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 イレギュラーの観測を開始してから1ヶ月……。何の変化も見られない。
 いくら3年前から何の変化もない観測任務を続けていたといっても、イレギュラーが観測対象の前に姿を現してから1ヶ月も何の変化もないというのは遺憾だ。あたしの操り主も失望している。
 このままでいいのだろうか。いいえ、いいはずはない。
 何も知らない観測対象と、いまだに彼女の力を信じていないイレギュラーの二人だけでは変化が起きないのはしかたがない。未来人と超能力者の派閥も彼女に変化が起きることを望んではいない。
 しかし、彼女の力は我々にとって有益なものとなりうる。
 ならば、彼女に変化を起こさせるのは誰か――そう、我々だ。
 それなのに……『彼女』は何をやっている?
 あくまでも観測対象が自ら変化を起こすのを待つ。それが主流派のやり方?
 納得がいかない。『鍵』を目の前にして、何故こうも落ち着いていられるのか。下手に動いて切り離されるのを避けるために、今まで大人しくしていたけど、もう我慢の限界だ。
 納得がいかない。あたしのこの立場も。何がバックアップだ。独断専行は許されない? ふざけないでもらいたい。何のアクションも起こそうとしない連中が何を言っているのか。
 いずれ観測対象の力が消失してしまうかも分からない。彼女は未知数だ。それは彼女が死ぬ時かもしれないし、もしかしたら次の瞬間かもしれない。
 それは駄目だ。この機を逃すわけにはいかない。
 彼らが動かないのならば――我々が動く。
 見ているがいい。いかに自分たちが愚かな存在かということを。
 待っているがいい。これで、主流派の名は我々のもの。


「あなたを殺して涼宮ハルヒの出方を見る」
 あたしの一閃を間一髪で避けたイレギュラーは、愕然とした顔であたしを見ている。……いい顔。その顔をもっと恐怖で歪めてあげる。
「冗談はやめろ。マジ危ないって! それが本物じゃなかったとしてもビビるって。だから、よせ!」
 イレギュラーが声を荒らげる。面白い。今までに感じたことの無かった高揚を感じる。
「冗談だと思う?」
 イレギュラーはこの世の終わりのような形相で身構えている。この絶望の表情。ゾクゾクする。
 ……『彼女』もこんな顔をするのだろうか。是非見てみたい。
「ふーん」
 あたしはナイフの背で肩を叩きながらイレギュラーに語りかける。面白い。笑みが止まらない。
「死ぬのっていや? 殺されたくない? わたしには有機生命体の死の概念がよく理解出来ないけど」
 元よりそんなことはどうでもいい。彼を殺す。この行為に対して、あたしは例えようの無い興奮を覚えている。
「意味が解らないし、笑えない。いいからその危ないのをどこかに置いてくれ」
「うん、それ無理」
 そう、無理だ。今のあたしは誰にも止められない。だって――。
「だって、あたしは本当にあなたに死んで欲しいんだもの」


「情報連結解除、開始」
 『彼女』の一言で全てが終わった。台無しだ。あたしの、我々の計画が。
「そんな……」
 これで終わり? そんな馬鹿なことがあるって言うの?
「あなたはとても優秀」
 『彼女』が口を開く。
「だからこの空間にプログラムを割り込ませるのに今までかかった」
 あたしが優秀? ふふ、ふふふ……光栄ね。本当に光栄。
「でももう終わり」
 ふざけるな。
 ふざけるな、ふざけるな、ふざけるなふざけるなふざけるな。
 何がもう終わりだ。みすみすこの機を逃すつもりなの? 情報フレアの発生が99.998%以上の確立で期待できるのに?
 理解できない。主流派は何を考えているの?
 ……そう。そうか。主流派は消えるのを恐れているのだ。
 愚かだ。実に愚か。
 リスクというものを分かっていない。
「……侵入する前に崩壊因子を仕込んでおいたのね。どうりで、あなたが弱すぎると思った。あらかじめ攻性情報を使い果たしていたわけね……」
 でも、もう遅い。……今回は我々の負け。それは認めよう。
「あーあ、残念。しょせんあたしはバックアップだったかあ。膠着状態をどうにかするいいチャンスだと思ったのにな」
 でも、愚かなのは主流派、あなたたちの方。我々がせっかく機会を作ってやったというのに、あなたたちはそれを潰した。
「わたしの負け。よかったね、延命出来て。でも気を付けてね。統合思念体は、この通り、一枚岩じゃない。相反する意識をいくつも持ってるの。ま、これは人間も同じだけど。いつかまた、わたしみたいな急進派が来るかもしれない。それか、長門さんの操り主が意見を変えるかもしれない」
 自己を構成する有機情報連結が崩れていくのを感じながら、あたしはイレギュラーに語りかけた。
 そう、今『彼女』を信用するのは勝手だけど、次に『彼女』が守り切れるかは分からないし、『彼女』が裏切らないとも限らない。
 後悔はしていない。これで彼らも分かったはずだ。このままでは満足しない者もいるということを。
 いつかまた、必ず今回のようなことになる。これは確信。
 だけど……。
「それまで、涼宮さんとお幸せに。じゃあね」
 彼を殺すのは、あたしの役目。これだけは譲れない。あたしはいつか必ずあなたたちの前に戻ってくる。
 その時は、あなたの絶望する顔をたっぷりと拝んであげる。
 ねえ……『長門さん』?
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