『Short Summer Vacation』・上編


そいつは唐突にやってきた。『災害は忘れたことにやってくる』なんていうのは所詮昔の人の妄言で、忘れなくたって災害は遠慮なしにやってくる。むしろ毎日のように『くるな』と祈っているのにそれでも来るんだからこの言葉の薄っぺらさが分かるってもんだ。
まあ、これから俺の身に降りかかったそれは、災害なんて甘っちょろいものじゃなかったんだが。


その日、俺はいつものようにSOS団の部室に向かっていた。2年生になってもこれはまったくいつもどおりで、部室に行けば宇宙人製なんとかかんとかインターフェースが本を読んでいて、未来からやってきた俺の癒しのエンジェルがお茶を入れてくれて、ことあるごとに俺にアプローチかけてくるウホが毎度勝ち目の無いゲームを挑んできて、そして進化の可能性を秘めていて時間の歪みの原因で神であるという笑うしかないステータスをもった美人が笑顔で災難を振りまいている。今日だってそんな日常が待っていると、このときの俺はそう思っていた。

コンコン

いつもの習慣で俺は部室のドアをノックした。ノックせずに入れば、それはそれでかなりおいしい光景が拝める可能性大なのだが、俺だって100%ケダモノで出来ているわけじゃない、ちゃんと常識をわきまえた極普通の高校生だ。
「はぁい、どうぞぉ」
舌足らずな幼い声が、俺の入室を許可した。俺はドアノブを回して部屋の中に入って、目の前の光景に癒される・・・はずだったのだが、今日ばかりは内心ため息をついた。
そこにいたのは、朝比奈さんは朝比奈さんでも、いつもの朝比奈さんではなく大人版の朝比奈さんだったのだ。今にも弾けてこぼれそうなダイナマイツバディと、それに似つかわしくない幼い顔立ちの彼女は、俺を見るなりにっこりと微笑み軽く手を挙げた。俺もそれに合わせて手を挙げたが、そのときの俺の表情はあまり晴れやかなものではなかっただろう。何せ、まさか未来人が『暇だから』とかいう理由で過去に遊びに来るわけ無いだろうから、この人がここにいるということはまた何かしらの厄介ごとを担ぎ込んできたということになる。
「久しぶりですね、どうしたんですか」
何度も似たような展開にあっているうちに、ありがたいことに徐々に俺の中には耐性が出来ていたようで、それほど驚きもせず俺は朝比奈さん(大)に挨拶した。・・・本当にありがたいんだろうか?再考の余地があるかもしれない。
「うん、ひさしぶりね、キョン君」
いつもどおりの笑顔で俺に挨拶を返してくれたものの、俺の『どうしたんですか』という問いには答えてくれない。俺は再び
「どうしたんですか?また何か困ったことでも?」
と尋ねた。困ったことが無かったらそれはそれで気味が悪いが。
朝比奈さんは笑顔を曇らせ少し困ったような顔をして、さらに表情は崩れていき、どんどん悲愴な顔つきになっていく。まるで2人の別人の顔をコンピュータグラフィックスでくっつけて変化させているように時々刻々と変わっていく。そんな朝日奈さんの表情を見て、俺は、これはただ事ではないと感じた。いつもの困り顔の朝比奈さんならハルヒにいじめられているときに良く見るし、俺が知る中で一番哀しそうだったあの去年の8月の表情ですら、今の朝日奈さんのそれには遠く及ばない。
「な、なにがあったんです?なにかとんでもない事態が?」
この人がやってきてとんでもない事態が起こらなかったためしがないが、それ以外に適当な言葉が思いつかなかったので俺はそう聞いた。文系の俺の語彙がこれじゃあ先が思いやられる。
「あの・・・」
朝比奈さんはそれだけつぶやいて言葉を詰まらせ、うつむいてしまった。そのとき、俺は初めてこの部屋に長門がいることに気がついた。おいおい、いくら俺が朝比奈さん(大)の出現に困惑気味だったとはいえ、まさか気づかないわけはないと思うのだが・・・完全に気配を消してやがったな。長門、今お前は探偵か忍者かスパイになる訓練でもつんでいる最中なのか?
長門は珍しく本を持たないままでいすに座り、俺の方をじっと見ている。いつもの絶対零度の視線を俺に投げかけている。凍っちまうだろ、やめてくれ。
などと俺が思っていると、朝比奈さんは意を決したように言葉をつむぎだした。
「あの・・・キョン君・・・落ち着いて聞いてくださいね」
朝比奈さんはいったん言葉を区切り、大きく息を吸い込んだ。目が潤んでいるのはなぜだろう。
「あなたは、1ヵ月後に死にます」
長門の目の温度が、絶対零度から液体窒素くらいにまで上がったように、見えた。


はい?何言っているのですか?未来から来てわざわざたちの悪いイタズラは結構ですよ。あ、さては最近その手のブラックジョークを覚えたんですね?で、ためしに俺を引っ掛けてみようと、そういう魂胆でしょう?しかし残念でしたね、俺をだますにはまだまだネタが作りこめていませんよ、もう少し場数踏んでから再チャレンジしてくださいね。
「いえ・・・これは冗談でもなんでもなくて・・・あなたは・・・あな・・・た・・・」
いままで目いっぱいに涙をためていた朝比奈さんは、ついに堤防が決壊したかのように泣き出した。手近に合ったいすにふらふらと腰掛け、両手で顔を覆ってひたすらに泣き続けている。
状況が飲み込めない俺はどうすることも出来ず、ただその場に立ち尽くすしかすべは無かった。まだ俺は、これは冗談か何かだろうと思っていたので、本当に泣き出してしまった朝比奈さんにどう接すればいいのか分からず、とりあえずドラマや何かでそうするように頭をかいてみた。我ながら、毎度気のきかない男だ。
長門は、相も変わらず俺を見つめ続けている。コイツの視線に温度があるのだったら、俺はとっくに凍り漬けのマンモスのようになっているだろう。そして未来永劫展示されるのだ、『西暦2000年代初頭の一般的男性』なんてな。名誉じゃないか。
俺は、この場の気まずい空気を何とかしようと、歩く宇宙百科事典こと長門に話を振ってみようと思い立った。そして俺が長門に話しかける直前、長門の方が口を開いた。
「あなたは現時刻、7月9日午後4時18分44秒からカウントして、30日と3時間6分後、有機生命体としての活動を停止する」
長門がいつもの冷静な口調で告げた。やたらと細かく指定されているせいか、それとも無駄に小難しい言葉が並んでいるせいか、はたまたこれを口にしているのが長門だからなのか、何に原因があるのか、もしくはこれら全部のせいなのかは分からないが、とにかく、俺はこの意味を理解するのにかなりの時間を要した。えーっと、つまり、俺は今から30日後・・・7月は31日までだから、30日後は8月8日か、その8月8日の午後7時くらいに死ぬ、と。そういうことでこの暗号は解読OKですか?
「いい。ただし各時間平面によって停止時刻には最大でプラスマイナス60秒の誤差が生じる」
長門はそっけなく答えた。それにしても長門よ、停止するって・・・人をASIMOみたいにいわないでくれよ。
「そう」
俺は、未だにこの話を信じてはいなかった。前の俺だったら長門が言った時点で完全に信じ込んでいただろうが、最近の長門は時折会話の端々に分かりづらいジョークを混ぜてくるからな。今回だって、何かの用事でやってきた朝比奈さん(大)と結託して俺をちょっとはめてやろう、と思いついたのかもしれない。その悪趣味な知識はどの本から得たんだ、長門?あんまり教育的にはいい本じゃなさそうだぞ、次からはちゃんとジャンルを選べよな。
「・・・キョン君っ!!」
突然の大声に俺は心底びっくりした。その大声があまりに突然だったことと、声の主が朝比奈さんだったことの相乗効果って奴だ。
いつの間にか立ち上がっていた朝比奈さんは、一瞬だけ眉を吊り上げ、すぐに哀しそうな顔に戻って話を続けた。
「信じられないだろうけれど・・・本当なの・・・」
いやいや、そんなこと言われたって・・・。
「そうよね・・・言葉だけでは信じれくれないというのは分かっていました・・・だからわたしが来たんです」
そういうと朝比奈さんは着ていたワイシャツの袖で涙をキッとぬぐって、毅然とした面持ちで俺に向き合った。
「あなたを、未来に連れて行きます。1ヵ月後の、あなたの葬儀に」
このあたりから、俺はなんだかこれはウソではなさそうだと思い始めていたように思う。ウソにしてはしつこくて、朝比奈さんらしくない。いつまでたっても演技をやめてくれないし、それどころか未来に連れて行くとまで言い出した。冗談だったら、『ここでネタばらし』と来てもいいころだろう。おい、そうなんだろ?ハルヒ、古泉、二人の朝比奈さん、長門?みんなで俺をはめて、慌てふためく姿が撮りたかったんだろう?もういいぞ、どうせ良い画は取れそうに無いんだから、ふてくされた顔でそろそろ姿を現せよ、ハルヒ。
朝比奈さん(大)がいる時点で、ハルヒがこのドッキリに絡んでいる可能性はゼロに決まっているわけだったが、このときの俺はなぜかそんなことも考えなかった。表面上はドライに取り繕っていただけで、すでに冷静な思考が失われていたのかもしれない。
「俺の・・・葬式?」
朝比奈さんはコクリ、とうなずいた。
「この星の知的生命体は、特に視覚から得た情報を重視する傾向にある。あなたを納得させるには、これから実際に起こる未来をあなた自身に認識させるのがもっとも確実」
長門は体は微動だにせず、口だけを動かしてまさしくロボットがしゃべっているように言葉をつむいだ。
ここで俺は、ひとつの疑問が浮かんだ。
「それって禁則事項じゃないんですか?」
そうだ、朝比奈さんは自分の年齢すらも『禁則事項』とやらで、教えてくれなかったんだそれなのに、俺を――朝比奈さんから見れば過去の人間を――たった1ヶ月とはいえ未来に送るのは、よく分からないが年齢を教えること以上に禁則な気がする。
「そのことについては・・・後ほどお話します。キョン君が全部信じてくれていないうちは話しても分かってくれないと思うから・・・」
朝比奈さんの話は終わったとみたのか、長門がいすから立ち上がった。
「お前も来るのか?」
「あなたが死亡した世界においてあなたの姿または音声が確認されるのは非常に不都合。わたしが周囲に対情報操作用遮蔽スクリーンを形成する。そのために同行する。それに」
「それに?」
「わたしも信じたくない」
な、なにっ!?
「情報統合思念体は、現在過去未来にとらわれない存在。あなたが死亡するという事実を朝比奈みくるから聞いた直後、情報統合思念体に事実確認を行った。結果、現時刻から30日と2時間57分後にあなたは有機生命体としての機能を停止するという回答が得られた」
長門はそこでいったん言葉を区切った。そして、一言、搾り出すように
「でも、信じたくない」
と言った。いつもの長門の表情だったが、いつもの長門の声ではなかった。俺はいささか驚いていた。今まで事実を事実のままに受け入れてきていた冷静沈着な長門が、『信じたくない』なんていう感情をはさんでくるとは思わなかったのだ。こいつは、自分の処分が検討されているとかいうときにだってまるで人事のようにけろっと言ってのけたのに、今回は様子が違う。
俺はこの期に及んでまだ実感がわかなかったが、この二人の様子から、ドッキリではないということだけは理解した。特に、長門の異常な様子から、これは何かある、と感じた。いくら俺でもそれくらいはわかるのさ。


長門に手首をカプリと咬まれ、あの吐き気のする時間移動を経て、俺は今学校の前にいる。長門よ、どうせ咬むんだったら手首じゃなくて首筋にお願いしたかったんだが。
「どこでも効果に変わりはない」
いや、そういう意味じゃなくてだな・・・まあいい。
今の時間は午後4時。8月9日、つまり、朝比奈予言を信じるなら俺が死んでから次の日ってことになる。この日付はさっきNTTの時報サービスで確認したから間違いない。今まで鳴いていなかったはずのセミが飛び交い、やたらやかましく騒ぎ立てている。いくら手の込んだドッキリでもさすがにセミは仕込めないだろうから、ここは本当に、1ヵ月後の世界のようだ。
「で、どこに行けばいいんです?家ですか?」
「いいえ、今、家には誰もいないはずです」
「どこいったんですか?」
俺は朝比奈さんに尋ねた。よく考えればあほな質問だ。まさか俺が死んだってのに温泉旅行としゃれ込んでいるわけはあるまい。自宅で式を挙げるには俺の家は手狭だから、どうせどこかの式場に・・・って、おい!まて、いかんいかん。いつの間にか俺は、自分が死んだという予言を信じたという前提で話を進めているではないか。俺はまだ完全に信じたわけじゃないんだ、自分をしっかり持たねば。
「通夜」
俺の問いに長門が短く答えた。通夜、ね。意味はそれでも通じるがな、長門、『お通夜』って言った方が柔らかく聴こえるぞ。女の子が口にするなら特に気をつけたほうがいいな。そういえばお前、ちゃんと対情報なんとやら、張ってくれているんだろうな?
「問題ない、スクリーンは現在正常に機能している」
「お通夜は近くのセレモニーホールで午後5時から行われるはずです」
ということは通夜はまだ始まってないってことか。俺は変なところに納得して一人でうなずいていた。
そこから俺たちは電車に乗り(長門の力のおかげで無賃乗車だ、ゆるせ、JR)俺の通夜をやっているとかいうセレモニーホールへ向かった。幸い電車は混んでいなかったが、もしこれが混みあった電車だったら大変だっただろう。
会場は、なかなか立派なセレモニーホールだった。こんなところで葬式挙げて、家計は大丈夫なんだろうか?俺だったら、別に葬式しないで燃やすだけ燃やしておしまいでも怒りはしないのにな。
なんて軽口を心の中でたたいておきながら、俺は内心ビクビクしていた。今まではなんとなく信じないできていたというか結論を先延ばしにしてきていたが、だんだんその猶予期間も少なくなってきた。もうすぐ、予言が本当かウソかの結論が出る。
俺は、1999年7月を迎えた気分をものすごく大げさにしたような気持ちで会場に足を踏み入れた。そういえば今――俺にとっての今だが――も7月だったな。恐怖の大魔王よ、遅刻は良くないな、遅れたら罰金って知ってたか?たぶんアイツは、魔王だからって許してはくれないぜ。
会場に入ってすぐ目の前にはロビーがあり、女の人が二人座っている。スピーカーから小さく、哀しげなBGMが流れ、しめやかな空気が漂っていた。
そして、俺は見つけてしまった。ロビーの隣にある、電光掲示板。そこには俺の名前が書いてあり、その下には

『通夜式 午後5時開式
会場  3階大ホール』

と書いてあった。
俺は目がくらみそうな気分になりながら、第1の朝比奈予言―『お通夜は近くのセレモニーホールで午5時から行われるはずです』―が的中したことに賞賛を送りたいと思っていた。
「キョン君・・・」
朝比奈さんが声をかけてきた。
「大丈夫ですか・・・?」
「あぁ、大丈夫です」
少し俺は放心していたようだ。内心、あんまり大丈夫じゃないかもな、と思いながらも、弱いところを見せるわけにもいかずにそう答えた。その答えを聞いた朝比奈さんは、なんだかモジモジというか、はっきりしない態度で
「あの、ここまで来ておいてなんなんですけど・・・今なら引き返せますよ・・・?」
と言った。おや、いつかの古泉のようなことを言うんですねぇあなたは。ここで帰ったら胸糞悪い時間移動を無駄に2回味わっただけになってしまいますよ。宇宙人からの甘咬みという特典はありましたけどね。
「キョン君が、『自分は死ぬ』ということを信じてくれれば、その・・・式自体は見る必要ありませんし、むしろ見ないほうが・・・」
たしかにそうだ。そもそもここに俺が来たのは、自分のお通夜に参列するなんていう貴重な不思議体験をするためじゃなくて自分が1ヵ月後に死ぬってことを朝比奈さんが俺に信じさせようとしたからだ。俺は今、なんとなくではあるが事態は飲み込めてきているし、これはドッキリだ、なんていうバカな考えはとうに捨てている。これ以上見ることに意味は無いのかもしれない。しかし、
「いえ、見ます」
半信半疑の浮ついた心のままで残り1ヶ月を無為に過ごしてお亡くなり、なんてごめんだ。どうせやるなら事実確認は徹底的にやるべきだろう。そっちの方が、今は辛くても後々のためになる気がした。
俺は、階段に向かって歩き出した。脚が少し、震える。
「怖い?」
長門が俺の顔を覗き込んできた。なんだか、長門の目線が、絶対零度からだんだん温度上昇しているように感じられる。それが何を意味しているのか、今の俺には考えられないし、考えてもたぶん分からないだろう。
「ああ、怖い」
俺は正直に答えた。当たり前だ、自分の葬儀を目の当たりにして平気でいられるやつがいるものか。
「大丈夫」
長門は言った。それは、今までの長門からは考えられないくらいに頼りなくて、でも、一番人間らしい言葉だった。今日のコイツは何かが変だ。
「わたしも怖い」


俺の通夜は満員御礼だった。いったい何席あるのか見当もつかないくらいにイスが大量に並べられている。俺ってこんな大勢に通夜に来てもらえるような人間だったのか、ありがたいね。これだったら香典いっぱいもらえて逆に儲かっちゃうんじゃないだろうか、なんていう下卑たことを考えて恐怖を紛らわそうとしていると、朝比奈さんが俺に(俺、というのは生きている俺の方だ)声をかけた。
「・・・キョン君、こっち・・・」
手招きされた俺は、恐る恐るついていく。目の前にあるのは、白木の器・・・棺おけだ。それを見たときに、俺は本気で足がすくんだ。今までも足がすくむような目にはあってきた。神人と出くわしたときなんかその際たるものだが、今回はそれ以上だ。なんてったってリアルの世界でしかも数メートル先に自分が横たわっているのだから、この状況で恐怖を感じなければ、そっちの方が恐怖だ。や、やばい、ここまで来ておきながら、恐怖で心臓が止まりそうだ・・・今ここで俺がショック死したらどうなっちゃうんだろう?ひとつの会場に二つのまったく同じ死体・・・考えたくも無いね。もしそうなったら朝比奈さんは死体になった俺を抱えて時間遡行するのだろうか。
そんなことを考えていたら、俺はだんだん吐き気がしてきた。次の瞬間、天と地の区別がなくなったような感覚・・・貧血か何かだろうか?俺は今どんな体勢だ?立っているのか、それとも倒れているのか?やばい、コイツは・・・マジで戻す・・・。
そのとき、何かが俺の両肩をぐっとつかんだ。
「な・・・長門・・・」
「しっかりして」
俺はどうやら倒れてはいなかったらしい。ゆかも、俺の吐瀉物で汚れている、なんてことはなかった。しかし全身汗びっしょりでいつの間にか肩で息をしている。あごから汗がしずくとなってたれていく。全身に鳥肌が立って収まらない。
「い、今・・・」
「大丈夫?」
大丈夫なわけがない。コイツは、今の俺が大丈夫に見えるくらいに人間に対する知識が不足しているのだろうか?長門、お前だったら医学書の10冊や20冊は読破していると思っていたんだが。
「あんまり・・・大丈夫ではないな」
「そう」
長門はそうつぶやくと、俺の方を見ずに俺の指に自分の指を絡ませるようにして手を握ってきた。長門の突飛な行動に俺は驚いたが、長門のおかげで少しだけ気分が安らいだ。
「なが・・・と・・・?」
「他者との接触は、時に精神の平静の維持に効果的と前に読んだ本にあった。特に、抱きしめたり手をつないだりするのが有効」
そ、そうか長門、ありがとうな。確かに今は落ち着いてきたが、時と場合によっては逆にパニックになることもあるから覚えておいてくれ。
「助かる・・・ありがとうな・・・」
「いい」
俺は、長門と手をつないだまま軽く辺りを見回した。周りの参列者たちの声が、まるでエコーがかかったように聴こえてくる。
「お若いのに残念ねえ・・・」
「数時間前、ご両親と会ったときまで元気だったらしいですよ」
「かわいそうに・・・まだ人生これからっていうときに・・・」
俺は長門と手をつないだまま、ゆっくりゆっくり、まるでバージンロードを進むかのように歩を進めた。実際に俺たちが歩いているのはバージンロードなんていう夢がいっぱい詰まったものではなかったがね。似合うのは結婚行進曲ではなく葬送行進曲だ、残念だったな、メンデルスゾーン。
途中、俺は参列者の中にSOS団のメンバーを見つけた。国木田と谷口もいる。鶴屋さんもだ。皆さん、わざわざご足労いただきありがとうございます。そこに横たわっている俺に成り代わってお礼申し上げます。
おい、古泉、お前泣くなよ、色男が台無しだぞ。どうせだったらにやけ顔全開にしてみろ。朝比奈さんまで・・・いくらなんでも泣きすぎです、干からびますよ。長門、お前も泣いてくれているのか・・・お前、何ぶつぶつ言っているんだ、アレイズか?ザオリクか?ハルヒ、の顔はここからじゃ良く見えない。俺がどんな顔をしているのか見てやろうとした瞬間、
「あまり見ないで」
と長門が俺の顔を、握っていない方の手のひらで押しやって向きを無理やり変えた。
「なん・・・」
「・・・上手く言語化できない・・・はずかしい、という感覚に近い・・・」
そうか、コイツは自分の泣き顔を見られたと思ったのか。いや、実際はもう見ちゃったわけだが、まあ、自分の泣き顔見られて喜ぶ奴なんてそうはいないわな。ん?まてよ、参列している長門は1ヵ月後の長門なんだから、俺(まだ生きている俺)がこっそり見ていることは分かっていたんじゃないのか?俺に見られているって分かっていて、それでも涙してくれるなんて、なんだかすごく、嬉しい。よく分からない。まさに『上手く言語化できない』が、なんだか無性に嬉しかった。
さらに進むと、最前列に遺族が、つまり親父、お袋、妹が座っているのが見えた。親父は何かをかみ締めるような顔をして必死に悲しみをこらえていた。お袋はハンカチで顔を覆っている。妹は、何が起きたんだかは完全には理解できていないようで、でも、兄貴が死に、なにか起こってほしくないことが起こったということは分かっているらしく黙って悲しそうな顔をしていた。
そんな家族の姿を見て、俺は涙が出てきた。自分の葬儀で泣くなんて、意味が分からない。
しばらく家族と向き合うように立ち尽くしていた俺を、長門が心配そうな顔で覗き込んできた。もちろん、心配そう、というのは俺の勝手な主観だが、その表情は間違いなく無表情ではなかった。
「行こう」
俺は自分を鼓舞するように、長門に言った。
俺は確かめなければいけない。ここまで来ておいていまさら確かめる必要も無いだろうが、それでも確かめたかった。
朝比奈さんはすでに棺おけの横に立っていて。ハンカチで時々目頭を押さえている。この人にしてみれば、二度目の俺の葬式か。二度もこんな美人を悲しませるなんて最低だ、俺は。死んじまえ、俺。
「・・・キョン君・・・」
その呼びかけはどっちに対してのものですか。俺ですか、それともそっちのただの有機物になっちまった『元・俺』ですか。
俺は、棺おけに開けられた窓から中を覗き込んだ。長門が、強く手を握ってくれた。
窓にはめられた透明アクリル板1枚を隔てて、そこには、俺が寝ていた。
俺は俺に、声をかけた。
「よう、キョン」


そのとき、俺の頭の中には走馬灯のようにいろいろなばかな考えが思い浮かんだのさ。『返事が無い、ただの屍のようだ』とか、『あの三角形のやつ付けてないんだな』とか、『綺麗な顔してるだろ?これで死んでるんだぜ?』とか。そういえば、何で俺、あの三角形のつけてないんだろう?宗派によって違うのだろうか。いや、付けたかったわけじゃないけどな。
「死んでる・・・んですね・・・」
「・・・はい・・・」
朝比奈さんは短く答えた。
「・・・長門・・・?」
「すべての生命活動は停止し・・・死亡、している」
言葉を短く切りながら、長門が告げた。こいつが言うんだったら間違いないだろう。良かったぜ、間違って生きているのに焼かれるなんてことがなくて。
俺は、自分自身の死体という、これ以上にないくらい現実的な死に直面しながら、なぜか実感がわかないでいた。ショックがでかすぎるのかもしれない。さっきまで足が震えて、吐き気がして、思わず長門にすがっちまうくらいに参っていたっていうのに、今の落ち着きはいったいなんだ?古泉にしゃべらせればもっともらしい解釈を付けてくれるんだろうが、当の古泉はそれどころじゃなさそうだ。
「そうだ」
ここで俺は気がついた。せめて、言葉があいつらに聞こえない今のうちに、あいつらにお礼が言っておきたい。面と向かっていうのは照れくさいしな。そう思った俺は長門の手を無意識のうちに解き、SOS団その他がまとまって座っている席へとふらふらとおぼつかない足取りで近づいていった。
そこで、俺は気がついちまったのさ。やめておけばよかったと思う。どうせだったら学校で、面と向かって言えばよかったのかもしれない。でも、遅かった。
俺は見てしまった。
ハルヒが、泣いていないのを。
何でなのかは分からない、でも、俺はそれがすごくショックだった。俺が気を失って入院したときなんかは寝袋持参してまで俺に付き添ってくれていたっていうのに、そのハルヒが、涙一つ見せずに無表情で座っている。
俺は絶望した。別にコイツのことなんてただの迷惑を引き寄せる女だとしか思っていなかったし、ましてや付き合っているわけなんかなく、恋愛感情とかそんなもんが俺の中にあるとは素粒子ほども思っていなかった。嫌いではなかったのは認めてもいいが。なのに、ハルヒが泣いてないと分かったとたんに湧き上がってきたこの気持ちは、なんだ?切なくて、苦しい。ハルヒは俺の死が哀しくないのか?胸がつぶれそうだ。
そう思った次の瞬間、強烈に胃がよじれた感覚に襲われた。息が、出来ない。今度は本当に倒れる、地面が近づいてくるのが分かる。もう倒れたのか?それとも倒れる途中か?平衡感覚が麻痺する。視界が白けてきた。のどがふさがって、吐きっぽい。やばい、今度こそ、戻す・・・。口の中に強烈な酸味を覚えたところで、俺の意識は途絶えた。線香の匂いだけが、やけにはっきりと理解できた。


目が覚めたらそこは長門の家だった。
俺は布団に寝かされていて、首を横に向けて外を見てみるともう夜になっていた。これはいつの夜だ?正しい時間の夜か?それとも1ヵ月後か?
俺がそんなことを考えていると、朝比奈さんがやってきた。
「あ、キョン君、目が覚めましたか?」
いつもの朝比奈スマイル・・・でも、少し哀しそうだ。
「今は・・・いつですか・・・?」
「7月9日午後8時6分34秒。わたしたちは正しい時間に復帰している」
そうか。
「そう」
「キョン君、もう大丈夫なの・・・?もう少し寝ていたほうが・・・」
「いえ、大丈夫です、たぶん」
俺は上半身を起こしながらぼんやりした頭で考えた。あの後いったいどうなったんだ?たしか、SOS団の連中に一言言おうとして、それで、ハルヒが・・・ハルヒが・・・。
また俺の胃液がこみ上げてきた。ま、まただ、やばい・・・。俺の体にあるありとあらゆる汗腺がぱっくりと開き、ものすごい勢いで冷や汗を噴き出している。気が遠くなりかける。
「キ、キョン君!!しっかりして、大丈夫だから、深呼吸して。そう、大きく息をして・・・」
俺は朝日奈さんの言ったとおりに何度も深呼吸を繰り返した。おかげでしばらくしたら吐き気も遠のき、元気、とまでは言えないがそこそこに復活した。
俺は、つとめて冷静に、これからどうするべきなのかを考え、尋ねた。
「・・・で、朝比奈さん、俺はこれからどうすればいいんです?俺に未来を見せてまで信じさせたってことは、何か理由があるんでしょう?」
朝比奈さんは、ためらいがちに、滅びの呪文を口にするかのように、ゆっくりと告げた。
「はい・・・あの・・・涼宮さんのことで」
俺は、あのハルヒの姿を思い出してまた胃液があがって来るのを感じたが、深呼吸して、つばを飲み込んで、こらえた。
「あなたが死んで・・・涼宮さんは悲しみます」
「・・・うそだ・・・」
俺はつぶやいた。俺の呟きを無視して、朝比奈さんは続ける。
「あなたの死によって涼宮さんは世界そのものを否定し、そして・・・世界は終わります」
「・・・そんなわけないだろ・・・」
アイツは、俺が死んでも涙一つ見せなかった女だぞ?俺が死んで悲しんで世界終わらせるなんてやるわけがない。
「そんなわけがない!!!」
俺は思わず大声を上げた。朝比奈さんがビクッと体を震わす。
「あいつは・・・さっき、俺は見たんだ・・・あいつが、あいつが泣いていないのを・・・哀しいもんか、どうせあいつは俺のことを、便利な雑用としか・・・」
「それは違うわ!」
朝比奈さんが言った。
「じゃあ、なんで!?どうしてあいつは泣いてくれなかったんだ!!?説明してくれよ!!!」
何を言っているんだ、俺は?こんなこと朝比奈さんに怒鳴ったってどうしようもないことだし、そもそも俺は、あいつに泣いて欲しいのか?
俺はたった今朝比奈さんに対して怒鳴ってしまったことに罪の意識を感じ、小声で『すみません』とつぶやいた。しばらく沈黙が流れ、朝比奈さんがボソッと言った。
「それは・・・禁則、です・・・」
そういって、朝比奈さんは言葉を詰まらせた。またしても沈黙。どうしようもない空気が場を支配し始めたころ、長門が静寂を破った。
「話を元に戻したい」
いいぞ、長門。ナイスアシストだ。
「あなたの死は規定事項。決して覆すことは出来ない」
なんだそりゃ?つまり俺は絶対来月死ななきゃいけないってことか。今更きつい事言ってくれるな。
「そう」
そうって・・・。
「そして涼宮ハルヒは世界を終わらせる。その力はこの惑星にとどまらず、全宇宙、全時間平面にまで影響を及ぼす。宇宙全体が消滅する。つまり―」
長門はここでいったん言葉を切った。適当な言葉を捜しているのだろうか。
「文字通り、何もかもが無くなる」
イメージがわかないが、今はあえて触れまい。って、ちょっとまて、でも、朝比奈さん(大)が今ここにいるだろ?だったら世界は終わってないんじゃないのか?
「それは別の未来」
なんだと?
長門のまた電波な説明が始まりそうだと思ったら、ここで朝比奈さんが話を受け継いだ。ナイスタイミングです、朝比奈さん。なんだかんだでこの二人は、結構いいコンビなんじゃないだろうか。
「簡単に言えばね、1ヵ月後の世界には『消滅』と『継続』の二つの選択肢があるの。わたしは『継続』の未来から来たから存在できているわ。昔・・・キョン君にしてみれば1年くらい前ね、そのときに時間は断続的なものだと言ったけれど、その解釈を展開させたのが・・・」
なんだ?話がこんがらがってきたぞ?そんな、ことを言われても、俺にはさっぱりわからない。誰かアインシュタイン先生を呼んできてくれ。
「う~ん・・・この概念を口で説明するのは難しいわね」
「朝比奈さん、俺がどうすればいいかだけ言ってもらえませんか?」
そんな話聞いたところでどうせ理解できないし、理解できたところで何がどう変わるというものでもないだろう、無駄に混乱するだけだ。それでなくても俺はたった今自分の葬式に参列するという頭がおかしくなりそうな体験をしてきたんだ、これ以上わけの分からないことを言われたら本当に発狂しかねない。
「つまりね、あと1ヶ月の間に、涼宮さんが、あなたが死んでも世界を終わらせないようにして欲しいっていうか・・・」
何で俺が死ぬとハルヒが世界を終わらせるのかいまだに納得いかなかったが、とりあえず黙っておいた。
「現段階であなたが死亡すれば、涼宮ハルヒは間違いなく絶望し、世界を消滅させる。あなたには、1ヶ月かけてあなたが死んでも涼宮ハルヒが絶望しないよう、手を尽くして欲しい」
どういうことだ?俺が1ヶ月かけてだんだんハルヒから遠ざかっていけば良いわけか?
「それもひとつの手段。ただし、推奨は出来ない」
「どうして?」
「その選択をすれば、かなりの確率で世界の消滅は回避できる。しかし世界の消滅は防げても、双方に深い傷を残す結果となる。特に・・・」
長門はここで言葉を切った。そして、俺をじっと見つめている。発言の許可を待っているのか?
「特に、なんだ?」
「あなたに悲しんで死んでいって欲しくないと、わたしは願っている」
そんなこと言われてもな・・・。俺が悲しむかどうかは、この1ヶ月でどれだけ悟りの境地に近づけるかにかかっているからなぁ。
「そういう意味ではない。わたしは、あなたたちの絆の消滅にともなう悲しみをさしている。」
絆って・・・いつかの24時間テレビじゃあるまいし・・・。
「いや、待てよ?だったら、1年前の俺に会って、ハルヒに会わないように仕向ければいいんじゃないのか?」
「それはダメなの・・・あなたと涼宮さんが出会い、SOS団を作ってからの今までの出来事はすべて規定事項・・・変えることは出来ないわ・・・」
そうなのか・・・俺は死ぬ。これは変えられない事実なんだな。ハルヒと出会って、今の今まで過ごしてきたことも、変えられない。変えられるのは、これからの1ヶ月だけ・・・。ここまで理解できていれば合格点だろう。どうだい、長門先生?
俺は、本当に頭がおかしくなりそうだった。いや、もうなっているのかもしれない。こんな話を聞いて、まともでいられるなんて、正気の沙汰じゃ無いだろう。
「そういえば、俺はどうやって死ぬんです?」
俺は肝心なことを聞くのを忘れていた。せめて自分がどういう逝き方をするのかそれくらいは知って心積もりをしておきたい。
「・・・ごめんなさい、禁則事項です・・・」
でしょうね。やれやれ、こんなことだったら通夜のときに周りの人たちの声を聞いておけばよかったぜ。だれか一人くらいは俺の死因について触れていたかもしれないってのに。
そのとき、朝比奈さんがふと立ち上がった。
「ごめんなさい、キョン君。そろそろこの時間平面状にいられる時間がなくなって来ました」
「・・・そうですか・・・お別れ、ですね」
「・・・そうね・・・」
朝比奈さんは玄関に向かって歩き出していた。さようなら、朝比奈さん(大)。お元気で・・・。
「朝比奈さん!!」
俺は思わず彼女を呼び止めた。しかし、彼女は振り向きもせず、ドアの向こうへと消えていった。呼び止めたところで、俺はいったい何を言おうとしていたのだろうか。
「朝比奈みくるの異時間同位体の消滅を確認」
長門がつぶやいた。
「なあ長門・・・俺、どうすればいいんだ?」
俺は思わず、隣にいる頼れる宇宙人に質問した。長門は俺をじっと見つめて、しばらく考えてから、言った。
「好きに生きて」
そんなあいまいなこと言われてもな・・・。
「・・・とりあえず、今日は帰るよ、1ヶ月あれば身辺整理も出来そうだしな」
「・・・そう」
じゃ、お邪魔したな。また明日、学校でな。
「今日はいろいろありがとうな、その・・・あっちでのこととか」
長門はコクリ、とうなずいた。それを確認した俺は玄関に向かって歩き出した。
「・・・朝比奈みくるは気づかなかった。しかし・・・」
帰ろうとした俺を、長門の言葉が呼び止めた。
「あなたは大まかな死因を先のお通夜の際に聞いたはず。記憶に残っていなくても、一度聞いた場合は他人が教えても禁則事項には該当しない」
ああ、そういえばあの時、『お若いのに云々・・・』とか言っていた人がいたな。
「あの場で聞いた以上のことはわたしにも言えない。わたしが言えるのはこれだけ。あなたは死の直前まで健康体でいる」
「そうか」
つまり、俺は8月8日の7時24分まで、何も気にせず遊んでいられるわけか。
「そう」
よかったぜ、入院とか闘病とかそういう面倒なことがなくって。教えてくれてありがとうな、長門。
「いい」
最後に俺は、玄関を出る際にふと疑問に思ったことを長門に聞いてみた。別に知ってどうなるわけでもない、俺が居なくなった世界での話だ。
「長門、世界が消える場合だけどよ、俺が死んで・・・ハルヒが世界を消すのって、いつだ?」
「力の発動は8月8日7時24分前後。あなたの死亡時刻について最大プラスマイナス60秒ほどの誤差が生じ、さらにそこから消滅予定時刻まで各時間平面状で差がある。しかし大抵は1分以内に起こる」
俺は考えた。今が7月9日。俺が死ぬのが確か8月8日で・・・ん?おい、これって・・・。俺の言わんとすることを察した長門が、言った。
「そう、あなたを看取るのは、涼宮ハルヒ」


その日、俺は家に帰ってから意外なことにもあっさりぐっすりすっきり眠ることが出来た。目が覚めたら夢だったらいいなあなんていう甘っちょろい幻想を抱きながら、起こるはずの無い奇跡を期待して、俺はとこについた。もちろん、そんな虫のいい話は無かった。
つぎの日、俺が教室に入って真っ先に目にしたのはハルヒだった。コイツは超新星爆発も真っ青のすんばらしい笑顔で俺に話しかけてきた。このエネルギー、何か世界のために活かせないかね、発電とか。俺は、昨日見たことを思い出さないように気をつけるという、おかしな心持でハルヒの話を聞いた。
「キョン!喜びなさい!!昨日のラグビー部でのことなんだけどね、何でも練習中に頭を打った生徒が臨死体験をしたっていうのよ!!これって事件じゃない?ぜひ直接会って話を聞きたいわ!!ね、そう思うわよね!?」
正直、今の俺には笑えない冗談だった。いや、こいつは本気なんだろうが、ともかく、昨日自分の余命宣告を分単位でされちまった俺は、そんな臨死体験だのなんだのということからは離れていたかった。
「そうか・・・よかったな・・・」
俺はそんな、覇気のないあいまいな返事を返して、自分の席に着いた。我ながら、抜け殻のようだ、だせえ。
「ちょっと!?どうしたのよ、キョン!?せっかくの・・・・」
ハルヒが何か言っているが、俺には聴こえない。聴こえてはいるが頭に入らない。結局授業が始まるまで、俺はひたすらにあいまいな相槌を打ち続けていたように思う。
放課後、俺は部室に向かっていた。こんな状態でも部室に脚が向かってしまうとは、慣れとは恐ろしいものだ。
部屋にはすでに長門と朝比奈さんと古泉がいた。この朝比奈さんは、本来の俺が知っている朝比奈さんだ。
「ども」
俺は挨拶もそこそこにいすに腰掛けた。長門は何事も無かったかのようにいつもどおり本を読んでいるし、朝比奈さんは当然何も知らないのだからいつもどおりにお茶を淹れてくれている。古泉もいつもどおり、俺にゲームを挑んできやがった。
「キョン君、お茶どうぞ」
「ありがとうございます」
このお茶が飲めるのもあとちょっとか・・・味わって飲まなきゃな。
それにしても俺は落ち着いている。自分でも驚くくらいの落ち着きぶりだ。なんだ?完全に感情が麻痺しちまっているのか、1ヶ月の猶予があるからって余裕ぶっこいているのか、無意識のレベルでいまだに現実を否定しているのか、それともすでに俺の精神は仙人クラスに達していたというのだろうか?個人的には最後のパターンを希望するね。そのうちどこからともなく目の下に隈を作った変人が現れて、俺に『あなたの精神はすでに神の域に達している』とか言ってくれるかもしれないな。たしかにハルヒと1年間ともに過ごせばそれくらいのレベルアップは出来そうではある。
「どうしたんですか?今日のあなたは気がそぞろですね」
「ああ、俺も年頃の男子高校生だからな、悩みのひとつ二つはあるさ」
もはや悩んでもどうしようもないことではあるが。
「僕でよろしければいつでも相談に乗りますよ」
うるせえ、なんだかんだいってどうせお前は俺のケツの穴狙ってんだろ。俺のケツだけはなんとしてもあと1ヶ月、守って見せるぜ。
そのとき、部室にハルヒの馬鹿でかい声が響き渡った。
「おっまたせーーーーーーーー!!!!臨死体験したっていう生徒をつれてきたわよーーーーっ!!!」



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