「・・・ん?」
俺は目が覚めた。正確には、覚めざるを得ない状況にあったと言っても過言ではない。
何せ、凄くくすぐったい柔らかい風と、冷たい何かが俺の手に触れていたのだから。
うっすらと目を開ける。
「・・・朝倉、か」
俺は上半身を起こす。変なだるさが体に残っていた。
ぽとりと、俺の額から体温と同じにまで温まった濡れたタオルが落っこちた。
「看病してて、くれてたのか・・・」
時間が気になって時計を見る。なんてことだ。最後に見た時より一時間逆行している。
だが、それはカレンダーを見た瞬間に違うとすぐにわかった。
朝倉は律儀に過ぎ去った日には×印を書いている。
そこから解ること。今日は、あれから二日も経過していた。
「・・・二日も、寝てたのか・・・」
しかし、何が為にそんなに寝ていたのか解らない。
疲れるような事をしたのか。ただ、ぼけてるだけなのか。
何があったのかよく考える。そして、思い出した。
自分が、インターフェースを虐殺した事を。
「・・・っ!?」
途端に、吐き気がした。あの映像がフラッシュバックする。
気持ちが悪すぎた。
だが、朝倉にゲロ掛ける訳にもいかない。
吐き気を必死に堪えて、思わず噎せ返る。咳き込む度に、頭に響く。
「く・・・!!」
「んぅ・・・あ、きょ、キョンくん!?」
そこで、朝倉が起きた。苦しそうな俺と、落ちた濡れタオル見て慌てているようだった。
「駄目だよ、寝てないと!」
そう言って寝かしつけてくると、タオルを拾い上げる。
「あ、タオルがあったかくなっちゃってる・・・早いなぁ」
思わず、衝撃を受けた。こいつは、あんな事をした俺に普通に接している。

いつもどおりの笑顔を向けてくる。まるで無かった事かのように。
俺が、目の前でインターフェースを分解した事を。
「朝倉。どうして笑顔で俺に接していられるんだ・・・?」
「ん~じゃあ、逆に訊くよ。どうしてだと思う?」
「・・・さぁな。検討もつかない」
だがいつだって、人っていうのはそういう生き物だった。
個人に絶大な力があれば慄き、よってたかって迫害するのだ。
異端者として違法な裁判で殺された、オルレアンの乙女のように。
朝倉は俺の答えに何故か満足そうに微笑む。
「それで良いんだよ。そういう事なの」
「はぁ?」
「つまりね、私にはキョンくんを恐れる明確な理由がないの。それに、キョンくんはキョンくんだもん」
「そうか・・・。って・・・朝倉?」
俺は、朝倉にふんわりと唐突に抱きしめられた。
「それに・・・大好きな人だから。私、本当にキョンくんが大好きだから」
「朝倉・・・?」
思わず、動揺する。とても儚い表情をしていたからだ。
こんな朝倉、初めて見た。
「気付けば好きだった・・・貴方を殺そうとする前から・・・だから、辛かった・・・」
ふと俺の頬が濡れる。見ると、朝倉が泣いていた。
「・・・あの時は、ごめんなさい・・・」
か細く、震えた声での謝罪。俺は、微笑んでみる。
「気にするな、過ぎた事だろ」
「だけど・・・過去は消せないから・・・」
俺は、手を伸ばして朝倉の頭を撫でる。
「これから、償えば良い。俺は、生きてるんだから」
「どうしたら、償いになる?」

「俺の傍で、こうやって優しくしてくれたら、それで良いかな」
「・・・じゃあ、ずっと傍に居る」
俺を抱きしめる朝倉の体温が心地よい。
出来れば、しばらくこのままでありたい。そう願う。
少しして、朝倉が名残惜しそうに俺から離れた。
「病人さんとはいつまでも抱きついてられないからね。あ、タオル変えないと・・・忘れてた」
そう言って、まだ濡れてる目を細めてにっこり笑う。俺もつられて頬が緩む。
朝倉はタオルを洗面器に浸してしぼると、再び俺の頭に置いた。
ひんやりとした感覚が頭を冴えさせる。そして、ぞくりとした。
タオルの寒さに。それもある。ただ、俺がぞくりとしたのはそんな事じゃない。
頭が、冴えすぎているという事だ。いや、そんな言葉よりももっと凄い。
感じたことも無いような空気。感じたこともないような音。
まるで、別世界に居るかのようだった。
「おかゆ、取ってくるね」
突然声を掛けられて、取り乱しそうになる。それを抑えて平静を取り繕う。
「ん?あぁ、解った」
朝倉が部屋を出て行く。・・・見えても無いのに、感覚的にどこに居るかつかめてしまう。
これは、異常だ。もしかしたら、ハルヒ絡みなのだろうか。
いや、それしか考えられない。俺は、普通の人間のはずだから。
「いったい・・・なんなんだ」
更に違う感触も芽生えているのに、ふと気付く。まるで、胸の中を何かがグルグルするような感じ。
それは血に乗って全身を駆け巡っている。
近くにあった針を取って、指に刺してみた。
ちくりとして、血がわずかに出る。それをティッシュでふき取る。
しかし、これと言って何も起きなかった。もしかしたら、俺の思い過ごしかもしれない。
「これで燃えたらびっくりだったのに・・・呪文はファイヤーってところか」
すると、俺の血は突如炎上し、ティッシュを焦がした。
「・・・・・・ははは・・・な、なんなんだよ、今の・・・」
夢であってくれ。夢で。

だが、そんな願いは細い緒で繋がっただけの橋のようでしかなかった。
俺は、思い出した。さっき、ちくりと痛んだことを。
夢じゃない。あっという間に望みは絶たれた。
「ほ、本当にどうしたんだ・・・俺は」
携帯を手にとって、頼りになる奴らに電話をしようとした。
そこで、気付く。
古泉達からの連絡が来ていない。二日間も寝ていたのに、着信も、メールも。
いや、谷口とかからは来ている。一通も無いわけじゃない。
ただ、あいつらから連絡が無い。ということは、どういうことだ。
観測できるような事は起きてないというのか。
「・・・くそ・・・」
そこで、がちゃりと扉が開いて、我に返る。
「キョンくん、おかゆ持ってきたよ」
朝倉が凄く良い笑顔をして土鍋を持ってきた。ほかほかと湯気が立っている。
「はい、あーんして」
「は!?それは恥ずかしい。自分で食べるから置いといてくれ」
「だぁめッ。キョンくんは病人なんだから」
「いや、その持論はおかしい」
「・・・じゃあ、私が自分で食べる」
朝倉は小さく口を開けて、スプーンを自分の口へと向ける。
しかし、ふりだけでどうせ食べないんだろと、予想していたから止めなかった。
そんな俺の目の前で、本当に朝倉は口に入れた。
「おい、本当に食べ・・・」

朝倉はそっと俺の頭を掴むと、顔を近づけてきた。そして、
・・・ごくっ。
「・・・これは、どう?」
朝倉が真っ赤な顔を下に向けて聞いてくる。今、こいつがやったのは口移しだ。
恥ずかしかったのだろう。俯いたまま顔を上げない。恥ずかしいなら最初からやらなければいいのに。
だが、嬉しくないわけでもない。
「・・・悪くないと俺は思う」
結局、俺は全部口移しをしてもらった。普通に食べさせてくれと頼んだのに。
・・・まぁ、悪くは無いから、別に良いんだけどな。


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