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卵、妹を手懐けるお菓子。
これが俺に課せられた使命だ。……などとかっこよく言ってみたが、つまりはお使いってことだ。
妹に行かせると危ないなんて言う、母の過保護なセリフのせいで俺が行く羽目になっている。……やれやれ。
近場のスーパーまでは自転車で10分だ。
たまには散歩がてら、自転車を使わずに行くとするか。
冬真っただ中の今だが、今日は雪も降ってないし、夕方ではあるが陽も少し照っていてそんなに寒くない。
絶好の散歩日和ってやつだな。
ポケットに手を突っ込み、鼻歌混じりにスーパーへの道を歩く。
慌ただしくない日常、久しぶりに落ち着ける時間だぜ。

意外に短いもんだな。気がつくと、スーパーの前まで来ていた。
自動ドアをくぐり、買い物カゴを持った。
妹の菓子はなくなることはないだろうから数が限られてる卵でも先に買いに行こう。
店の奥の方にある、卵売り場へと足を進めた。
高い卵と、安い卵……か。
売り場には二種類の値段の卵があった。
やっぱりここは残ったお釣りを自分の物にするために安い卵だよな。

自分のそんな安い欲望に駆られて、安い卵に手を延ばした。
「「……あ」」
同時に卵に手を延ばしたのか、誰かの手に俺の手が当たってしまった。
「「す、すみません」」
完全に言葉が被ってしまった人の顔を見てみた。
「「……あれ?」」
この人は見たことあるぞ。つーか忘れるはずがない。
ある時は孤島のメイド、またある時は雪の別荘のメイド、またある時は恐い微笑みを浮かべる機関の一員、森園生さんがそこにいた。
「あら……キョンさん。こんにちは」
今までに見た微笑みより、柔らかく優しい微笑みだ。これが、素の森さんなんだろうか?
よく考えると、OL風の服だということもいつもと雰囲気が違うのを際立たせている。
「あの……どうしました?あ、卵ですか?」
ずっと森さんの顔を見つめたままだったらしい。森さんは不思議そうな顔で俺を見つめ返していた。
「あ……いや、卵はいいです。持って行ってください」
「でも……お使いなんじゃないですか?」
卵のパックを手に持ったまま、申し訳なさそうにしている森さんは、とてもかわいかった。
「大丈夫です。卵は高い方を買って、妹には安い菓子を買っていきますから」
『でも……』とか『やっぱり……』とか言い出した森さんは、俺達が世話になった森さんとは別人のように、普通の人っぽかった。
とりあえず、卵のパックを押しつけて一緒に店内を歩くことにした。
そういえば、今日は喋り方とか全然違いますね?
「当たり前じゃないですか。明日からは休暇だし、機関の仕事が終われば私も普通の女性なんですよ?」
むぅ……吸い込まれそうな笑顔だ。仕事とは関係ない笑顔はこんなにも明るい顔だったとはな。

「あ、妹さんにお菓子……でしたっけ?私が作ってあげましょうか?……卵を譲ってくれたお礼に」
なるほど、そうしてもらえば妹に買っていく分のお金が浮くな……。
でも、いいんですか?時間とか……予定とか。
「うふふ、大丈夫ですよ。明日からは休暇って言ったじゃないですか。お菓子作りなんて久しぶりで楽しみですよ」
もう乗り気だし、せっかくの好意なので受けとることにしよう。
「じゃあ、とりあえずお会計を済ませてきますね」
そう言うと、食材やその他の入ったカゴを持ってレジへと向かって行った。
……あぁ、高い方の卵買わなきゃな。


俺達はしばらく歩いて、森さんの家らしき所に入った。
……いや、家じゃないな。たぶん機関のちょっとした宿泊施設だろう。
「あら、よく分かりましたね。実は今日まで、少し古泉に用があったので、比較的近いここを使わせてもらってるんです」
やっぱりな。女が過ごすにはあまりに殺風景過ぎるからな、この部屋は。
……長門は別だ。
「しばらく待っててください」と出されたお茶を飲みつつ、エプロンをつけてキッチンに立っている森さんを見ていた。
……結婚生活って、こんな感じなのか?悪くないな。
なんて冗談を考えられる程、俺は落ち着いている。
何故かって?
そりゃそうだ。ハルヒにも確実に見つかることのない場所でゆっくり出来るからな。
それに、宇宙人や未来人に用事があると言われることもない。……まぁ、超能力者だと話は別だが。
平穏な時間を満喫しつつ、森さんが作業を終えるのを待った。

「はい、どうぞ」
朝比奈さんに優るとも劣らない笑顔で戻ってきた森さんは、妹に食わすために作ってもらったお菓子と、二人分の食事が乗ったお盆を持っていた。

「ご飯も食べて行ってください。作りすぎたので」
作り過ぎたって量じゃない。明らかに二人分きっちりに作ってある。
しかし、目の前に美味そうなニンジンがあればどんな馬でも飛び付くだろう?俺だって見た目で美味いとわかるような料理があれば我慢出来なくて手を出すさ。
「じゃあ、遠慮なくいただきます!」
待てを仕込まれた犬以下の忍耐力の俺は、家で待っているであろう母と妹を無視して食事を始めた。
とりあえず美味い。孤島の時も、新川さんじゃなくて森さんが作ってくれてもよかったくらいだ。
作ってもらった食事をまっさらにたいらげ、再びお茶をもらってゆっくりすることにした。
図々しいか?たまにはいいじゃないか。
まったりとお茶を啜っていると、エプロンを取りながら森さんが戻ってきた。
「ごちそうさまでした」
「お粗末様でした。やっぱり一人じゃない食事はいいですね、楽しいし美味しかったです」
またまた……彼氏とかいるんでしょう?
「そんな暇はないですよ。ずっと機関の仕事してますからね……」
この時、森さんは寂しげな表情を垣間見せた。もっとも、すぐに元の表情に戻ったがな。

言葉がなくなり、辺りを見回していると数々のボードゲームを見つけた。
「森さんも……ボードゲーム好きですか?」
昔を懐かしむような表情で、森さんは返事をくれた。
「機関に布教したのは私です。もっとも、今じゃ一番弱いんですけどね」
苦笑いを挟み、言葉は続いた。
「古泉はいつも弱い私の相手を進んでしてくれたんですよ。それも私のレベルに合わせて。だからいつまで経っても強くならないでしょう?」
確かに異常なまでに弱いな。森さんのレベルに合わせてるうちに、勝つやり方を忘れたのか?
「今となっては良い思い出ですね。ボードゲームが古泉が私に心を開いたきっかけですから……」
そうか……機関の人達にもいろいろな思い出があるんだな。戦いを共にする仲間、か。少し憧れるな、男として。
その後は、古泉の恥ずかしい話をいくつか聞いた辺りで帰宅することにした。
さすがに異性の部屋に二人きりで遅くまでいるのはな。
もっとも、森さんは『あら、私は構いませんよ?』なんて笑顔で言ってるがな。
今日は珍しい体験をしたな。機関に生きる人達の裏側に興味を持っちまったぜ。
「これからも、古泉をよろしくお願いします。では」
最後だけ、機関の人間のような態度で深々とお辞儀をした森さんに手を振って帰っていった。


次の日、掃除当番で遅れてくるという古泉を抜かした全員が揃っているときに、古泉の恥ずかしい話を暴露しまくった。
「おやおや。みなさんお揃いで何を笑っているのですか?」
来たな……、恥かきやがれ。
「ぷっ……こ、古泉君。大丈夫よ、あたし達は何があっても仲間だから……あはははは!」
古泉は俺を一睨みすると、肩を竦めて口を開いた。

「そうそう、森さんからの伝言です。『昨日は楽しかったです。またゆっくりとお話しましょうね』とのことですよ」
空気が一気に凍りついた。
……野郎、全部森さんから聞いたのか。そして、俺への反撃か。
「……ちょっとキョン。あんた昨日森さんと何したのよ。てか、何で森さんと会ってるのよ!どういう関係?返答次第じゃ……死刑だからねっ!」
ちくしょう、閉鎖空間が生まれたらお前のせいとして機関の人にチクってやるからな!……という気持ちを心の中で叫び、とりあえず部室からダッシュで逃げ出した。
さらば、ハルヒ。フォーエバー。
「こらっ!逃げるな!待ちなさいっ!」
今日は何秒間逃げれるのだろうか……。


おわり
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