが2にさしかかったとき、なんとユキが上体を起こそうとしてきた。

だめよッ!絶対にこれで決めるッ!

私はユキを必死で押さえ込むが、彼女の抵抗もすさまじい力だ。
一体この小さな体のどこにこんな力が宿っているの!?

…だけど負けない。私は小さい頃からずっとこの瞬間を夢見てきた。
もう栄冠はすぐ手の届くところまできてるのよ。絶対にあきらめないッ!!

私はさらに力を込めてユキを押さえ込んだ。

「3!」

その瞬間、ユキの体から力が抜けた。ゴングの音がホールに鳴り響く。
観客の歓声とともに実況アナウンサーの叫び声がホールに響き渡った。

私・・・私、ついに勝ったの・・・?
この私が、とうとうレジェンドオブバルキリーに・・・

なぜか目から涙が溢れ出してくる。私はユキに勝った。
私のライバル、そして一番の親友・・・・・

やがてユキはゆっくりと立ち上がった。
私は涙をぬぐいつつ彼女に向きなおった。

「ユキ・・・」
「私の負け。・・・ついに決着がついてしまった。でも悔いはない。私は精一杯戦った」

ユキはそういいながら右手を差し出す。私も目に当てていた手を慌てて差し出した。
私たちがガッチリと握手を交わした瞬間、観客の拍手が大きく鳴り響く。

「・・・彼のことお願いするわ。きっと幸せになってね」

そういうとユキはにっこり微笑み、私に背を向けてさっとリングを降りた。

ユキ・・・そうよキョンは!キョンは今どこに・・・?

私はキョンの席を見た。・・・いない!?どうして・・・
キョン、キョンはどこへ行ったの・・・・?

私は表彰の間、ずっと上の空だった。ベルトなんか欲しくない。
…今すぐキョンに会いたい。会ってアイツの胸に飛び込んでいきたい。

表彰が終わり、私はファンの声援に応えながら花道を戻った。

キョンはきっと控え室のそばで待っててくれているはず。
私は付き添いの練習生に耳打ちをして、先にインタビューの席に向かわせた。
まだインタビューまでは時間がある。その間にキョンと・・・

私はいつのまにか駆け出していた。
ずっと大好きだった。卒業して離れてしまって、ずっと不安だった。
私が夢を追いかけている間、アイツが他の女の子と
仲良くしてるんじゃないかと思うと夜も眠れなかった。
何度か枕をぬらしたこともあった。

…今なら言える。今なら素直になれる。キョン、キョン・・・私の大好きなキョン!

花道に続く廊下を曲がって控え室に続く廊下へ来ると・・・いた。薄暗い廊下の奥で、
大きな花束を抱えて立ってる姿が見えた。その顔は花束の影になって見えないが、
あのシルエットは間違いなくキョンだ。

待っててキョン!今すぐ行くから!

私はいても立ってもいられず、再び駆け出した。
「キョン!私、私とうとう・・・・・」

感激のあまり泣き出した私に、キョンは花束をささげてくれ・・・あれ?

「よくやったな涼宮、これからはお前も団体の看板として頑張ってくれよ?」

そこには、花束を抱えたままニヤつく朝比奈先輩がいた。

…えーと、なんで先輩がここに?

「この花束はお前の彼氏からの贈り物そうだ。ありがたくうけとってやれ」

朝比奈先輩はニヤけ笑いを浮かべながら花束を渡してくれた。

「キョンっていうのか?あの男。根性が座っててなかなかいい男じゃねえか?うん?」
「あ、ありがとうございます・・・」

私の頭の中でハテナマークが大量に生産される。えっと、なんでキョンの花束を
先輩が持ってるの・・・?

「お前、WWAの掟を忘れたわけじゃねえよな?」

朝比奈先輩はニコニコしながら、ドスを効かせた声で凄んでくる。
掟?一体なんのことだ?団体に恋愛禁止なんてきまりはなかったはず・・・

わけもわからずオロオロしていると、朝比奈先輩は私の首に腕を回してきた。

「お前、もしかして忘れたっていうのか?オイ!」
「オ、オス・・・ちゃんと覚えてます」

先輩、顔が笑ってないんだけど・・・

「ならいいんだ。前にたしか同意したはずだったよな。
アタシに彼氏ができるまではみんな男と付き合わないってよ?」

満面に笑みを浮かべながら朝比奈先輩が言った。
なんですって?そんな約束は・・・そうだ!たしか1ヶ月前の飲み会で、
男にフラれたばかりの先輩が無理矢理そんな約束させてたっけ・・・

「キョンってヤツにはお引取りしてもらったよ。試合後の大事な時間だもんな。
なにもわからない素人に無神経にこられちゃ困るよな?」

無神経なのはアンタだろうが!・・・いや、怖くて声には出せないけど。

「なかなかしつこく食い下がってきたんで、ちょっと本気で睨んでやったら
さすがにビビったみたいだな。おとなしく帰っていったよ」

この人に睨まれて平気な人間はこの地上に存在しない。キョン・・・かわいそうに・・・

「なーに、アタシも鬼じゃないんだ。アタシに彼氏ができたらすぐに交際を認めてやるさ。
ホレ、ちゃんと花束も預かっただろ?」
「オ、オス・・・」

不意に、さっきのユキの微笑みが頭をよぎった。・・・まさかアイツ
このことを知っててわざとあんなこと言ったんじゃ・・・いや間違いない。
私と違ってユキが人の言ったことを忘れるはずがない。
あんにゃろ、キョンのことまだ全然あきらめてないのね・・・!

「喜べよ。マスコミのインタビューが終わったら打ち上げだ。
今日は朝まで付き合ってやるからな!」
「・・・!?」

私は絶句した。あれだけの死闘の後に徹夜で飲ませる気なの!?
…もしかしたら、私はこのバケモノに殺されてしまうんじゃないだろうか。

「どうしたッ!返事はッ!!」
「お、オッス!!!」

私はもうヤケになって叫んでいた。
キョン・・・告白はしばらくおあずけね・・・クスン・・・

その後の記憶はあまり残っていない。ただ打ち上げの席では、
ユキが妙にニコニコしながら私を見つめていたのは覚えている。
ええいチクショウ!覚えてなさいよ!

それはともかく、彼女はあの勝負の中でひとまわり成長したようだ。
これからは私の背中を追うんじゃなくて、私の横に並んで共に歩んでいくことになるだろう。
良きライバルとして、親友として。

もちろん、私だってあの勝負で得るものはたくさんあった。
レジェンドオブバルキリーの称号は今までの一番の目標だったが、たどり着いてみれば
ただの通過点に過ぎないということもわかった。

次の目標はさしあたり、打倒朝比奈ということになるだろう。
…今度の目標、遠すぎるような気もするけど。

ともかく今日の試合が終わり、私たち二人の間で一応の決着はついた。
しかし、私とユキとキョンの三角関係はまだしばらく続きそうだ。

ただその前に、朝比奈先輩になんとかして彼氏を作ってもらわなければならない。
私とユキは後日、いけにえの祭壇に立ってくれる男性を必死で探すことになる。

キョン・・・もう少し待っててね・・・グスン・・・


-fin-

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