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        新章:trust

俺はバッと後ろを振り返った。初めて時間遡航をしたとき、TPDDを無くした朝比奈さんと一緒に、長門が時間を止めて三年間眠り続けた畳敷きのあの和室に……北高から姿を消した美代子がいるって!?

「襖を開ける前に──」

反射的に立ち上がり、襖の取っ手に手をかけて開けようとした俺に向かって、喜緑さんが投げかけてくる言葉につい動きが止まる。

「最終確認です。あなたは彼女を守ってくださいますか?」
「何から守れって言うんですか」
「あなたが、長門さんにしている守り方です」

俺が長門にしている守り方? 何度も言うが、俺は長門に何かしてやったことなんて一度もないけどな。助けられたり守られたりばかりで、逆に感謝してるくらいだ。

「俺は長門を守ったことなんて、一度もないと思いますけど」
「そうですか。それなら言い方を変えましょう。あなたが長門さんに接しているように、彼女にも接してくれますか?」

ニッコリ微笑む喜緑さんに、俺はため息を吐く。インターフェースには感情がないとか言ってたが、それもどこまで本当なのか怪しいもんだ。
喜緑さん、今ちょっと楽しそうですよ。こんな俺を見て、面白がってるでしょう?

「さぁ、どうでしょう? こんなときはこう反応するものだと、統計学的なデータから導き出した結果を実行しているだけですので」
「そういうデータがあるのなら、ここで俺が躊躇うわけがない、ってデータもありそうですね。まさか止めませんよね?」
「ええ」

それを許可と受け取って、俺は襖を開ける。いつか見たような一組の布団が敷かれてあり、こんもりと盛り上がっていた。聞き耳を立てればスースーと寝息が聞こえ、意味不明な寝言が聞こえたような聞こえないような気がする。
がっくりと力が抜けた。ついでに、ふつふつと怒りがわいてきた。月曜のアンニュイな一日に突如乱入してきて、挙げ句の果てに何も言わず勝手に姿を眩ませて長門のマンションで「はふぅ~ん、むにゅむに」とか寝言こぼしてるんだぜ? ジェントルメンな俺でも、さすがにそろそろ怒っていいと思うんだ。

「お怒りはごもっともですけど……吉村さんをここに連れてきたのはわたしです。そのことで彼女を怒らないでくださいね」

おぉ~いっ! なんだそりゃ!? 美代子を捜して校内を散々歩き回って、挙げ句の果てに狙撃までされた俺の立場はどうなるんだ? そもそもだ、連れて行くなら連れて行くと、先に言っておいてくれればいいじゃないか!

「先ほど言いましたよ? あなたが狙撃されるのは、規定事項だったと。予め伝えていれば、あなたは校内の散策をしなかったでしょう」

それは確かにその通りだ。その通りだが、それだけじゃ納得できない。それは俺が狙撃される理由であって、喜緑さんが美代子を連れて行く理由になっていない。

「朝比奈さんの誘拐未遂事件と同じ理屈です」

それはバレンタインのときの話か? 八日前から朝比奈さんが時間遡航して、新手の未来人やら敵対組織やらが現れた、あのとき。
いろいろ未来からの指示で動き回ったが、それは事のついで。一番重要だったのは、そのときの時間に存在し、ハルヒと一緒に行動していた朝比奈さんの誘拐を阻止するために、八日前の朝比奈さんをスケープゴートとして誘拐させたことだと俺は思っている。それと同じ理屈……っていうことは?

「狙われていたのは、美代子だったんですか?」
「見事な洞察力ですね。あのとき狙っていたのは、厳密に言えば吉村さんの携帯電話でした。あなたがそれを拾ったので、あなたが狙われたように思えただけです」

そんなことで誉められても素直に喜べないし、こういうときだけ勘が鋭いのも困りものだ。そんな勘が告げているんだが、そこまで知っている喜緑さんは、狙撃手の正体も知っているような気がした。

「それは……う~ん、今はまだ秘密にしておきましょう」
「何故?」
「これから先に起こる出来事の規定事項に関わるから……という理由にしておいてください。あ、禁則事項と言った方がよかったかしら?」

それは朝比奈さんの台詞ですよ。そんなことを本人を前にして言えば「台詞取っちゃダメですぅ~」とか言って泣き出しそうだからやめてください。
まったく……この様子だと、俺がどんなに詰め寄ったって口を割ることはなさそうだ。どうして俺の周りにいる女性陣は口の堅いヤツばっかりなんだろうね。

「それで、ここまでの話はこいつ自身、知っている話ですか?」
「彼女のことについて語ったことは、もちろん知っていることですね。でも……狙われていることは知ってるのかしら?」
「それは伝えておくべきですか?」
「その判断はあなたにお任せします。今後の身の振り方を含めて」

今後? ああ……そうか、今後か。
森さんから、事後処理はすべて『機関』に任せてみないかと言われていた、そのことを喜緑さんは言っているんだろう。
狙われているのが俺だったら、そしてそれを手引きしていたのが美代子だったら、諸手を挙げて森さんに連絡しようじゃないか。けれど、どうも状況が変わってきている。狙われているのは美代子であり、その犯人は(喜緑さんは知ってるようだが)正体不明だ。
それなら……俺が決めるべきことじゃないな。美代子がどうするか決めればいい。できれば俺に関わりのない選択をしてくれと祈るばかりだ。
なんか知らんがムシャクシャして、俺は寝てる美代子の頬を軽くつねった。同じインターフェースでも長門と違い、温かい。
人間、寝てると体温が上昇するもんだが、こいつもその通りってことなんだろう。

つまり、人間だ。

ここにいるのは、俺を殺そうとした対有機生命体コンタクト用ヒューマノイド・インターフェースの朝倉涼子ではなく、普通に小学校に通う妹のクラスメイトで親友の吉村美代子なんだと、何故かこのとき妙に実感した。
まいったな。俺はどうするべきなんだろうね。

「ん……」

むずがるように眉根を寄せてから、まだ寝惚けているようなトロ~ンとした目を彷徨わせ、美代子は頬をつねる俺の手を取って視線を向けてくる。

「おはよう」
「──おはよう、じゃねぇだろ」

ごくごく当たり前のような目覚めの挨拶に、俺はあれこれ考えていた罵詈雑言を次の機会まで保留しておくことにした。今のこいつには何を言っても無駄そうだしな。

「話は喜緑さんから聞いたぞ。おまえの目的もだ」
「へぇ、そうなんだ」

だからどうしたの? と言わんばかりに伸びをして、美代子は喜緑さんに目を向ける。何か裏のある見つめ方ではなく、ただそこにいることを確認するような視線を受けても、喜緑さんはにこにこしていた。

「それで、あなたはどうするの?」
「俺が逃げたところで、おまえは追いかけてきそうだな」
「追いかけるのも大変かな。せっかく掴んだ手を離すのはもったいないよね」

頬をつねっていた俺の手を握る美代子の手に、キュッと力が込められる。寝起きにしてはずいぶん溌剌とした動きで、掴んだ手を軸に立ち上がった。

「話はまとまったの?」
「まとまるもなにも、」
「快く聞き入れてくれましたよ」

待て待て、ちょっと待て。俺は何も聞き入れちゃいないぞ。そりゃまぁ、それなりの覚悟は決めたつもりだが、少なくとも『快く』ではないはずだ。

「些細なことですね」
「そうね」

ダメだこいつら。
ああ、そうさ。どうせ俺ごときが女性相手に口で勝てるとは思っちゃいないさ。それが宇宙人ともなればなおさらだ。言葉が通じねぇ。

「朝倉、おまえは自分が誰かに狙われていることを自覚してるか?」
「そうなの?」

俺がそう聞くと、美代子は初耳と言わんばかりに小首をかしげる。それで見るのが俺じゃなくて喜緑さんってところが正直な反応だ。

「知らなかったの?」
「江美里、話してないよ」
「話してないもの」
「そっか。じゃ、いいね」

どうやら二人の会話はそれでおしまいらしい。女同士の会話はよくわからんが、ホントにそれでいいのかと問いつめたくなる。狙われているのは自分だろう。その危機感のなさはいったいなんなんだ?

「あなたが何とかしてくれるんでしょう?」

知らん。てか、俺が何とかすること前提かよ。一介の一般人たる平々凡々な高校生が、狙撃してくる相手に何かできると本当に思っているとは驚きだ。
申し訳ないが、俺は窮地に陥ったときに不思議パワーに目覚めて大活躍って特殊プロフィールを持っていない。そんなものがあると思って期待してるヤツがいたら、それはそれでハッピーな人生を送れそうだな。

「俺にできることは、おまえを……ええと、もっと頼りになる大人に保護を求める際の仲介役くらいだ。それでよければいくらでも紹介してやる」
「それって古泉くんが所属してる『機関』のこと?」

知っているなら話は早い。最初から説明する手間も省けるってもんだ。

「そうだ。今日、おまえの身代わりで狙撃までされたからな。俺の身を案じて『機関』の方で事後処理を買って出てくれた。それはそれでアリだと思うね。いきなり学校で狙撃してくる相手に、俺ができることなんてマジで何もない。それに、おまえを助けるつもりもまったくない」
「狙撃ねぇ」

ふーん、と独りごち、何か考える素振りを見せる美代子は、ちらりと喜緑さんを見て、俺を見て、さらに頭の中でなにやら考えてから笑顔を見せた。

「狙撃の心配なら、もう必要なさそうね。次に犯人が手を出してくるとしたら、直接交渉になるんじゃないかな」
「どんな根拠だ、それは」
「だって、あなたはお友だちの古泉くんが所属している組織に守られているんでしょう?」
「狙われているのはおまえだぞ」
「あたしが朝倉涼子だってわかった以上、今後はあたしの周りにも現れるのかな? それならそれで、安全でいいじゃない」
「それはつまり、『機関』の保護を求めるってことだな」
「それは嫌かな」

おまえはいったい何が言いたいんだ? もうちょっと分かりやすく説明してくれ。

「わからない?」
「わかるか」
「もしこれでもう一度狙撃が行われたら、その『機関』は無能揃いってことか、もしくは狙撃をしたのが『機関』ってこと」

……おまえ、数学の問題とか苦手だろ。答えがわかっても途中の計算式がわからないタイプだな。結論だけ言えばいいってもんじゃない。要点を言え、要点を。

「涼宮さんの能力を把握している組織が、たかだか普通の人間の狙撃手を見逃すはずがないじゃない。もしこれで、もう一度あなたが狙われることがあれば……下手な自作自演ってことになるかな」

それはまた、新説だな。そして笑えない話だ。
そういえば喜緑さんや美代子には話していなかったが、狙撃された後の調査や何やらは『機関』が行い、俺を狙い撃った銃や弾丸がどんなものだったのかは、『機関』に所属する森さんが説明してくれているんだぞ。

「でも、物的証拠は何も出されてないでしょう?」

それはそうだが……けれど、そこで疑ってどうする。少なくともおまえよりは信用できるさ。

「そうね。今はそうかもね。でも……」

まるで俺をせせら笑うかのように、朝倉は声に出さずに口の端をわずかに釣り上げて笑みを浮かべた。

「友だちの友だちが味方だって、どうして思うの?」


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