部活も終わり、下校時間。
俺が下りの道を歩いていると、どっかで見たような奇妙な女が道端にしゃがみ込んでいた。
「な~にやってんだ?ハルヒ。」
その奇妙な女、涼宮ハルヒはビクッと体を震わし、俺を見た。
「あ……キョン…。」
いつもの元気がない。何かあったのかと聞こうとした時、ハルヒの肩越しに、傷だらけの子犬を見つけた。
「あれ?ハルヒ、それ……?」
「あたしが来たときには既にこの状態だったわ。……かわいそうに…。」
ハルヒは目にいっぱい涙を溜めていた。不謹慎ながら、この時俺はハルヒのことが本当に好きだと気付いた。
厳しさの中に優しさを持ったこの一人の女に魅かれていたことに、な。
「ハルヒ。……行くぞ。」
俺は子犬の入ったダンボールを持ち上げ、坂の下へと歩きだした。
「ちょっ…キョン!何処に行くってのよ!?」
慌ててついて来るハルヒに俺は早足で歩きながら答えた。
「病院に決まってるだろ?急げばまだ間に合う。」
「あ、あんたお金は!!」

「今日、いろいろ買おうと思って二万は入ってる。……なんなら一人で行くからお前は来なくてもいいぞ。」
俺はそう言うとさらに歩幅を広くして、スピードを出した。
「~~~~っ!仕方ないわねっ!!」
と言ってついて来るハルヒの顔を見ると、どこか嬉しそうだった。


「大丈夫ですよ、ちょっとした外傷だけです。感染症も見当たらないし、予防接種も受けてあるようです。」
俺は安堵した。シャミセンを飼いだしたことや阪中の件から、どうやら俺には動物愛護の精神が芽生えたらしい。
……おかげで新しいi-podはお預けらしいがな。
ハルヒも安堵の表情を浮かべたあと、俺に向かって笑顔を浮かべてきた。
…そんな笑顔で見られたら顔逸らすしか無くなるだろ。
「でも、キョン。この犬どうしよっか?……あたしん家じゃ飼えないしさ。」
それが問題だ。飼い手を探すにしてもそれまで世話をしなければならない。
「そうだな。阪中辺りに頼んで……ってあれ?」
なんと都合の良い事だ。目の前にはルソーを連れた阪中が立っていた。
「お二人さん、仲良くて羨ましいのね。……わたしに何か用なの?」
ハルヒが元気よく立ち上がって阪中の肩を抱いた。

「阪中さん!!ちょうどいい所に来たわっ!……ってあれ?JJ、元気ないの?」
阪中は胸の辺りにルソーを抱いて、悲しそうな顔をしながら答えた。
「そうなのね。お医者さんが言うには、風邪をこじらせちゃったって……。涼宮さん達の犬は何なのね?」
ハルヒも少し悲しげな顔をして事情を説明した。
二人とも悲しい顔をするのはやめてくれ、俺までそんな顔になっちまう。
「そんな……ヒドい。でも……。」
「わかってるよ、阪中。お前のルソーもしっかり休ませないといけないからこの件は俺達でするよ。」
とは言ったものの、当ても、犬の世話道具すらない。やれやれ、どうしたもんかね。

しばしの沈黙の後、阪中が口を開いた。
「あ、それじゃあうちに来て欲しいのね。古くなった犬小屋とかなら貸してあげられるから。ドッグフードも少しならわけられるのね。」
ハルヒは少し遠慮がちに返事をする。……こいつに遠慮なんて言葉があったんだな。
「ほんとっ!?あ……でも、少し迷惑じゃないかな?JJも、病気なんだし……。」
阪中はニッコリと笑顔を浮かべて答えた。

「いいのね。涼宮さん達にはお世話になってるし、他に協力出来ないから、こんな事だけでもさせて欲しいの。」
その表情は、言い出したら聞かないハルヒの表情ととても似ていた。
「そうか、じゃあお言葉に甘えるよ。……阪中、ありがとうな。」
俺は礼を言った。その時何故か自然と俺は微笑んだ。
しばらく、ハルヒと阪中は俺の顔を見て驚いていたようだが、すぐに阪中の家に移動することになった。


「本当に助かる。ありがとう。」
俺は、小脇に子犬用の犬小屋と世話道具、ドッグフードを抱えて礼を言った。
「ごめんね、阪中さん。今度絶対にお礼するから。」
ハルヒも礼を言う。ただ、こいつが持っているのは医者からもらった薬と子犬だけ。
「ん~ん、いいのね。犬に優しくしてくれると嬉しいから。」
阪中は微笑んで答える。
結局、しばらくは犬は俺の家で飼うことに。シャミセンがいるが……ま、どうにかなるだろう。
その後、重い荷物を持っている俺は先に歩きだし、阪中と少し話をしていたハルヒは走って俺に追いついてきた。
「キョン、大丈夫?少し代わる?それとも休もっか?」
何やらハルヒが不気味なくらいに優しい。

「大丈夫だ。それより、子犬をしっかり見ててやれ。」
あの時のハルヒの笑顔が何回も脳裏に浮かぶ。どうやら、網膜に焼きついているらしい。
もう俺は重病患者だ。ハルヒ中毒、もしくは恋の病のな。……って何を言ってんだ。
「……ョン、……ン……キョン!!」
ハルヒが怒鳴っていた。
「あんたの家は此処でしょ!何処まで行くつもりよ!」
俺は玄関を二メートルほど過ぎていた。
何やってんだ、俺。


さてさて、何なんだろうね。この展開。
家に帰ると、理解ある親に事情を説明してしばらく犬を飼うことを承諾させ、しばらくシャミセンを妹に任せっきりにすることを頼んだ。
それからだ。
ハルヒはいつの間にかうちの親に話を付け、しばらく泊まり込むらしい。
……母よ、あなたはどんだけ理解ある親なんだ。
とりあえず、二人で犬小屋やその他の世話道具を準備して子犬を小屋に入れた。
「ふぅ、これで大体出来たな。」
「案外疲れたわね……。お疲れ、キョン。」
またもやハルヒが俺に労いの言葉。さっきから何故か優しい。

「お疲れ、ハルヒ。それより今日は何か優しいな。イメチェンか?」
ハルヒは顔を赤らめた。
「バ、バカ!そんなわけ無いじゃない!あたしは……「ハルにゃん!お風呂沸いたから一緒に入ろっ!!」
ハルヒは妹に腕を引っ張られ、風呂に連れて行かれた。………『あたしは』の続きが気になるが。

風呂上がりのハルヒは顔が上気して、色っぽかった。というより、エロい。
少し大きめの俺のシャツに短パン、ポニーテールは反則だ。
俺は自分の理性を抑えつつ、風呂に入った。
部屋に戻ると、ハルヒは俺のベッドに仰向けになっていた。
「なぁ、明日この子犬どうする?家には誰にもいないし、学校に連れてくわけにもいかないだろ?」
ハルヒはキョトンとして答えた。
「何言ってんのよ。学校には連れて行くわよ?あ、あたし明日は授業はさぼって部室にいるから。」
こいつの言いたいことは、学校に犬を連れて行って部室で面倒を見とくってことか。
「そうか。しょうがない、俺も付き合ってやるよ。」
「へ?あんた……本気?」
こいつに任せると何があるかわからんからな。
「あぁ、それで面倒見ながらポスターでも作ろう。」
ハルヒは少しニヤけた表情をしていた。

「ふ~ん、あんたにしちゃ良いアイデアじゃない。じゃあ決まりね!おやすみ!」
「あぁ、おやすみ。俺は布団を持って来るから。」
……ハルヒが俺の袖を摘む。
「あたしと一緒に寝てくれないの?ダーリン。」
「……誰がダーリンだ。それは何の真似だ。」
「…冗談よ。あんた疲れてるだろうからベッドに寝なさい。あたしが布団に寝るから。」
そう言ってハルヒはベッドを降りようとした。俺はそれを止めて、ハルヒをベッドに残らせた。
「わかったわかった。一緒に寝ようぜ、ハニー。」
「…誰がハニーよ。誰が。」
「……冗談だろ。ほら、そっちに詰めろ。枕はお前が使え。」
正直、ベッドが少し大きくて助かった。あまり近すぎると暴走するかもしれんからな。
そのまま何ごとも無く、俺達は寝た。


次の日の朝、俺とハルヒは妹のフライングボディプレスで起こされた。
俺は慣れているが、ハルヒには少々効いたようだ。
「あ~、痛いわ。あんた毎日こんなの食らってるの?」
「まぁな。おかげで体が丈夫になったよ。」
「ふ~ん……信じらんないわ。」

そんな会話をしつつ、準備をして俺達は子犬をケースに入れて学校に向かった。


「こんな感じでどうだ?」
「ん~……、まぁいいわ。お疲れ、キョン。」
4限途中までかかり、俺達はやっとポスターを作り終えた。
しかし、ただ一枚だけなのでどっかでコピーしなくてはならない。
「さすがにそれは学校が終わってからね。」
……それくらいの常識はあるらしいな。
そのまま俺達は昼休みまでダラダラとしていた。

昼休み、まずは部室に阪中が来た。どうやら授業中にメールを交換し、此処にいることを教えたらしい。
「二人とも休んでたから驚いたのね。二人も子犬も無事でよかった。」
本当に阪中には迷惑かけっ放しだ。犬の里親が見つかったら飯でも奢ってやろう。
「それで、こんな感じのポスターを貼ろうと思ってるの。」
「良いと思うのね。上手に出来てると思う。」
そんな会話をしている二人を俺は眺めていた。
すると、突然部室のドアが開いた。
少し、ほんの少しだけ驚いた表情で立ち止まる長門がいた。

長門の視線を追うと、子犬を見ているようだ。そして、次に少し歩きハルヒと阪中が見ているポスターを覗き込む。
一通り読み終わったのか、再び子犬に目を移し、近寄る。
ちなみに、この間の俺達3人は無言、無動作で長門を見ていた。
長門が手を出すと、子犬はそれをペロペロと舐め始めた。少女と子犬、とても絵になっている。
「長門、子犬が気に入ったのか?」
視線を子犬から逸らさずに答えが返ってきた。
「………わりと。」
どうやら、子犬の方も長門を気に入ったのか尻尾をパタパタと振りながら戯れついている。
「こいつ、お前が飼ってみないか?世話の仕方はちゃんと教えてやるぞ。」
長門は俺の方を向き、少し首を傾げながら聞いてきた。
「………いいの?」
俺は微笑んで頷いた。ハルヒも満面の笑顔になっていた。
「有希がもらってくれるなら安心ねっ!いつでも遊びに行けるし……うんっ!一件落着!!」
「………ありがとう。」
「よし。じゃあ、そろそろ昼休みは終わるから長門と阪中は戻ってくれ。俺達は子犬の世話をしとくから。」
二人は何やら話しながら部室を後にした。たぶん、犬の飼い方なんかを教えていたのだろう。
俺はハルヒと二人で部室に居る。特に何をするでもなく、二人で子犬と遊んでいた。
仕草がかわいくて癒されるな。
「ねぇ、キョン。」
「ん?なんだよ。」
ハルヒは少し俯いて、続けた。
「昨日さ、阪中さんの家から帰る前、あたしと阪中さんが話してたでしょ。……あれね、あんたの事よ。」
はぁ?何を言い出すんだ、こいつは。
「阪中さんね、あんたの事ちょっと好きだったんだって。でも、全然見てくれないから諦めたってさ。あんた勿体ないことしたわね。」
そう言って、ハルヒはイタズラっぽく笑った。

「それを聞いた時、あたしは安心したのと同時に、自分の気持ちに気付いたの。……あたしは、あんたが好きだった。」
沈黙。すると、ハルヒがさらに話しだした。
「それでね、子犬の里親が見つかったら告白しようって決めた。だからね、今言うわ。……キョン、大好き。」
ハルヒが真っ赤な顔をして俺を見上げている。
考えるまでもない。答えなんか、最初っから決まっているんだ。
「俺もだ、ハルヒ。」
そう言うと俺はハルヒに口付けた。
「…いきなりね、もう。」
「でも、嬉しかったろ?」
「むっ……、バカキョンのくせに…。」
「まぁ、これからも仲良くしようぜ、ハニー。」
「そうね、今まで以上に……ね。ダーリン。」
こんな古くさく、バカのような冗談を交えたやり取りで、俺達はカップルになった。

放課後、いつものように長門が一番に部室に来た。
「なぁ、長門。子犬の名前決めたか?」
否定の動作。
「俺から一つ案があるんだが聞いてくれないか?」
肯定の動作。
「“キューちゃん”ってのはどうだ?」
長門はしばらく考えた後、口を開いた。

「……ユニーク。それで良い。」
何がユニークなんだか。
「……でも、何故“キューちゃん”?」
そりゃあ、こいつが俺とハルヒのキューピッドだからだ。……などとは死んでも言えずに、俺は答えを誤魔化す。
「それはだな、俺とハルヒがこいつを見つけたのが昨日。つまり九日だから“キューちゃん”だ!!」
……3人を包む、部室の空気が凍りついた。
ハルヒと長門は顔を見合わせて、完全にハモりながらコメントした。
「……ユ、ユニーク。」

終わり

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