「はじめまして」
「誰だお前は」
「古泉一樹と申します。あなたより一学年下の後輩です」
「何の用だ?」

「生徒会長になってみる気はありませんか?」


古泉一樹の陰謀―生徒会会長選挙・秋―


昼休み。
文化祭が終わってようやくくつろげると思っていたら、まるで知らない一年が俺を訪ねてきた。
「生徒会長だ?」
「えぇ。今から約二週間後、生徒会会長選挙があるのはご存知でしょう?」
知らない。北高に通って一年半以上になるが、学内行事など基本的にどうでもいい。
だから俺はそのまま答えることにする。
「知らんな。もちろん興味もない。何の企みか知らんが、帰れ」
だが、その古泉一樹なる一年は他に表情を知らないかのような笑みを崩さず言う。
「あなたには今度の会長選で得票数一位になってもらいます」
何やら勝手に話を進めようとしている。
「とりあえず僕について来ていただけますか。ここでは何かと話しにくいこともあります」
「断る。古泉とか言ったか。邪魔だ、さっさと消えろ」
「ついて来ていただけないと言うのなら僕にも考えがあります」
古泉は顎に手を当てて思案顔をしつつ
「あなたには学校に知られるとよろしくない事実がいくつかありますよね」
「何のことだか」
しらばっくれる。よく分からないがこいつ、何か得体が知れない。
古泉はすっと顔を近づけ、俺に耳打ちをした。

「ブレザーの内ポケットに入っているハイライト、見つかったらまずいですよね」
気色悪いウィンクまでして俺の怖気を妙な具合に高めてきた。

「あなたが生徒会長になるのはご自身にとっても悪い話ではありません」
食堂外の丸テーブルで古泉は話を再開する。
俺も何のこのこついて来てるんだ?らしくねぇ。
「まずは内申書です。
あなたが来年進学する際、推薦に不自由しないくらいには評定を上げることができます」
「何を言ってるんだお前。一生徒にそんな力があるはずないだろうが」
だが古泉は得意顔を崩さない。
「僕がするのではありません。
僕が所属している団体がそれをするのですよ。
この学校内には我々『機関』の人員が多数潜入しています」
「『機関』だ?」
何やらわけの分からないことを言い出し始めた。
「手始めに、あなたの期末試験の成績を改竄してみました」
しれっと言い放つと、先日の期末試験の答案用紙―俺の名前が書いてある―のコピーを
制服のポケットから取り出し、俺に差し出した。
まだ返却されていない世界史と物理の答案用紙だった。
俺は適当に一夜漬けして平均点前後を記録するのが常であったが、
書かれている点数はそれを二回りほど上回った数値だった。
一部無回答で出したはずの解答欄にも俺のものと変わらぬ筆跡で正答が書かれていた。
「まぁこういう行為がお気に召すかは分かりませんが、
これくらいのことであれば容易に行えます」
こいつ、何者なんだ。
あらためて俺はいぶかしく思う。何やら冗談ではないようだ。
俺の様子を気にせず古泉は続ける。

「当選すれば、生徒会という組織においてあなたは最高権力者です。
ある程度は自由に学則を変えることができます。
むろん喫煙を許可したりはできませんが、
ご自分にとって都合の悪い取り決めをこっそりなくしてしまうことくらいなら可能です」
これにはわずかだが心引かれるものがあった。
学校を裏から支配するというのは中々面白いかもしれん。
丁度くだらん日常にも飽きていたところだ。暇つぶしが欲しいと思っていた。
そんな俺の様子を見て取ったか、だめを押すように古泉は続ける。
「生徒会には各部への予算割り当てという業務があります。
この学校の生徒は半数以上が部活動や同好会に所属していますから、
集まるお金はちょっとした額に上ります。
そのうちの一部は生徒会運営費に回りますが」
ここで古泉の顔色を窺うようにして
「無理のない範囲でこの金額を変えてしまえます。
記録上の数値は低めに書いておき、余剰分は暗闇に」
と言い、テーブルをノックするパフォーマンスを見せた。

多少だがやってもいいかと思えてきたのはこいつの巧みな話術によるものか、
はたまた俺には本来リーダー気質があるのか。
『長』と名の付くものなど小学校登校班の班長以来だが。
「どうでしょうか?
お引き受けいただけるならば、続きをお話しますが」
古泉はここまでの自分の仕事をそつなく終えた風情で言った。
ふん、どうせ断ってもしつこく懇願するんだろうが。
「分かったよ。暇つぶしと思ってやってやろう。
だがな、俺は率先して選挙運動などせんぞ。そこはお前が工夫して俺を当選させるんだな。
代わりに必要最低限の仕事は完璧にこなしてやる」
俺は極端な人間だからな、中途半端な努力なぞいらん。やるからには満点を取る。

「決まりのようですね」
古泉は笑顔のまま手を差し出してきた。
「よろしくお願いします」
俺はその手を握らずばしんとはたいた。
「頼むぜ」

「現生徒会の実情についてはご存知ですか?」
「知らん」
古泉の話は続く。
「実質有名無実化した儀礼的団体です。
名目上学校になくてはならないので残っていますが、最低限の事務執行、
それに行事敢行を認めるくらいしか仕事をしていません。
空気組織と言い換えてもいいですが」
「そんなのどこの学校も大差ないんじゃねぇか?
生徒会がやたらしゃしゃって来るようなお固い学校にいたいとも思わないしな」
古泉は同意するように頷きつつ、
「えぇ、その通り。普通はそれで十分だと言えます。
しかし、この学校の生徒会はそのような模範団体であっては困るのですよ」
「なぜだ」
「涼宮ハルヒ、という女子生徒をご存知ですか」
涼宮ハルヒ。
記憶にないでもない。クラスのツレがたまに話していることがある。
「変な一年女子がいるってのは聞いたことあるが、
あいにく俺は噂には疎いほうでな、それ以上は知らん」
古泉は笑みを崩さない。
「その涼宮ハルヒですが、ただ奇矯な振る舞いをするというだけではなく、
ある重大な秘密を抱えています」
「何だ」

続く言葉はそれこそ耳を疑うような内容だった。
まるっきり信じられないことばかりであるが、古泉はこう言う。
「信じる信じないはあなたの自由ですが、くれぐれも口外しないように。
今回重要なのはあなたが会長のポストに就くことですから」
む?そういえば、なぜ俺でなくてはならないのかをまだ訊いていなかったな。
真っ先に訊くべき質問だった気もするが。
てっきり適当に選出したものかと思ったが、違うようだ。
「あなたが涼宮ハルヒが望むだろう生徒会長像に一番近かったんですよ。
これは外見という意味でですがね。
性格については…これから矯正していけばいいでしょう」
「ちょっと待て。性格を直せだと?どうなれと言うんだ」
「もちろん彼女が望む生徒会長像そのもののキャラクターになってもらいます。
厳格なエリートタイプと言えば簡潔でしょうか。
学園の非合法組織を冷酷に取り締まる生徒会の首領。素敵じゃないですか」
どこの少女マンガだ。いや、今時そんなベタな話、どんな三流漫画家も描いてやしねぇだろ。
こいつはどこか俺の波長を狂わせる。
おかげで慣れないツッコミまで内心でしている始末だ。
「時間はあまりありません。
さっそく明日から計画を実行しますから、そのつもりでいてください」
古泉は背後にバラを背負わせても問題なさそうな笑みで言った。

―と言うわけで俺は髪型を生まれて初めてオールバックにしている。
さらに初めてダテ眼鏡をかけ、奇妙な香水までつけて背筋を真っすぐに伸ばしている。
「待て、古泉」
「何でしょうか?」
心なしかお前が楽しそうに見えるんだが。ぶっ飛ばしていいか。
「それは遠慮したいですね。煙草ばらしますよ」
笑みを絶やさないことといい、たった二日ですっかり俺の扱いに慣れた感があるなこの野郎。
「さて、次はその言葉遣いをどうにかしないといけませんね。
それでは涼宮さんの望む会長像にはほど遠いですから」

第一なぜ貴様がそのクソ女の願望を読み取れるんだ。
「言ったはずですよ。僕の能力の話を」
あんなもん信じられるか。大体そいつ、本当にそんな変人なのか。
噂になった文化祭はサボったし、それ以前の出来事は知らん。
「お前の作り話じゃないだろうな」
だとしたら今こうして鏡の前でしゃちほこばってる俺は馬鹿以外の何者でもない。
「一度涼宮さんに会えばすぐに分かると思いますよ。僕の話が本当だとね。
…さて、では人物設定についてレクチャーします」
どこのカルチャースクールだ。
「SOS団については話しましたね。
あの団を冷酷かつ非常な手段で狡猾に解散させようとする悪役があなたです」
「現実の生徒会長が悪役とは世も末だな…」
「他人事ではないんですから真剣に聞いてください」
古泉は新米予備校教師のように軽やかに注意する。
この日からしばらく、生徒会長養成講座が連日昼休みに行われた。

「あー、それでは威圧的すぎますね」
「このくらいで十分ですか」
「へりくだってはいけません。あくまで威厳は保たないと」
「どっちだよ!」
「あ、それはいただけませんね。姿勢も曲がってきましたよ」
「こいつ…」

かくして俺は古泉一樹なる自称エスパーの手で人工冷酷会長に仕立て上げられた。

「古泉、書類を取ってくれ」
「かしこまりました」
「今日の予定を教えてもらおうか」
「今日は選挙公示日です。さっそくですが選挙運動を開始します。
立候補の手続きは僕のほうで全て終えておきますので」
「済まないな」
…このやりとりを撮影でもしておいて後で自分で見たら吐き気を催すこと請け合いだろう。

「…をよろしくお願いしまーす!」
クラスメートの合唱である。俺の選挙支援のために特別対策チームなるものが組まれていた。
総勢三十名。いくらなんでもやりすぎじゃないのか古泉。
「いいですか。選挙は数が全てです。
どんな公約をかかげようと、クリーンなイメージを持たれようと、
最終的に数で負けてしまっては何にもなりません。本末転倒というものです。
目標は会長当選ですから、そのためにはどんな手段も辞さない心構えをしなくては」
…呆れるばかりであるがなまじ自分のことだけに感謝すべきなのかもしれない。
ところで急激に性格改竄もとい矯正された俺を見て何とも思わんのかこのクラスメートどもは。
「さて、その激変っぷりが面白かったのか、本当に更正したように見えたのか分かりませんが、
いい級友をお持ちのようで何よりです」
歯が浮くような白々しい台詞を吐いて古泉はこの場を去った。
何やら他にも沢山の計画を用意していて、
自分がそれらすべての参謀長になっているから気が抜けないのだという。
やれやれ。
俺をここまで呆れさせるというのは並大抵のことではない。

「私の公約は、『生徒の自主性を最重視した全く新しい生徒会を作る』ことです」
別人が言ってるかのような口調で俺は告げた。
本日五クラス目だ。激務と言っていいんじゃないか。
「今までの生徒会には独自性というものが欠如していました。
確かに、それで機能としては十分であるかもしれません。
が、しかし!」
俺は両手の平で教卓を叩いた。五度目だぞ。いてぇ。
熱弁を続ける俺に多くの生徒は注目している。これは中々に気分がいい。かつてない感覚だ。
目下よかったことと言えばこれくらいしかないがな。
む。教室の後方、窓際の席の二人組。あいつら聞いてねぇな。しょうのない生徒だ。
「…と、いうわけで、選挙の際にはぜひ私に清き一票を!」
俺は規則正しい挙動でぴしゃりと教室から出る。今日の演説はこれにて終了。
「中々板についてきたじゃないですか」
「そうだな」
古泉がそこにいた。俺は咳払いをして、
「私の演説にクラスのほとんどが注目の視線を送るのはなかなかに快感と言えよう」
「それはそれは」
古泉は満足げである。まったく、かつがれたとはまさにこのことだな。
「して古泉、現在の戦況はどうなっている?」
「前会長が擁立した三組女子がやはり根強い人気ですね。
現段階では百票近い差をつけられて敗戦すると僕は見ています」
腕組みをして俺は考え込む。こっちの仕草がデフォルトになりそうで嫌だな。
「策はあるかね」
「ベーシックな手段は機関の後ろ盾により遂行率100%と言えます」
確かにな。『生徒の新しい明日を創る!』というコピーが流麗なフォントで描かれた
プロ仕様のようなポスターといい、対策チームの息ぴったりな支援といい、
ポケットティッシュまで配ったのはやりすぎだと思ったが…まぁここまでは確かに完璧と言える。
「ここからさらに得票数を伸ばすためには、もう少し踏み込んだ選挙広報が必要です」
「ふむ。それでどうするつもりだ?」

「あなたのルックスを最大利用し、まずは女子層を取り込みましょう」
…嫌な予感がする。いや、それはいつものことだが、今回は特に。
そしてそれは見事的中するのだった。いとあわれなり俺。

「例えば学食。どうですか?あなたはメニューに物足りなさを感じたことはありませんか」
俺は女子生徒一名の手を取り、鋭い視線を送る。
どうなってるんだこの学校は。これをやると九割の女子が額に手を当て赤くなる。
古泉が仕組んだサクラじゃないだろうな。
…もちろんそんなはずはない。いくら何でも人数が多すぎる。

「あなたを擬似アイドル化します。
アイドルとはいえ、歌を歌ったり踊りを躍ったりはしません。
あくまで誠実さを前面に押し出します。
例えば演説の途中に―」
古泉はそう言って俺の手の甲に口付け…
「何しやがる!!!!」
久々に素を出してしまった。が、無理もないだろ!
妙に艶かしい上目遣いの視線で古泉は俺を見て、
「まぁ、これは少しやりすぎですが、同じ要領で女子生徒を骨抜きにしましょう」
どんな提案だ。諸刃の剣じゃないのかこれは。
「いえ、大丈夫です。
僕の計算ではあなたの意外な積極性に八割の女子生徒がくらりと来るはずです」
「………」
こいつ、すげぇ楽しそうだな。
「何を他人事のような顔をしているんですか?今さらやらないなんて言いませんよね」
笑みそのものは悪意の欠片もないが、もはや俺には悪魔の微笑みにしか見えない。
「貴様…」

というわけであいつの予想以上の人数が釣れた…もとい支持層になったわけだが。
「私と付き合ってください!」
…。何度言われたっけ?
こんなにモテたのも人生初であったが、断るのも既定された事項であるから致し方ない。
「あなたの熱い気持ちは私の活力となり当選への道を拓くでしょう。
残念ながらお付き合いはできませんが、会長となった日にはあなたの笑顔を作れるように
日々邁進いたしましょう」

一服。
屋上くらいでしか喫煙できんというのも困りものだ。
ここは普段は施錠されているが古泉がどこからか鍵を持ってきた。
どれだけスーパーマンなんだお前は。
「だから言っているでしょう?全ては世界の平和のためなんですよ」
もう言う言葉もないな。
「さて、男子生徒はどうするつもりだ?」
「ここまでくればほとんど当選は確実ですが、だめ押しの一手を打ってもいいですね」
また妙な含み笑いだ。やめろその顔は。

「君。こっちに来たまえ」
体育館裏にまだあどけない一年男子を連れ込む。
「な、何ですか?あの、ぼ、僕…」
「黙りたまえ」
おい、なぜ赤くなる。リアクションが違うだろうが。
…まぁいい。
「君、次の選挙戦での投票先は決めたかね」
男子生徒はふるふると首を振る。
「それでは私に投票したまえ。これは選別だ」
俺は生徒の手にそっと封筒を握らせる。金一封。
…色んな意味で反則だろ古泉!

「いいんですよ。表には上がりませんから」
間違いない。北高一の悪人は古泉一樹だ。
ちなみに俺は上記のことを男子生徒の半数以上に行った。
正義感の強い生徒も一部いたが、そのような連中には手刀を放ち保健室で目覚めてもらった。
こうなるともはや正しい行いを探すほうが困難だ。
あのくらいで全員部分記憶喪失しているのが気がかりだが、もう何も言うまい。

かくして投票当日―。
「今までお疲れ様でした。得票率78%、見事当選ですよ」
と、満面の笑みで迫る古泉を見て俺がした返事はシンプルだ。
「お疲れ俺」
「これで学園陰謀の最初の準備は終了です。
もっとも骨が折れる仕事だったと言えるでしょうね。
たびたびあなたとは会うことになりますが、これからもよろしく」
「やれやれだな」
「おや、誰かと似たような台詞を言うんですね」
誰だ、そいつは。俺に共感できるのだとしたら中々見ごたえがある奴かもしれんな。
「そのうち分かりますよ」
古泉は生徒会室の窓を開けて言った。秋の風が入ってくる。
俺はこいつが嫌いじゃない。この二週間はなかなかに面白かった。
「これからの計画はあるのかね」
眼鏡を磨きながら俺は問う。
「えぇ。これからはあなたも計画に一部噛んでもらいます」
「つまらんことだったら許さんからな」

旧館部室棟三階、文芸部差し押さえを仕掛けるのはそれから四ヶ月後のことである。
だがまぁそれは、またの機会に話すとしよう。

(了)

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