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「ま、まってくれよ!」
思わず俺は意見した。
「みんな俺のことを思ってくれるのは嬉しい。でも、俺にとって学校はあと2日しかないんだ。みんなの気持ちは本当に嬉しいんだが、あと2日、俺に高校生をさせてくれないか?」
俺の提案に、部室は沈黙した。
「そ、そぉですね・・・たしかに、キョン君の気持ちが一番大事ですよねぇ~・・・」
「たしかに、あなたの気持ちを一番尊重するべきでした。そこまで考えがいたらず、すみませんでした」
「あなたに従う」
「ちょっ、みんな、団長に断り無しでの判断は許せないわ!!でも・・・でも、それもそうね・・・キョンがそんなに勉強熱心だったとは知らなかったけれど、まあいいわ。あなたの時間なんだから、好きに使いなさい!」
「・・・ごめんな・・・ありがとう」
「べ、別にいいわ、困るのはあんたよ、2日分、楽しい思い出が出来ないんだからその分後悔したって知らないわよ!!それにしても、平凡な奴だと思ってたけど、遊びより勉強を取るなんてあんた意外と変人だったのねー」
いや、俺はいたって平凡だ。むしろ平凡であることを誇りに思っているくらいだ。まるで、変人と呼ばれることが何かの称号であるかのように言わないでくれ。
「それはそうと、計画を立てなきゃね、何か意見のある人は!?」
古泉がさっと手を挙げた。こういうときには便利な奴である。
「ちょうど僕の知人がUSJとTDLとTDSのチケットをそれぞれ5枚ほど余らせていましてね」
どういう知り合いだそれは!!さすがに設定に無茶があるぞ!!
「なんてすばらしいタイミングなの!!これは泊りがけで行くしかないわね!早速宿を取らなくちゃ」
「それなら僕が手配しましょう。ホテル関係は父の仕事上コネがありますし」
ほう、お前の親父の仕事はホテル関係だったのか、それは初耳だ。
「じゃあそれを予定に組み込みましょう。ほかに行きたい所はある!?」
「・・・これ・・・」
長門が何かのチケットを5枚差し出した。それはなんと、超有名アーティストのライブチケットだった。チケット販売5分で売り切れたというプレミアものだ。宇宙人の情報操作ってのは、こういうのでも有効なのか。もっと早く知っておけばよかったな。
「拾った」
待て、長門!!そのウソはまずい!!いくらなんでもそれはおかしいぞ、お前は無口キャラに天然ボケキャラを追加するつもりなのか?
「有希、あんたいい運してるわね~。落とした人には悪いけど、落とす奴が悪いのよ!それも追加しときましょ!!」
ハルヒは本気で長門の運のよさに驚いているようだ。信じられん・・・。
「あの~・・・わたし・・・」
朝比奈さんがおずおずと手を上げた。
「ログハウスみたいなところに泊まってみたいんですけどぉ~・・・」
「そうでした!去年の夏、冬とお世話になった裕さんが、ついこの前ログハウスを建てたそうなんですよ。我々のことをかなり気に入ってくれているようでして、そのログハウスをただでSOS団に貸してあげたいと言われていたのをすっかり忘れていました」
古泉よ、もう、俺は突っ込まんぞ。
そうこうしている間に2週間の予定はあっという間に埋まっていく。それを見た俺は、いつの間にか涙を流していた。
「き・・・キョンく~ん・・・?」
「おや、どうかされましたか?」
「・・・」
「ちょっと・・・キョン、何泣いてんのよ、バッカね~!!次に泣いたら罰金だからね!!」


その日は予定を立てて終了し、明日明後日と高校生をしたあと、俺たちは怒涛の夏休みへと突入することになった。
高校生活最後の日、俺は今まで世話になった人たちに挨拶して行こうと決めていた。
「やあキョン君っ!!どうしたんだいっ!?」
最初に行ったのは鶴屋さんのところだ。何かとこの人には世話になったからな、通夜にも来てくれていたし、挨拶しておくべきだろう。
「あの・・・鶴屋さん、今までお世話になりました」
「おやおや?何があったんだい?様子がおかしいにょろ?」
「いや、えーっと、これから1ヶ月会えないんで、挨拶にと思って・・・」
「あっはっはっはっは、なーんだそんなことかいっ!たったそれだけで挨拶しに来るなんて、キョン君律儀だねっ!!」
「はあ・・・」
「いつでも遊びにおいで~、って言いたいんだけど、あたしも3年でこの夏はいろいろ忙しいんさ、ごーめんねーっ!!」
そういうと鶴屋さんは手を合わせて謝った。
「んじゃ、また9月にねっ!夏休み、めがっさ楽しむにょろよっ!!」
「さようなら、鶴屋さん」
「ん、じゃあまたねっ!!」
さようならに込められた本当の意味を知らない鶴屋さんは、明るく挨拶して走り去っていった。ごめんなさい鶴屋さん、9月の前に、あなたに会うことになります。
次に俺は教室にいるあいつらに挨拶した。
「おい、谷口、国木田」
「あ~?どうした、キョン」
「・・・元気でな」
そういう俺を、谷口は怪訝な顔で見つめている。
「なんだ?キョン、ただの夏休みだろ、今生の別れみたいに言うなよ」
いや、今生の別れなんだがな。
「国木田も、元気でな」
「キョン、なんだかおかしいんじゃない?いきなり何言ってるの?」
「いや・・・夏休み長いし、お前らバカな真似して怪我とかしないように、一応な」
その言葉に、谷口が答えた。
「俺たちよりも自分を心配しろよ、キョン。チュパカブラ探しに出かけて帰らぬ人に、なんてならないようにな」
「インプラントされないようにね、キョン」
ああ、気をつけるよ、今までありがとうな、谷口、国木田。楽しかったぜ。
「じゃあな」
俺はそう言うと、教室を後にした。9月から、あの席は空席だ。


その日、部室で明日からの段取りを決めた俺たちは、7月の長い日が傾くまでいつもどおりに部室で時間を過ごし、家路に着いた。
とりあえず明日は海を見に行き、そこでバーベキューと花火という予定だ。
帰り道の途中で、俺は古泉に呼び止められた。
「この前あなたに頼まれた件ですがね、ちょうど手ごろな位置に確保できました。今日からでも使えますよ」
「ありがとう、古泉」
このとき、俺は古泉に素直に感謝した。今なら俺のケツの穴使っていいぞ。
「良いんですか?」
本気にするな。何だその顔の輝きは、テカテカしてんじゃねえよ。
「おい、ハルヒ」
俺は古泉のその報告を聞いて、ハルヒを呼び止めた。
「なによ、キョン?」
「実はな・・・その・・・」
「じれったいわねー、ちゃっちゃと言いなさいよ」
「・・・昨日お前、甘えてもいいって言ったよな・・・?」
突然ハルヒは顔を赤らめて俺をにらんだ。なんだよ、今更『言ってない』とかは無しだぞ。
「い、言ったわよ!それがどうかした!?」
「・・・2週間、俺と一緒に暮らして欲しい」
「なっ・・・なに言って・・・!?」
そりゃ驚くよな。
「いやー実は知り合いでマンションを一部屋遊ばせている人がいましてね、2週間ほどだったら使わせてもいいとのことで」
古泉、お前はしゃしゃり出るな。
ハルヒは少し考えた後で、
「でもキョン・・・家族と一緒にいなくていいの・・・?」
と言った。そりゃそうだ、至極当然の疑問だろう。俺にはもう2週間しか時間がなくて、それのほとんど全部を自分が独占してしまうことにハルヒは抵抗を覚えたようだ。
「いや、いいんだ。今まで10年以上家族とは一緒にいたんだし・・・なんていうか、夜にそばにいて欲しいのは家族じゃなくてハルヒだからな・・・その・・・夜怖くてもお袋や妹には抱きつけねえだろ?俺には妹属性も熟女属性も近親属性もねえし・・・」
俺がそこまで言って後の方をごにょごにょとごまかしていると、ハルヒはくすっと笑った。
「あんたバカじゃないの?まったくしょうがないわね!!甘えてもいいって言ったとたんにこれなんだから!キョンがそこまで言うんだったら仕方ないわ、じゃあこれから、あたしたちは2週間の合宿に入るわよ!」


俺とハルヒはいったん家に帰り、家族にこれから2週間の合宿に出かけると言って、必要な道具をかばんにつめると家から飛び出した。早めに部屋の整理をしておいてよかった。この家には、もう一度来るつもりだ。
ハルヒと古泉とはいつものパトロールの集合場所で待ち合わせた。古泉は、マンションへの案内役に必要だったからな。俺がついたときにはすでにハルヒは到着していて、俺たちは古泉待ちとなった。アイツが遅刻とは珍しいな。ハルヒはいつものように眉を吊り上げて
「おそい!罰金!!」
と怒鳴りつけた。おい、俺は最後じゃねえぞ。
古泉を待っている間、俺はあるものを発見した。今まさに羽化しようとしている、セミの幼虫だった。
「ハルヒ、これ」
「あら、セミじゃない」
俺たちはしばらくセミが大人になる瞬間を観察していた。背中がぱっくり割れ、中からエメラルドグリーンの羽をした成虫がゆっくりゆっくり出てくる。
「セミって、地上に出てから2週間しか生きられないんだよな」
「・・・うん」
「ようセミ、俺たち、残り寿命一緒だな」
「何セミに話しかけてんのよ・・・一緒にいるこっちが恥ずかしいわ」
俺は、心の中で同士にエールを送ってやった。『お互い、頑張ろうな』。
程なくして古泉が現れた。俺たちは古泉が捕まえたタクシーに乗ってしばらく走った。ついた先は学校からそれほど遠くもなく、また近すぎもしない位置にある結構立派なマンションだった。長門の住んでいるところと比べてもそん色ないくらいだ。
「すごい・・・いいの?古泉君、こんなところ借りちゃって・・・」
部屋に入ったハルヒは、辺りを見回して驚きの声を上げた。もちろん俺だって驚いたさ。俺が古泉に出した注文は「二人で2週間ほど暮らせるところ」だけだったんだから、それがこんな高級マンションになけるとは思わなかったぜ。てっきり安アパートだとばかり思っていたからな。
「良いんですよ、どうせ使ってない部屋なんですし。部屋だって使ってもらったほうが喜びます。家具家電も一通り入っていますから好きに使ってください」
そういうと、古泉はさっさと姿をくらました。邪魔者は消えましょう、ってか?
俺とハルヒはとりあえず荷物を適当な場所に置き、何をするでもなくなんとなく向かい合った。
き、気まずい・・・。まるで新婚夫婦の初めての夜みたいだ。いや、実際これからそうなるんだろうが、だがちょっと待て、まだ、その・・・準備が・・・。
「キョン!!」
ハルヒが声を張り上げた。
「ご飯作るわよ!!何が食べたいの!?」
「そうだな・・・ハンバーグかな」
「ハンバーグね、このハルヒ様にまっかせなさい!!」


ハルヒ特製ハンバーグを平らげ、だらだらとテレビを見てすごしていたらいつの間にか時間は12時を回っていた。
「明日って何時集合だ?」
「9時よ、今回はあたしが一緒だから遅刻はないと思って安心していいわ!ありがたいと思いなさい」
毎回ほかの3人はお前より早く来てるんだろ?だったらお前と一緒に行こうがなんだろうが遅刻に変わりはないと思うがな。
「明日に備えて早く寝たほうがいいわね」
ハルヒは自分でそう言っておいて勝手に赤くなってやがる。すごくかわいい。
「じゃあ、風呂入れよ」
「あ、あんた先に入っていいわよ」
「なんで俺なんだよ」
「いっ、いいから!!団長命令よ!!さっさと入りなさい!!」


俺は風呂から上がってさっさと歯を磨き終わり、ベッドに腰掛けていた。ちなみにこのベッドは、ダブルベッドだ。古泉のやつめ・・・。そのとき、風呂場からピンクのパジャマを着たハルヒが出てきた。
「何じろじろ見てんのよ!!変態!!」
「見てない」
というのは完全にウソで、正直、見とれていた。こいつはどんな格好をしても反則的なまでに似合ってしまう女なのだ。このパジャマ姿も、かなりかわいい。
「まったく・・・さっさと寝るわよ!」
そういうとハルヒはひとりでもそもそとベッドの中にもぐりこんでしまった。まったくはこっちのセリフだ、と思いながら俺は部屋の電気を消し、ハルヒの隣に収まった。
「いびきかかないでよね」
そっちこそ。
「あんまり寝相悪かったら起こすからね!」
俺もそうさせてもらうからな。
「それから・・・夜中・・・いつでも起こしなさいよ・・・」
「ありがとう」
そういうと俺は、ハルヒを抱きしめて長いキスをした。互いに好き合っている年頃の男と女が夜にひとつのベッドで寝ていたらどうなるか、そんなのどんなバカだって分かるだろう。
その晩俺とハルヒはひとつになった。お互いに初めて同士でなんともつたない行為だったが、それでも愛情を確認しあうには十分すぎたと俺は思っている。
ちなみに、ハルヒが『今日は安全日だから』といってゴムの使用を拒否した。女の方がゴムを拒否するっていうのは、あんまり聞かないな。今更ながら、変な女だ。
その晩は、俺は今までの人生の中でもっとも良く眠れたのではないかというくらいに、ぐっすりと寝られた。俺の腕の中ですやすやと寝息を立てているハルヒのおかげだろう。


次の日から、怒涛の夏休みが始まった。
初日は海へ行きバーベキューと花火。次の日はUSJへ行き、その次の日はTDLとTDSを2泊3日で思いっきり満喫した。帰ってきてからもログハウスでのキャンプやライブ、山登り、祭り、花火大会と、次々に行事を消化していく。
楽しい時間というのはあっという間にすぎていくもので、あれこれあった2週間ももう過ぎようとしていた。朝比奈さん(大)から死の宣告を受け、俺の頭上にファイナルファンタジーよろしく『30』というカウントが現れてから、いろいろありながらも早くも27減っている。残りは、3。あと数時間で2になる。
「ふぅ、楽しかったわあ!キョン、明日と明後日はあんたのために開けてあるんだけど、何かリクエストはある?どこかに行きたいとか、何かが食べたいとか」
8月6日、この日、地元の町で映画やゲーセン、カラオケ、ボウリングなど、考えられる限りの遊びをやりつくした俺たちが帰りに5人で寄った喫茶店で、ハルヒが少し興奮気味に聞いてきた。
俺は少し考えて、最後にみんなで行くところといったら一箇所しかないその場所を口にした。
「そうだな・・・部室に行きたいな」


その日、俺はハルヒが寝静まった後で、こいつを起こさないようにそっと抜け出して、机に向かった。
親と妹に宛てた、手紙を書くために。

親父・お袋へ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
突然こんな手紙を見て、不思議に思うかもしれないよな。でも、細かいところは気にしないで読んで欲しい。
ここまで育ててくれたっていうのに、先に死んじまってごめん。いままでずっと金かけて、それ以上に愛情かけて育ててきてくれたっていうのに、何も恩返しできないうちに死んじまって、本当にごめんなさい。
本当だったら、俺がそのうちガンガン稼ぐようになったら親父とお袋には良い暮らしをさせてやろうと思っていたんだ。でも、どうやらそれは叶いそうにない。ごめんな。与えてもらうだけ与えてもらって、そして親父たちより先に逝くなんて、親不孝もいいところだよな、どれだけお詫びの言葉を重ねたって許されるものじゃないよな、本当にごめんなさい、なじってくれてかまわない。
そうそう、俺の部屋のもので、見られたくないものは別にないから、じゃんじゃんあさってさっさと遺品整理してくれ。出来る限り自分で整理したからそれほど手間はかけさせないと思う。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

ここで俺は言葉につまったので、親への手紙は置いておいて妹の手紙に取り掛かることにした。

妹へ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
俺のことをキョンって呼ぶのは結局やめてくれなかったな。まったくお前はやたらと人懐っこくてしょうがない奴だ。
いいか、勝手に人の部屋に入ったり、物食べながらしゃべったり、ピーマン残したりしちゃいけないぞ。もっと行儀良くなるって、最後に俺と約束してくれ。
それから、俺の遺品は出来るだけお前に優先して選ばせてやりたいと思っている。だから、俺の部屋から欲しいものがあったら何でも好きなものを持っていっていいぞ。
ああそうそう、シャミセンをかわいがってやれよ。あんまりいじりすぎるな。それから・・・
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

ここまで書いて、俺はペンが進まなくなった。こんなことをしていて、まるで、自分の部屋の整理をしていたときみたいに、どうしようもない孤独感にさいなまれ、俺はまた泣いた。寝ているハルヒを起こさないよう、出来るだけ声を抑えて、でも、抑え切れなかった声が、嗚咽となって漏れていく。哀しい。怖い。やっぱり俺は、死にたくなんかない。
どうしようもないほどの孤独の重圧に俺が押しつぶされそうになったそのとき、俺の手になにか暖かなものが触れた。ハルヒの手だった。
「・・・起こせって、言ったでしょ・・・」
それだけ言うと、あとは無言で俺の手に自分の手を重ねてきてくれる。そして力強く握り締め、俺の隣に腰掛けた。しばしの沈黙。
「・・・手紙、書いてた」
俺はそう、つぶやいた。
「・・・うん・・・」
「でも・・・途中で怖くなって、むなしくて・・・か、書けなくなった・・・」
「・・・うん・・・」
「つ、続きを書くのが辛いんだ、おかしいかな、俺?もう覚悟決めたはずだったのに・・・なのに・・・惨めだよな、この期に及んでまだビビってるなんて・・・」
俺の肩に頭を乗せて、涙声でハルヒはつぶやいた。
「怖いことなんてないわ、あたしがここにいるもの」
ハルヒが頭を乗せた俺の肩の辺りがじんわりと暖かくなってくる。ハルヒは立ち上がって俺を後ろから抱きしめると、今度は背中に顔をうずめた。
「・・・キョン・・・頑張って・・・頑張って・・・頑張って・・・」
ハルヒがしゃべるたびに、声が振動となって俺の体に伝わってくる。俺は再びペンを取って、続きを書き始めた。


明日・・・いや、もう今日なのか、8月7日は俺の希望でSOS団通常活動だ。俺にとっては最後の活動。いつもどおりに宇宙人製なんとかかんとかインターフェースが本を読んでいて、未来からやってきた俺の癒しのエンジェルがお茶を淹れてくれて、ことあるごとに俺にアプローチかけてくるウホが毎度勝ち目の無いゲームを挑んできて、そして進化の可能性を秘めていて時間の歪みの原因で神であるという笑うしかないステータスをもった俺の恋人が笑顔で災難を振りまいている、そんな平穏を最後に感じたかった。
俺が死んで、幽霊になったとしたら部室に化けて出てやるか。そうすればハルヒも少しは喜ぶだろう。
「バカいってないでさっさと成仏するのよ」
今はもう手紙を書き終え、ベッドの中で抱き合った状態だ。その状態のままで、ハルヒは言った。なんだよ、俺の心遣いを無駄にする気か?今まで何一つ収穫のなかったSOS団に、ちょっとは意義を与えてやろうじゃないか。
「あんたはさっさとあっちの世界行ってあたしたちを待ってりゃいいのよ。そりゃーあたしは相当長生きするつもりだからあんたはかなりの時間一人で退屈に過ごすんでしょうけれど」
そうか。まあ俺はお前と違って退屈はそれほど苦にならないけれどな。
「・・・でも、いつか・・・絶対行くんだから・・・待ってなさい、よ・・・」
「待ってるよ、100年でも、200年でもな」
ハルヒは、そこまでは待たせないと思うわ、と、くすっと笑って、キスをした。


次の朝ハルヒと学校に行くと、そこにはすでに長門がいて、いつもどおりに本を読んでいた。
「よ、長門」
「あなたと会話したい」
そう言うと長門は、小鳥がさえずるように口を細かく動かした。
「な、長門!?」
部室はあっという間に広大な砂漠に早代わりした。そこに立っているのは俺と長門の2人だけ。ハルヒの姿はなかった。
「ど、どういうつもりだ、長門!」
「心配しないで」
最後の最後でカマドウマ退治は勘弁してくれよ?
「あなたと2人きりで話す機会が欲しかっただけ」
長門はしばらく黙った。耳が痛くなるような静寂。
「明日」
唐突に長門が口を開いた。ああ、明日だな。それにしてもこいつらは、俺が明日死ぬってことを気持ちがいいくらいに包み隠さずにはっきりと言ってくれる。俺としてもそっちの方がありがたいわけだが。
「怖くない?」
長門は手短に尋ねてきた。そりゃあ怖くないといえばウソになるだろうけれども、大丈夫だ。
「そう」
あのな、俺が今こうして平静を保っていられるのは、長門、お前のおかげなんだぞ?自分の死なんていう、俺がすぐには信じられないような事実を突きつけられたときも、2週間前怖くて怖くて暴れたときも、いつもお前はそばにいてくれて俺を支えてくれたじゃないか。おかげで俺は、当初の予定では自分の気持ちを押し殺して静かにむなしく余生を過ごすはずだったのに、こんなにも楽しく過ごすことができた。
「ありがとうな」
「いい」
それから、時々取り乱したりして、みっともない姿さらしたり、お前に当たっちゃったりして、本当にごめんな。
「いい」
そういうと、長門はまた、黙った。
「あなたに伝えておきたいことがある」
長門は少し強めの語気で、俺に話しかけてきた。
「わたしを見て」
俺と長門は、風もない砂漠で少し距離を置いて向かい合った。
「・・・どうしたんだ?」
長門はいつもの無表情。しかし、その瞳の温度は、今までにないくらいに温かみを帯びていた。
「あなたが好き」
俺の目をまっすぐに見つめて、長門はそう言った。
「本当は伝えるつもりはなかった。あなたが手に入れた心の平静を最後の最後で破壊する恐れがあったから。その危惧は今も抱いている」
長門は一歩前に出て、俺との距離をつめた。
「しかし」
さらに距離をつめた。
「後悔はしたくなかった」
長門がここまで感情を表に出すとは、かなり意外な出来事だ。最後にいいものが見られた。
「あなたが好き」
瞬きもせずに、長門は俺をじっと見つめている。
「あなたがわたしに抱いている感情は、仲間としての好意以上のものは感じられなかった。涼宮ハルヒといるときのあなたは、体温の上昇率、アドレナリンの分泌、その他生理的に著しい興奮作用が見られた。それは、わたしといるときには見られなかった現象。あなたがわたしに好意を持っていないことは明白だった」
俺は長門の独白を黙って聞くことにした。いつもは無口なこいつが明かす自分自身の気持ちを、俺は口を挟まないで一語一句吟味して100%理解しようと努めた。
「あなたがわたしに支えを求めたのは、数々の経験からわたしがもっとも頼りがいがあると判断したから。あなたの無意識は涼宮ハルヒを求めていたが、あなたは彼女との関係が壊れることを恐れ、次点であるわたしに彼女への想いを重ね合わせていた」
俺はおもわず口を挟んだ。黙っていようかとも思ったが、それは違うと言いたかったんだ。
「それは違うぞ、長門。確かに俺はお前を頼りにしていた。でも、ハルヒへの想いをお前に重ねたことは絶対になかった。俺はお前がお前だから頼ったんだ。これだけは断言できる」
長門は少しだけ微笑み、首をフルフルと横に振った。
「そうであってもそうでなくても、わたしは嬉しかった。ありがとう。あなたがいなくなる前に、これだけは伝えておきたかった。あなたは自分を殺して世界を存続させるより、自分の気持ちを優先した。わたしがそうするよう推奨した。そして、涼宮ハルヒに好意を伝えたあなたのように、わたしもあなたに好意を伝えたくなった。勝手な理屈なのは承知している。これは理論的思考とは程遠い決断であり、あなたにとって迷惑になる可能性が非常に高かった。また、このことにより間接的に世界の消滅という選択の方向に加担してしまう恐れもある。危険な判断」
長台詞を一息に言い終えた長門は、ちょっと息をついで、続けた。
「だからわたしはあなたに謝らなくてはならない」
そういうと長門はペコリと頭を下げた。
「ごめんなさい」
「謝るなって」
俺は即座にフォローを入れた。
「言いたいことくらい好きに言っていいんだぞ?さっきも言ったけどよ、俺はお前のおかげでこうして楽しく過ごせてるんだ。恩返しのひとつでもさせてくれよ」
長門に言いたいことを言わせることが、恩返しになるのかどうかは分からないが。
「ならない」
そりゃそうだよな、言いたいことを言わせることが恩返しになるわけがないよな。でも、何かお返しさせてくれよ、こんな一般人な俺の出来る範囲でさ。
長門は少し考えるようにうつむいて、それから遠慮がちに口を開いた。
「だったら私の願いを聞いて欲しい」
「ああ、何でもいいぞ、俺に出来ることだったらなんだって・・・」
「抱きしめて」
長門が俺を見つめる。表情にこそ変化はなかったが、その目はもう液体ヘリウムでもなんでもない、極普通の女子高生の、感情のこもった温かみのある目だ。
「あなたが涼宮ハルヒを愛していることは承知している。こんな申し出をしてもあなたになんのメリットもないことも理解している」
そして長門は俺から視線をはずし、地面を見つめながら恥ずかしそうに、少なくとも俺にはそう感じられたんだ、恥ずかしそうにつぶやいた。
「でも、このままでお別れは、嫌だ・・・」
俺は長門がしゃべり終わらないうちに、強く長門を抱きしめた。強く強く、長門の体が壊れてしまうんじゃないかというくらいに強く、抱きしめた。
「・・・これくらいしか出来なくて、ごめん・・・」
「十分・・・でも・・・」
長門が遠慮がちに言った。
「でも、なんだ?」
「言えない。言ったらきりがない」
「いいから、言えよ」
長門は、最後に一個だけ、と前置きをして、続けた。
「今から3秒だけ、わたしの恋人になって・・・」
俺はしばらく考え、心の中でハルヒに『ごめん』と謝って、勝手に3秒だけ別れることにした。この、どうしようもなく切なく、狂おしいほどにけなげで、愛おしいほどにひたむきな、目の前にいる小さな・・・対有機生命体コンタクト用ヒューマノイド・インターフェース?いや違う、そんなんじゃなくて、極普通の女の子の望みを、俺はどうしても叶えてやりたかった。
「・・・わかった」
俺がそう言い終わるか終わらないかといううちに、長門は俺の顔を手で押さえ、唇に唇を押し付けてきた。いつかのように、逃げられないために?そしてきっかり3秒後に、離れた。
「満足」
長門は長門なりの最高の笑みを浮かべて、そう言った。
「しかしまた謝らなくてはならないことが出来た」
「なんだよ?」
「わたしはずるをした」
ずる?なんだよそれ?俺の体の中にナノマシンでも流し込んだか?
「・・・それは考えなかった。残念極まりない」
おいおい。で、ずるってのは何のことなんだ?
「さっきのキス、3秒より0.28秒、オーバーした」


ハルヒは俺たちが異空間に消えていたことに気づいていないらしい、長門がまた情報操作とやらをしたのだろうか。何事もなかったかのように部室に戻ると、しばらくして古泉、朝比奈さんが到着し、そのまま普通に団の活動が始まった。
静かに本を読む長門。
お茶を入れてくれる朝比奈さん。
ゲームをする俺と古泉。
団長席でふんぞり返るハルヒ。
今までなんでもなかったこの活動が、こんなにもすばらしいものだとは思いもしなかった。俺たちはクソ暑苦しい部室でどうでもいい無駄話をし、時々ハルヒがとんでもないことを言い出し、じゃんけんで負けた俺が昼飯を買出しに行き、また無駄話に興じ、そうしているうちに日は傾きだし、夜の帳が落ち、長門がゆっくりと本を閉じ、それを合図に俺たちは集団で下校し、まるで明日もあさってもずっとこんな日常が続いていくかのように、いつもどおりに別れた。
「じゃあな」
「それでは、また」
「さよ~なら~ぁ」
「・・・」
「じゃ、またねー!」
『ありがとう』も言わせてくれないのか、こいつらは。言ったところで、古泉あたりがとぼけてうやむやにするんだろうな。
それでも、ありがとう。
俺はハルヒと一緒にマンションに向かった。途中で、ハルヒが俺に明日はどうするのか聞いてきた。
「明日は・・・お前と一緒にいたい」


次の日、俺たちはひたすらに最期の時間を共有した。激しく、切なく、何度もお互いを求め、愛し合った。疲れたらまどろみ、目が覚めるとまたお互いを求めた。時折頭をよぎるこれからのことを振り払うように、甘く、激しく、幸せな、でもどこか哀しい時間を過ごした。
その日の夕方、俺はいったん自宅に帰った。挨拶をするためだ。
合宿から持ち帰った荷物を置いて自分の部屋に上がり、机の上に親と、妹に向けた手紙を置いた。それと、遺影用の写真も。ハルヒが納得するまで何度も取り直した写真だから、きっとよく写っているのだろう。そういえばこれは遺影に採用されたのだろうか?前に自分の通夜を見たときに確認いておけばよかったな。
そして俺は、妹を部屋に呼び出した。
「キョン君ど~したの~?」
「あのな、その・・・」
「な~にな~に~?」
「お前の元気なところ、好きだぞ。だから、哀しいこととかあっても、その元気で・・・」
「?」
やばい。これ以上続けると泣き出しちまう。俺は妹を部屋から追い出し、目頭を押さえて気が静まるまでしばらく待った。10分くらいそうしていただろうか、なんとか落ち着いた俺は、今度は両親に挨拶するためにリビングに下りた。親父はもう帰ってきていて、お袋となにやら話をしている。
「親父、お袋」
俺は意を決して切り出した。二人は妹と同じく『?』という顔で俺を見ている。
「・・・えっと・・・心の底から、感謝してるから!!ちょ、ちょっと、出かけてくるわ!!」
俺は手短に感謝の言葉を伝えると、大急ぎで家から飛び出した。あぶねー、あと1秒遅かったら泣き出してただろうな。それにしても、我ながら意味不明な言葉だな。肝心なことは何も言えてないじゃないか。
家の前ではハルヒが待っていてくれた。ハルヒは涙を流す俺を黙って抱きしめてくれた。そして手をつないで、俺たちの家へ向かった。
最後に俺はもう一度だけ振り向き、家の中にいる家族に向かって、つぶやいた。
「大好きだ、さようなら」


もう俺がこの世から消えるまであと1時間もなくなっていた。俺はハルヒが作ってくれた最後の晩餐を食べ終わると、することもなくなってヤキモキした気持ちになっていた。いくらなんでも、あと1時間を切れば俺だって緊張する。緊張って言うのか、これ?
「落ち着かないわね」
「まあな」
「・・・」
「・・・」
「・・・」
「なあハルヒ、散歩に出ないか」
散歩に出ることは、実はすでに考えていたことだ。このままここで俺が最期を迎えたら、親に対する説明やらなんやらでハルヒに迷惑がかかりかねない。外で最期を迎えれば、なんとでも言い訳を作ることが出来るからな。
俺の死ぬ時間まで決まっていることはハルヒは知らないはずだが、なんとなく察したのかそれともただの偶然か、ハルヒはそれに同意し、
「そうね・・・じっとしていても落ち着かないしね」
そういって俺の提案に同意した。
俺たちは手をつないだまま、近くの公園を歩いている。人は俺たち以外誰もいない。良かった、静かに最期が迎えられそうだ。
もう後、30分。
「ど、どっか座りましょっか」
ハルヒは俺を木陰のベンチまで引っ張っていった。
ベンチに座った俺たちは、話すこともなくただひたすらに黙っていた。
「あ、セミ・・・」
突然、俺の足元にセミが落ちてきた。今まで木に留まっていたのが力尽きたんだろう。そいつはしばらくじたばたともがいて、程なく静かになった。あれから2週間。まさか、あのときのセミでは無いだろうが、あの日あたりに羽化したのは間違いない。
「死んじゃった・・・のね・・・」
「ああ・・・そうらしい・・・」
そのとき、突然ハルヒが鼻をすすり始めた。と思ったらそれはどんどん勢いを増していき、あっという間に声を上げて泣き出すまでに大きくなった。
「うわああああぁぁぁぁん、いや、いやだあぁ・・・こんなの・・・いやだよおおおぉぉ・・・!!」
ハルヒは俺にしがみついてくる。
「この2週間、楽しすぎて、ぐすっ・・・幸せで・・・もう一生分楽しんだと思ってたのに・・・これから一生不幸でもいいって思ってたのに・・・でも、やっぱり・・・ぐずっ・・・うう、うぇ・・・」
やっぱり、の続きは嗚咽にまぎれて聞き取れなかったが、言わんとすることは分かった。
「キョン・・・今までずっと我慢してたこと、言ってもいい・・・?どうにもならなくても、お願い・・・言わせて欲しいの・・・」
「ああ」
ハルヒはごくり、とつばを飲み、俺を見つめ、意を決したように一息に言った。
「死なないで!」
そう言った直後、ハルヒは何かが切れたかのように大声でわめき始めた。
「死なないで!!死なないで死なないで死なないで死なないでよおおお!!!何でよ、何で・・・生きてよ、キョン!バカキョン、生きなさいよ、なんであんたが死ぬのよ!・・・お願いだから・・・死なないでよぉ・・・あたしの・・・命令だからあぁぁぁ・・・」
俺は黙って抱きしめるしかなかった。そういえばこの2週間、こいつの口からそういう類の言葉は一度も聞いたことがなかった。実際、言ってもどうしようもないことだ。だが、恋人の死なんていう矛盾を突然突きつけられて、それを『どうすることもできないこと』としてずっと今まで胸の奥にしまってきてくれたんだ、俺のために。俺の心を乱さないように、必死でこらえてきてくれていたんだろう。
「ごめん」
「あ、謝るくらいだったら死ぬんじゃないわよ、バカ!!」
こういう会話はもっと早いうちに済ませておくんじゃないんだろうか。まさかこんな死の直前にこういう展開になるとは、宮藤官九郎もびっくりだ。
しばらくハルヒは号泣した後、静かになって俺を抱きしめるだけになった。
あと15分くらいだろうか、もう時間を確かめる気にはなれない。俺は口を開いた。最期に、ハルヒに言っておきたいことがあるんだ。
「ハルヒ」
ハルヒはぬぐっても次々あふれ出る涙を形ばかりぬぐい、俺を見た。
「お前に3つ、頼みがあるんだ」
何?という表情で俺の顔を覗き込んでくる。そんなに泣くなよハルヒ、俺の視界までぼやけてくる。
「まず・・・時々でいいから、俺のこと、思い出してくれると嬉しいんだ」
本当だったら、俺は『一生俺のことを思い続けてくれ、ほかの男とは付き合わないでくれ』と言いたいくらいだったが、ハルヒの人生はこれから長いんだ、こんな俺の自己満足な妄言のせいでそれを縛り付けるようなことはしたくなかった。
「嫌よ!!」
な、なんだと!?
「あたしは一生キョンのことを考えて生きていくわ!ほかの男と付き合ったりなんて絶対しない!」
お前それはな・・・一時の・・・。
「一時の気の迷いでも何でもいいの!!今あたしはそう思ってるの!!だから、その頼みは聞けないわ!!」
ハルヒはそういうと、ふう、とため息をついた。
「ごめんね、キョン・・・でも、その逆の頼みだったら、聞いてあげてもいいわよ?」
その逆?その逆ってのは・・・言葉通りか。
「わかった。・・・いいんだな・・・?」
「望むところよ」
「ハルヒ、お前への一つ目の頼みだ。一生俺のことだけを想い続けてくれ」
ハルヒは何も言わず、ただ顔を赤らめて、コクリ、とうなずいた。その様子を見た俺もうなずき、ハルヒに軽くキスをして、そして話を続けた。
「それから2つ目の頼みだ・・・俺のいない世界でも・・・絶望しないで、気丈に生きてってくれ。頼む」
この言葉には、世界を終わらせないためという意味も込められている、と取ってもらってもかまわない。しかし、俺は決してそういう意味でこの言葉を言ったわけじゃないんだ。この言葉を口にしたとき、そんな意識は1Åほども頭の中にはありはしなかった。俺は本当に、心のそこからハルヒには悲しんで欲しくないと思っている。ハルヒが悲しんで生きていくのが、俺には一番辛い。
今度は、ハルヒは口答えすることもなく、ただ一言『分かったわ』とだけつぶやき、涙を拭いた。
さて、ここまで言って俺は次にいうことが無くなってしまった。実は3つもお願いなんて考えていなかったんだ。ドラマとかだとだいたいこういう場合って『3つ』だから俺もそれに倣ってみただけなのだ。これがハルヒの言っていた中二病なのだろうか?話しているうちに思いつくだろうなんて甘いことを考えていたが、思ったよりも時間がたつのが早い。さて、どうしたものか。『みんなに謝っといて』っていうのはまず却下されるだろうし、かといって『みんなをよろしく』なんて言っても、あいつらは誰によろしくされなくたって図太く生きていくだろうし、コイツに『元気でいろ』なんていったって、こいつは俺が心配するまでもなく元気でい続けるだろうしなあ。
俺は仕方なく、場をつなぐために、本来だったら最後の最後まで取っておくはずだったカードを切ることにした。
「ハルヒ、これ・・・」
俺はそういって、ポケットから小箱を取り出した。
「これから一生分の、誕生日祝いとクリスマスプレゼントだと思って欲しい」
ハルヒはそれを俺から受け取ると、箱を開けた。
「・・・素敵・・・」
中身は、指輪だ。そりゃあ一介の高校生が買うような指輪だ、それほど高価なものじゃない、が、そこいらの指輪のような安物と一緒にされては困るくらいのものではある。これでもかき集められるだけの金をかき集めて買った指輪なのだ。一生分の誕生日祝いとクリスマスプレゼントには程遠いだろうが、あとは気持ちでカバーしてくれ。
「キョン、あんたが付けさせてよ」
そういうとハルヒは、俺に指輪を突っ返した。俺はそれを受け取ると、改めてハルヒの左手を取り、薬指に指輪を通した。
「す、少し大きいわね・・・」
ああ、俺はお前の指のサイズなんて知らなかったからな。だが、小さくなくてよかったよ。
「ふふ、それもそうね」
そういってハルヒは自分の指にはめられた、少しぶかぶかの指輪を満足そうに眺めた。
「ありがとね、キョン。大事にするわ」
ハルヒは極上の笑顔を俺に向けてくれた。そうだ、この笑顔だ。いつも俺がうんざりした気分で眺めていたこの笑顔。それがこんなに愛おしいものだったなんて。俺は馬鹿だ。何で今まで気がつかなかったんだろう。コイツのこの笑顔を、なんで鬱陶しいなんて思っていたんだろう。もったいない、本当にもったいない。過去に戻って自分をぶん殴ってやりたい。もっと笑っていて欲しかった。もっと日ごろから良く見ておけばよかった。できれば泣き顔の分までこの笑顔でいて欲しかった。
そして俺は思わず、率直な気持ちを口に出した。
「お前には笑顔が、一番似合ってるな」
そう言って、その瞬間、俺は悟った。
ああ、そうか、そういう意味だったのか。俺はすべて理解した。そして、3つめの頼みを、ハルヒに告げた。
「最後のお願いだ、ハルヒ・・・俺の葬式では・・・絶対に泣かないと、約束してくれ」
ハルヒはしばらく考え込んだ後で、言った。
「分かったわ。あたし、あんたのお葬式では絶対泣かない」
でも、と言葉を挟んで、ハルヒは続けた。
「ほかのところで泣くのは、許しなさいよ・・・」
ありがとう、と俺が言い終わらないうちに、ハルヒは俺にキスをした。長い、長いキスだった。途中で、口元にしずくがたれてきた。涙だ。ハルヒの涙は驚くほどに塩辛かった。涙を流したまま、俺たちは骨がきしみそうなほどに強く抱き合い、夢中でキスをし続けた。好きだ、ハルヒ。ありがとう、ありがとうな。この2週間の夏休みは本当に最高の2週間だったぞ。たった2週間だったけれど、俺たちは一生分愛し合えたよな?いや、最高だったのはこの2週間だけじゃない。お前と出会ってからの1年とちょっと、全部が最高だったさ。お前と過ごした高校生活は、当時はウザったく感じもしたが、とってもいい思い出だ。最高の仲間に会えたのも、お前のおかげだ。あの世でお前を神様相手に自慢してやる。こんな経験、きっと神様だって出来やしない。なあハルヒ、俺、お前に逢えてよかった。お前が変な女でよかった。お前が後ろの席でよかった。お前を好きになってよかった。お前が恋人でよかった。お前の恋人でよかった。それから・・・――

「好きよ、キョン」
「好きだ、ハルヒ」


最期がお前と一緒で本当によかった・・・――。


Short Summer Vacation ended...


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