今日も朝から平和だ。
 妹に起こされ、飯を食い、家を出て、ハイキングコースのような通学路を登る。
 何の変哲もない日常。……まぁ、学校についたら不思議な連中に会う事になるけどな。やれやれ。

 教室に入ると、不思議な連中のボス、涼宮ハルヒはすでにいた。
 よう、ハルヒ。元気か?
「……微妙ね。ちょっと嫌な夢を見ちゃったから」
 嫌な夢だと? 俺は閉鎖空間なんか行ってないから普通に悪夢を見たのか。
 そりゃ残念だったな。元気だせよ、夢は夢でしかないからな。
 ハルヒはもう一度視線を窓の外に向けて返事をした。
「わかってるわよ」
 触らぬ神に祟り無し、だな。今日は大人しくして、あまり喋りかけないどくか。
 それから、ハルヒはペンでつついてくることも無く、ただただ窓の外を見続けて授業を消化していた。
「おい、キョン。夫婦喧嘩でもしたのか? 涼宮の奴、えらく機嫌が悪いぞ」
 誰と誰が夫婦だ、バカ谷口。ハルヒが何を考えてるなんかわからん。
「今のあいつ、中学の時みたいだぞ……おー、怖っ!」
 確かに、今日のハルヒの人を寄せつけなさは、去年と同じくらいかもしれん。

 何と言うか……心を閉ざしてるみたいだ。
 せっかく、阪中とかとも仲良くなって、明るくなってきたんだけどな。
 しょうがない、ハルヒのことならなんでもわかってしまう超能力者に不機嫌な理由を聞いてみるか。
 そしたら少し元気付けてやろう。
 ハルヒは掃除当番だし、ちょうどいいよな。
 そう思い、放課後までの時間をゆるやかに過ごし、部室へ行った。


「何も変化はありませんよ? 閉鎖空間も生まれてませんし」
 じゃあ、何であいつは不機嫌なんだよ。
「わかりませんね。直接聞いたらどうですか?」
 それが出来ないから聞いてるんだよ、馬鹿野郎。
 それから、朝比奈さんと長門にも聞いたが、芳しい返事は得られなかった。なんなんだよ、あいつは。
 理由も無しに不機嫌を撒き散らすなんて、歩く公害か? まったく、ガキじゃあるまいし……。
「それにしても、涼宮さんの力が落ち着いたという説もあながち間違ってなかったかもしれませんね」
 などと、いきなり古泉は語り始めた。
「1年前ならば、不機嫌になったらすぐに閉鎖空間が出来ていたのですが、今は違いますからね。
 僕達の力が失われるのも近いかもしれません」
 それはよかったな。そうなったらよく眠ってくれよ。
「もちろんですよ。閉鎖……」
 バン!
 ……マズい、ハルヒが来た。聞かれてないよな?
 古泉も少し笑いかたが不自然になっていた。
「『閉鎖』ってなんの話? どこの何が『閉鎖』したの?」
 あぁ、えーとだな……。
「商店街のスーパーに知り合いがいましてね。職がなくなるかもしれないと言われて、キョンくんと不況について話していたのですよ」
 古泉は台本でも用意していたかのように、サラッと言ってのけた。
 よくもまぁ、こんな嘘を咄嗟に思いつくもんだ。

「……嘘よ。スーパーなら『閉鎖』じゃなくて、『閉店』を使うでしょ。古泉くんみたいに頭がいいなら尚更」
 古泉は『しまった』というような表情を、笑顔と混ぜて俺を見てきた。
 俺にどうしろってんだよ、バカ。
 ハルヒ。何と言うか……その……うぉ!?
 何故、俺はこんな素頓狂な声を出したのか?
 理由は簡単。驚いたからだ。
 じゃあ、何故に驚いた?
 ……ハルヒが立ったまま涙を流し始めたからだ。
 おいおい、どうしたんだよ、ハルヒ。
「うるさい! 触るな!」
 肩にそっと触れた俺は、蹴り一発で吹っ飛んだ。……痛いぞ、馬鹿力。
「あ、あの……大丈夫ですか? どこか痛いとか……」
「触るなって言ってんでしょ!」
 これはまた驚いた。俺だけでなく、少しだけ触れた朝比奈さんでさえ突き飛ばしたのだ。
 もう一度、問うしかなさそうだな。
 おい、ハルヒ! 何があったかきちんと話さないとわからん!
「……あたし達、ずっと仲間だって……親友だって信じてたのに」
 ハルヒは涙を床に落としながら、立ち尽くして口を開いた。
「いっつもあたしが来たら隠し事してるでしょ! ずっと前からわかってるのよ!」
 古泉も、朝比奈さんも顔が動揺している。長門も若干、読書に気が向いていないようだ。
「あたしだけ除け者なんて酷いわ! あたしは団長よ、何であたしにだけ隠すのよ!?」
 それはお前にバレたらマズいからだ。……と心の中で言ってみた。何も変わらん。
「みんな、バカよ……。あたしの気持ちもわかってくれない。それであたしを置いて消えちゃうんでしょ!?」
 なんだそれは? ハルヒ、どういうことだ? 俺達は消えたりなんかしないぞ。

「夢の中で、あんた達が内緒話しててさ……あたしが輪の中に入ろうとしたら見捨てて四人で消えちゃったのよ……」
 ……だから、朝から機嫌が悪かったのか。
「起きてから気付いたわ。みんな、あたしが来ると妙に何か隠してるような態度を取るって」
 ……ハルヒ。
 ハルヒの目から零れる涙は、未だに止まらなかった。
「あたし達、仲間じゃないの? 親友じゃないの? なんでも打ち明けてよ! じゃないと……不安で……また、昔みたいに一人ぼっちはやだよ……せっかく仲間が出来たのに……」
 とうとう、ハルヒは涙を流したまま、その場に座り込んでしまった。
 何か声をかけるべきか? ……しかし、かける言葉がみつからない。
 正体がバレたり、ハルヒが能力に気付いたらヤバいからだ。
 それを気にしてか、誰も喋らないまま5分程、時が流れて、ハルヒが喋りだした。
「……みんな、隠すんだ……。あたしだけ、除け者……。いや、イヤ、嫌!」
 おい、落ち着……
「あたしに隠し事しないでっ! 全部教えなさいっ!」
 ハルヒがかなりの大声で叫んだ瞬間だった。妙な感覚に部屋が包まれた。

 同時に、ハルヒが頭を抱えて、震えだした。
「な、なによこれ……」
 何が起こってるんだ、長門。
「この部屋に情報が急激に集まっている。……わたし達の記憶が、涼宮ハルヒの脳に映し出されている……危険」
「え、朝倉が……キョンを? 有希? ……何これ」
 今は、俺が朝倉に襲われた時に長門が助けてくれた辺りか。……じゃない! どうにかしろ、長門!
「不可能。催眠、記憶操作、全てに対して涼宮ハルヒがプロテクトをかけた。情報が止まるまでは手が出せない」
「古泉くんが……赤い……球に?」
 今は、俺が古泉に閉鎖空間に連れてかれた時か。……何も出来ないなんて最悪だ。
「みくるちゃん、と……キョン? あれは……む、昔のあたし?」
 ……七夕の時、か。
「嘘……あ、あの時の……キョンとのキス……?」
 ………………。
 みんな沈黙を続けていた。そりゃそうだ、喋れるわけがない。全てがバレてしまって、それどころじゃないんだろう。
「あ……」
 は、ハルヒ! しっかりしろ!
 ハルヒはその場に横になった。気を失ってしまったようだ。
 保健室に行くぞ。朝比奈さん、先に行ってベッドの準備を!
「は、はいっ!」


「困りましたね。涼宮さんがまさかあのような感情を抱いていたとは……」
 保健室のベッドで横になるハルヒを見ながら、古泉は呟いた。
 よく考えると、ハルヒほど頭のいい奴が隠し事に気付かないはずがない。
 ずっと気付いてないフリをしていたんだよな、俺達とずっと仲良くしていきたかったから。
 ……朝比奈さん、どこに行こうとしてるんですか? 古泉も。
「え? あ、いや、あのぅ……報告しないと……」
「僕も、機関の方に連絡を……」
 未来人、超能力者、こいつらの組織には正直、うんざりだ。

 仲間が倒れてるのに、上への報告が優先か。ふざけるなよ。
 ……と言おうとした瞬間だった。先に声を発した人物がいた。
「あなた達は、間違っている」
 意表をつかれたね。ハルヒを除いた、ここにいる全員が長門が発言したことに驚いていた。
「涼宮ハルヒは、わたし達のことを『親友』と言った。『親友』なら、起きるまで何を差し置いても付き添ってあげるものだとわたしは把握している。……違う?」
 そんなことはない。お前の意見は至極真っ当だ。
「……すみません。団員失格ですね。僕はどうかしてたみたいです」
「わ、わたしも……。ごめんなさい、長門さん、キョンくん、……涼宮さん。」
 やれやれ、今回も長門のおかげか。まぁ、俺も同じようなことを言おうとはしたんだがな。
 それから、ハルヒが起きるまでの1時間は、ハルヒが起きた後の対策論を俺は黙って聞いていた。
 ハルヒは能力のせいで全部知っちまったんだよな。……まさか、世界を潰したりはしないだろうが。
 いや、それよりも元通りの仲に戻れるかが心配だ。SOS団解散なんて俺は断じて許さんからな。
「ん……」
 そのとき、ハルヒはゆっくりと上体を上げながら、起きた。

 大丈夫か? 気分は悪くないか?
 可能な限り優しくしながら、ハルヒに近付くと、抱き付かれた。……何故?
「どこにも行かないで! みんな、行っちゃダメ! 団長命令よ!」
 こんなに必死な顔をするハルヒを過去に見たことがあるか? いや、ないね。
 これくらいで落ち着くとは思わないが、ハルヒの背中を優しく叩いてやった。子どもをあやすようなあれだ。
 落ち着け。俺達はみんなここにいる。誰もいなくなったりしないから……な? なんなら……。
「……なんなら何?」
 俺が掴まえててやるよ。
 そう言って、俺はハルヒを抱き締めた。何をしてるんだよ、みんないるってのに。
「キョン……暖かい……」
 おいおい、ちょっと待て。俺は『何すんのよ、エロキョン!』とか言われて、突き飛ばされるもんだと思っていたが、なんだこの反応は。
 そこ、古泉。ニヤニヤしてんじゃねぇ。朝比奈さん、顔を赤らめるのをやめてください。……長門、あくまで無表情か。
「……ほんとはね、あたしが全部知っちゃったから、みんないなくなるんじゃないかと思ったの。怖かった……」
 ハルヒは俺の腕の中から声を出した。
「あたしがあれだけ望んでた不思議が、あたしの中や、すぐ近くにあったなんて……バカみたい」
 そんなことねぇよ。楽しかったじゃないか。
「……うん。だからね、今の望みは違う。『みんな、ずっと一緒に』とかさ、『勝手にいなくならないで』よ。……お願いだから」
 俺に包まれたまま、か細い、内気な女の子のような声をハルヒは搾り出した。
 俺はずっと一緒にいることが出来るが、こいつらはどうなんだ? せっかく出来た大事な仲間だから、俺も離れたくはない。
「僕は離れません」「わたしも離れませんよ」「……わたしも」

 3人は何故か即答した。誰一人、『上』に連絡することもなく。……何故だ?
「そ、そんなに簡単に決めちゃっていいの? あたしのためなんかに……。だって、みくるちゃんなんか未来……人……だし……」
「簡単な話です」と古泉。
 それから、3人は口を揃えて言った。
「あなた(涼宮さん)が望んだから、僕(わたし)達はずっと一緒です」
 ……なるほどな。理にかなってやがる。ハルヒは力を知った。だからと言って力が消えたわけじゃない。
 ならば、不思議な現象よりも俺達と一緒にいることを望んだ今、それが叶わないことはないな。
 もっとも、みんなは自分の意思で選んだのだろうけどな。
「それでは、僕達は今日は帰りますね。お二人の邪魔になりたくないですし」
 そう言うと、古泉は朝比奈さんと長門の背中を押しながら保健室を出て行った。
 何がお二人の邪魔だ。その羨ましい両手を離しやがれ、変態め。
「えと……キョン?」
 その言葉で我に帰った。そういえば、俺の腕の中にハルヒがいたんだったな。
 どうした?
「『どうした?』じゃなくてさ……。いつまで抱いてんのよ」

 それもそうだ。……が、何故か俺の手が離そうとしない。ハルヒの力か? 俺の意思なのか?
「……嫌か?」
 なんてことを言いやがる、この口は。こんなのは俺のキャラじゃない、古泉のキャラだ。
 ……なのになんで否定しない。まさか、俺はハルヒが……?
「い、嫌じゃないけど……」
 そうこう考えるうちにハルヒは返事をしてきた。お前も別人が乗り移ってるのか? 『嫌じゃない』なんて。
 しかし、この状態から何にも出来ないのがヘタレな俺だ。いや、しようと思ってるわけでも無いんだが。
 だからといって、急にハルヒを離すのも失礼な気がする。一応、こいつに『掴まえててやる』なんて宣言したわけだしな。
 さて、動きようがなくて困る。ハルヒの表情も見えないから、そこから判断することも出来ない。
 まるで、ガップリ四つに組んだ相撲取りのような状態になってしまった。
 俺は椅子の上、ハルヒはベッドの上で上半身だけ抱きあっているからな。
 なんなら保健の教師でも来てくれれば動くきっかけになるんだが……。
 何にせよ、このままじゃ間が保たん。
「キョン……い、いつまでこうしとくのよ?」
 ハルヒが口を開いたが、沈黙を保ってみる。俺が満足するまで、なんて言えるわけがない。
「そろそろ……放してくんない?」
 放して、顔を見るのが恥ずかしいが、さすがにこれ以上やると変態だ。
 しょうがないから放すか……んむ?
 放した瞬間、目の前にハルヒの顔。いや、目の前という距離ではない。

 唇が触れ合っている。それ以外も、密着に近いような距離。
 そう、ハルヒにキスをされている。……何故?
 ゆっくりとハルヒが離れていった。表情を伺うと、よく熟れたプチトマトのように赤い。
「あー……へ、閉鎖空間って言うんだっけ? あの時の仕返しよ……」
 し、仕返しってなんだよ。時効だろ? あれは。
「う、うるさい! あたしには時効って言葉は無いのよ!」
 ……そうか。じゃあ、今のでプラスマイナス0だな。
 ハルヒの突然の行動で、気まずさは無くなった。たぶん、俺の顔も真っ赤だがな。
 真っ赤な顔をして、俺の顔を見ないようにそっぽを向いてハルヒは立ち上がった。
「か、帰るわよ!」
 言われなくてもな。
 ベッドから降りて、靴を履くハルヒ。そのままズカズカと歩き出すと思いきや、俺が歩き始めてもその場に立ち止まっていた。
 どうしたんだ、帰るんじゃないのか? また気分が悪くなったのか?
「……早くしなさいよ」
 はぁ?
「掴まえててくれるんでしょ! 早くしなさいっ!」
 ……やれやれ。言っちまった俺が悪いか。

 ハルヒの手を取り、二人で歩き出す。少し手が湿ってるぞ、なんて言ったら殴られるだろうな。
「キョン、あんたの手……湿ってるわよ」
 ……この場合は殴っていいのか? いや、事実だから否定は出来ないけどな。
「ほっとけ」
 そう一言返して、学校内を歩き、無言のままハルヒの家まで送り、別れることとなった。
「また明日ね。……絶対に来てよ、みんな揃うんだからね!」
 わかってるよ、誰一人欠かさせない。もし休む奴がいたら、俺が引っ張ってきてやる。
 ハルヒは久々に……と言っても昨日ぶりくらいだが、笑顔を浮かべた。
「その言葉、覚えたからね! ……じゃあね!」
 そして、背を向けて自宅に入っていった。
 すぐさま自分も家に帰り、妹とシャミセンの攻撃を振り切りつつ、風呂や食事を済ませ、ベッドに横になった。
 やっと一日が終わったな。今日は色々ありすぎて疲れたぜ。
 ……まさか、起きたら世界が変わってた。なんて無いよな。
 いや、ハルヒを信じよう。自分に妙な力があるとしても、あいつはあるがままを受け入れるはずだ。

 明日が、平和な一日でありますように……、なんて柄じゃないな。
 眠いから寝るか。


 次の日、妹に超能力で起こされ、親は手から火を出して目玉焼きを作っていた。
 ……なんて漫画チックなことは無く、普通に起こされて、普通の飯を食い、普通に学校に行った。
 ハルヒはどうやらそのままの世界のままにしたらしい。……そりゃそうだよな。
 靴箱で谷口と会ったが、俺は遠回りをして教室に向かった。
 3年の教室の前を通る。
 朝から仲良さげに話す朝比奈さんと鶴屋さんの姿を確認すると、肩の力を少し抜いて2年の教室へと向かった。
 2年9組の前、朝から数人に囲まれながらノートを開く古泉を確認し、6組で一人で本を読む長門を眺めた。
 よし、全員揃っている。あとは……。
 自分の教室の前で深呼吸を一つ。ゆっくりとドアを開けると、俺の席の後ろにそいつは座っていた。
 一歩、二歩と近付いて、少し顔を赤らめている、短いポニーテールのそいつに声をかけた。
「ハルヒ」
「なに?」
「……似合ってるぞ」


おわり

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