「…やれやれだな…」

今日返って来たテスト。
散々な結果だった。
最近はハルヒに振り回されっぱなしだったからな。
この結果もしょうがないと言えばしょうがないんだが。

…あまりにもアレだった。


ガチャ


「長門、お前一人か?」

俺が部室の扉を開けた時、長門は一人でいつものように本を読んでいた。
この部屋の名前を言ってみろ、おっけージャギ、そう。文芸部室。

「………コクン」

長門は静かに頷いた。

「今は何を読んでるんだ?」

俺が長机にカバンを置きながら言うと、長門からはファンタジーな答えが返って来た。

「…チャート式、基礎からの数学Ⅲ+C」

…は?
今、なんつった?
俺の耳がロバで無ければ、今、長門は明らかに参考書くさい名前を言ったんだが。

「えーと、だな。…面白いのか?」

「…あんまり」

だろうな。
つーか、読む前に気付けよ。

「…なぁ、長門」

俺はダメ元で言ってみる。

「良かったら勉強教えてくれないか?」

「…教える? わたしが?」

「あぁ、そんなの読んでるよりはマシな時間を送れるかも知れないぞ」

俺がそう言うと長門は目をパチパチさせた。
…何か考えているようにも見える。

「…分かった」

…意外と言ってみるもんだな。






「キョン、居るー?」


ガチャ


あたしが部室の扉を開くとそこには不思議な光景があった。
キョンとユキが隣同士で肩寄せ合って座っていた。
見れば机の上には勉強道具。

「な、なに? この状況?」

思わずどもってしまった。

「見て分からないか?」

「…ベンキョ、してるように見える」

ってゆーか、それ以外に見えない。
…どうでもいいけど、ちょっとくっつき過ぎじゃない?
…ホントどーでもいいんだけど。

「ま、そういう事だ」

キョンはあたしにそう言うと、またユキの方を向いてしまった。
ユキが何か小声で喋ってるけど、あたしの所まではちゃんと聞こえない。

「…なんでそんなにくっ付いてんの?」

どうでもいいんだけど、聞いてみた。


「あぁ、この方が教えてもらいやすいからな」

「なに? あんたユキに勉強教えてもらってんの?」

「思ったより今日のテストが悪くてな。こりゃいかんと一念発起したって訳だ」

「あんた…アタマ悪かったのね…」

「うるさい、ほっとけ」

顔も悪いのに、アタマも悪いなんて…。あぁ、可哀想なキョン。
…まぁ、あたしはそんなに嫌いな顔じゃないけどね。

ってそんな事はどーでもいいのよ!
あたしが部室に来た目的、それはただひとつ!

「ねぇ、キョン、ちょっと来てくれない?」

「あー、何だ。何か用か」

「用があるから言ってるに決まってんじゃない」

「他のヤツじゃダメなのか?」


…まぁ…他の人じゃダメってワケじゃないけど…


「どうせ、ヒマなんでしょ? 付き合いなさいよ」

「さっき勉強してるって言ったばっかだろうが。…お前はよっぽど素敵イヤーをしているな。今度デビルマンに取り替えてもらった方がいいぞ」

そう言いながらもキョンはしぶしぶ立ち上がろうとする。
なんだかんだ言って、キョンってあたしの頼みだと断らないのよね。





「しょうがねぇなぁ…」

俺がそう言いながら立ち上がろうとすると、クッと何かに引っ張られた。
見れば、長門が俺のブレザーの裾を掴んでいる。

「…長門?」

「…まだ終わっていない」

その目が俺を見上げる。
俺は中腰でフリーズするハメになった。

「…えーとだな。俺達の団長殿が団員をこき使いたいそうだ。自分から頼んどいて悪いんだが、また後でいいか?」

俺がそう言っても長門はその手を離そうとしなかった。

「…キリのいい所まで」

…こんな頑ななながとは初めてみるな。頑なな長門。うん、語呂が素敵。でも読みづらい。

「…ユキ?」

ハルヒも意外そうな声を出した。
そりゃそうだ。こんなにも自己主張する長門は滅多に見れるもんじゃない。

「…彼が、必要?」

長門は俺の裾を掴んだまま、ハルヒに目線を向けるとそう言った。
…なんだかヤケに挑発的だな。

「…むっ…。そうよ、キョンが要るのっ!」

コイツもコイツであっさりと釣られる。
ハルヒが突然俺の手を掴んだかと思うと、グイッと引っ張った。

「ちょ、ハルヒ…っ!」

俺は急にハルヒに引っ張られ、倒れそうになった。
が、そう思うと今度は逆側から再度引っ張られ、体勢を持ち直す。
長門だ。

…えーとだな。
…なんだこの状況は。
とりあえず服が伸びるんだが。

「あー…と、だな。ハルヒ? 長門?」

俺が声をかけるも誰も聞いちゃいない。
二人は二人で睨み合っていた。

…なんだか火花のエフェクトでも入れたくなるな、おい。

つーか、このカッコ、激しく辛いんだが。



ガチャ



俺がそんな事を考えていると誰かが扉を開けた。

「おや…これはこれは」

古泉だ。

「うーん、これは見た目にも鮮やかな二股ですねぇ」

「違うっ!」

古泉は俺達から話を聞くとニヤニヤしながら二人に、こう言った。

「要するに。お二方とも、彼が必要だと。そういう訳ですね?」

お前が言うと何だかエロいんだよ。

「………コクン」

長門が静かに頷く。

「…まぁ、ベツに正直な話、そんなに必要ってワケでも無かったんだけど…
…こうなったら後には引けないわ! 必要! そう、キョンが必要なのよっ!」

ハルヒのは、ありゃ意地だな。


「よろしい。では決めましょう! どちらが彼にふさわしいのかを!」

古泉がそう言いながら大きく右手を振りかざした。
…アレ・キュイジーヌ、ってか。

つーか、なんで古泉が仕切ってるんだ?
俺以外にも誰か疑問に思ってくれ。マジで。

「お二人は大岡裁判というのをご存知ですか?」

………おい。
…何を言い出すかと思えば、ド古典だな、古泉。


「……記録されていない」

「は? 大岡? 誰、それ?」


しかし二人ともその名前を聞いた事すら無い様だった。
…この二人より成績が下ってのは萎えるな。

「それは何よりです」

そう言うと古泉はニヤッと笑った。
…ちょっと待て古泉。お前はコイツらに何をさせようってんだ

「その昔、一人の子供をさして二人の母親が、この子供は自分の子供だと言い出した事件がありました」

おい、その流れだと。

「ですが、どちらの子供なのか、それが分からなかった。
故に、その子供の両の手をそれぞれ引っぱり合い、想いの強かった方がその子の親を名乗ったという裁判があったのです」

コイツら知らないって言ってるだろ。

「そう、もう一度それをここで行いましょう。どちらが彼にふさわしいのか。それを大岡裁判で!」

古泉、お前、楽しがってるな?



「ふーん…要するに力比べってワケね。いいわ、ユキ、負けないわよ?」

「…わたしも、負ける気は無い」

ちょ、コイツらやる気まんまんじゃん。
古泉、その話って大岡さんが居てこそじゃねぇのかよ。

古泉を見るとニヤニヤと笑っていた。
どうやら大岡役はやる気が無いらしい。

「それでは、準備、いいですね?」

「…いつでもいいわよ」

「…大丈夫」


気付けば俺は右手をハルヒ、左手を長門に取られていた。
…はたから見ればヤジロベーだな。
俺はすでに死刑囚の心持ちだった。
…どうにでもしてくれ。


「それでは。レディー…ゴー!」

古泉がそう言った瞬間、両サイドから凄まじい力で引っ張ら
って、マジ痛い。つか、痛い。千切れる。どっちかっていうと千切れる。

「ちょ!お前ら、マジで痛いっ!」

「くっ…やるわね…っ…ユキッ…!」

「……ッ……あなたこそ…」

ダメだ、聞いちゃいねぇ。

俺の右手はキリキリと絞られ、妙な汁が出そうだった。ハルヒ、これが本当に女子高生の握力か?
俺の左手はグイグイと引っ張られ、肩が脱臼しそうになっていた。長門、お前は手加減って言葉は記憶してるのか?

「おい、古泉、助けろっ!」

俺が両サイドから引きちぎられそうになっている最中、古泉は優雅に茶などすすっていやがった。

「ううーん。やはり自分で淹れたものではあまり風味がありませんね。今度、朝比奈さんにコツでもご教授願いましょうか…。
あ、何か言いました?」

この野郎。
その爽やかスマイルが今ほど憎らしいと思った事は無いぜ。

「あぁ…疲れてきた…っ…!」

ハルヒが空を仰ぎながら叫ぶ。
そうだ、ハルヒ、離してくれ。っていうか離せ。


「…ッ……△■×……」


俺は血の気が、引いた。
勝機と見たのか、長門が何か呟いてやがる。
ちょっと待て。
それってアレだろ?
朝倉を消したり、バントの構えからホームランが飛び出したりするアレだろ?

俺はホームランしたくないぞ。

「な、長門っ!」

「…ッ……コクン」

いや、そんな、大丈夫だから、みたいな顔されても。

ガチャ

俺が長門の呪文により、海の藻屑と消えようとしていたその時、部室の扉がみたび開かれた。


「なっ、なにやってるんですかっ?」

朝比奈さんはそう言うと俺に抱きつき、二人から引き離した。

…助かった。マジで千切れるかと思った。いや、千切れるならまだいい。
長門の呪文が炸裂した日には、俺など木っ端微塵になっていてもおかしくない。

いや、おかしいっつの。


「朝比奈さん…あなたは俺の命の恩人です…」

「ふ、ふぇ?」

俺は朝比奈さんの手を取り、感謝を捧げた。

「はぁー…結局決着付かなかったわね…ま、いいか。あれ以上やるとキョンの腕がもげるからね」

もげるとか言うな。

「…残念」

そこも残念とか言うな。

「ふぅ…ま、いいわ。ねぇ、みくるちゃん、ちょっとこっち来て手伝って」

「ふぇ? あの、涼宮さん? えっと、あの、ひぇぇぇんっ!」

ハルヒがそう言ったかと思うと、俺の命の恩人はあっさりと拉致られた。

「あ、ユキ、キョンのことなら少し貸しといてあげるわ。その内ちゃんと返しなさいよ?」

ハルヒは部室の扉から顔を覗かせるとそう言った。
…いつから俺はお前の所有物になったんだ。

「…分かった」

長門も丁寧に返事するんじゃない。

ハルヒ達が部室から出て行くと、さっきまでの嵐が過ぎ去り、部室に平穏が戻った。


…クイクイ


…何かに引っ張られる。

俺がそちらを見やると、そこには長門が居た。

手に【チャート式、基礎からの数学Ⅲ+C】を持って。

「…えーと。長門さん? もしかしてそれをやろうっていうのか?」

「………コクン」

…ハルヒに拉致られた方がまだマシだったかも知れないな。




「いやー…平和ですねぇ…」

元凶が、のんきに呟いた。





終わる

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