彼はかなり疲れているようだった。
「お疲れですか?」
「お疲れだ」
彼は答えてから続けた。
「古泉、あといくつアトランクションがあるんだ?」
「はい、ちゃんとは数えていませんし、気まぐれな涼宮さんのことですから、
なんとも言えませんが、最低、5、6個は」
彼は深く溜息をつくと言った。
「古泉、相談がある」
「なんでしょうか?」
「次のアトラクションはお前とハルヒ二人だけで行ってくれ」
「僕は一向に構いませんが....」
「ハルヒが閉鎖空間を作って、俺と二人っきりでこの世からバイバイしたら困ると
かなんとかいうんだろう」
「よくお分かりで」
「しかしなあ、古泉、結局ハルヒはアトラクションに入る度に閉鎖空間を
作るじゃないか」
「あの閉鎖空間とこの閉鎖空間ではやや違いが」
「確かにこっちには神人はいないようだな。しかし、さっきはハルヒは
俺と二人っきりで向こうにいっちまったんだぞ」
「それはそうですが」
「なあ、古泉、この調子でアトラクションに入る度に長門に串刺しにされたり、
ハルヒに血を吸われたりしていたのでは、正直、体が持たん。
いや、肉体的なダメージは無いかも知れんが、串刺しになれば気が遠くなる程
痛いし、牙で噛みつかれるのは長門にナノマシーンを注入されるのとは
わけが違うんだ。そうそう何回も耐えられはしない」
「しかし、マークトゥエイン号に幽霊やバンパイヤはいないと思いますが」
「そうだろうが、また、別の何かがいるんだろう。何が出るかを決めるのは
ハルヒなんだからな」
「しかし」
「それに、俺は、おまえと違って閉鎖空間ツアーには慣れてないんだ。
行って戻って来るだけでも精神的に辛い。一回くらい休まないと最後まで
続かない」
「涼宮さんがどういわれるか...」
彼はきびすを返すと、朝比奈さんと談笑している涼宮さんのところに
行き、何か話始めた。かなりもめたようだが、最後には膨れっ面の
涼宮さんが僕の方に向かって歩いて来た。
「まったく、キョンの根性無し。あっちはトムソーヤ島に筏でわたって不思議
を探すそうよ。時間が無駄だから二手に別れるんですって。
こんなにおもしろいのに何が不満なんだか」
「僕では役不足でしょうか」
「え、いえ、勿論そんなこと無いわ。行きましょう」
僕達は両手に花の彼と手を振って別れるとマークトゥエイン号に乗船した。
2階のデッキで柵に並んでよりかかりながら水面をぼーっとみつめる、
涼宮さんと僕。
「ねえ、古泉くん」
「はい、なんでしょうか?」
「何も知らない人が見たら、私達って美男美女のカップルにしか見えないでしょうね」
「ご冗談を。涼宮さんはともかく僕など」
と涼宮さんはきっとこっちを見るとちょっと強い口調で続けた。
「真面目に話してるんだけど、私は」
「あ、はい」
アトラクションに入る度に異様な盛り上がりだった涼宮さんはどこに行った?
なぜ、こんなにシリアスに話すのだろう?
「私、時々、思うのよね。どうして古泉くんみたいな人がSOS団に
いつづけてくれるのかなって」
「どういう意味でしょう」
トムソーヤ島の砦にさしかかると、砦の上で手を振っているSOS団別行動部隊がみえた。

「あ、古泉くんと涼宮さんです!」
朝比奈さんがマークトゥエイン号の上の二人をみつけたのはちょうど俺たちが砦に
上がった時だった。手を振ったが、なぜか、気づいているようなのに返事はなかった。
「なんか深刻そうですよね」
「長門、あいつらの「分身」は今、どんな世界に行ってるんだ」
「閉鎖空間は発生していない」
「何?」
「彼らの分身は出現していない」
「それはまたどういうことだ」
「理由は不明」
何だハルヒ、普通にアトラクションを楽しめるのか、おまえ。
なんで俺のときだけ閉鎖空間を作って俺たちを連れ込むんだ。
はっきり言ってむかつく。

「キョンは、キョンよ。腐れ縁みたいなもんだし、もともとSOS団を作れと
いったのはあいつなんだし(それはちょっとちがうぞ、と古泉は思ったが、
いつものごとく反論は控えた)、出て行くなんて許されないわ。
有希はあの部屋の付属物みたいなもんだし、みくるちゃんは
まあ、自分の意志がないっていうかもともと入っていたのが
書道部なんて超下らないクラブなんだし、出て行く意味も意欲も
無い感じよね」
「はあ」
「でもね、古泉くん、あなたは違うわ。ハンサム、冷静、特進クラスで
頭脳明晰。なのに出て行かないばかりか私が何を言っても
『はい、まったくそのとおりで』とか『大変良いアイディアだと』
とかしか言わない。そりゃー、わたしだって、古泉くんみたいな
人に褒められたらうれしくないわけないけど、でも、
こんなになんでもかんでも賛成できるってちょっとおかしくない?」
これは驚いた。全く何も考えていない様にみえる涼宮さんが
こんなことを考えていたとは。しかも、今のところ閉鎖空間は発生していないようだ。
「ねえ、なぜ、SOS団にいてくれるの?何を言ってもYESマンなの?」
僕はこのときほど、本当のことを話したい誘惑にかられたことはなかった。
閉鎖空間、超能力、宇宙人、未来人、情報統合思念体、機関。
じっとこちらをみつめる涼宮さんの瞳にはいままで一度も見たことが無いような
色が浮かんでいた。僕はちょっとだけ、未来の涼宮さんの恋人(彼が
そうなるかもしれないが)に嫉妬した。こんな瞳でじっとみつめてもらえるなんて
世界一幸せな男だな。
「それはですね、涼宮さん」
僕は遠くに目をやりながら言った。
「僕にも息抜きが必要だってことですよ。特進クラスで受験勉強に明け暮れ、
クラスではどの女の子にも均等に優しく接する。そんな優等生の僕が
息が抜けるのはSOS団の部室だけなんですよ。涼宮さんの考える
破天荒なアイディアが僕には一服の清涼剤なんです」
「何ですって、わたしのアイディアのどこが破天荒なのよ!」
ふいに、涼宮さんの洋服がぼやけて、スカレーット・オハラが来ていたような
深緑のドレスとダブった。僕の服装も霞んでいる。これはまずい。
「これは失言でした。破天荒と言うのはあくまで規準を大幅に上回って
素晴しいと言う意味に過ぎません。あ、終点ですよ」
涼宮さんは、たったいま言っていたことをもう忘れたかのように、
何も見付けてなかったら死刑なんだから、とかいいながら船内の階段を
一段飛ばしで駆け降り始めた。舟着き場には既に、他の面々が戻って来ていて、
こっちに手を振っている。やっぱり、涼宮さんにはあなたがお似合いですね、キョン君。

涼宮さんは、珍しくつまらないアトラクションだったとかいいながら朝比奈さんと
談笑している。僕と彼と長門さんは3人並んですこし遅れてついて行く。
「何を話してたんだ、お前たち」
「大したことでは」
「大したことではないなら言ってみろ」
「それはちょっと」
「どうせ、長門に聞けば解るんだぞ」
「お聞きになってはいかがですか?」
「長門!」
「情報提供を拒否する」
「なぜだ」
沈黙している長門さんを彼は責め始めたが、のれんに腕押し、糠に釘だろう。
ご苦労なことだ。結局、涼宮さんは閉鎖空間を作らなかった。
僕はまちがっていましたね、確かに。涼宮さんが閉鎖空間を作っていたのは
アトラクションが現実であって欲しいと願っていたからでは無かったのですね。
彼女はあなたと思いっきり楽しみたかったのですよ。
僕は、船の上での涼宮さんのすんだ瞳を思い出してちょっとだけ嫉妬した。



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