恐れるもの

怖れるもの

自らを蝕む自らの鎖

誰しもが持ち、誰しもが嫌うもの

そしてそれゆえに、決して逃れられないもの






           - 鶴屋少女の孤独 Side.B -





………
……


静かに繋がれる手

二人で歩く夕焼けの道
互いに何も話さない
話さなくても、わかっている
俯いたまま、いつもと違う鶴屋さん

今更ながら恥ずかしくなってきた
だけど、その手を離すことはできなかった
鶴屋さんが俯いててよかった
多分今俺の顔は真っ赤だろうから

「鶴屋さん、つきましたよ」

無情にも、時間は過ぎていった
昨日もここで別れた
もうすぐ鶴屋邸だ
俺はその事実を俯いたままの鶴屋さんに告げる

残酷だろうか?
そんなわけない
明日になったら皆と会える

だけど、鶴屋さんは手を離さずにじっと俯いたままだ
むしろ、俺が声をかけたことにより、より強く握られる
「鶴屋さん……」
再び刻まれる沈黙の時間

あんまり他の人には見られたくない光景だ
もしかしたらそこらの藪から古泉が覗いてるのかもしれない

「……鶴屋さん」
再度俺は声をかける
「キョンくん」
鶴屋さんがようやく口を開いた
「今日さ、迷惑じゃなかったら、泊まってってくれないかい?」
「へ?」
「独りは、怖いさ」
一般の男子高校生ならすがりつきたいようなシチュエーションだ
だけど、両親や使用人がいるでしょう
「父さん母さんは、当分仕事で帰ってこないんさ」
「……使用人の方は?」
「ちょっと偶然が重なって今いないんだ」
ちょっと待ってほしい
状況を整理したい
混乱してきた

確かにいち男子高生の俺にとっては願っても無いようなそうでもないような
でもなんとなく罪悪感がある気がするし
いや、まだ何かをするって決めたわけじゃないんだけども
そこんところどうなんでしょうみのさん

「……だめかい?」
混乱してだんまりを決めていた俺に鶴屋さんは不安そうな声をかける
「えっと、その」
「あの広い家に独りはつらいさ」
「………」
「それに」
それに?

「キョンくんの傍にいると、めがっさ安心、できるから」

クラッと来た
反則ですよ鶴屋さん
まるで告白を受けたようなそんな衝撃
待て待て、落ち着け俺
つまり鶴屋さんには信頼されてるということだ
その信頼を裏切っちゃいけない
俺は理性をフル動員した

「お願いだっ……」

鶴屋さんはうつむいて俺のブレザーに手をかける

鶴屋さんが再び俺の胸元に顔をうずめた
流石に理性の箍が外れる気がしたが、俺は鶴屋さんの震える肩に気がついた
その異常なまでの孤独への恐怖
何かしらの理由があるんだろう
他人には理解できないトラウマだろうか
俺はだんだん可哀想になってきた
「わかり、ました」
意を決して鶴屋さんの両肩に手を置く
「キョンくん……」

「じゃ、じゃあ、うちに泊まりませんか?」

鶴屋さんの部屋にも興味あったし
とても可愛い先輩と彼女の家で二人きりというシチュエーションも惜しくはあったが
家族に心配はかけたくないし
何より鶴屋さんを傷つけるようなことをしたくない
そう考えたゆえの言葉だった

「いいの、かい?」
鶴屋さんが震える声で聞く
「ええ、拒否する理由なんてありません」
「ごめんよぅ」
申し訳無さそうに呟く鶴屋さん
「いえ、鶴屋さんを独りきりになんてさせたくありませんから」
なんか思いかけずすごい言葉を口走った気もするが、まぁ気にしないことにする

一旦鶴屋さんの家に寄って、鶴屋さんが荷物を取ってくるのを待った
といっても歯ブラシやタオル、そして着替えといった簡単なものだった

「俺が持ちますよ」
「本当かい?ありがと」
緊張しているのか鶴屋さんも心なしかそわそわしている
箱入り娘っぽいもんな
恐らく外泊も学校の行事程度しかしたことがないんだろう
「じゃ、行きますか」
「キョンくん」

「え?」
「ふつつかものだけど、よろしくっ」
思わずふき出してしまった
そんな軽い感じに言うセリフじゃないですよ鶴屋さん
俺の笑いにつられたのか鶴屋さんもにっこり微笑む

太陽が沈みきって薄暗くなってしまった道を歩く
昨日は一人だった道を二人で歩く

空いているほうの手に握られた鶴屋さんの手
その手はとても優しく、ひんやりとしていた

………
……


「ここがキョンくんちかあっ」
「はい」
「ごめんよう?」
両手をあわせて苦笑する鶴屋さん
「今更言いっこなしですよ」
俺は笑顔で答えた

玄関で迎えた母親に事情を説明する
詳しいことを言うことはなかったが雰囲気である程度察してくれた
うちの母親はこういう時融通が聞いて助かる
なんか青少年向けの漫画にあるような勘違いとかしていない、はず
うん、はず
……あとできっちり説明しておくか

「ゆっくりしていってね」
「はい、お邪魔させてもらいます」

母親にも了承を得て俺と鶴屋さんは俺の部屋に向かった
「あ、キョンくんおかえ……あー、鶴屋さん!」

鶴屋さんの存在に気づくやいなや妹は鶴屋さんの胸に飛び込んだ
羨ましい、って何考えてんだ俺
「鶴屋さんふかふかー」
うわぁ……
「キョンくん、顔が真っ赤だよー?」
「キョンくんわりとむっつりさんだねっ」
妹と鶴屋さんは悪戯っ子の笑顔で笑う
「はいはい」
姉と妹にいびられる不幸な青少年の気持ちがわかった気がする
あれ?不幸か?
まぁどっちでもいいか

晩飯の時もお風呂の時も妹は鶴屋さんにべったりだった
ほんとに傍から見ていると姉妹にしか見えない
鶴屋さんもすごく幸せそうだった
テレビ、トランプ、雑談
時は緩やかに刻まれていく
そうやって何事もなく夜は更けていく

「ごめんよぅ、キョンくん」
「ああ、大丈夫です」
昨日まで俺の寝ていたベッドには今は鶴屋さんが座っている
俺は余りの布団を床に敷きながら答える

「明日はハルにゃん達と市内探索かぁ……」

鶴屋さんはまるで遠足を翌日に控えた妹のような口調で話す
「ふふ、楽しみだっ」
「たいしたことは別にありませんよ?」
「そうなのかい?」
「ええ、大抵はただの散歩で終わります」
俺はうんざりした口調で話す
「不思議なことなんてそう滅多に起こるものじゃないですからね」
そう滅多に起こるはずの無いことを何度か経験している俺が言っても説得力はないが、な
「それでも、休日を同年代の知り合いと過ごすのは、きっと幸せなことだよっ」
「そうですかね?」
そう言って部屋に一瞬だけ短い静寂が訪れる
鶴屋さんはふと哀しそうな顔をした
「そうだよ、

休日を友達と一緒に過ごすってのは、めがっさ幸せなことさ……」

その言葉には、切ない想いが込められていた

きっと、ずっと、鶴屋さんは独りだったんだろう
だけど、いや、だからこそ、友達を失うことを怖がっていたのかもしれない
俺には想像もできないこと
十何年もの月日で蓄積されてきた孤独というものへの畏怖

日曜日、誰もいない家
鶴屋さんが体験してきた寂しさ

強く明るく振舞うのは、皆と友達でいたいから
弱い面を見せたがらないのは、皆に嫌われるのが嫌だから

本当は、誰かに甘えたいのだろう

「鶴屋さん」

俺は再び口を開く
「なんだい?」

「俺はいつだって鶴屋さんの味方ですからね?」
夕方にも語った言葉
最初は力強く語った言葉

その言葉をもう一度
今度は、優しくもう一度
俺みたいな奴の言葉じゃ、鶴屋さんの全てを癒すことはできないだろう
それでも、たとえ意味のない言葉だったとしても
これは、俺の正直な気持ちだから

「キョンくん」
「鶴屋さんが寂しくないように」
そしてまた鶴屋さんの笑顔が見られるように

そして俺は微笑んだ
鶴屋さんも小さく微笑んだ
そうして夜はふけていく

笑顔という名の灯火だけを残して

………
……


輝く朝日の下
爽やかな朝の風を浴びて
夏が近づき、暑くなっていく季節

それでも涼しい、朝の風

「気持ちいいねっ」
「ええ」

自転車のペダルを力強く漕ぐ
去年の夏の時、ハルヒと長門を乗せた時のように
古泉と朝比奈さんを追いかけた時のように
今は鶴屋さんを乗せて走る
錆びた車輪が悲鳴をあげる

ぎゅっと俺の身体に巻きつけられた、鶴屋さんの腕
背中に感じる確かな温もり

もはや恒例となった毎週末の市内不思議パトロール
その待ち合わせ場所に急ぐ
「ごめんよー?キョンくん気持ちよさそうに寝てたからつい……」
「いえ、どっちみち鶴屋さんがいなくても遅刻してましたから」
寝坊してしまった俺は朝食を慌てて掻きこんで家を出た
鶴屋さんは早く起きていて俺を待っていてくれた
「俺こそ待たせてしまっててすみません」
「それを言うのは私にじゃなくてハルにゃん達にだ」
「そうですね」

鶴屋さんが不意に俺の背中に頬をすりつける
「キョンくん、お父さんの匂いがするさ」
俺は黙って鶴屋さんのしたいがままにさせた

二人を包む朝の陽射し
それはとても暖かく
そしてとてめ優しかった

なんとか時間には間に合ったが俺と鶴屋さんが来たときにはもう全員揃っていた
「鶴屋さん、おはよう」
「やっほい、ハルにゃん!みくるは私服もかわいいねっ」
俺には挨拶はなしか
「なんであんたと鶴屋さんが一緒に来るの?」
「えーっと……」
「ぐーぜん途中で会ったから自転車に乗せてって貰ったんだっ」
言葉のつまった俺をかばうように鶴屋さんが変わりに答える
「そうなの?鶴屋さんも案外時間にルーズなのね」
ハルヒは意外そうな口調で話す
鶴屋さんは恥ずかしそうに頭をかいた
「あっはは、ごめんよぅ、ちょっと2・3日使用人が留守しててさ」
「まぁ、いいわ、じゃ、そこの喫茶店に行きましょ」

いつも通りの喫茶店でいつも通りの会話

鶴屋さんはとても元気で昨日の憂鬱が嘘のような笑顔だった
「──でさっ!」
「えー、嘘ぉ!信じらんない!」
「だよねっだよねっ、でも本当なのさ、これが」
ハルヒや朝比奈さんも鶴屋さんとの話で盛り上がる
鶴屋さんは本当に話をするのが上手い
長門さえもがその会話に耳を傾けていた

そうやってしばらく時間を潰し、二人一組で三組に分かれるようにクジをひく

そして……
まぁ展開は言うまでもないと思うが
俺は今市内を鶴屋さんと一緒に歩いている

「これ、ありがとうねキョンくん」

鶴屋さんは笑顔でキーホルダーを眺める
とても嬉しそうだ

さっきちょっとだけ魔が差してやったUFOキャッチャーで偶然手に入れたものだ
正直自分でも取れたことに驚いている
恐らく当分の運を使い果たしてしまっただろうな
ま、鶴屋さんが幸せになるなら俺の運なんていくらでも差し出すさ

清々しいほどの快晴の下、鶴屋さんとの会話に華が咲く
肩を並べて二人で歩く道
傍から見ればカップルに見えるかもしれないがそんなこと今はどうでもよかった
この時間、この笑顔
それはとても充実したものだった
本当に、本当に幸せな時間だった

ずっと、こんな幸せが続けばいいのに、と本気で願う

        ───しかし幸せというものはいとも簡単に崩壊する───

「そういえば、鶴屋さんはいつまでうちに泊まるんですか?」
何気なく浮かんだ疑問を口に出す
「んー、あと2・3日、だめかい?」
鶴屋さんは少し申し訳なさそうに笑う

───ピリリリリ ピリリリリ

数十分の探索が終わり、もうすぐ一度集合する時間だ
突如として鳴り出した携帯がそれを告げる
「鶴屋さん、そろそろ戻りましょう」
「あいよ」

点滅し始めた信号を急いで渡る
この交差点をわたらないと集合場所にいけない

「あ」
鶴屋さんが突如歩道の途中で止まる
カチャリと音がしてキーホルダーが落ちてしまったことに気づく
鶴屋さんはそれを拾おうとしてしゃがみこむ

「鶴屋さん!危ない!」
「え?────あ」

俺は反射的に鶴屋さんを突き飛ばした───















──痛い

あまりの痛みに、感覚が鈍ってくる
頭がボーッとする

「キョ……ん!」

アスファルトの上に転がっている俺の手を握り、必死で呼びかけてくる鶴屋さん

「ごめ…よ……!私……注意……れば!」

泣き叫ぶ鶴屋さん
大粒の涙が俺の顔に落ちる
大勢の野次馬
誰かが携帯で助けを呼ぶのが見える

でも、その声は聞き取れない、ただ体中に鈍い痛みだけを感じる


──熱い


──あれ?


──なんだろ?このあかいの


──ああ、そっカ


──コれ、ぜンぶ


──おレの血カ





意識 暗転

‐ 鶴屋少女の孤独 SIDE.B. fin -



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