あたしはついているのかついていないのか。目の前に目標である朝比奈みくるを見つけておきながら、
みすみすと逃がすことになるとは。TFEIがいたことが最大の障害だった。
「フンっ……。目の前に目標を差し出しておいて、TFEIでぬか喜びか。運命ってのはイタズラ好きのようだな」
「追跡します」
「ああ、頼む」
あたしの部下の半数が朝比奈みくるたちへの追撃に向かった。どのみちTFEIがいる限り、殺害は不可能だろう。
下手をすれば今すぐ殲滅されてもおかしくなかったほどだからな。ただし、それをしなかったと言うことは、
できなかったという解釈が成り立つ。となれば、まだチャンスは十分にあるはずだ。
あたしは自分の片腕と認識している部下を呼びつけ、
「他の移転はどうなっている?」
「はっ。確認したところ、一定距離に散らばってはいますが、すべて移転完了しています」
「……わかった。時間がない。この洞窟から出た後、まずは他の武器の回収を行う。
さっき追撃にいったチームは洞窟から出た後は追跡するなと伝えろ」
「了解」
そう言って彼は無線で連絡を取り始める。
今度こそ負けてたまるか。見ていろ朝比奈みくる……
◇◇◇◇
一体何がどうなってやがんだ。今まで色々たくさんあったが、武器を持った軍人に追っかけ回されるなんて初めてだぞ。
また、背後から銃弾が飛んできて洞窟の壁に当たる。その度に壁の破片が俺たちに降りかかってきた。
「朝比奈さん! がんばって! もうちょっとだから!」
「は、はいいいい!」
いつものふにゃふにゃ声を上げながら、朝比奈さんは俺についてきていた。その後ろを守るように、
最後尾に長門がついている。銃の発射音に比べて俺たちの周りまで到達している銃弾の数が少ないのは、
やはり長門が何とかしてくれているからだろう。
ふと、俺の頭上に何かが飛んできたことに気がついた。懐中電灯を反射的に向けて正体を確認すると――手榴弾っ!?
「伏せて」
長門が言うのが早いか遅いか。俺は地面にそのまま突っ伏した。朝比奈さんも俺に抱きつくように伏せる。
五秒ほど経過しただろうか。爆発音もなにもしない。俺は頭上を見上げると、空中に球体のようなものが発生し、
その中で煙と閃光が渦巻いていた。
「爆発性物質をその中に封じた。5分後までその状態を継続――うっ」
長門が説明している間に背後から飛んできた銃弾が彼女の背中に数発命中した。
背中から血と肉片が飛び散るが、それでも長門は微動だにしない。
「な、長門!? 大丈夫か!」
「大丈夫。この程度ならば個体も正常に動作できる。今は防御に徹するため、修復は後」
そんな長門を見て朝比奈さんは今にも泣き出しそうになっていたが、俺はすっと肩に手を置いて、
「とにかく逃げましょう! ここだとなぶり殺しにされるだけです!」
「す、すいませんんん……。腰が抜けちゃったみたいでぇ……」
ええい。朝比奈さんらしいといえばそこまでだが。
俺は彼女を背負うと、また走りだした。長門も足下までだらだら血を垂れ流しながらも、
表情一つ変えずに俺たちについてくる。
そのまま、手榴弾やら銃弾やらロケット弾やらをかわしながら、俺たちはようやく洞窟の外に飛び出した。
辺りはもう暗くなりつつあり、近くを走る市道にライトをともした自動車が数台通り過ぎていく。
ここまではバスで来たが、追われている状況でバスが来る時刻までのんびりと待つわけにも行かない。
「あれ」
長門がすっと指さす。その先には市道上で一台のワゴンタイプの自動車がランプをともしたまま停車していた。
そして、そこで手を振っている人物は――
「古泉か! 助かった!」
俺は朝比奈さんを背負ったまま、市道までの急斜面を滑るように降りる。長門もそれに続くが、
洞窟から出てきたらしいさっきのいかれた武装集団は俺たちに向けて容赦なく銃撃を加えてきた。
「長門! 本当に大丈夫なのか!?」
「まだ――持つ」
心なしか長門の顔色が悪い。そりゃあれだけ血を流しているんだ。普通の人間なら貧血どころかショック死しているかもしれん。
銃撃では無駄だと思ったのか、今度はロケット弾の雨が俺たちに襲いかかる。
古泉が待つ自動車の周辺にも大量に落ちていた。このままでは逃げられなくなる!
「任せて」
長門がつぶやいたとたん、ロケット弾が俺たちの頭上の上空で爆発を始めた。
どうやらさっきから展開している壁を広げたらしい。全てのロケット弾をはじき返している。
俺たちはようやく市道まで降りると古泉のいる自動車まで――
「――長門っ!?」
振り向けば、力尽きた長門が路面に倒れ込んでいた。俺は一目散に彼女の元まで引き返し肩を貸す。
「しっかりしろ! もうちょっとだ!」
「…………」
顔面蒼白だが無表情の長門を抱え、俺はまた古泉の方に走る。途中で古泉が長門を抱え、
ワゴンタイプの自動車の中に飛び込んだ。
「発射しますぞ。スピードを出すのでご注意を」
ハンドルを握る古泉と同じ機関の人間である新川さんが言う。そして、急発進の猛烈なGにつぶされそうになりつつ、
俺たちはその場から逃げ出した。背後から飛んでくる銃弾がトランクに数発当たるたびに朝比奈さんがひえっと声を上げる。
俺は長門を抱きかかえている古泉に、
「すまねえ。助かった」
「いえ、こちらも遅くなってすみません」
古泉はにこやかなスマイルを浮かべる。長門も自分自身の修復を終えたらしい。背中からの出血は停止していた。
「新川。このまま彼の家まで」
「わかりました」
助手席に座っていた森さんが新川さんに指示を出す。
俺は後部座席から身を乗り出し、
「森さん、新川さん。すいません。助かりました」
「礼を述べる必要はありません。これはわたしたちの任務なんですから」
プロらしい言葉で返したのは森さんだ。新川さんもそうですなとうなずく。
俺はここに来てようやく助かったことを自覚し、座席にふうっと身を任せた。
背後の席では朝比奈さんがひっくひっくと鳴き声を上げている。気の弱い彼女にとっては地獄のような瞬間だっただろう。
泣いて当然だ。俺だって泣きたい。
「確認しても良いですか?」
「なんだ古泉。言っておくが俺たちも訳がわからんから、答えられることは少ないぞ」
古泉は構いませんと、
「あなた達を襲ってきた人間の目的――は恐らくわからないでしょうから、
何か言っていませんでしたか? できるだけ正確に教えてほしいんですが」
「目的ならわかっている。朝比奈さんの殺害だそうだ。大声で宣言してくれたよ」
古泉は俺の答えに意外そうな顔を向け、
「朝比奈さん――ですか。これは予想外でした。どうみても殺意を持った相手だったので、
てっきりあなたを狙ってきた者だと思いましたが」
「以前に朝比奈さんは誘拐されそうになったじゃねえか。まあ、殺されるような憶えは絶対無いだろうけど」
そう言いながら朝比奈さんをちらりと見る。顔を伏せたまま、まだ泣きじゃくっていた。ちっ、何が目的だか知らんが、
こんなか弱い少女をいじめて何しようってんだ。
と、俺はあのボス女が言っていた言葉を思い出し、
「そういや、『目標の1人がいる』って言ってやがったな。どうやら、目的は朝比奈さんだけじゃないようだ」
「なるほど……。となれば、あなた達三人以外でまだ誰か目標がいるみたいですね。
その場で1人としたと言うことは、あなたと長門さんは含まれていない証拠です」
「そうなるな。あと、長門のことも知っていたようだ。お前と同じTFEIという言葉も使っていた」
「なんですって?」
これには古泉があからさまにおかしいという表情を浮かべる。それを聞きつけた森さんは、
「TFEIという言葉は『機関』で使われている言葉です。敵対する組織を含め、それを使うものは他には心当たりがありません」
「じゃあ、お前の仲間だってのか? さっきの連中は」
俺は古泉に疑惑の目を向けると、古泉は肩をすくめて、
「いえ、結論を出すのはまだ早いと思います。それに『機関』の中に強硬派もいることは認めますが、
先ほどのような大規模な行動を起こすほどの勢力ではありません。もうしばらく調査が必要かと」
古泉の言葉に俺はふうっとため息を吐いた。どのみち、わからないことだらけだ。これではどうにもならん。
とにかく、今は今後どうするか考えることが重要だな。
「相手の目的がわからない以上、こちら側から仕掛けることは無理です。居場所もわかりません。
とりあえず、今日のところはあなた達は家に帰ってもらいます。『機関』から増援も到着しますので、
住居周辺を警備させます。あなた達には指一本手出しさせません」
何だか森さんが頼もしいことを言ってくれているみたいだし、今日はもう家に帰って寝るか。いい加減疲れた。
◇◇◇◇
すっかり闇に落ちたころ、ようやく俺の家の前に『機関』の自動車が到着した。
「今日は助かった。ありがとな、古泉」
「いえ、当然のことをしたまでです」
そう言葉を交わすと俺は自動車から降りようとして――
「キョンくん」
俺は背後から言葉をかけられ停止する。見ると、いつの間にか泣きやんでいた朝比奈さんが俺を見つめていた。
「ごめんなさい……本当にごめんなさい! まさかこんな事になるなんて考えてもいなかったから……ごめんなさい」
「いいんですって。朝比奈さんはあんな事が起こるなんて知らなかったんですから。文句を言いたいのは、
あなたの上司の方ですよ」
これは本心だ。今回の指令の目的があの武装集団と関わりがあるというなら、朝比奈さん(大)は絶対に許せない。
危うく俺たちはみんな殺されそうになったんだからな。
「そう……ですね。この件はあたしの方からも確認します。いくらなんでもひどすぎます……」
落ち込んだように言う朝比奈さん。全くこんなかわいい人を泣かせるなんて何を考えてやがるんだ。
俺は自動車を降り、去っていくそれを見送ってから重い足を引きずって自宅へ入った……
◇◇◇◇
翌日。俺は昨日から継続している重い足を引きずりながら学校に向かった。
『機関』の連中が俺たちを守ってくれると言っていたが、いつも歩く通学路にはそれらしい人物の姿は見えなかった。
プロだから早々姿をさらすようなマネはしないのだろうとしておく。
教室に入ってまず気がついたことはハルヒがいないことだ。ま、たまに遅れることもあるだろうと思っていたが、
始業のチャイムが鳴っても姿を現さない。岡部からは、ハルヒは体調が悪いという連絡があったので、
午前中は休むと言うことになっていると告げられた。
俺は即座に腹の調子が悪いと申告して、携帯を片手にトイレに駆け込み、古泉に連絡を取る。
「古泉、ハルヒが学校に来ていない。何か情報をつかんでいないか?」
『確認できています。涼宮さんはまだ自宅にいるようです。姿も確認していますので、
トラブルに巻き込まれたと言うことはないかと。たまにはこういう事もあるのではないでしょうか?』
「そうか……ならいいんだ」
そこで連絡終了。全くハルヒの奴、こんなタイミングで学校を休んだりするなよな。
俺は愚痴りつつ、教室に戻って午前の授業に入った。
◇◇◇◇
小高い丘の地面に寝転がったあたしの視線に映る太陽と空の青さが身にしみる。
こんなきれいな空を見上げたのはいつ以来だろうか。あたしが知っている空は、汚らしいばい煙でゆがんだものしか知らない。
「……伍長」
「何でしょう三佐」
近くにいた伍長を呼びつける。愚直でまっすぐな目をあたしに向けて返事をする彼はいつでも忠実だ。
「物資の確保はできたか?」
「はい、武器弾薬の確保はほぼ全て完了しています。移転時に散っていた兵士も全て集まりました」
「何人だ?」
「151名です」
「そうか。ならば、49名は移転に失敗したと言うことだな?」
「……そうなります」
悔しそうな表情を浮かべる伍長。戦闘もなにもせず25%の兵士を損失……か。
あたしはすっと立ち上がると、
「さて、伍長。作戦開始だ。同志の死を意味あることにするためにも負けるわけにはいかない」
「わかりました。ただ……」
伍長はどもる。あたしはふっと笑みを浮かべて、
「不満そうだな? 言いたいことがあるなら言っても良い」
「……は。僭越ながら、二発しかない対地ミサイルをここで使うのはどうなのでしょうか?
ここは温存して切り札としておくべきでは」
「相手にはTFEIがいる。あの攻撃をものともしなかったところを見ると資料以上の能力だ。
この程度のミサイルでは傷一つつけられないだろうな。ならば、単に戦術的に使うのではなく戦略的に使った方が良い」
「戦略的……ですか」
あたしは周囲に広がるコンクリート製の街並みを眺めながら、
「この世界を見ろ。平和そのものだ。当然、目標もこの平和漬けの世界に浸りきっている。
だからこそ、そこを狙う。我々の世界のルールを見せつけて自らその身を差し出すようにし向ければいい」
「……なるほど」
どうやら伍長は納得してくれたらしい。彼はふっと笑みを浮かべた。
あたしはまた空を見上げて、
「作戦に支障はない。全て順調。問題といえば、この空をミサイルから吹き出る煙で汚すのは少々気が引けるぐらいだ……」
「……そうですね」
◇◇◇◇
昼休み。俺は一本の電話を受けて部室に向かう。声は昨日俺たちを襲ってきた女ボスのものだった。
「これからあなたのいる学校に攻撃します。攻撃方法はミサイルで」
一方的に告げられた内容はそんなものだった。いきなりミサイルで攻撃だと? 宣戦布告かよ。
「これは交渉の一環です。今すぐ、朝比奈みくると涼宮ハルヒを引き渡してください。
そうすれば、攻撃は中止します。その学校にいる人々を傷つけないためにも誠意ある回答を期待しますね」
ひょうひょうと告げる声。一体どうやって俺の電話番号を調べやがった。個人情報保護法はどこにいったんだよ。
「……時間をくれ! いきなり言われても俺にはそんな決定権はない!」
「そうですね。ならば、10分だけ差し上げましょうか。その間に皆さんで決めてください。
学校にいる全ての人間の命か、それとも自分の命か。もっともこちらの要求を受け入れれば、あなたに危害を加えるつもりはありませんが」
やはりどこかで聞いたことがある声だ。何だ? すごく身近にいるような気がする――
俺は意を決して聞いてみた。
「何者なんだお前は。名前ぐらい教えてくれたって良いだろ」
――しばらく沈黙が続く。そして、その声の主はこう名乗った。
……朝比奈みくる、と……
~~その2へ~~