俺がずっと傍にいましょう
あなたが笑顔でいるために

俺が一緒に泣きましょう
あなたの畏怖を和らげるために

俺が共に歩みましょう
あなたの欠片を知るために

あなたのために、そしてなにより自分のために
共に今を歩き出しましょう

あなたと明日を迎えるために





          - 鶴屋少女の孤独 -





………
……


退院の日

再び全てが始まる日
そして全てを取り戻すために歩き出す日

明日から学校だ
だから鶴屋さんと会える時間も少なくなる

「今日は、もう行かなきゃいけません」
昨日、わずかに感情を取り戻した鶴屋さんに伝える
鶴屋さんはじっと俺の瞳を見つめる
「また、明日来ますから」
会えなくなるわけじゃない、ただ会える時間が減るだけだ
そうやって約束して、俺は部屋を出て行こうとする
後ろ髪をひかれる想い、というのはこういうことを言うのだろうか
俺は鶴屋さんを独り、置いていきたくは無かった

「待って」
扉を開く俺の背中に、鶴屋さんの声がかかる
「鶴屋、さん?」
「独りは……怖いさ」
わずかに震えている声

記憶はなくても、やはり鶴屋さんは鶴屋さんだった
ただでさえ入院生活は独りでいると不安になる
自分が何者かもわからない上に、人一倍、孤独に怯える鶴屋さんだったら……
「大丈夫です」
鶴屋さんに向き直って話す
「……」
「また、明日会いに来ます」
「……うん」
沈んだ声
その声を聞いて、俺は心が揺さぶられる
ついこの間まで弱い部分なんてないと思っていた頼れる先輩だった
だけど、今は一人ぼっちを怖がるただの少女だ

あと2・3日したら鶴屋さんも退院する
それまでの、辛抱だ
そうやって自分に言い聞かせ、感情を押し殺す
ぎゅっと眼を閉じ、唇を噛む

鶴屋さんは何も言わずに、ただ俯いた

俺は、だめな人間だ
こんな時、どんなセリフを言えばいいのかわからない

何ができるかわからない
何をしてやれるのかわからない



───ぎゅっ



だから、そっと鶴屋さんを抱きしめた

それぐらいしか、思い浮かばなかったから

鶴屋さんの滑らかな髪は触っていて心地がいい
手櫛で鶴屋さんの頭を梳きながら、静かに言葉を発する
「行ってきます、鶴屋さん」
鶴屋さんを腕から離して、顔を覗く

鶴屋さんの潤んだ瞳
昨日までは濁ってしまっていた瞳
何も写さず、ただ視覚だけがあった瞳

その中に、今は確実に俺が写っていた

「じゃ、また、明日」
最後にもう一度頭を2・3度撫でる
鶴屋さんは静かに目を閉じ、頷いた

………
……


「おかえり、キョン」
「久しぶりだな!元気だったか?」
おう、国木田、谷口、元気だったら入院なんてしないぞ
「そりゃそうだ」

翌日、俺はクラスに顔を出した
松葉杖をつきながらの登校だ
思ったよりも皆の反応は淡々としていた
まぁ、そっちのほうが俺としても助かる
今更2週間前の事故のことでとやかく言われたくないからな

「あ、キョン」

俺が席に着くと同時にハルヒが教室に入ってきた
「おう、ハルヒ」
「やっと戻ってきたわね!全く!私に心配かけるなんて生意気よ!」
眉間にしわを寄せながらも明るい口調でハルヒは捲くし立てた
本当に、心配してくれてたんだろう
「心配してくれてたのか?」
「ばか、あんたがいないとSOS団の活動に支障が出るの!」
ハルヒはそう言うとつん、とそっぽを向いた
「そんなことだろうと思ったぜ」
俺も憎まれ口を叩いて苦笑する
でも、わかってる
ありがとうな、ハルヒ

久しぶりの学校は意外と短く感じられた
普段は退屈に感じられる授業も、あの長い入院生活に比べたら楽なもんだ

しかし授業の内容が全然わからなくて参ってしまう
昼休みになるやいなや俺は国木田に授業内容を聞きに席を立つ
「ちょっと、キョン」
ハルヒが後ろから俺のエリを掴む
転んだらどうするんだ、バカ

「私がノート取って上げてるから、それを見ればいいわ」
「へ?」
思わず口を開けて呆けてしまう

「何?団員のあんたが授業についていけなくなったら他の皆が困るでしょ」
そうまくしたててハルヒは俺の腕の中にいくつかのノートを押し込んだ
「じゃ、私は学食に行くから」
言うやいなやその場を離れようとするハルヒ
「あ、ハルヒ」
「何よ?」
「ありがとうな」
「ふん、早く写しなさいよね」
ハルヒはそう言ってクラスを飛び出した

その口元がわずかに微笑んでいるのがかろうじて見えた

放課後、俺はハルヒに事情を説明して鶴屋さんのところへ行くことにした
今から言っても1~2時間話すことができるかどうかだろう
それでも、行かないわけにはいかなかった
そのことを伝える

「じゃ、私も行くわ」
「お前もか」
「何よ!私にとっても鶴屋さんは大事な友達よ!行かないわけにはいかないじゃない」
「ああ、そうだな」
正直、一人で行くのは大変そうだったから助かった

「どーせだからSOS団全員で行きましょ、世話になってるんだし」
そう言ってハルヒは団員を呼びに行った
その行動力には相変わらず驚かされる
でも、その元気はありがたいものだった

俺一人でダメでも、皆で行けば、きっと記憶は元に戻せる
一回でだめなら、何度でも
皆、それだけ鶴屋さんのことが大事だったんだ

鶴屋さん、俺だけじゃない、皆、もっと鶴屋さんのことが知りたいんです
そう一人頭の中で思う

「キョン!」
下駄箱で待っていたらハルヒが走ってきた
古泉も一緒だ

だけど、その表情はいつもの二人のものではなかった
とても、そう、とても険しい顔をしていた
「どうしたんだ?そんな顔をして」
俺は思わず尋ねる
息を切らすほどの速度で走ってきたハルヒが、息を整えないまま、俺の袖を掴む
「落ち着け、ハルヒ」
「キョン!今古泉くんから聞いたんだけど、はぁ、はぁ」
「どうした?」


「鶴屋さんが!鶴屋さんがね!」


俺は松葉杖を投げ捨て、足が痛むのも構わずに駆け出そうとした
病院へと向かう為に
「キョンくん、落ち着いて!タクシーを呼んでますから!」
古泉が俺を制止する
仕方なしに俺はハルヒに向き直る
「…鶴屋さんが、どうしたって?」
俺はハルヒの両肩に手を置いた

きっと、ものすごい顔をしていたんだろう
ハルヒは一瞬ひるんだ
そして、一瞬の静寂のあと、口を開く

「病院から、いなくなっちゃったって」

俺とハルヒと古泉を乗せたタクシーは法定速度ギリギリで疾走した
病院に到着するやいなや、俺は松葉杖を持たずに駆け出した
「キョンくん!」
朝比奈さんと長門の姿が見える
どうやら先に来ていたらしい

そのまますぐに鶴屋さんの病室へと向かう

「鶴屋さん!」

いるはずのない人物に呼びかけながら俺は病室の扉を開く
当然、返事はなかった
そこにあったのは人の抜け出した形跡のあるベッドと、あのキーホルダーしかなかった





俺は、ただその場に崩れ落ちるしかなかった


………
……


暗い空
雲に覆われた夜空

雨の音が、俺の呼吸音を消し去る
どれぐらい走ったのだろう

右足が痛い
松葉杖も持たずに、病院を飛び出た俺は、ただひたすら走り続けた
どこにも、鶴屋さんの姿は見えない

雨に濡れびしょ濡れになった服
身体が重くてたまらない

だけど、立ち止まるわけには、いかなかった

このどしゃ降りの中、今鶴屋さんは独りなはずだ
靴も履かず
病院の患者服のみで姿を消した鶴屋さん
暗がりで独り泣く姿が、脳裏に浮かぶ

耐えられなかった
これ以上、鶴屋さんを泣かせたくない

悔しかった
どうして俺はずっとそばにいてやれなかったのだろう
学校なんて、休んでずっと傍に居てあげられれば……

いや、よそう
過ぎ去ったことにいちいちくよくよしてても、意味が無いんだ
今は、鶴屋さんを探さないと

身体の熱がどんどん奪われる
もうすぐ夏だと言うのに、手がかじかんで来る

ただでさえ、病み上がりな身体だ、体力が持つはずがない
だけど、鶴屋さんは、もっと

───どこに、行ったんですか、鶴屋さん

「ぐぁっ」

右足に走った激痛で思わず転んでしまう
くそっ、何やってんだ、俺は

長門や朝比奈さん、古泉やハルヒの制止を今度こそ押し切って飛び出た
そんな自分に、嫌気が差す
そうだ、長門だったら今どこに鶴屋さんがいるかなんて、すぐにわかったはずだ
それなのに、それなのに俺は何も聞かずに……

「もう、諦めるの?」

え?
「あなたにとって彼女との約束はその程度の人なの?」
なんで
「ちょっとがっかりかなぁ……」
なんで、お前がここにいる?
「立ちなさいよ」
目の前の人物が俺を見下ろす

───朝倉、涼子

「なんで、お前がここにいるんだ」
「別に、大して意味はないわ」
「じゃあ、なんで」
「私の元々の任務は長門さんのバックアップ」
長門の?
「長門さんは涼宮さんのところにいるの、急にあなたのところに現れたら変でしょう?」
「……確かに」
「だから代わりに私が再構成して派遣されたわけ」
「だけど、お前は」
「安心して、今の私にはプロテクトがかかってるから、あなたを傷つけることはできない」
「そう、か」

俺の意識が朦朧としてきた

「過剰疲労ねぇ」
朝倉が呟くのが聞こえる
「私が運んでいってあげようか?」
「……いや、いい」
俺は朝倉の言葉に拒否の返事をする
その言葉に裏はないだろう
だけど、俺は俺自身の足で鶴屋さんの元に行かなきゃならないんだ
だから

「じゃあ、立ちなさいよ」

朝倉は表情を変える
「あなたが守ってあげるんでしょ」
「ああ」
「こんなところでくじけちゃダメ」
「ああ」
「ああ、か……」
朝倉は目を瞑って苦笑する
「朝倉?」
「彼女の居場所だけ、教えてあげるわ、それならいいでしょう?」
「……ありがとう」
「いいの、前のお詫びだから」
「そうか」
「そうよ」

「彼女は、今────

───暗い廊下を、痛む足を引きずりながら進む

静寂に包まれた中に、俺の足音だけがこだまする
廊下に俺の服に染み込んだ水が雫になって落ちる

誰もいないの夜の校舎
廊下をびしょ濡れにしながら俺は歩いていた

廊下がびしょ濡れなのは俺のせいだけじゃなかった
鶴屋さんはここにいる、確実に
薄暗くてよく見えない
だけど、廊下の床にはまるで道標のように誰かが通った痕が残っていた

雨で濡れた証の水たまり
何度も転んだのだろう、泥のかたまり

そして、ケガをしたのだろう、血の痕が残っていた

その痕を足を引きずるようにして歩く
今度こそ、あの約束を守るために

─────ガラガラ

2階の教室に入る
ここは、そう

あの日、あの時、二人で夕日を見た、あの教室
鶴屋さんの弱さを知ったあの日の、あの教室

窓からは、朝が近づきわずかに明るくなる空が見える
いつの間にか、雨は止んでいた

そして

「鶴屋さん!」

いた

教室の真ん中に
びしょ濡れの患者服一枚羽織っただけの、鶴屋さんが

裸足のままここに来たのだろう
血が出ている
細く、女の子らしい小さな足
それは血と、雨の雫と、泥で汚れていた

俺は鶴屋さんに近づいた

「───ョンくん」
「つる、やさん?」
「ごめんよ、キョンくん!」
「鶴屋さん、記憶が?」
「ごめんよぅ!ずっと、ずっと謝りたかったさ!」
鶴屋さんは俺に抱きついて大粒の涙を流した

「私、キョンくんにずっと優しくされたのに、私のせいで、キョンくんが事故にあって」
「……」
「それなのに、私が記憶をなくしてる間も、ずっと励ましてくれて」
「……」
「私、私ずっと謝りたかった!」
「……」
「でも、怖かったんさ!キョンくんの優しさが!見捨てられるのが!ごめん、ごめんよ!」
「鶴屋さん」
「嫌いに、嫌いにならないで欲しいさ!私を独りに、しないで!」

「鶴屋さん!」

気がついたら俺は、大声を出して叫んでいた
鶴屋さんは驚いて口を閉じる
「……」
「俺は、そんなに薄情な、人間じゃないですよ」
「キョン、くん」
「俺にとって、鶴屋さんは、大切な仲間の一人なんです」
「……」
「こんなことで、嫌いになんて、なりませんよ」
「でも、私、私はキョンくんに、何もしてあげられたことがなくて」
「そんなことはないです」
「あ」
鶴屋さんを抱き寄せる

そうだ、そんなわけがない
鶴屋さんのおかげで、皆笑ってられたこともある
鶴屋さんのおかげで、何度も助かったことがある
それに、何より──


───その笑顔は皆に元気をくれた


「だから、だから鶴屋さんは笑っていてください」
「キョンくん」
「どうしても、辛いとき、悲しいときがあったら、俺も、一緒に泣かせてください」
「……」
「どうしても寂しいときは、俺を一緒にいさせてください」
「……」
「だから、だから、一人で全部抱え込まないでください」
鶴屋さんは、泣き止んで、俺の顔をじっと見つめていた

「俺に、もっとたくさん、鶴屋さんの弱いところを教えてください」

「ほんとに、いいかい?」
「もちろんですよ」
「ごめん、ごめんよ」
「謝らなきゃいけないのは俺のほうです」
「え?」
「ずっと一緒にいるって、約束を守れませんでした」
「……」
「だから、ごめんなさい」
「ううん」

俺は鶴屋さんの両肩に手を置いて、鶴屋さんに向き直った

「それでも、一緒にいさせてもらえますか?」
「一緒に、いてくれるかい?」
二人が同時に想いを語る

急に視界が明るくなる
街の向こうから、太陽が顔を覗かせる
その眩しさに、俺は思わず瞳を閉じた
そして───



    ───鶴屋さんが俺の唇を奪った



「へ?」
思わず素っ頓狂な声を出してしまう

「ずっとわがままを聞いてくれたお礼、さ」
眼を開けると、鶴屋さんはそう言って笑った

それにつられて、俺も、笑った







      「やっぱり、笑顔の方が似合いますよ」







夕焼けから始まった物語
二人を紡ぐ物語

二人は泣いた
二人は笑った

互いに、互いが必要だった
そして想いは重なった

そして今また
朝焼けが新たな物語の幕開けを語った







‐ 鶴屋少女の孤独 SIDE.D. fin -



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