出会いは一期一会。恋愛だってそうだ。
谷口と二人でナンパを続けるような毎日に変化が起こったのはひょんなことからだったんだ……。
 
入学して、一年とどのくらい経ったかな?まだけっこう寒い春の日だった。
寒さのせいか、ちょっとだけ頭が痛い。
僕は何にもない日常につまらなさを覚えつつも、その日の学校生活を昼まで終えていた。
「国木田よぉ、今日も行くよな、な!?」
僕にいつもこんなことを言ってくるのは谷口だ。
ナンパじゃ連戦連敗。たまに成功したかと思うと一週間も経たないうちにお別れ。
まったく学習能力は無いけど、憎めない親友だ。
「谷口、いい加減に国木田を引き摺り込むのはやめろ。こいつはお前と違って頭もいいし、意外とモテるんだぞ」
こっちはキョン。中学からの親友で、僕をいつも援護してくれたりする。
涼宮さんというとんでもない人に捕まっているけど、少しだけそれが羨ましい。
何故ならキョンの学校生活はとてもイキイキしているから。
休日の活動……文化祭……。僕がたまに参加させてもらう活動ですら楽しかったんだから、毎日そうならさらに楽しいんだと思う。
 
「頭が悪いのはお前も同じだろ。あ~あ、いいよな、キョンは。涼宮に朝比奈さんに長門有希、選り取り見取りだもんな」
谷口のお決まりの嫌味がコレ。羨ましいって素直に言えばいいのに……。
「それは部の仲間だ。それより成功しないナンパをいつまで続ける気だ?いい加減、国木田にもまともな恋愛をさせてやれよ」
キョンの言葉はいつも的を獲ていて、僕にとってもうれしい言葉ばかりだ。
だけど、そろそろ止めないと話が終わんなくなっちゃうんだよね。
「ありがとう、キョン。でも僕は大丈夫だよ。谷口の面倒を見るのも大事な青春の一ページだからさ」
こんなこと言うのもなんだけど、けっこうナンパ漬けの毎日も楽しい。
平凡過ぎるつまらない学校生活から離れられる唯一の時間。その点では谷口に感謝したっていいかも。
「ん……そ、そうか。お前がそう言うならいいけどさ」
「はっはっはっ!やっぱり国木田は俺の仲間だぜ!お前みたいな裏切り者は涼宮と一緒にとんでもない遊びでもしとくんだな!」
……二人の口げんかはまだまだ続きそうだなぁ。
僕は残った弁当に、口をつけ始めた。
 
残った昼休みを何に使おうかな?次の授業は……移動教室だ。しかもプリントを運ぶのは僕の係。
まぁいいや。たまには早めに行って準備しよう。その後に図書室にでも行こうっと。
職員室に向かい、プリントを受け取って、次の教室まで移動する週一回の決まった行動。
キョンに言われた《まともな恋愛》という言葉がふと頭をよぎった。
また彼女でも作れば学校も楽しくなるのかな?谷口には悪いけど、どっかで彼女作っちゃおうかな。
「うわあっ!」
……………恥ずかしい。階段でこけるなんて今時誰もしないよ。ここ、上級生のフロアじゃん。
 
プリントもバラバラだし……早く拾わないと迷惑だよ。
「ありゃりゃ~。ちょいっと大丈夫かいっ!少年!」
そんな聞いたことがあるような声が聞こえて上を向いた時だった。
階段の踊り場で踊るようにプリントを拾いあげていく人、陽の光でとても輝いて見えた。
「す、すみません……」
近くまで来ると間違いなく覚えのある人物だとわかった。鶴屋さんだ。
「おやまっ!キョンくんの友達の……国木田くんだっ!元気かなっ?」
なんでだろう。顔が熱い。さっきの踊り場で見た陽に照らされた姿が焼き付いて離れない。
「おや?顔が赤いよ?風邪かな?どれどれ……」
柔らかい手が僕の額についた。ドキドキする。
うわ……まずい、久しぶりに本気で恋したかも。僕はキョンや谷口と違ってそういう感情は人並みだからすぐに気付くんだよね。
「熱っ!キミ、熱い熱い!こりゃヤバいって!ちょいと保健室行くよ!みくる~っ!手伝いなぁ~っ!」
上級生のフロアで……恥ずかしいなあ。あ~、それより、プリントとかもどうしよう……。
 
「おい、国木田。大丈夫か?」
気がつくと、保健室のベッドの上に横になっていた。
隣りにいるのはキョンと……鶴屋さん?
「いや~、いきなり倒れそうになったからビックリしたにょろよっ!熱が40度近くもあるのに学校に来ちゃダメさっ!」
40度?朝はなんともなかったのになぁ。
渇いた口を開いて聞いてみた。
「授業は?」
「バカ。もう放課後だよ。もういいから寝とけよ、俺達と谷口が家まで送ってやるから」
キョンの話によると、谷口は僕の荷物を取りに教室に行っているらしい。そして、鶴屋さんは僕が倒れた時からずっとついてくれてるって。
「ごめんなさい、鶴屋さん。迷惑かけちゃって……」
ブンブンと右手を振って答えが返ってきた。
 
「いやいや!保健の先生は昼からいないってんで、誰か着いとかないと心配っさ!授業もサボれたし……わははっ!一石二鳥さっ!」
この人の笑顔は元気が出るなぁ……。やっぱり惚れちゃったかな?本気で……。
「国木田!死んでないよな!?」
騒がしい奴が来た。
「谷口……病人に大声はやめてよね?」
「あ、おぉ……すまん。心配で心配で……40度って普通じゃないだろ?」
ふ~ん。こんな一面もあるんだなぁ、谷口って。これなら彼女だって出来るかもね、近いうちに。
「じゃあ、行くか。鶴屋さんは鞄をお願い出来ますか?俺と谷口で交替でおぶって行きますから」
なんか本当に迷惑かけちゃってるなぁ……。今度お礼しなくちゃ。
 
「あれ?……おい、国木田。家開いてないぞ」
おかしいな、誰もいないはずは無いんだけどな。
慌ててポケットから携帯を取り出すと、メールが来ていた。母親から。
《私達二人とも三日くらい出張になったから。ご飯はお金置いてるからそれで食べてね》
もの凄いタイミングの悪さ。呆れるくらいだ。
財布から鍵を取り出して、家の玄関を開けた。
 
「もうここまででいいよ。ありがとう……」
言葉半ばに三人は僕の家にズカズカと上がり込んできた。……鶴屋さんを先頭に。
「これまたこざっぱりとした家だね!台所はどこかな?あたしがご飯作ったげるさっ!」
「部屋に荷物置いてきてやる。あぁ、ついでに着替えと布団も持ってくるぞ」
「じゃあ、俺は鶴屋さんの手伝いしてくるかな。……なんだよ、その目は。やましいことなんか考えてねーよ!」
まだ僕は何も言ってないんだけどなぁ……。今日くらいいいかな、優しくしてもらおう。
その時、僕の目にテーブルの上のお金が飛び込んできた。6000円。
薬買って足りるかな?三日分だからなぁ……。
「おい、国木田。着替えてさっさと寝ろ」
キョンは僕に服を投げ付けて布団を敷き始めた。
「もう、乱暴だなあ。わかったよ……」
財布に6000円を詰め込んで、冷たい布団の中に潜り込んだ。
頭痛がする。喉が渇く。……しばらく寝とこう。休めば治ると思うし。
羊が一匹……羊が二匹……ん?
額の冷たい感触に驚き、目を開いた。
「ありゃ、ごめんごめん。起こしちゃったかい?」
「いえ……そんなことないですよ」
 
「そりゃよかったさっ。今お粥作ってるからあとちびっとだけ待っててねっ!」
……うん、ドキドキする。やっぱり谷口には悪いけどナンパは行けないや。完全に惚れちゃったよ。
あ~、でもそんなこと考えてると熱下がらないや。今は休まないと。
その後、僕は鶴屋さんが作った美味しすぎるお粥を食べて、心配し過ぎる谷口を追い出した。
「明日は朝から来るから。薬も持ってくるからな」
「うん。ありがとう、キョン。鶴屋さんもありがとうございました」
「いいって!さっさと治したら報告しに来なよ!」
もちろん、最初に報告しに行きますよ。……なんて言えないよ。
三人を玄関まで送った後、すぐに布団に入った。
早く風邪を治してもう一度あの笑顔を見たいから。
今日は僕の心に変化が起こった日だったなぁ……これから学校が楽しくなればいいけど。
そんなことを考えていると、睡魔に取り込まれた。
また明日、鶴屋さんに会えますように……。
 
ピンポーン
ん……お客さん……っていうかキョンかな。頭が重いけど起きなくちゃ……。
ゆっくりと起きて、自分でもわかるくらいのふらついた足取りで玄関まで歩く。
これじゃ今日は休まなきゃダメかな……。
「おっはよー!大丈夫……じゃなさそうだねぇ。あたしが朝ご飯とお薬と準備してやるから寝てるっさ!」
「鶴屋……さん?なんでここに?キョンは?」
「昨日のキミの様子見てたら心配でキョンくんだけには任せてられなくてさ!あたしのが早かったみたいだねっ」
優しいなぁ、鶴屋さんは。ますます惹かれちゃったよ。気分よくなったから学校にも行こうかな。
「俺だけじゃそんなに頼りにならないですか。じゃあ帰ろうかな……」
鶴屋さんの後ろには、コンビニの袋を抱えたキョンが立っていた。薬と弁当……買ってきてくれたんだ。
「あ、あれ?キョンくんいたのかいっ?わはははっ、冗談さっ!とりあえず寒いから中に入ろう、ねっ!」
……結局また勝手に中に上がるんだなぁ。嫌じゃないけどさ。
昨日と同じように、鶴屋さんはすぐさま台所へと向かった。たぶん昨日のように美味しい食事を作ってくれるんだろう。
キョンは袋から熱冷ましを取り出して、僕の額に乱暴に張り付けてくれた。
「今日はどうする?見たとこ熱は下がってないみたいだが……」
「ちょっとキツいけど行こうかな。谷口に心配かけたくないし」
「そうか。じゃあ飯食ったらすぐに薬飲んで行くか」
なんだかすごくキョンが頼りになる。中学の時より世話焼きになってるし……いつも涼宮さんといるせいかな?
 
「二人ともっ!その距離感は怪しいさ。さっさとご飯食べて学校へ行くにょろっ!」
僕にそっちの気はありません。とりあえずいただきます……っと。
 
食事を終えると、僕達は三人で学校へ向かい、靴箱で鶴屋さんと別れて教室へ向かった。
「国木田!もう大丈夫なのか?」
朝から騒がしい谷口が駆け寄ってきた。やっぱりこういうことがあると少しうれしいな。
「もう大丈夫だよ。心配ありがとう」
って言ったのはいいけど、坂道を登って体がダルい。しばらくはゆっくりと休んでおこう。
 
しばらく休んで予鈴がなり、体を起こすと成崎さんと視線がぶつかった。
……あ、向こうむかれた。なんだったんだろう。
それからは多少ボーッとしながらだけど午前中を消化した。
もちろん授業はちゃんと受けたよ、谷口やキョンみたいになりたくはないからね。
「国木田、飯食おうぜ」
今日のご飯はキョンが朝買ってきてくれた弁当……あれ、キョンがいない?
「谷口、キョンはどこ行ったの?」
「あぁ、なんか成崎が話があるからって連れてかれたぞ。……ほれ、戻ってきた」
 
キョンはどこかいろいろと複雑そうな顔をしていた。なんか……笑いを堪えるような、納得したような。
「国木田。飯終わったらついてきてくれ」
「へ?キョン、俺は誘わないのか!仲間外れか!?」
「うるさい。お前は関係ないから来るな。……いいよな、国木田?」
特に断る理由もないから頷いた。なんなんだろう?
まぁいいや。とりあえず……いただきます。
 
「それで僕をどこに連れて行くのさ?」
「いいからいいから」
さっきからこればっかりだ。今は上級生のフロアを横切って、その奥の階段に向かってるように見える。
屋上にでも行くのかな?
「よし、ここから上に行け。一人でな」
新手のいじめ?僕が頭いいから僻まれてるとか……ないって。一種のゲームだと思って行こう。
階段を登って、下からは見えない所まで行くと……成崎さんがいた。
「あ……国木田くん。ごめんね?こんな所に呼び出しちゃって……」
「うん……別にいいけど、どうしたの?」
本当にこんな所って感じはするなぁ。上級生のフロアに近い所だし、キョンを経由してだし……内気な成崎さんらしいけどさ。
「あのね、えと……その……好き、です……」
「え?」
「だから、国木田くんが……好きです……」
どうしよう、参ったなぁ。たぶん昨日までの僕ならすぐに『いいよ』って言ってたんだろうけど……。
成崎さんは気が合うし、けっこう好きな人なんだけど、中途半端な気持ちじゃダメだよね。
こういう時にすぐに好きな人を切替えられるだろう谷口が羨ましいよ。
「成崎さん。ごめん、けど……」
何にも優しい言葉がかけられない僕が情けない。あとで涼宮さんにでも殴ってもらおうかな……痛そうだからやめとこ。
「あ……そっかぁ。ごめんね、体調悪いのに呼び出したりして……お大事に!」
 
成崎さんは階段を駆け降りて行った。
少し罪悪感を感じるなぁ、あの人を意識する前だったら本気で好きになったと思うんだけどさ。
「おや!国木田くんだったかい、かわいい女の子を泣かした色男は!」
そうそう、この人を意識する前だったら……
「って、えぇっ!?つ、鶴屋さん、何でここに?」
「何でここにとは心外だなぁ。あたしの教室の近くだよ、ここはっ!階段から急に女の子が泣きながら走って降りてきたからどうしたのかって思ったのさ」
うっわ……最悪だ。成崎さん、泣いちゃったんだ。しかも鶴屋さんにも見つかった。
「あんなにかわいい娘泣かすなんてめがっさ面食いだねぇ、キミは!みくるでも連れてきたげよっか?みくるーっ!こっち来なーっ!あはははは!」
違う。僕はあなたのことが……。
「な、なんですかぁ?あ……国木田くん、こんにちは」
確かに朝比奈さんだってかわいいけど、僕は顔だけで決めるような人間じゃない。
「あっはははは!ほら、国木田くん!今がチャンスさっ!」
「僕は鶴屋さんが好きなんですっ!!」
……………………
……あれ?今……僕……あれ?
あ、階段にキョンが見える。聞かれちゃったかな?うわ、朝比奈さんの顔真っ赤だ。
そして……鶴屋さんの驚く顔、初めて見た。
まずい、恥ずかしくなってきた。僕はバカだ。屋上に逃げよう!
本当なら感情に任せて告白なんかしない。そもそも感情をこんなに露にしたのも久しぶりかも。
なんてこと言ったんだ。恥ずかしい、こんなの僕のキャラじゃないよ。
そんないろいろな思いを抱えて、僕は屋上の一番奥へと逃げ出した。
 
「男だな、国木田っ!」
僕が屋上で佇んでいると、背中の方から聞き慣れた声が聞こえてきた。
 
「うるさいよ……キョン」
ほんとにそんなつもりはなかったのに。勢いで言っただけなのに……。
「お前にもあんな一面があるなんて意外だよ。それに鶴屋さんを好きだったってこともな」
「もう言わないでよ……しかも勝手に逃げ出したんだよ?絶対ダメだよ……」
告白して返事聞かずに勝手に逃げ出す。絶対にやっちゃいけないことやっちゃったんだよなぁ。
「まぁ、そう言うなよ。見た目と違って男らしかったって、はははっ!」
くっそう……キョンが谷口っぽく見えるよ。
「キョンなんて全然ダメじゃん。涼宮さんとはどうなの?」
「な、なんでそこでハルヒが出て来るんだよ!」
「あたしがどうしたって?熱烈に愛を叫んだ国木田くん!」
キョンと顔を見合わせて振り向くと……両脇に朝比奈さんと鶴屋さんを抱えた涼宮さんが立っていた。
……っていうか涼宮さんにも聞かれてたんだ。
「ふん、まぁいいわ。その話は後回しよ。それより今はきちんと返事を聞きなさいっ!」
そう言って涼宮さんは鶴屋さんの背中を押した。
「や、やあ……」
僕に向かって右手を上げた鶴屋さんは顔が少し朱に染まり、ぎこちなかった。
「ど、どうも……」
返事をする僕の声もぎこちなくなる。……弱いなぁ。
「うんっと……ごめんね?さっきはいきなりでビックリして何も言えなくなったのさっ、わははっ……」
「鶴屋さんがですか?……なんだか意外だなぁ」
これは正直な感想。この先輩はかわいいし、元気だし、たぶんモテると思うから。
「あたしゃ告白されるの……っていうか色恋沙汰には耐性がないんだよね~、へへへっ」
横風に髪をなびかせながら照れ笑いを向ける仕草は、また僕の心と目を奪った。
その瞬間だった。
胸の辺りにきた、トンッて衝撃と共にいい香りがきた。
 
「うれしかった。あたしでいいのかい?」
「あ………………」
うれしいのに言葉が出ない。谷口とかなら『あなたじゃないとダメなんですよ』なんてキザな台詞がサラッと出るんだろうなぁ。
ダメだ、真似できないよ。少し谷口を尊敬しちゃうな。
鶴屋さんの背中に手を回して優しく抱き締める。
これが僕の限界みたいだ。
「……さっきの男らしい告白とは別人みたいっさ」
そう言われると困るなぁ。
「すいません。でも、これが僕の今の限界だから……」
「これからはしっかりとあたしを引っ張っていくにょろよっ!」
そう言われて頬にキスされた。あ、また熱が上がりそう……。
ともかく、僕の本気の恋は最高の形で終わった。これからは本気の愛に変わるんだと思う。
でも、まだ幕引きには早い。最後が残ってるから。
「さぁ、次はキョンの番だよ!」
僕は後ろでギャラリーになってる人達に声をかけた。
「バカ!俺にどうしろってんだよ!」
珍しく口をポカンと開けたままの涼宮さんがいる。真面目な告白の現場に居たのは初めてなんだろう。
「キョン!涼宮さんが待ってるよ!」
その声で我に帰ると、頬を赤く染めていた。
さぁ、次はキョンと涼宮さんの番。僕はゆっくりと見守ることにするよ。
よく晴れた昼休みの空を見上げた後、鶴屋さんと二人で顔を合わせて僕らは笑った。
 
おわり

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最終更新:2020年06月29日 18:55