季節は春。高校生活的時系列で表現するならもうすぐ春休みって奴だ。
期末テストも終わって短縮授業で高校ライフをエンジョイしたいところだが、
相変わらず絶賛24時間営業中のSOS団はホワイトカラーエグゼプションを先取り実現で
残業どころか休日手当もなしに稼働中だ。
「不満そうですね」
 ドンジャラで暇つぶしの相手をしていた古泉が俺に向かって言う。
俺はふうっとため息を吐いて、
「別に不満じゃないぜ。ただあまりに同じ事がだらだらと続いているんで、少々うんざり気味なだけだ」
「平穏が一番です。僕としてはこのまま何もなく終えてほしいですからね」
 ……まあ、古泉の言うこともわかるけどな。平和が一番だ。
 ――しかし、そう考えるとなぜか面倒なことが起きるんだよな。
 
◇◇◇◇
 
 次のシーンになると、なぜか俺は洞窟の中にいる。それも長門と朝比奈さんと一緒だ。
一面に地底湖のようなものが広がり、水の流れでできた波が懐中電灯の明かりが反射する。
北高から数キロ離れた山岳地帯の洞窟にこんなでかい湖があるとは初めて知ったよ。
 で、何でこんなけったいな場所にいるかというと、
「……すいません、キョンくん。こんなところに付き合わせてしまって」
「いえいえ、このくらい大丈夫ですよ」
 ぺこりと頭を下げる朝比奈さんに、俺は手をぱたぱたと手を振って答える。
デートスポットには陰気な場所だが、悪い気分ではないことは事実だ。
 学校の帰り、またもや朝比奈さん(大)の指令書を受け取った俺は、朝比奈さん(小)とともに
指示された場所までやってきた。それがこんな地底湖のある洞窟の中だったというわけだ。
全く人使いの荒いことで。
「でも、ここで何をすれば良いんですかね? 今までも意味不明でしたが、今回もさっぱりですよ」
「えーとですね……ここで地底湖の真ん中に石を投げ込んで波紋を起こせばいいそうです。
他には何も……」
 全くまた朝比奈さん(大)は俺たちに何も知らせず、か。こんなんじゃ朝比奈さん(小)もその内ストライキを起こすぞ。
 ちなみになぜ長門がついてきているのかというと、ついて来たがっていたと言うことと
不足の事態にも対応できるという安心感からだ。
 俺は指定された大きさの石をポケットから取り出すと、
「じゃあ、俺が投げますね」
「お願い。あたしじゃ中心まで届かないから」
 朝比奈さんに頼りにしてもらうとは気分が良い。いつも癒しを提供してもらっている礼もあるしな。
このくらいお安いご用だ。
 俺は力一杯構えてから、石を地底湖中心にめがけて投げる。遠投なんて体育の授業か初夏の野球大会以来だったが、
良い感じに中心に落ちた。
 ぽちゃん……
 静かな洞窟内に水に入った音が響き渡る。底を中心に波紋が発生し、地底湖全体に広がっていった。
 …………
 …………
 …………
 それから数分間、俺たちは黙って波紋が消えていく様子を眺めた。しかし、別に何も起きない。
やがて波紋も完全に消え、水の流れで起きる波だけになった。これがいったい何の意味があるんだ?
「朝比奈さん、これからどうすれば良いんですか?」
「え? あ、えーとですね……」
 朝比奈さんはまた指令書とやらに懐中電灯を当てて確認し始める。
「あ、これで終わりみたいです。もう帰って良いと」
「……そうですか」
 全く訳がわからん。今度朝比奈さん(大)に会ったら問いつめるべきだな。
「じゃ、じゃあ帰りましょう……キョンくん、長門さん、ありがとうございました」
 そう朝比奈さんはぺこりと頭を上げて――
「待って」
 そこで制止したのは長門だ。考えてみれば今日一緒に来ていたのに声を聞いたのは初めてだな。
 長門は地底湖中心から視線を外そうとしなかった。俺の脳裏に嫌な予感だけがすぎる。具体的にはわからないが何か……
 ふと、俺は地底湖の中心にぽっと明かりが灯ったことに気がついた。水面じゃない。
清んだ水の中からその光が浮き上がるように光を強めていく。
「……な、何でしょう……」
「黙って」
 不安げな声を上げる朝比奈さんを黙らせる長門。俺も黙ってじっとそこを見つめた。
 次第にその光は俺たちのいる方に向かってきて――
「ひえっ!?」
 朝比奈さんが短い悲鳴を上げた。俺も息を飲む。突然、湖の中からざばっと人間が現れたからだ。
真っ黒なウエットスーツを着込み、目には暗視ゴーグルのようなものを装着している。
おまけに肩には自動小銃らしきものまで抱えていた。しかも、1人じゃない。数十人が次々と水面から浮上するように現れる。
 そいつらはまるで軍隊のように規律のとれた動きを見せた。そして、その中心あたりに立っている奴が、
「座標を確認しろ! 現在位置と時間もな! あと、ここに到達できた人数と名前もだ!」
 ……どうやらボスである奴の声は女のものだった。しかも、どこかで聞いたことのあるような……
 この状況でも長門は微動だにしない。朝比奈さんはふるふる震えているだけだ。なんだってんだ?
「座標のずれなし。現在位置も確認完了。現在時刻も予定通り。全員、問題なく移送転換完了を確認」
「よし、わかった。ならば、即刻行動を開始する……ん?」
 ボスらしき女性がこちらをちらりと見る。しまった。懐中電灯は消しておくべきだったか?
 そいつはしばらく俺たちの方を見つめていたが、やがて暗視ゴーグルらしきものを取り払うと、
「……くっ……あはははは! これはついている。いや、それとも今度こそあたしに運が向いてきたのか?」
 馬鹿笑いするように女が叫ぶ。その目……なんだ? どこかでみたような……
 そのまま、バカにするような目でそのボス女は俺たちをじろじろと見ていたが、また暗視ゴーグルのようなものを装着すると、
「兵士諸君! 神か仏の仕業か知らないが目の前に目標の1人がいる。チャンスを逃す必要はない」
 周りにいた兵士と呼ばれた連中が一斉に肩にかけていた自動小銃を俺たちに向けた。
「――朝比奈みくるを殺せ」
 命令と同時に、一斉に自動小銃が火を噴いた。俺が反応する余裕もなくだ。
 だが――全ての銃弾は俺たちの前に構築されていた透明の壁のようなもので全てはじき返された。
気がつけば、長門が何かをしているようなオーラを出している。それがいったい何なのかさっぱりわからないが。
「くっ! TFEIか!? 散開しろ!」
 ボス女の言葉で兵士と呼ばれた集団はばらばらと辺りに散り始める。こっちを牽制しているのか、
散発的に銃撃を加えてくるが、全て長門の作った壁で防がれた。
「ふえっ……ふえええ! なんなんですかこれぇ!?」
 パニックに陥っている朝比奈さんだったが、俺はなだめている暇もなく、
「おい長門! 何が――いや、説明しなくてもいい! とにかく逃げた方が良いんじゃないか!?」
「彼らを敵性と認識した。排除を行う。それが終われば逃げる必要もない」
 また、一斉銃撃が俺たちに向けられたが、すべてはじき返した。本当に長門がいてくれて良かった。
でなけりゃ今頃蜂の巣だ。
「…………」
 てっきり長門はすぐに攻撃してきている連中をどうにかするのだろうと思っていたのだが、
一向に何もしようとせずただ銃弾を受け止め続けていた。ふと、長門から発せられるオーラのようなものに
変化が生じていることに気がついた。
「どうした?」
 俺は長門の肩を持って状況を確認すると、長門はしばらく間を置いてから、
「許可が下りない」
「なに?」
「あの敵性有機生命体に対して反撃する許可が下りない。防御のみ許されている。理由は不明」
 なんだと? 長門の親玉は一体何を考えてやがる。俺たちは今殺されそうなんだぞ?
 銃撃を続けながら、いつのまにやら地底湖の脇の方に移動していた女ボスは、手振りで指示を出しつつ、
「銃は通じない! RPGを出せ!」
 そいつが叫んだと同時に、地底湖の反対側にいた1人の人間が背中に抱えていた物騒な武器を取り出し、
俺たちに向けて発射した。
 閃光とともに俺たち真正面に弾頭が直撃して大爆発が起きるが、やはり長門の壁が熱どころか爆風まで遮断した。
神様、仏様、長門様だなこりゃ。
「ど、どうしましょうぉ!?」
「とにかく逃げましょう! 長門もだ! ここにいたらなんかの拍子でやられちまうぞ!」
「わかった」
 俺は朝比奈さんと長門の手を取り、洞窟出口に向けて走り出した。
◇◇◇◇
 あたしはついているのかついていないのか。目の前に目標である朝比奈みくるを見つけておきながら、
みすみすと逃がすことになるとは。TFEIがいたことが最大の障害だった。
「フンっ……。目の前に目標を差し出しておいて、TFEIでぬか喜びか。運命ってのはイタズラ好きのようだな」
「追跡します」
「ああ、頼む」
 あたしの部下の半数が朝比奈みくるたちへの追撃に向かった。どのみちTFEIがいる限り、殺害は不可能だろう。
下手をすれば今すぐ殲滅されてもおかしくなかったほどだからな。ただし、それをしなかったと言うことは、
できなかったという解釈が成り立つ。となれば、まだチャンスは十分にあるはずだ。
 あたしは自分の片腕と認識している部下を呼びつけ、
「他の移転はどうなっている?」
「はっ。確認したところ、一定距離に散らばってはいますが、すべて移転完了しています」
「……わかった。時間がない。この洞窟から出た後、まずは他の武器の回収を行う。
さっき追撃にいったチームは洞窟から出た後は追跡するなと伝えろ」
「了解」
 そう言って彼は無線で連絡を取り始める。
 今度こそ負けてたまるか。見ていろ朝比奈みくる……
 
◇◇◇◇
 
 一体何がどうなってやがんだ。今まで色々たくさんあったが、武器を持った軍人に追っかけ回されるなんて初めてだぞ。
 また、背後から銃弾が飛んできて洞窟の壁に当たる。その度に壁の破片が俺たちに降りかかってきた。
「朝比奈さん! がんばって! もうちょっとだから!」
「は、はいいいい!」
 いつものふにゃふにゃ声を上げながら、朝比奈さんは俺についてきていた。その後ろを守るように、
最後尾に長門がついている。銃の発射音に比べて俺たちの周りまで到達している銃弾の数が少ないのは、
やはり長門が何とかしてくれているからだろう。
 ふと、俺の頭上に何かが飛んできたことに気がついた。懐中電灯を反射的に向けて正体を確認すると――手榴弾っ!?
「伏せて」
 長門が言うのが早いか遅いか。俺は地面にそのまま突っ伏した。朝比奈さんも俺に抱きつくように伏せる。
 五秒ほど経過しただろうか。爆発音もなにもしない。俺は頭上を見上げると、空中に球体のようなものが発生し、
その中で煙と閃光が渦巻いていた。
「爆発性物質をその中に封じた。5分後までその状態を継続――うっ」
 長門が説明している間に背後から飛んできた銃弾が彼女の背中に数発命中した。
背中から血と肉片が飛び散るが、それでも長門は微動だにしない。
「な、長門!? 大丈夫か!」
「大丈夫。この程度ならば個体も正常に動作できる。今は防御に徹するため、修復は後」
 そんな長門を見て朝比奈さんは今にも泣き出しそうになっていたが、俺はすっと肩に手を置いて、
「とにかく逃げましょう! ここだとなぶり殺しにされるだけです!」
「す、すいませんんん……。腰が抜けちゃったみたいでぇ……」
 ええい。朝比奈さんらしいといえばそこまでだが。
 俺は彼女を背負うと、また走りだした。長門も足下までだらだら血を垂れ流しながらも、
表情一つ変えずに俺たちについてくる。
 そのまま、手榴弾やら銃弾やらロケット弾やらをかわしながら、俺たちはようやく洞窟の外に飛び出した。
辺りはもう暗くなりつつあり、近くを走る市道にライトをともした自動車が数台通り過ぎていく。
ここまではバスで来たが、追われている状況でバスが来る時刻までのんびりと待つわけにも行かない。
「あれ」
 長門がすっと指さす。その先には市道上で一台のワゴンタイプの自動車がランプをともしたまま停車していた。
そして、そこで手を振っている人物は――
「古泉か! 助かった!」
 俺は朝比奈さんを背負ったまま、市道までの急斜面を滑るように降りる。長門もそれに続くが、
洞窟から出てきたらしいさっきのいかれた武装集団は俺たちに向けて容赦なく銃撃を加えてきた。
「長門! 本当に大丈夫なのか!?」
「まだ――持つ」
 心なしか長門の顔色が悪い。そりゃあれだけ血を流しているんだ。普通の人間なら貧血どころかショック死しているかもしれん。
 銃撃では無駄だと思ったのか、今度はロケット弾の雨が俺たちに襲いかかる。
古泉が待つ自動車の周辺にも大量に落ちていた。このままでは逃げられなくなる!
「任せて」
 長門がつぶやいたとたん、ロケット弾が俺たちの頭上の上空で爆発を始めた。
どうやらさっきから展開している壁を広げたらしい。全てのロケット弾をはじき返している。
 俺たちはようやく市道まで降りると古泉のいる自動車まで――
「――長門っ!?」
 振り向けば、力尽きた長門が路面に倒れ込んでいた。俺は一目散に彼女の元まで引き返し肩を貸す。
「しっかりしろ! もうちょっとだ!」
「…………」
 顔面蒼白だが無表情の長門を抱え、俺はまた古泉の方に走る。途中で古泉が長門を抱え、
ワゴンタイプの自動車の中に飛び込んだ。
「発射しますぞ。スピードを出すのでご注意を」
 ハンドルを握る古泉と同じ機関の人間である新川さんが言う。そして、急発進の猛烈なGにつぶされそうになりつつ、
俺たちはその場から逃げ出した。背後から飛んでくる銃弾がトランクに数発当たるたびに朝比奈さんがひえっと声を上げる。
 俺は長門を抱きかかえている古泉に、
「すまねえ。助かった」
「いえ、こちらも遅くなってすみません」
 古泉はにこやかなスマイルを浮かべる。長門も自分自身の修復を終えたらしい。背中からの出血は停止していた。
「新川。このまま彼の家まで」
「わかりました」
 助手席に座っていた森さんが新川さんに指示を出す。
 俺は後部座席から身を乗り出し、
「森さん、新川さん。すいません。助かりました」
「礼を述べる必要はありません。これはわたしたちの任務なんですから」
 プロらしい言葉で返したのは森さんだ。新川さんもそうですなとうなずく。
 俺はここに来てようやく助かったことを自覚し、座席にふうっと身を任せた。
背後の席では朝比奈さんがひっくひっくと鳴き声を上げている。気の弱い彼女にとっては地獄のような瞬間だっただろう。
泣いて当然だ。俺だって泣きたい。
「確認しても良いですか?」
「なんだ古泉。言っておくが俺たちも訳がわからんから、答えられることは少ないぞ」
 古泉は構いませんと、
「あなた達を襲ってきた人間の目的――は恐らくわからないでしょうから、
何か言っていませんでしたか? できるだけ正確に教えてほしいんですが」
「目的ならわかっている。朝比奈さんの殺害だそうだ。大声で宣言してくれたよ」
 古泉は俺の答えに意外そうな顔を向け、
「朝比奈さん――ですか。これは予想外でした。どうみても殺意を持った相手だったので、
てっきりあなたを狙ってきた者だと思いましたが」
「以前に朝比奈さんは誘拐されそうになったじゃねえか。まあ、殺されるような憶えは絶対無いだろうけど」
 そう言いながら朝比奈さんをちらりと見る。顔を伏せたまま、まだ泣きじゃくっていた。ちっ、何が目的だか知らんが、
こんなか弱い少女をいじめて何しようってんだ。
 と、俺はあのボス女が言っていた言葉を思い出し、
「そういや、『目標の1人がいる』って言ってやがったな。どうやら、目的は朝比奈さんだけじゃないようだ」
「なるほど……。となれば、あなた達三人以外でまだ誰か目標がいるみたいですね。
その場で1人としたと言うことは、あなたと長門さんは含まれていない証拠です」
「そうなるな。あと、長門のことも知っていたようだ。お前と同じTFEIという言葉も使っていた」
「なんですって?」
 これには古泉があからさまにおかしいという表情を浮かべる。それを聞きつけた森さんは、
「TFEIという言葉は『機関』で使われている言葉です。敵対する組織を含め、それを使うものは他には心当たりがありません」
「じゃあ、お前の仲間だってのか? さっきの連中は」
 俺は古泉に疑惑の目を向けると、古泉は肩をすくめて、
「いえ、結論を出すのはまだ早いと思います。それに『機関』の中に強硬派もいることは認めますが、
先ほどのような大規模な行動を起こすほどの勢力ではありません。もうしばらく調査が必要かと」
 古泉の言葉に俺はふうっとため息を吐いた。どのみち、わからないことだらけだ。これではどうにもならん。
とにかく、今は今後どうするか考えることが重要だな。
「相手の目的がわからない以上、こちら側から仕掛けることは無理です。居場所もわかりません。
とりあえず、今日のところはあなた達は家に帰ってもらいます。『機関』から増援も到着しますので、
住居周辺を警備させます。あなた達には指一本手出しさせません」
 何だか森さんが頼もしいことを言ってくれているみたいだし、今日はもう家に帰って寝るか。いい加減疲れた。
 
◇◇◇◇
 
 すっかり闇に落ちたころ、ようやく俺の家の前に『機関』の自動車が到着した。
「今日は助かった。ありがとな、古泉」
「いえ、当然のことをしたまでです」
 そう言葉を交わすと俺は自動車から降りようとして――
「キョンくん」
 俺は背後から言葉をかけられ停止する。見ると、いつの間にか泣きやんでいた朝比奈さんが俺を見つめていた。
「ごめんなさい……本当にごめんなさい! まさかこんな事になるなんて考えてもいなかったから……ごめんなさい」
「いいんですって。朝比奈さんはあんな事が起こるなんて知らなかったんですから。文句を言いたいのは、
あなたの上司の方ですよ」
 これは本心だ。今回の指令の目的があの武装集団と関わりがあるというなら、朝比奈さん(大)は絶対に許せない。
危うく俺たちはみんな殺されそうになったんだからな。
「そう……ですね。この件はあたしの方からも確認します。いくらなんでもひどすぎます……」
 落ち込んだように言う朝比奈さん。全くこんなかわいい人を泣かせるなんて何を考えてやがるんだ。
 俺は自動車を降り、去っていくそれを見送ってから重い足を引きずって自宅へ入った……
 
◇◇◇◇
 
 翌日。俺は昨日から継続している重い足を引きずりながら学校に向かった。
 『機関』の連中が俺たちを守ってくれると言っていたが、いつも歩く通学路にはそれらしい人物の姿は見えなかった。
プロだから早々姿をさらすようなマネはしないのだろうとしておく。
 教室に入ってまず気がついたことはハルヒがいないことだ。ま、たまに遅れることもあるだろうと思っていたが、
始業のチャイムが鳴っても姿を現さない。岡部からは、ハルヒは体調が悪いという連絡があったので、
午前中は休むと言うことになっていると告げられた。
 俺は即座に腹の調子が悪いと申告して、携帯を片手にトイレに駆け込み、古泉に連絡を取る。
「古泉、ハルヒが学校に来ていない。何か情報をつかんでいないか?」
『確認できています。涼宮さんはまだ自宅にいるようです。姿も確認していますので、
トラブルに巻き込まれたと言うことはないかと。たまにはこういう事もあるのではないでしょうか?』
「そうか……ならいいんだ」
 そこで連絡終了。全くハルヒの奴、こんなタイミングで学校を休んだりするなよな。
 俺は愚痴りつつ、教室に戻って午前の授業に入った。
 
◇◇◇◇
 
 小高い丘の地面に寝転がったあたしの視線に映る太陽と空の青さが身にしみる。
こんなきれいな空を見上げたのはいつ以来だろうか。あたしが知っている空は、汚らしいばい煙でゆがんだものしか知らない。
「……伍長」
「何でしょう三佐」
 近くにいた伍長を呼びつける。愚直でまっすぐな目をあたしに向けて返事をする彼はいつでも忠実だ。
「物資の確保はできたか?」
「はい、武器弾薬の確保はほぼ全て完了しています。移転時に散っていた兵士も全て集まりました」
「何人だ?」
「151名です」
「そうか。ならば、49名は移転に失敗したと言うことだな?」
「……そうなります」
 悔しそうな表情を浮かべる伍長。戦闘もなにもせず25%の兵士を損失……か。
 あたしはすっと立ち上がると、
「さて、伍長。作戦開始だ。同志の死を意味あることにするためにも負けるわけにはいかない」
「わかりました。ただ……」
 伍長はどもる。あたしはふっと笑みを浮かべて、
「不満そうだな? 言いたいことがあるなら言っても良い」
「……は。僭越ながら、二発しかない対地ミサイルをここで使うのはどうなのでしょうか?
ここは温存して切り札としておくべきでは」
「相手にはTFEIがいる。あの攻撃をものともしなかったところを見ると資料以上の能力だ。
この程度のミサイルでは傷一つつけられないだろうな。ならば、単に戦術的に使うのではなく戦略的に使った方が良い」
「戦略的……ですか」
 あたしは周囲に広がるコンクリート製の街並みを眺めながら、
「この世界を見ろ。平和そのものだ。当然、目標もこの平和漬けの世界に浸りきっている。
だからこそ、そこを狙う。我々の世界のルールを見せつけて自らその身を差し出すようにし向ければいい」
「……なるほど」
 どうやら伍長は納得してくれたらしい。彼はふっと笑みを浮かべた。
 あたしはまた空を見上げて、
「作戦に支障はない。全て順調。問題といえば、この空をミサイルから吹き出る煙で汚すのは少々気が引けるぐらいだ……」
「……そうですね」
 
◇◇◇◇
 
 昼休み。俺は一本の電話を受けて部室に向かう。声は昨日俺たちを襲ってきた女ボスのものだった。
「これからあなたのいる学校に攻撃します。攻撃方法はミサイルで」
 一方的に告げられた内容はそんなものだった。いきなりミサイルで攻撃だと? 宣戦布告かよ。
「これは交渉の一環です。今すぐ、朝比奈みくると涼宮ハルヒを引き渡してください。
そうすれば、攻撃は中止します。その学校にいる人々を傷つけないためにも誠意ある回答を期待しますね」
 ひょうひょうと告げる声。一体どうやって俺の電話番号を調べやがった。個人情報保護法はどこにいったんだよ。
「……時間をくれ! いきなり言われても俺にはそんな決定権はない!」
「そうですね。ならば、10分だけ差し上げましょうか。その間に皆さんで決めてください。
学校にいる全ての人間の命か、それとも自分の命か。もっともこちらの要求を受け入れれば、あなたに危害を加えるつもりはありませんが」
 やはりどこかで聞いたことがある声だ。何だ? すごく身近にいるような気がする――
 俺は意を決して聞いてみた。
「何者なんだお前は。名前ぐらい教えてくれたって良いだろ」
 ――しばらく沈黙が続く。そして、その声の主はこう名乗った。
 
 ……朝比奈みくる、と……
 
 
~~その2へ~~

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最終更新:2020年04月13日 07:44