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「全くもって意味がわからねえ。なあ、さっきからのこりゃあなんなんだ?この性質の
悪い冗談はなんなんだよ」

 ぐるぐると唸る獣のような声が、俺の口から放たれる。いつもの余裕ぶった口ぶり
なんぞは遥か彼方に消え失せていた。

 おいおいちょっと待てよ俺。お前はそんな熱血キャラだったか?つーか何をそんな
に怒ってんだよ。ハルヒの気まぐれは今に始まったわけじゃなし、別にそこまでキレ
るようなこ――――黙れ。
 自身の気楽な部分が上げる非難の声を一息に掻き消し、俺はハルヒを睨みつけ
る。ハルヒは若干狼狽えたようだが平静な顔を作り、

「何って。あんたたちの恋のお手伝いに決まってるじゃない。よかったわね?上手く
いって。ま、あんたたちに任せてたらきっとこうはならなかったでしょうね。あたしに
感謝なさいよ?あ、でもさっき言ったのは本気だから。あんたたちが付き合ってる」

 付き合ってる限りはSOS団部室の敷居は跨がせない、とでも続けるつもりだった
のだろうか。しかしそれは再び吐き出された俺の呻きに遮られた。

「ふざけんな」

 ハルヒの顔がかつて見たことのないような表情に彩られる。もしかしなくても、その
表情の意味するところは怯えに他ならない。どうしてだろうか。普通ならば二の口を
浴びせるのを躊躇してしまうようなその顔は、しかしことハルヒに限っては俺の苛立
ちを加速させていく。

 なあ、どうしちまったってんだよ涼宮ハルヒ。
 そんな言動も、ツラも、ちっともお前らしくないだろうが。


 俺は多分、傍からは怒りの矛先と温度をこれ以上ないくらいに間違えているように
見えるのだろうな。自分でもそれは分かっていた。
 けれど俺にとってこれは必要な怒りだ。万事流されているような俺にだって、どうし
ても譲れないものがある。これはそれを守る為の、魂の咆哮だ。

「もしかしたら俺も悪いんだろう。お前が突拍子もないことをする奴だって知りつつ、
放っておいたんだ。それがお前の暴走を招いたってんなら、俺はお前に詫びる必要
がある」
 俺は少し言葉腰を柔らかくして続ける。

「だがなハルヒ、俺は後悔なんぞしちゃいない。なんだかんだで、俺はその突拍子
もないことが好きだったからな。お前が今度は何を仕出かすのか、どんな馬鹿な
ことを企んでやがるのか、楽しみで楽しみで仕方なかった」

 これは、紛れもない本心からの俺の言葉だった。なんだかんだあっても、俺は毎
日が楽しかった。こいつの馬鹿に付き合わされる日常が、堪らなく好きだったんだ。
でも、それが―――

「―――それが、なんなんだよ今日のは。ちっとも楽しくなければ面白くもねえ。お前
はどうだ?楽しかったか?赤っ恥をかく俺と、お前の吐いた出鱈目を鵜呑みにする
長門は。滑稽だったか?愉快だったか?楽しかったかよ。なあ、どうなんだ」

 吐き捨てるような俺の言葉に、ハルヒはハッと顔色を変える。
 ようやく気付いたか。だがな、もう遅い。

「ち、違う…。あたしは、そんなつもりじゃ―――」
「違わないね。それにお前がどんなつもりだったかなんて端から問題じゃない。問題
なのはお前が今日、人として最低の行動を取ったってことだ」

 いつものハルヒなら、絶対にこんな真似はしない。そりゃあ、どうしようもなく自分
勝手で自己本位で猪突猛進、周りの迷惑を考えない奴だけど、誰かを傷付けるよ
うな真似が出来る奴じゃない。

 そんな奴じゃ…、なかったのに。 …畜生。

「俺はいい。どう扱われようがな。どうせ普段から何をしてるわけでもない。たまの
不遇な扱いが俺の役回りってんなら、俺は甘んじてそれを受け入れるさ」

 溢れ出る言葉は止められそうにない。止める気だって毛頭ない。

「だが長門はそうじゃない。長門は俺なんかとは違っていつもお前やSOS団のこと
を最優先にしてくれている。その為に最善の努力をしてくれている。それこそ我が
身省みず、身を粉にしてだ。それを…、お前はなんだ?騙して、嘲笑って。それで
立場が悪くなりゃ団長様でございってか。ふざけるのも大概にしろよ」

 罪状を読み上げる裁判官のような心地で、俺は言った。

「もしお前が俺をムカつかせたいだけで今日のこれを仕組んだんなら、褒めてやる。
最悪だよ。クソッタレ。反吐が出る。正直、顔も見たくねえ」





 ぱしん、という乾いた音が店内に響く。左頬がひりひりと痛み、やがてじんわりと
した熱を持つ。誰かに引っ叩かれたのだと理解するのに、時間など万分の一秒も
必要なかった。
 俺は目の前に立ち塞がった人物を見る。まさかこの人に平手打ちをされ、あまつ
さえこんな目で睨まれる日がこようとはな。

 見間違えようもない。ウェイトレス姿の朝比奈さんだ。

「キョンくん…!そんな言い方…、あんまりです!涼宮さんは…!」

 朝比奈さんは叩いた掌も痛むだろうに、その手を押さえるような仕草ひとつ見せ
ないでいる。怒って…、いるのか。小さな肩を震わせ、燃えるような意思をその瞳
に湛えていた。

「朝比奈さん。すいませんが黙っていてください」
「黙りません」
 俺はなるべく冷たく聞こえるように言い放つ。だが、朝比奈さんは怯まない。俺の
目を真っ向に見据えると、静かな口調で語りだした。

「涼宮さんは…、そんなこと思ってない。あなたや、長門さんを馬鹿にするつもりな
んてない。それは、結果的にそうなっちゃったのはよくないことですけど…、でも、
涼宮さんはそんなこと、絶対に望んだりしていません!そんなこと…、絶対…」

 その弁明は、押し黙ってしまったハルヒの代わりのつもりなのか。朝比奈さんの
声が、俺の胸に重苦しく圧し掛かる。…でも、違うんだ。

 確かに、ハルヒはたとえどんな腹積もりがあったにしても、SOS団の誰かを貶める
ような真似はしない。だが…、『結果的にそうなった』?それは絶対に在り得ないんだ。
 あいつの企みがあいつの意図しない結果になるなんて絶対に在り得ない。それは
俺たちが一番良く知っていることで、朝比奈さんも理解している筈だ。それで敢えて
俺を止めようなんてのは、そんなのは……、


 俺の肩を掴んでいたのは、いつの間に現れたのだろう、古泉の手だ。
 なんだよ古泉。お前もかよ。

「あなたの憤りは分からないではありませんが、怒りに任せて物を言ってもどうとな
るものではないでしょう。激流は木板を破壊しますが、水滴は静かに穴を穿ちます。
どうか、冷静になって下さい」

 古泉の顔つきも、朝比奈さん同様真剣そのもの。だが…、

「俺は至って冷静だがな」
「ご冗談を。でしたら何故そんな物の言い方をするんです。感情をぶつけるだけでは
人間関係は成り立ちません。感情を抑え、相手の心情を理解してこその人間でしょう」

 古泉の正論は、いつもならば胡散臭いほどに、それが一々ムカつくってくらいに
納得できるのに、どうしてか、今日はいつもほどのキレがなかった。既に俺がこれ
以上ないくらいにムカついてるからか?いや、そうじゃない。

 その言葉に、一切の余裕がないからだ。

 古泉の顔を真っ直ぐに見据える。その目の奥に見え隠れする焦りを、俺は見逃さ
ない。…そうか。そういうことかよ。俺は胸中吐き捨てる。もしかしたらそれは、とう
の昔に気付いていたことだった。

「なあ古泉。回りくどい言い方しないではっきり言ったらどうだ?」
 古泉は、俺の台詞に思うところがあったのだろう。分かりやすくその顔色を一変
させた。俺はすかさず言葉を繋げる。
「お前がはっきり言えないってんなら、俺が代わりに要約してやる」
 間違っていたら言ってくれ。そう付け加え、俺は一旦口を結ぶ。そして問うべき言
葉を反芻し、再度口を開いた。


「お前は、何も事を起こしたくなければここは黙っていろと、俺に言っているんだよな?」


 その言葉が何を意味しているのか、古泉には分かる筈だ。だから俺は、できるこ
とならそれを否定して欲しかった。……信じたかった。
 古泉は目を瞑り、暫く考えるような素振りを見せた後、俺の目を見て、答える。

「…ええ、その通りですよ」

 もしかしたら。ひょっとすると。頭の片隅に淡く思い描いていた幻想が、その台詞
と共に消え失せる。俺はそのまま、努めて表情を変えないようにしながら、朝比奈
さんの方へと向き直った。

「朝比奈さんも、古泉と同意見ですか?」
「……、ぁ……、……ぇ……、と、」
 朝比奈さんは小さな声を漏らすだけで答えない。だが、その居た堪れない表情は、
暗に肯定の意を示すもの。朝比奈さんもまた、古泉と同じなのだ。

 理解した瞬間、俺は目の前が真っ暗になるような感覚を味わった。朝倉に刺され
たときも、こんな感じだったか。生きる気力や活力といったものが全て消え失せてし
まったような、体から力が抜け落ちていく感覚。

 或いは、分かっていた筈のことだ。古泉も、朝比奈さんも、自分たちの帰属する
世界を守る為、任務としてここにいるのだと。それを、俺は知っていた筈だった。
 だが、信じたかった。それでも俺は信じたかったんだ。こいつらは俺の仲間なんだ
と。こいつらは任務なんかじゃなく、自分の意思でここにいるんだと。

 それが今、こうして裏切られた。


 だってそうだろう?

 ハルヒが必要だから。自分たちの勢力に涼宮ハルヒの力が必要だから。
 たとえそれがどんな涼宮ハルヒでもそれでいいと、こいつらはそう言ってるんだ。

 俺に、こんなハルヒを受け入れろと言っているんだ。


「冗談じゃねえぞ…」
 呻き、俺は傍らで立ち尽くしている長門に視線を向ける。
「…長門は?お前も同じなのか?」
 最早、すがるような心境だった。

 長門はいつもの顔で俺の視線を受け止め、言う。

「……解らない。でも、感情に任せて全てを決めるのは、とても危険なこと。これ以
上の不和を起こすのは、得策ではない」








「そう、か」

 ぽつりと漏れた声に誰よりも驚いたのは、恐らく俺自身だ。世の中の全てに絶望
した人間はこんな声を上げるだろう、そんなことを思わせるような、全てを諦め切っ
た響きがそこにあった。同様に、表情もまた酷いことになっていることと思う。

 俺は息を一つ吐くと、瞼をぎゅうと閉じる。何故だろう、たったそれだけのことで、
打ちのめされた俺の心は平静を取り戻していった。こんなときにこんな声も、こんな
顔も似合わない。そんな思いがあったのだろうか。
 ともかく、再び瞼を開いたとき視界に映ったのは、各々少なからず動揺している
SOS団の面々。俺はやけに穏やかな気分でそれを眺め、皮肉っぽく笑った。

「分かったよ。お前らがそう言うなら、仕方ない」

 誰よりも先に反応したのは朝比奈さんだった。朝比奈さんは俺の笑みと言葉の
意味を、多分好意的に受け取ったのだろうな。ぱぁっと顔を明るくさせると、

「それじゃあキョンくん…!」
「ええ、交渉決裂です」

 俺は、たった一言でそれを否定する。そして黙ったまま床を睨み続けているハル
ヒへと視線をやり、乾いた言葉を口にする。



「というわけだ、ハルヒ。たった今をもって、俺はSOS団を辞めることにした」








 何を言っているのか分からない。ようやく面を上げこちらを見たハルヒは、そんな
顔をしていた。ハルヒだけではない。その場にいる面々は皆が皆、同じような顔を
していた。俺は一つため息をつき、心情をそのまま言葉にする。

「後はお前らで好きにやってくれ。あと長門の無期限団活動停止も白紙だな。俺と
付き合ってなきゃ別にいいんだろ?長門はどうせ俺とは付き合わん。だから問題
なしだ。こいつとは今まで通りの付き合いをしてやってくれ」
 正直、自分がここまで薄情な人間だったなんてのは思ってもみなかったね。こん
な台詞を吐きながら、俺は心の底から平静としていやがった。今後もうこいつらと
顔をつき合わせることもないだろうなぁなんて、そんなことまで考えながら、だ。

「キョンくん!あなた、自分が何を言っているのか分かっているの?」
 ええ、他ならぬ俺のことです。誰よりも理解しているつもりですよ。朝比奈さんの叱
責に、俺はそんな言葉を返す。この人の出してくれるお茶を飲む機会ももうないの
かと思うと酷く残念な思いに駆られるが、それも仕方のないことだ。

「ふざけないで下さい。ここでそんな選択をして、それがどういった結果を生み出す
のか。あなたは知っている筈です」
 横から声を上げたのは古泉だ。食ってかからんばかりのその様子が可笑しくて、
思わず鼻から息が漏れた。なあ古泉。お前にはやっぱいつもの余裕ぶった顔の方
が似合ってるよ。喉元まで出かかったそんな台詞を、俺は飲み込む。

 長門は視線こそ俺に向けるものの、相変わらずの無表情だ。まあ、そうだろうな。
俺がいなくなろうがこいつの存在意義になんら影響は与えない。だからその瞳が俺
への非難を、そして悲しげな色を帯びているように見えるのは、多分気のせいだ。

 そして、ハルヒは。

 ハルヒは、もうこちらを見ていなかった。再び視線を床に落とし、その表情は前髪
に隠れて分からない。何かしら小煩い反応でもあるかと思っていたのだが…、まあ、
いいさ。なんとなく期待外れな気分で、俺は視線を古泉と朝比奈さんに向ける。

「ああ、知っているさ」
「でしたら…」「だったら…」
 俺の返答に、二人は全く同時に言葉を返す。思わず、声に出して笑いそうになる
が、なんとか苦笑を浮かべるだけに留められた。
 俺は顔に張り付く笑みを消し、それから一般に『ばつの悪い顔』と呼ばれるような
顔を作る。そしてそれすらも消して、出来るだけ真面目な顔と声で二人に告げた。

「あのな、古泉、朝比奈さん」

 思えばこいつらとの付き合いも、まだたった一年と少しでしかない。だというのに、
なんだか昔からずっとこうしていた気がするのは、きっと俺にとってこいつらと過ご
してきた時間が、何物にも替えがたい夢のような時間だったからだ。

 ……でも、それももう終わってしまった。なら、さっさと終演にしてしまおう。

「俺はもうどうなろうと知ったこっちゃねえんだよ。どうせ、こんなつまらんお前らしか
いない世界だ。潰れるなら、さっさと潰れちまえばいい」

 閉幕を伝えよう。たった一人の観客たる、俺自身に。

「がっかりだよ。失望した。この世界にも。お前らにも。そこの涼宮ハルヒにもな」

 楽しい夢はもう、終わってしまったんだ。




 ………ん?


 その音を俺の耳が拾えたのは、有体に言って奇跡とか呼ばれるような現象の類
か知れない。そんなことを思ってしまう程、『そいつ』が発した声は小さく、やけに頼
りなかった。

 或いは単に俺の耳が長門のか細い声に慣れていたおかげだろうか。何れにせよ、
それを聞き取ることが出来なかったら俺はさっきの言葉を捨て台詞にこの場から
立ち去っていたに違いない。

「なんか言ったかよ」

 俺は『そいつ』を真正面に見据え、吐き捨てる。『そいつ』は体さえこちらに向けて
はいたが、自分の靴に何か用事でもあるかのように俯いたまま、俺の顔を見ては
いなかった。

 途切れ途切れの『そいつ』の声が、俺の鼓膜を揺する。ぶつぶつと断続的な音で
しかないそれは、やがて声量が増していくと共に言葉としての意味を持ち始める。

「あたしは…、ただ、確かめたくって…。だって、あんたは流されやすいし、だから、
つきたくない嘘までついて、確かめようって思って…、それだけ、ホントにそれだけ
だった…、なのに、なんで…?」

 はっきりしねえな。もっと要点まとめて言えよ。それからな。人と話すときはちゃん
と目ぇ見て喋れ。そんなぼやきのような俺の声が聞こえたかどうかは分からない。
だが、『そいつ』はがばりと顔を上げると俺の顔を睨みつけ、

「なんであんたが辞めるとか言い出してるのよ!!わけわかんないわよ!!!」

店中の窓ガラスが割れるんじゃないかってくらいの大音声で叫んだ。


 耳の奥で旅客機が轟音を撒き散らし飛んでいく、そんな状態であるのは恐らく俺
だけではあるまい。見れば古泉は同様に顔を顰め、朝比奈さんに至ってはそのま
んま耳を押さえていた。
 俺もそれに習いびりびりと痛む鼓膜を労わってやりたかったが、そうもいかない。
何せ、閉幕に気付いてない観客がもう一人いたのだからな。いや、気付いてないど
ころか降りた幕をめくって中を覗き込み、あまつさえ続きを要求してやがる。

 だが、もう無理だ。残りの観客は全て引き上げ、役者たちも舞台から降りた。俺
のいるSOS団という公演はもうとっくに終わっている。再演の予定はない。

 なら、やはり俺が告げなくてはいけないのだろう。


「さっきも言っただろう。お前がどういうつもりだったかは問題じゃない。お前が何を
したかが問題なんだ」
 反論の隙を与えるつもりはなかった。俺は矢継ぎ早に言葉を紡ぐ。

「俺は、それに我慢がならない。直せるもんなら是非直してもらいたいが、古泉や
朝比奈さんはそのままでいいんだそうだ。どうやら二人と俺とは根本から考え方が
違うらしい。こりゃあ直せる直せない以前の問題だよな。だから俺は辞める。異論
はないよな」
 一息に口にし、『そいつ』の反応を待つ。まあ、待つ暇なんてあるわけないのは、
分かっていたが。

「あるに決まってんでしょ!?勝手に辞めるだなんて団長のあたしが許さないわ!」

 期待通りと言うべきか、『そいつ』はまるで脊椎で考えたような速度で、脊椎で考え
たような言葉を返してくる。はっ、団長ねえ。親の仇でも見るようなその視線を受け
流し、俺は言った。
「こんなときまで団長様か。まったくいいご身分だ」
「なっ……!」

 『そいつ』は絶句し、歯を食いしばる。歯軋りの音が聞こえそうな程だ。

「返す言葉もないってか。自分がどれほど横暴か、少しは自覚があったらしいな。
正直驚きだ。ま、だからってお前が横暴なことにはなんの変わりもないが」
「くっ…、」
 またも反論はなし、か。ふん、クソ面白くもねえ。


 俺に文句があるなら言えばいいだろうに。少なくとも、今までこいつが俺にモノを
言うのを躊躇したことなどなかった筈だ。はっきりしない『そいつ』の態度に、俺は
苛立ちを感じていた。だから、だろうか。つい、口が滑ってしまう。

「まあいいさ。お前はいつまでもそうやって我侭放題に喚いていればいい。そんで
そこにいるご機嫌取りどもと、せいぜい仲良くやるんだな」

 けして言うつもりはなかった言葉。汚らしい憎悪の言葉だ。それが、零れる。

「ご機嫌取り…?あんた、それ本気で言ってる…?」

 唖然とした声と表情が胸に刺さる。…いや、いいさ。言ってしまったのだから仕方
がない。心のどこかでそう思っていた事実には変わりない。
 それに、お前らを本気で仲間だと思っていたのは、結局俺一人だけだったんだ。
なら最後くらい、こんな台詞吐いたって構やしないだろう?

「ああ。本気だ。仲間の間違いも正せないようなフヌケどもだ。それ以外にどんな
形容の仕方があるってんだ?」

 『そいつ』は口をぱくぱくと開けたまま、言葉を吐き出せないでいた。その内に苦々
しく口を閉じる。話は、そこで終わりのようだった。


 気付いたことが一つある。先ほどこいつに言った台詞、『自分がどれほど横暴か』
って話だ。どうやら、俺もまたなんだかんだでそれに当てはまっているらしい。こんな
状況を自分で作っておきながら、俺はまだ全てを終わらせる言葉を吐けないでいる。


 …ああ。そうだな。もう、終わらせよう。もう、充分だ。

 俺は『そいつ』に、涼宮ハルヒに、別れの言葉を告げ――――










「…じゃあな、ハルh――――ぃんぐぉ、」


 ――――ようとして、殴られた。




 首から上がなくなりそうな衝撃に、俺の体は無様にも再び床に転がる。咄嗟に身
を起こし、叫んだ。

「いってぇな!なにしやが……!」
 言葉を途切れさせてしまったのは、仰ぎ見た俺の視界にとんでもないものが映っ
ていたから。それは夢か幻か、はたまた殴られた衝撃で俺の目がいかれてしまった
とでも言うのか。少なくとも俺にとってその光景は、到底真実味のあるものではない。

「あんた、最低よ…」

 わなわなと肩を震わせるハルヒは、ぽつり、怨嗟の声を零す。ぽろぽろとその両
目から零れるものが何なのか。いくらなんでも見紛えようはなかった。

 あのハルヒが、泣いていた。

「あんたは、腐ってもそんな奴じゃないって、信じてたのに…」

 ハルヒは零れ落ちる涙を拭おうともせず、足元に転がる俺を見下ろす。俺はその
言葉の意味を、理解できずにいた。


 信じてた?何を言ってるんだ?こいつは。
 だって、信じてたのは。お前らを信じてたのは俺の方だろう?
 俺だけがお前らを信じていて、お前らは俺を裏切った。
 だから、さよなら、もう終わり。そうだろう?

 違う…、のか?



 ………あれ?…、なんだ? なんで、こんな、苦しいんだ?



 ハルヒの放った棘が、俺の胸に風穴を空ける。言葉で人を殺せるなら、俺はもう、
とっくに死んでいたのか知れない。そんなことを思ってしまうほどに、俺は平静を失
っていた。

 ハルヒは、涙点から流れ込むのだろう、鼻をすすると、一声に言う。

「辞めたければ勝手に辞めればいいわ!こっちだってもう知ったこっちゃないわよ!
もう顔も見たくない!このボケナス!アホンダラ!大っ嫌い!死ね!死んじゃえ!」

 ぐらり、目の前の世界が揺れた。



 言葉で人を殺せるなら。さっき俺が考えたことだ。そんなものはただの言葉遊びか、
妄言の類に過ぎないと分かっている。けれど、ことハルヒの発言に関しては、果たし
て言葉通りの意味になり得る。勿論、ハルヒが心底それを望んでいれば、だが。
 俺はハルヒの顔を見る。怒りと、失望に充ちたその表情は、俺に"それ"を理解さ
せるには、充分だった。

 そうか。俺は死ぬのか。

 ついさっきまでの俺なら、何を思うでもなくそれを受け入れていたかも知れない。
どうせつまらない世界だと、むしろその早めの退場を喜びさえしただろう。

 どうしてだろう。今の俺は、酷く残念な思いでいっぱいだった。このままここで死ん
でいくことが、堪らなく残念で仕方がなかった。それがどうしてなのか。上手く言葉に
表すことが出来ない。


 なんで…、俺はこんなに…


 揺れ動いていた世界が、ゆっくりとその鳴動を弱めていく。

 もう、時間はないらしい。
 腹の内にある後悔は、最早役には立ちそうになかった。

 俺は、覚悟を決める。
















 世界の揺れがおさまった後、俺は、何故か五体満足でその場にいた。けれど。
 助かったのか?どうして?そんなことを思う余裕などなかった。

 どさり、とやけにあっけない音。
 長門が、床に倒れこんだ音だった。


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