様々な情報が飛び交っている。電波や言語ではない。もっと高度な物。
 具体的に説明をしろって言われても出来ない。
 言語化するにはあまりに難しい概念。
 宇宙の一端でそれは起こっている。はるか遠くの星に送り込んでいる
 対有機生命体コンタクト用ヒューノマイド・インターフェースからも、「それ」は来ていた。
 目的はとある情報爆発の解析と今後の可能性の探索。
 しかし、小さな想定外が発生した。その欠如に代替が必要となる。
 そして私は「構成」された。再びあの場所に行くために――

「朝倉涼子の再会」

 ここへ来るのはどれくらい久しぶりの事だろう。そもそも時間の概念が曖昧な思念体において、 地球上の時間を当てはめることの方が無駄……かな。
 私は今、坂道を登っている。周囲には学生の姿も見当たらなければ、サラリーマンもいない。
 せいぜい散歩に出た主婦らしき人と時々すれ違うくらいだった。
 この有機生命体、「人間」の歩行速度ってどうしてこう遅いのかしら。非効率だわ。
 そんな事を考えながら、道を歩いて行く。見慣れた建物が視界に入ってきた。
 ここは変わらないのね、前に来た時と。
 建物が見えてきてからも歩いて着くには距離があった。建物を目の前にした時には息があがっている。
 このインターフェースを使うのも結構久しいもんね……。
 建物の一室に入る。こういう時はドアを叩く――叩くと言っても軽く、ドアが音を立てるくらい――のが規定の行動だったっけ……何の意味があるのかしら、これ。
 中から「どうぞ」と言う声が聞こえる。そっか、この行動は許可を求める行動なんだっけ。
 こんな事にまで許可が必要なんて、不便ね。
 心とは裏腹に「笑顔」と言われる表情を形成した私は部屋の中に居た有機生命体、人間の成体達に向けてこう言った。
「本日転校してきました、朝倉涼子です」
 そこに居た人間の一人――名称:岡部、年齢:(以下略)――が立ち上がり、
「久しぶりだな、覚えてるかい?」と聞いてきた。
 かつてここに来ていた時、人間の集合団体、ええと、クラスって言うんだっけ?
そう、クラスね。そのクラスの監視担当をしていた者だ。
「はい、岡部先生ですよね?」
「おお、覚えていてくれたか」
 岡部は喜んでいる様だった。そして、自分の所属するクラスに案内すると言って歩き出した。
「しかし、急だったな。いきなりこっちに戻ってくるなんて」
「ええ、私自身驚いています」
「どうだった?カナダでの生活は。と言っても1年だからわからないか」
 ……カナダ?情報検索……、ああ、なるほどね。私はここに行った事になってるんだ。
 きっと長門さんの情報操作ね。とりあえず適切な言語で対応しなきゃ。
「ええ、分からないことが多くて戸惑いました」
「お前ほどの優等生でもさすがに英語の現地は強敵だったか。ははは」
 そう言うと岡部は笑い出した。この返答に問題あったかしら?
 人間で言う「笑う」に該当する事を言ったはずは無いんだけど。
「さぁ、ここがお前の新しいクラスだ。合図したら入ってきていいぞ」
 そう言うと岡部はドアを開けた。
「遅れてすまん。今日は転入生が来たんだ。さぁ、入って」
 私はその言葉が終わると、一歩一歩ゆっくりと教室に入っていった――

 教室に居る人間を見渡す。とりあえずは監視対象である彼女もいるはずだけど……
 居た。右側から一列、後ろから一行目の位置に。窓の外を見ている様で、目はこちらを向いている。
 その前には、彼が居た。かつて私が殺害しようとした、変革の鍵。
 彼は私を見て「驚愕」の表情を形成していた。体も一瞬震えた様だった。
 その様子に涼宮ハルヒも異常を感じたのか、彼の背中に視線を移す。
 教室の中央まで歩いた私はこの文化上で最も適切と思われる自己紹介の文句を検索した。
 様々なパターンを合わせる。様々なパターンが自分の中で構築され、修正された。
 しかし、この地球上の時間にしてみては1秒も無かっただろう。
「朝倉涼子です。よろしく。あたしの事覚えてる人も何人かいるのかな?また会えて嬉しいわ」
 うん、とりあえずはこれでいいかな。
「朝倉さんは両親のご都合でカナダに転校していたんだが、この度戻ってこれる事になったらしい」
「皆、仲良くしてやってくれ。特に涼宮、頼むぞ」
 その言葉に涼宮ハルヒは岡部を見た。その視線は挑戦的だ。
 まるで「何であたしだけ個別なのよ!」って言いたそう。涼宮ハルヒらしいわね。
 私の座席は急遽用意したらしい。周囲の配列から一つだけはみ出した部分にあった。
 右側一列目、一行目の一つ後ろに当たる位置。つまり本来なら私が一行目なのね。
 座席に座った私を二行前、一列左の彼が警戒の視線で見てくる。
 その彼を見た涼宮ハルヒがその背中をつつく。
「何よ、キョン。久しぶりの再会がそんなに嬉しい?」
 少し怒り気味に言っている。声を控えているつもりかしら?私には聞こえるけど。
 それにしても、涼宮ハルヒは相変わらず自分中心なのね。きっとクラスにも馴染んでないわ。
 昼間休息に入るまで私は退屈だった。言語での学習なんて効率が悪いわ。
 どうしてこの星の有機生命体はこのレベルでしか自分の記憶端末に情報を加えられない訳?
 しかもこの星では人間が知的有機生命体最高のレベルらしい。信じられないわ。
 一度言語を聞くだけで情報を全てインプットできた。そんな事は機能の一割も要さない。
 それより重要なのはインターフェースとして構成された以上は情報の齟齬は防がなくてはならない。
 最初に構成された時の収集情報を反芻し、分析する。
 このインターフェースはかつての物と若干異なっているしね。幸いにも外見が同じに設定されてはいるけど、
 中身が違ったら疑われるかもしれないし、その度に情報操作の許可を求めるのも……ね。
 そして、やっと昼間休息の時間になった。
 涼宮ハルヒはその合図となる音、チャイムを聞くと途端に教室から出て行った。
 丁度良いわ。彼と話がしたかった所だし。
 だが、彼もまた直ぐに教室を出た。彼の習慣は教室での昼食だったはずだけど、変わったのかしら?
 しかし、彼の友人である人間二人……ええと、名称は……
 谷口と国木田だったわね。その二人が「不思議そう」な表情を形成している。
 彼らにしても想定外、つまりあたしが原因で緊急に何かをする必要があったって事ね。
 それなら、彼が行く場所は一箇所しかないわ。
 私も座席を立ち、教室を出た。目的地は彼と同じ。涼宮ハルヒが結成した団体の専門部屋。
 彼がそこに行ったとすれば目的は確認でしょうね。「私」が存在する理由の。
 聞いてくれれば私が教えてあげるのに。
 そう考えながら団体専門部屋……部室に向かった。

 部屋の前まで来ると、彼の話し声が聞こえてきた。
「長門!どう言う事なんだ?」
 あら、長門さんも居るみたいね。きっとまた本でも読んでるわ。
「先日、私達インターフェースの内の一体が損失した。原因は車による交通事故」
「事故だって?お前達ならなんともないだろそれくらい」
「そのインターフェースの事故現場に涼宮ハルヒが遭遇した。
 周囲の情報操作を記憶にまで及ぼす必要があり、必然的に涼宮ハルヒに干渉する必要が出てくる。
 しかしそれは危険。よってそのインターフェースのロストはどうにもならなかった。
 だが、そのインターフェース端末の有機体としてはロストに当たるが、内部構成情報は、
 情報統合思念体に帰還している。こちらに問題は無かった」
 しばらく沈黙が続いた。
「それで、代わりの監視に朝倉が来たってことか?」
「そう」
「なんだって朝倉なんだ?この学校に潜入させるにしたって適当な奴を作ればいいだろう」
「思念体の内部に朝倉涼子を構成していた情報の一部が帰還していた事で、思念体の中でも意見が分かれた」
「学校内の監視者を増員する目的で、最終的に朝倉涼子は能力を大きく制限された上で再構成が決まった」
「おいおい……マジかよ……」
 彼が落胆を含む声を出していた。そろそろ入ってもいいかしら?
 ドアを開ける。彼がまたも「驚愕」の表情を形成した。

「朝倉!何でここに?」
「失礼ね。私がお昼休みにここに来ちゃダメなの?」
「そんな事じゃない!何でお前はここに居るんだ!」
「今長門さんから聞いたでしょ?話していた事そのままよ」
 彼の思考には驚愕が確かにある。だが、同時に不安もあるようだった。
 どうやら、彼の中で私はナイフを振りかざしたイメージしか残っていないみたいね。
「長門さんが言ったとおり、今の私は情報操作力を始めとして能力に制限がかかっているわ」
 その言葉を聞いても彼の反応は変わらない。信じられないって事かしらね。
「それに、私の直属の上司に当たる人が最近になって穏健派に転向したの。
 だから、もうあなたを襲ったりはしないわ。結構時間も経っちゃったみたいだし、
 今さらあなたに手を出すと危険みたい」
 彼は私の言葉をよく理解していないみたいだった。本当に情報の伝達力が低いわ。
 彼の場合は通常の人間よりも他者の感情理解に乏しいみたい。
 こういうの何て言うんだっけ……そう、「鈍感」
「要するに、あなたは心配しなくて良いのよ、もう」
「そうは言われてもな……長門、本当に大丈夫なのか?」
「問題ない、朝倉涼子に情報操作の能力は無い。分子構成操作においても同様」
「いや、そういう問題じゃ無いんだが……」
「大丈夫、また何か起こった時は……私があなたを守る」
 これは意外だった。まさか長門さんからこんな言葉が出るなんてね。


 その日の午後になっても特に大きな出来事は無く、私は帰宅した。
 当然場所は以前住んでいた場所と同じ。手続きも済ませてある。
 長門さんが帰るのは、もう少し後になってからね。
 彼女は涼宮ハルヒの活動に参加して監視をしているわけだし。
 それにしても眼鏡かけて無かったわね。彼に勧められたのかしら。
 それよりも驚いたのは無感情に設定された長門さんの異変ね。
 彼女には「感情」が発生している。私や他のインターフェースとは違う「感情」が。
 私達が持つ感情はこの星における活動を円滑にするために「設定」されたもので、
 表情や言語のパターンの組み合わせに過ぎない。
 微妙に差分を付けていくことで人間には「感情」と認識される。
 でも、長門さんの感情はそれらとは異なる。新たに発生した感情。
 それはインターフェースとしては異例の事なのかも知れない。
 統合思念体としてはどう受け止めてるのかしらね。
 今の私は長門さんを通してじゃないとコンタクトも出来ないくらいの能力制限がかかってる。
 それはそうよね…あの暴走した一件で本来ならこうしてインターフェースに構成されるだけでも異例。
 思念体に帰還した時、情報内の「私」も削除されるか否かで議論された。
 結果、一応は解析の糸口になる可能性があるからとまだ削除されずにいる。

 様々な思考が巡っている間に、長門さんは帰ってきた。マンションの敷地に入れば私の探知範囲に入る。
 私は自分の部屋を出ると、長門さんの部屋に向かった。
「こんばんは。ちょっといいかしら?」
「いい」
 そう言われると私は長門さんの部屋に入った。相変わらず物を置かない部屋ね。
 それでも私が前のインターフェースで居た時より増えてはいるみたい。
 中でも目立つ位置にあるのは…時計?
「あら、長門さんが時計を見ることなんてあるのかしら?」
「それは彼から貰った物」
「ああ、そういう事ね」
 なるほど、長門さんは感情を得たことで彼を想う様になったって事かあ。
 私には理解できないけど、そんなに楽しいものなの?
「楽しい。インターフェース機能上はエラーと認知されているが、私はこれを削除しない」
 ふーん。
「それはそうと、私の今後の役割をもう少し細かく説明して欲しいな」
「以前と同じ。涼宮ハルヒとその周辺の監視。ただし能力は制限したままにする」
「それじゃあ大したことは出来ないじゃない」
「あなたに危険が無いと判断できたら一部の制限は解除する」
「それを判断するのは?」
「私を含む能力制限解除権を持つインターフェース3体の同意」

 それから細かい説明があった。お互い高速言語会話だったから結構思考力使ったわ……。
 当分の間は普通の人間みたいな生活をしなきゃならないのね。
 とりあえずかつてと同じ時間に規則的に日常モードを起動し、準備をする。
 初日は情報の齟齬が発生しないように記憶をいちいち検索しないといけなかったけど、
 二日目ともなるとその必要性も減っていた。そもそも人間は記憶力も大したことは無く、
 一度記憶したことを引き出すシステムが未発達だ。つまり「忘れた」って言えば話も通せる。
 でも、私は周囲の期待値上ではそれを言わない事になっているみたいだしね。
 結局いくつかの事は人間時間における秒にも満たない間に検索し、受け答えをしていた。
 彼はやはり私をどこか避けたがっているようだった。昨日長門さんが大丈夫って言ったのにね。
 涼宮ハルヒは相変わらずね。彼と話すときだけ表情が変わる。
「それで久しぶりに会った元東中クラスメートが何て言ったと思う!?
『いい加減バカなことはやめたほうがいいんじゃないか?』って言ったのよ!?」
「まあいいじゃないか、ハルヒ。相手だってお前のことを全部知ってるわけじゃないんだ」
「そ、それはそうだけど…。とにかく!許せないわあのバカ!」
 彼は涼宮ハルヒに調子を合わせてるって感じね。内心同じ事を思っているのかも。
 そう考えると、自然と笑いがこぼれた。
「ちょっと!何笑ってるのよ!」
 気付くと涼宮ハルヒがこちらを睨んでいる。やだ、声に出てたの?
 とりあえず涼宮ハルヒを刺激するのはいろいろとまずそうだから、当たり障り無い事を言っておきましょ。
「いえ、キョン君相手にだと随分色々話すんだなって思って」
 涼宮ハルヒは顔を真っ赤にした。彼が疑問そうにその顔を見ている。
 彼、もしかして本当に涼宮ハルヒの気持ちに気付いてないのかしら?


 1ヶ月間任務は滞りなく行われ、やはり観察対象である涼宮ハルヒに大きな変化は起きなかった。
 あーあ、やっぱり変化が無いって面白くないなあ……
 しかしここ最近不思議な事が起こりはじめた。自分の記憶整頓の際に彼の事を浮かべる機会が増えたのだ。
 涼宮ハルヒに選ばれた鍵、周囲からは名称:「キョン」で呼ばれる彼。
 私の転校時期は高校の時系列上2年性の開始ほぼ直後だったらしく、結局クラスの委員長に選ばれた。
 相変わらず涼宮ハルヒはクラスに溶け込もうなんて考えてもいない。
 彼が居なきゃ彼女はどうやって一日を過ごすのかしら。見てみたい衝動に狩られる。
 殺すんじゃなくて、一日くらい彼の体内情報を操作してこの星で言う「風邪」にでもすればいいんじゃないかしら?
 一応長門さんに進言はしてみた。私の言葉を聞き終わるのと同時に「その提案を却下する」と言われた。
 この1ヶ月間の監視で分かったのは、涼宮ハルヒの中での彼の依存度が以前より増している事だった。
 普段の会話や態度にはあまり出さないように本人が制限をかけているようだけど、
 内面的には「もっと彼と一緒に居たい」という感情が大きくなっている。
 その感情をずっと観察して解析しようとしたからなのだろうか、自分も何時しかその感情の断片を持っていた。
 彼にも観察の価値はあるのかも知れないわね。と思ったのが最初だ。
 彼自身も涼宮ハルヒに対しては涼宮ハルヒの持つ感情とほぼ同質の感情を持ってはいる。
 彼の場合はそれを自覚してないようだけど。それに長門さんに対しても同じような感情がある。
 長門さんもそれは分かっているはずなんだけどなあ?
 もしかしたら長門さんも悩んでいるのかもね。彼女はインターフェースとしても一流だし、
 能力も私より全然上、でも無感情に設定された所に感情が芽生えて制御が出来ていないのかも。
 私は……どうなんだろう。

 彼を意識するようになってからの監視はそれまで異なっていた。
 彼の会話相手は半分が涼宮ハルヒ。残った半分をクラスメートに振り分けているって感じね。
 私は除外されてるみたいだけど。私からは積極的に話しかけてはいる。
 彼も私に殺されそうになったと言うわけでは無かったものの、
 話す言葉や態度からは拒絶心が溢れ出ていた。そして、ある時を境に私はそれを「辛い」と感じるようになった。
 帰ってからそのエラーをデバッグしようと努力する。しかし、自分で構成したそのエラー駆除プログラムを、
 私は実行できなかった。したくなかった。
 長門さんでさえ、「感情」が芽生えるには長い時間を必要とした。しかし、私はこの1ヶ月でその断片を持っている。
 何故?私を構成したときの情報にその因子が最初から存在していた?
 思念体がそうする理由は無い。感情の概念を知らない思念体がエラー要素を組み込んでも危険なだけ。
 原因は分からないが、とにかく私には感情の因子が存在し、それが自己成長する傾向にある。
 パターン化された構成上の「感情」と異なってこちらの感情は発生のパターンも内容も変わる。
 これが……有機生命体の持つ感情だって言うの?
 一際強いのが彼への感情。彼を振り向かせたい。拒絶される現状を是正したい。
 どうすれば解決できるのか。様々なコードを頭の中でめぐらせる。能力制限はほとんど外れていない。
 現状で情報操作を使用した行動は不可能。つまり、人間と同じ立場で行動をしなければならない。
 人間の歴史を検索する。様々な判例が出てきたが、私は結局そのどれが適切なのか判断できなかった。


 翌日、日常モードを起動して学校に向かう。
 その登校途中で、彼を見つけた。

「おはよう!キョン君!」私は笑顔で声をかける。
「あ、ああ……朝倉か……」
「何よ、残念そうね。涼宮さんが良かった?」
「冗談はよせ、朝からあのパワーに当てられたらかなわん」
 やはり彼は一歩退いている。いつかの情報封鎖を警戒しているらしい。
「何度も言ったけど、今の私に情報操作の能力は無いわ。制限も当分は外れないみたい」
「信頼できるか」
 彼の言い方は冷たかった。命を狙われたんだし、当然と言えば当然の反応だけど……
「やっぱり、許しては……くれないよね」
「当然だ。俺は偉人でも聖人でも無いが、ほいほいくれてやる命を持った覚えも無い」
「今の私はあなたを殺す意志は無いんだけどな……本当なのよ?」
 そう言って彼の目をはっきりと捉える。こういうの、「上目遣い」って言うんだっけ。
「悪いがあの一件は俺にとっちゃ結構なトラウマなんだ」
 トラウマ……?語句検索……、該当した。あまり知りたくない事でもあった。
 要するに恐怖体験を無意識に反芻して根本的に私を「畏怖する存在」として捉えているのね。
「そう……残念だな。じゃあ、私は日直があるから」
 そういって私は少し足早に教室に向かった。
 彼を振り向かせるにはとりあえず彼の、ええとトラ……、トラウマを削除するのがいいみたい。
 それは私一人では出来ないレベルの事だわ。別のインターフェースの協力を申請してみないと。
 その日も彼は涼宮ハルヒの会話に合わせていた。日に日に話題を変える彼女だけど、
 ほとんどが意味の無い話しか聞こえないのは何故かしら?
 意味なんて要らないのかも知れないわね。彼らの間では。少しそれは羨ましい。

 その日の帰宅後も、私は長門さんを待った。数時間すると彼女は帰ってきた。
「ねえ、長門さん?」
「なに」
「彼の、記憶の一部の情報操作の許可をお願いしたいんだけど」
「許可できない」
「どうして?改変に関わるような真似はしないわ」
「それを保証する手段がない」
「それじゃあ、長門さんに依頼してやってもらうのは?」
「それも許可できない」
「どうして?彼の私に対しての記憶の一部を消すだけでいいのよ?」
「今や彼の情報操作は危険。涼宮ハルヒが異変を察知すれば世界を改変する恐れがある」
「そんなに差が出るとは思えないんだけどなあ。私の記憶一つで」
「あらゆる危険の可能性は避けるべき。それは今のあなたになら解るはず」
 それはそうなんだけど……今のままじゃ彼は私を拒絶し続けるって事じゃない。
「彼があなたを拒絶する根元はあなたの行動。あなたの自己責任」
「それを是正したいからこうして許可を求めているんじゃない」
「許可はできない。これは私以外のインターフェースでも同じ見解になる」
 長門さんになら私の気持ちがわかると思ったんだけどなあ……
「今のあなたは自身の感情の為に独断先行を行おうとしている。それでは以前と同じ」
「……!! もしかして……あの時から私には感情が……?」
「そう、あなたは感情という一因を既に発生させていた。それがあなたを暴走させた」
 このまま感情を持ち続けたら……私は再び暴走する可能性があるって事……?

「そう」
 そんな事……あれは、感情だった?
「あなたはこの短期間で自分に構成された感情を自覚してしまった。これは問題」
「どうして?」
「その感情を削除しないとエラーとして深刻な影響が出る可能性がある」
「でも……何故かこれは削除したくないのよ」
「思念体ではこの概念を理解できない」
「長門さんは何故……暴走していないのよ」
「一度誤作動は起こした」
「え?」
「一度涼宮ハルヒの力を最大限に利用し、時空を改変した」
「長門さんでもそうなった……そしてその原因も……」
「あなたと同じ。『人』に対する『感情』と呼ばれるもの」
 解決策は目の前にある。長門さんならこれを削除できるはず。
 抵抗しようにも今の私の制限状態なら、どうしようもない。
「私が頼めば……長門さんは私のこの『感情』を消せる?」
「削除は可能。ただし、結果は部分的に予測不可能」
 そっか……。とりあえず保留にさせて。
「そう」
 私は長門さんの部屋を後にした。
 自分の部屋に戻っても『不安』が取り巻いていた。
 元々設定されていた感情は、あくまでプログラムだった。
 だが、自身に内部的に発生した感情は予測できない動きをする。
 その影響で設定されたプログラムと区別ができなくなっていた。
 恐らく長門さんもそれには気付いている。
 つまり感情を削除するって事は……一度全てを消して必要部分を再構成する事になる。

 その際に、おそらく自分の本当の記憶もいくつか削除される。
 元々人間相手には「忘れた」がまかり通る。記憶削除を行っても不都合は少ない。
 それはわかっていた。だが、私はそれを拒否したいと考えている。
 忘れたくない。彼を……
 こういう感情はかつても無かった。誰かに聞けば正体を教えてくれるだろうか。
 自分でシミュレーションを行ってみる。
 この感情が一番動きを見せるのはどういう場合なのか……
 トレース開始……
「…………」
「……」
「………………」
 シミュレーション終了。
 一番動きが出るのは、彼と涼宮ハルヒが一緒に居て話しているとき、か。
 自分が彼にかつて言った言葉「涼宮さんとお幸せに」が実現している事に私はエラーを見出している。
 通則的に言うと『嫉妬』に該当する事になるのね。
 あーあ、もし私がインターフェースじゃなくて普通の人間なら……
 ………………!!!
 それだ。その方法がある。
 涼宮ハルヒの力を使えばそれは可能だ。
 ただし、情報操作を介して行うことは許可されないだろう。
 でも、涼宮ハルヒが私を「普通の人間」だと思い込めば、それは実現できるかもしれない。
 それを可能にする鍵はやはり彼ね……。
 彼のトラウマは結構深いみたい。だけど、それなら尚更私が普通になる事に反対はしないはず。
 私は短期的な待機モードに移行した。
 自分の中にある『期待』を検証しながら。

 翌日、学校に着いた私は、誰も教室に来ていない事を確認して彼の机の中にメッセージを入れた。
 前回と同じ下駄箱に入れても警戒されるかも知れない。
 彼が私の文字を書くパターンを解析できるかはわからないけど、少なからず望みはあるはず。
 その日の授業もやはり教科書を一読すれば全ての情報が入って来ていた。
 私が普通の人間になったら、これも苦労して覚えるのかな。
 ふふ、それもいいかもね……
 
 放課後になった。彼を呼び出した時間はもう少し後だ。
 私の行動は独断先行と取られるかしら。被害は与えないし、刺激もしない。
 特に問題は発生しないはずなんだけど……。
「朝倉涼子」
 ふと後ろから声をかけられた。振り向くとそこには喜緑江美里が居た。
「あなたの行動は中止すべきです」
「どうして?大きな問題は起こさないわ」
「あなたは思念体から離反しようとしているんでしょ?」
「裏切るみたいな言い方はしないでほしいなあ。それが問題?」
「思念体は発生する影響を懸念してます」
「知ってるわ。私にもコンタクト機能は残ってるもの」
「ならば、尚更その行動が問題視されているのはわかるはずでしょ?」
「……嫌なのよ」
「どういう事ですか?」
「思念体にはわからないじゃない!今!私の持っている『感情』が!」
 自分が声を張り上げた事に喜緑江美里は驚いていた。
 だけど、それ以上に私自身が驚いていた。
「私の感情は『設定』された物です。ですからあなたの持つものとは別種」
「ですけど、私にはあなたの行動は許可できません」

 まずい事になっちゃった……喜緑江美里は今強行手段を取ってでも私を止める気だ。
 能力制限のある今の私にそれを止められる術はない。
 あーあ、私に襲われた彼もこんな感じだったのかなあ。
 これは確かに忘れられそうにないなあ……失敗かあ……
 喜緑江美里が手を掲げ、プログラムを立ち上げる動作に入る。
「誰か居るか?」
 その時ドアが開き、彼が入って来た。
 喜緑江美里は驚いて手を止めた。
 彼は教室に居た二人に驚いている様だった。
「朝倉……それに喜緑さん?どうしてここに?」
「ええと……それは……」
 喜緑江美里は説明しかねていた。
「ねえ、話したいことがあるんだけど、いいかな?」
 私はそう言った。何かを話すという状況だけあれば、喜緑江美里も私をすぐに削除はしないはず。
「俺はお前とあまり話したくは無いんだがな」
「喜緑さんに居てもらってもいいわ。襲う気なんて無いけど、それで安心できるなら」
 彼は決めかねているようだった。
 喜緑江美里もその状況は想定外だったらしい。判断を遅らせていた。
 もう一押し必要そうね。
「涼宮さんにも関わる話なんだけどな」
 これで彼は動かせるはず。
 お願い……動いて!
「わかった。聞こうじゃないか。ただし喜緑さんに同席してもらいたい。いいですか?」
「……はい、わかりました……」
 喜緑江美里は思考した末に許可を出した。
 あとは彼に提案が受け入れてもらえるかどうか……それだけね。

「改めてだけど、私の誤作動であなたを襲おうとしたことは謝るわ。ごめんなさい」
 彼は黙って聞いている。
「あなたにはわからないかも知れないけど、今の私はそれを後悔してる」
「何故かはわからないけど、今の私には設定外の『感情』があるの」
「……どういう事だ?」
 彼はその部分に興味を持ったらしい。長門さんの事もあるから……ね。
「長門さんも同様に設定外の『感情』を持ちはじめている。気付いてるでしょう?」
「ああ」
「私は元々設定されてた感情を持っていたからたぶん影響が大きかったと思うの」
「エラーコードとして削除することもできるんだけど、私と言う固体はそれを拒否してるのよ」
「どうしてだ?」
 あなたに対する感情があるから……なんて言うわけにも行かないわね。
 恐怖心を煽って拒絶されたら終わりだもんね……。
「私なりにはこの生活を楽しんでいたのよ。能力も制限されてる状態でほとんど有機生命体と変わらない。
そんな生活をしてたらさ、このまま人間として生きるのもいいかもって思ったの」
 これは本心でもあった。感情を得てからの私の生活は実際に「楽しい」と感じた。
 任務上の一環で行っていた頃とは違う感じが確かにあった。
「でもね、インターフェースでもさすがにそこまでの情報改変は不可能なの」
「万能宇宙人にも不可能はあるんだな」
 彼は興味半分、警戒半分って言い方をした。
「でも、それを実現する方法が一つだけあるわ」
「……ハルヒの力を使うってか?」
「ええ、その通りよ。でも世界の改変まではしないわ」
「どうして言い切れる」
「彼女は今までも部分的情報操作や生産を行ってきた。その一端よ」
 彼は考えているようだった。少し難しい事かも知れない。
 彼は学校の成績はあまり良くなかったもんね……。

「涼宮さんに私が「普通の人間」って思い込むようにしてくれれば、きっと私は人間になれるわ」
「ハルヒがお前に関心を持っているとは思えないんだけどな」
「それはわかってるわ。だからこっちでも関心を引くことはするつもり、でも……」
 私は少し間を置いた。彼に頼らなければならない。
 それを彼に対して明確にしなければならない。一人でどうにかなると思われたらダメ。
「彼女を後押しできるのはあなただけだわ。私一人で言っても説得はできないの」
「俺がハルヒに対してそれだけの発言力があると思ってるのか?」
 ああ、そうか。気付いてないんだっけ。
 あなたの言葉が涼宮ハルヒに与える影響がどれだけ大きいか。
 彼女、あれでもあなたの言葉には結構素直なのよ。嫉妬しちゃうくらいに。
「ええ、あなたは『鍵』ですもの。彼女の最高のパートナーだわ」
「俺は不本意なんだがな」
「でも、涼宮さんに選ばれたのは自覚してるんじゃない?」
「それに、この話はあなたにも悪い事は無いわ」
 彼はその言葉には心を動かされたようだった。
「普通の人間だったら襲われる心配だってないでしょう?」
「確かにその通りだが……」
「ね?お願い。私は……本当に人間になりたいのよ」
 彼は明確に悩んでいた。現状私を人間にしても害はないと考えているのかしら。
 トレース機能は制限されていて使えない。こういう駆け引きも面白いのね。
「あの……」
 喜緑江美里がここで初めて喋った。
「今のお話ですけど……私達はそれを良しとしていません」
「どうしてです?」
「朝倉さんの行動は、思念体からすれば離反なんです」
 あまり言って欲しくなかったなあ、それ。
 彼は再び悩んでいた。

「つまり、人間になりたいと言うのは朝倉個人の希望って事なのか?」
「そうよ。だって思念体や喜緑さんではわからないのよ」
「何を」
「私が理由としている『感情』の概念をよ」
「まあ、確かにそれはそうかもしれないな……」
 彼が何かを思い浮かべる。きっと長門さんの事でしょうね。
 私もああやって思い浮かべられる存在にはなれないのかしら……。
「少し考えさせてくれ」
 彼はそう答えた。私はそれで十分だった。
「ですが……」
 喜緑江美里はそれでは不満なようだ。
「いいじゃない、喜緑さん。インターフェースの一つくらい」
 今の能力も無くなるのは少し不便だけど、ね。
「しかし、任務を放棄してまで拘る理由があるのか?朝倉」
「ええ、あるわ」
「何だよ、それは」
 私は再び答えかねた。さっきの理由じゃ不十分だったみたい。
 でも、言うわけにはいかないわ。今のままでは。
「禁則事項よ」
 私はそれだけ言った。彼にしてみれば聞きなれた言葉のはずですもの。
 未来人の朝比奈みくるから。
 その日はそれで話を終え、私は帰った。
 彼はそれから活動に行ったらしい。その日の夜に私は再び長門さんの部屋を訪れた。


「あなたの行動は処分の検討に値すると判断されている」
 どうやら私のアクセス権限より上の思念体の意見らしい。
「確かに監視用インターフェースの任務を放棄するのは悪いと思うわ」
「ならば、すぐに彼への申請を取り下げるべき」
「インターフェースなんてすぐに作れるじゃない。私じゃなくてもいいわ」
「それは学校内に監視者を置くと言う思念体の判断に背く」
「転校かなんかにすればいいじゃない。今の時期なら涼宮さんも不信には思わないわ」
「あなたはとても優秀。思念体も期待している」
「でも、私は観察よりも、別の目的の方を優先したいのよ」
「その目的の把握をしたい」
「わかっているんでしょう?彼に近づきたいのよ。任務では無く、固体として」
「それは許可される事ではない」
「誰にとって?思念体?違うんじゃないの?」
「…………」
「あなたも一度は思ったんでしょう?『普通の人』として彼に接したい。と」
「…………」
「幸い、制限状態の私ならロストしても影響は少ないわ。それに」
「…………」
「関心あると思わない?インターフェースが人間として再構成される時の発生情報は」
 彼女は思考していた。いや、『悩んで』いた。
 長門さんとしても思うところはあるのだろう。それが私を否定しきれない理由になっている。
「わかった」
「本当に?」
「思念体に朝倉涼子を『情報観測の実験手段』として申請する」

 思念体での意見は様々だった。
 長門さんの許可によってアクセス制限を外され、私も今だけ思念体の意見を把握できる。
 やはり感情が理解できない思念体では結論は出しかねていた。
 頭が硬いんだから、もう……
 そう言えば、クラスの男子の一人が言っていた。教師の一人を指して「あいつは頭が硬い」と。
 こういう意味だったのね。今ならわかるわ。
 長い意見の錯綜の末、危険が察知できたら直ちに私の情報連結解除を行うという条件が付いて許可された。
「ありがとう。長門さん」
「いい」
「それじゃ、今日は帰るわ」
「そう」
 私は長門さんの部屋を後にした。
 部屋を出る直前に彼女は私に言ったのか、自分に言ったのかわからない言葉を呟いた。
「………い」
 きっと人間では聞き取れないだろう。
 そうね、長門さん。そう思うでしょ?私はそう思ったから、今こうしているのよ。

 
翌日、私は通常通り待機モードから日常モードに移行した。
 今日は涼宮ハルヒと私、他の人で行う掃除当番の日だった。
 昼休み、彼女の居る学食に向かい。彼女に話しかけた。
「ねえ、涼宮さん。掃除当番の後話があるんだけど、いいかな?」
「何よ」
「最近涼宮さん、キョン君の事ばっかり気にしてると思って」
「な、何よ!べ、別にそんな事無いわよ!」
 声を張り上げたので周りの生徒が注目する。だが、彼女の名は既に常識になっている。
 また涼宮か、と言った風に皆視線を各々に戻した。
「そんなにムキにならなくていいじゃない」
「な、なってないわよ……」
 そんなに顔を赤くして言われてもね。

「彼の事で話したいことあるからさ、放課後少しだけ、お願いね?」
「わ、わかったわよ。団員の事となれば団長が応じるのは仕方ないわ……」
「それじゃ、掃除の後ね」
 そう言って私は教室に戻った。
 そのまま学食でお昼ご飯の摂取をしても良かったんだけど、やっぱり彼の近くにいたいから。

 掃除は涼宮ハルヒがちゃっちゃと働いてくれたおかげですぐに終わった。
 本当は合わせて5人で担当していたのに、
「あんたら感謝しなさい!今日は特別にやってあげるわ!帰っていいわよ!」
 と、強引に3人を帰してしまったのだ。
 彼の事になると結構必死なのね。涼宮さん。
「違うわよ!あたし一人でやった方が効率がいいわ!邪魔なのよ!」
 クラスメートに対する言い分とは思えない事言うわね。
「私は手伝うわ。いいでしょ?」
「まあ仕方ないわね。あんたのくだらない話もさっさと終わらせたいし」
 そして掃除が終わると、担任の岡部も教室を出た。
 少し待っていると、教室は私と涼宮ハルヒの二人だけになった。
「それで、話って何よ」
「涼宮さん、キョン君のこと好き?」
「な……!!」
 一気に顔が真っ赤になる。私が観測していた時期にはこんな反応絶対にしなかったのに。
 あのペースのままでもこんなに変わったんだ。涼宮ハルヒは。
「べ、別に違うわよ!あ、あいつはただの団員だし……」
「そう、それじゃあ、私が彼に告白とかしても不都合は無いわよね?」
「え……?」
 彼女は言葉に詰まった。
「だって好きじゃないって事は付き合ってたりもしないんでしょ?なら問題ないわね」
「ちょ、ちょっと!」

 涼宮ハルヒは明らかに慌てていた。私の発言も予想外だったんだろうけど、
 それよりも別の理由で慌てているのは私でもわかる。
「キョンみたいな奴でもSOS団の団員なの!部外者にホイホイと渡しはしないわ!」
「あら、恋愛くらいは自由じゃないの?」
「ダメよ!ダメ!SOS団は恋愛禁止なの!」
「それじゃあ涼宮さんも彼を好きになったりはしないって事ね?」
「う…………」
 涼宮ハルヒは思ったよりもわかりやすい反応をしていた。
 これなら誰だって分かるんじゃないかしら。
 あ、でも彼は気付いていないんだっけ。相当鈍感なのね、彼。
「いいじゃないの。私が言いふらしたりすると思う?」
「…………」
 彼女が口先を尖らしながら黙っている。
「ね?好きなんでしょ?彼の事」
 その言葉に反応するように顔の赤みが増す。
「その様子だと、好きって事でいいわね」
「……だったら何なのよ」
「私達は、ライバルって事になるわね」
「む……」
 涼宮ハルヒは明確に言葉にはしていないものの、敵意に近い感情を私に向けていた。
「ふん!あんたみたいな優等生とキョンじゃ不釣合いよ!」
 搾り出すようにそう言った。あなたと成績じゃそんなに変わりないと思うけどな。
「とにかく!あたしの団員なんだから、手出しはさせないわ」
「そうね、活動中はお邪魔はしないわ。でも他の学校生活部分では彼だって一人の人よ」
「いいえ!キョンは寝ても起きてもSOS団団員なの!」
 彼女はそれだけ言うと、荒々しく教室を出て行った。

 彼女に対するアプローチはこれくらいでいいかしらね。
 あとは明日にでも彼が私の話題を出すように頼めばいいわ。
 彼には「朝倉は普通の人間じゃないかも知れないんぞ?」とでも言ってもらうつもり。
 彼女は今日の事があるから、きっと過剰に反応するはず。
「そんなわけ無いじゃない!あいつはただの一般人よ!」
 彼女がムキになってそう答える姿が想像できる。
 それが上手く行けばいいな。
 あとは彼を今日どこかで待っていないとなあ。
 とりあえず公園で待っている事にする。
 彼が帰るまでは結構な時間があるから、それまでは待機モードに移行しても良いかしらね。
 プロセス――待機モード……、あれ?移行できない?
 そんなはずはない。いくら私でも自身の待機モードまで制限されているはずは無い。
 思念体にアクセスしてみようかしら……それもできない。
 機能不良かしら。今までそんな事は無かったのに。

 試行錯誤していたら数時間経っていたらしい。
 結局モード移行もアクセスもできなかった。もしかしたら制限されてるのかもしれない。
 長門さんや他のインターフェースと衝突した形にはなったしね。
 彼が歩いてくる姿が見えた。
 彼も私に気付いたらしい。
「ねえ、キョンく『なあ、朝倉』」
 ほぼ同時に言った。
「な、何?」
 先に反応したのは私だった。
「お前、ハルヒに何を言ったんだ?」
「何って、特に問題になる発言はしてないけど?」
「昨日の事もあったからな、今日ハルヒに朝倉の話をしたんだ」
「え?話したの?」
「ああ、そしたら急に怒り出した。何がなんだかさっぱりわからん」
「きっと機嫌が悪かったんじゃない?」
「かもな。朝倉がもし人間じゃなかったら、って何の気なしに言ったんだが」
「言葉の途中で『そんなわけ無いでしょ!』って言われた。お前何言ったんだ?」
「そっか……言ってくれたんだ」
「何だって?」
「今日そんな感じの話をしてもらえないかなって頼もうと思ってたの」
「でも……先にそうしてくれたんだ。ありがとっ」
「礼を言われてもな……本当に大丈夫なんだろうな」
「大丈夫。私の正体だって明かしていないし、彼女の力の事も言ってないわ」
「そうか、それならいいんだが……」
「あなたには迷惑はかけないわよ。それじゃあね。また明日」
「あ、ああ……」
 困惑する彼を置いて私は早足で自宅に戻った。
 長門さんはもう戻っているかしらね。

 長門さんも部屋に戻っていた。丁度用件がある。
「ねえ、長門さん」
「なに」
「私の思念体へのアクセス制限と、待機モード制限を解除して欲しいんだけど」
 彼女は私を見た。一見して数秒前と変わらない表情だけど、少し違う気もする。
「第一次アクセスと待機モードの制限は行っていない」
 …………え?
「本当に?」
「していない」
 どういう事かしら。昨日に喜緑江美里がかけていたのかしら。
「今のあなたには初期にかけた制限の他にかかっている制限は無い」
「そんなはずが……、あ」
 そっか。そういう事か。ありがとう、長門さん。
 再び彼女は私に目線を向けた。不思議そうにしてるって表現が一番かしら?
 私は駆け足で自分の部屋に戻った。制限じゃないなら理由は一つ。
 失われかけている。自分のインターフェースとしての能力が。人に近づいている証だ。


 翌朝、いつも通りに目が覚めた。布団から起きて、カーテンを開ける。
 うん、今日もいい天気ね。
 いつもの様に支度をする。何事も要領良くやらないと。
 家を出るとき、同じマンションに住んでいる長門さんに会った。
「おはよう、長門さん」
 彼女はその言葉に振り向いた。そして何故かそのまま数秒固まっていた。
「どうしたの?」
「……なんでもない」
「そう、まだ早い時間だけど、ゆっくり歩きすぎて遅刻しないようにね」
 私は少し早足気味に歩き出した。
 彼女とはそんなに付き合いが無い。あまり話してくれないのよね。
 登校中に彼に出会った。今日は運がいいみたい。
「おはよう、キョン君」
「ん?あ、ああ。おはよう」
「相変わらず私と話すのは慣れないのね。そろそろ慣れてほしいんだけどな」
「え?ああ。すまん。それより、昨日の話はどうするんだ?」
「昨日?私あなたと話したっけ?」
「おいおい、忘れたのかよ。ハルヒについて話したじゃないか」
「おかしいな……昨日は涼宮さんと掃除して、その後少し話したけど。すぐ帰ったわ」
「まさか……あ、いや。いい。俺の勘違いだったらしい」
「ふふ、朝だからって寝ぼけてるんじゃないの?」
「そうかも知れないな」
 そう言った彼はどこか微笑んでいるように見えた。
 どうしてだろう。彼の表情は何か試したことが成功した時のような顔だった。
「それじゃ、私今日日直あるから」
 そう言って足早に教室に向かった。
「あら、珍しいわね」
 涼宮さんが既に席についていた。彼女がこれだけ早く来たことってそんなにないはず。
「ふん、早く来ちゃ悪いっていうの?」
「悪くは無いわ。むしろ健康的にはいいことじゃない?」
「あっそう」
 相かわらずクラスメートには冷たいわね。私が転校している間に少しはマシになったみたいだけど。
「ねえ、あんた」
「どうしたの?」
「キョンの事、まさか本気じゃないでしょうね」
「あら、私は本気だけど?」
「むむ……」
 涼宮さんは怒ったような表情をしている。 教室にはまだ誰も来ていない。
 彼女と私の二人だけだった。いつも早い人が来ていないのはどうしてかしらね。
「ね、涼宮さんも彼の事好きなんでしょ?いいじゃない。私には言ってくれても」
「うるさいわね!そうだったら何なのよ」
「ふふ、やっぱりそうなんだ」
「う……」
 涼宮さんは顔を真っ赤にして机に伏してしまった。
 普段から何するかわからない人だけど、恋愛は奥手みたいね。
 意外と普通の人みたいな面もあるんじゃないの。
「でもね、涼宮さん」
「……何よ」
 彼女が顔を伏せたまま答えてくる。
「私も、負けないわよ」

 ほどなくして彼や生徒達がクラスに入ってくる。
 その日の授業は少し難しかった。家に帰ったら復習しないとダメね。
 クラスの友達に聞かれたときに答えられなかったのは不覚だわ。 今日の彼は何故か私を気にかけてくれていた。
 どうしてかはわからない。今朝の会話が何かのきっかけにでもなったのかしら。
 彼に告白するのは何時にしよう。正々堂々と涼宮さんと勝負してもいいわね。 先ほど彼女に宣言した言葉を自分で思い返す。
――私も、負けないわよ。


FIN...


|