人間というのは実に興味深い観察対象だ。
変な作り物の世界を作っておき、そこに自分で入っていって笑ったり泣いたり出来る。
自分で自分をだますことができる存在だ。情報統合思念体に作られた自分にはそういう
器用なことは全く出来ない。ホーンテッドマンション(呪われた館)という名前が冠さ
れたアトラクションの前に来ると朝比奈みくるがこんなことを言い始めた。
「えー、ここに入るんですかー」
やっと彼女も涼宮ハルヒがアトラクションのコンセプトの実体化を行っていると
理解したのであろうか。だとすると、無理もない。おそらく、このアトラクションが
実体化すれば、人間が最も忌み嫌う存在の一つである幽霊が実体化するだろうから。そ
れとも、朝比奈みくるが恐れているのは「お化け屋敷」というコンセプトそのものだろ
うか?
「無理もありませんね。どうでしょう、ここは僕は朝比奈さんと留守番をして、
他の皆さんで行っていただくというのは?」
彼はちょっとあわてたようだ。
「し、しかしだな」
閉鎖空間に行ったとき古泉一樹が不在だと不安なのだろう。
「まかせて」
私は申し出た。古泉の能力の発現は不完全でティラノサウルス=レックスさえ一撃では
倒せなかった。私がいっしょに行った方が無難だろう。
「長門がそういうなら... 」
彼はおとなしく引き下がった。私のメモリーのクロックがちょっと上がる。こういうと
き、人間なら「信頼されてうれしい」という感情を持つのだろうな。
みくるちゃんがいないとつまんないー、とかだだをこねるハルヒをまあまあと
なだめながら、我々は待ち行列に並んだ。いずれにせよ、このアトラクションは
三人一組で椅子に座って受動的に体験するアトラクションだ。三人以上行ってもいっし
ょには乗れないから意味がない。黒メイド服にこうもりのカチューシャという出で立ち
のホスト(従業員)が我々を八角形の部屋に案内する。骸骨に変わる絵、伸びる部屋と
絵画など、人間の発明の才能にはほとほと感心する。ここまで原始的なテクノロジーで
こういう物を作る知恵はたいした物だ。おそらく、不完全な人間の知覚には実物の様に
思えるのだろう。こういうところに来るとハルヒの才能の理由がよく分かる。彼女は非
常に極端な一例に過ぎないのだ。ありもしないものをあるように見せたいというのは人
間に根源的な欲求であり、ハルヒの情報生成能力、自立進化への鍵は結局、ここにその
全ての根源があるのだろう。
順番が回ってきて椅子に座る。わたしを真ん中にして両側に涼宮ハルヒと彼が座る。て
っきり彼女と彼が並んで座ると思っていた。またメモリーのクロックが少し上昇するの
を感ずる。
うすぐらい通路をしずしずと進む。終わりのない廊下。ずっとこちらをみつめる胸像。
「おかしい...」
実体化が起きない。左隣で異様な盛り上がりをみせる涼宮ハルヒや右隣で憮然としてい
る彼の存在は何も意味しない。あっちの世界に行くのは分身だけだからだ。
長門は自分の分身が生成された痕跡をスキャンしたが、なかった。
まずいことになったようだ。古泉に連絡する。直接彼の携帯に情報を流す。
「まずいことになった」
「と申しますと」
「涼宮ハルヒと彼が2名であっちに行った可能性がある」
「それはまずいですね」
「私をあっちの世界へとばしてほしい」
「分身ではなく、本体をですか?それは危険ですし、ここからでは」
「危険は問題ではない。距離の問題は思念体が解決する。至急、転送されたし」
「そうおっしゃるのでしたら」
一瞬で転送は完了する。実体化したアトラクションのコンセプトの世界は墓場のような
世界。悪霊が飛び交っていて、長門にも襲いかかってくる。長門は情報連結の消去を繰
り返し行うことで、悪霊をつぎつぎと消滅させていったが、涼宮ハルヒと彼には
そんな能力は無いだろう。早く見付けないと面倒なことに..、遅かった。
彼は悪霊に取り付かれて、血走った目で涼宮ハルヒに襲いかかっている。
ハルヒの服に手をかけると人間業とは思えない力で着ている洋服を引きちぎる。
「何やってるのよ、ばかキョン!」
口調こそ威勢イイが涼宮ハルヒの顔は青ざめている。仕方がない、彼にはちょっと痛い
思いをしてもらおう。槍を形成すると悪霊に取り付かれた彼に投げつける。
串刺しになる彼。
「痛そう...」
しかし、悪霊に取り付かれた彼はくるりと振り返ると長門めがけて襲いかかって来た。
「情報連結解除」
彼と悪霊の情報連結を解除する。くずおれる彼。
「いってー。ひどいぞ長門」
「あれしか方法が無かった」
「終わったのか?」
「まだ」
彼が私が指さした方向をみると、今度はハルヒが別の悪霊に取り付かれていた。
にやっと笑うとするどい牙が覗く。
「あれって、まさか」
「そう」
「どうすればいい」
「血を吸わせてあげて」
「なんだと?」
「ここには古泉一樹はいない。彼女が満足するのが一番簡単な帰還方法」
「俺が血を吸わせればハルヒは満足するのか」
「多分」
「俺はどうなる」
「未知数」
「おいおい」
「大丈夫、あなたの生命が危険にさらされたら私が対処する」
「対処ってまた串刺しか?」
「そういう選択肢も排除はしない」
彼はぶつぶつ言っていたが、涼宮ハルヒが襲いかかって来ると大人しく血を吸われた。
彼の首筋にかみつく涼宮ハルヒ。
「いってー」と彼はいったが、その後、とっても気持ちよさそうな表情になる。
「ああ、なんで気持ちいいんだ?」
ジュルジュルと血を吸うハルヒ。
それを見て今度はわたしのメモリークロックははげしく不安定化した。
次の瞬間、3人はもとのシートに戻っていた。もうすぐ終点だ。
 
出口に向かうエスカレーターの上で涼宮ハルヒと彼が言い争っている。
「噛みつくなよ」
「あんたが先に服を引き裂いたんでしょうが?」
「あれは悪霊にとりつかれて」
「どうだか」
「なんだと!」
「だったら、私だってあんたに噛みついたときは...」
そのやりとりを聞いていると
何故か、再び、私のメモリークロックが不安定化する。
人間なら、人間ならなんというのだろうか?
これもなんらかの感情?
 
古泉一樹が彼に話しかけている。
「涼宮さんに熱烈なアプローチを受けたようですね」
「なんでお前がしっている」
「長門さんを送り込んだのは僕の超能力ですから」
「噛みつかれていたかっただけだ」「でも、その後、気持ちよかったのでは?」
「...」
「バンパイアは異性を吸血することを好みます」
「だから?」
「吸血には性的な意味合いがこめられて」
「いいかげん、だまらないとなぐるぞ」
「失礼しました」
古泉一樹の分析は正しい。あれは涼宮ハルヒが望んだ世界。
もとはアトラクションのコンセプトであったとしても。
なぜ、涼宮ハルヒは彼に服を引き裂かれたいと望んだのか?
長門は考えるのをやめた。考えると答えが解ってしまうのは明らかだった。
そんな答えは知りたくなかった。また、メモリークロックが激しく、不安定化した。

 

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最終更新:2020年08月20日 17:27