読んでいた本をバンと机に叩きつけて、教室中に響き渡るような声で佐藤は叫んだ。
くたびれた本の表紙には『涼宮ハルヒの憂鬱』とある。

「俺もこんな世界に生まれたかった!」

それぞれの休み時間を過ごしていた3―Bの全生徒が「またか」という表情を作る。佐藤の演説はつづく。

「寝ているうちに長門有希が冷えないように気を使ってストールをかけてくれたり、
水だけ注文してめがっさをにょろーんとさせてみたり、
雨で二人きりという条件を満たしてハルヒと恋人モードの相合傘で帰ったり、
みくるはまぁいいや、
つまりそんなことをしたかった!」

俺は後ろの席でいまだ熱弁を続けようとする友人に声をかける。

「おい佐藤」
「なんだ山崎」
「ハルヒにかける情熱はわかったから、ちょっと黙れ。暑苦しいのとうるさい」
「おいおいどうした親友ぅ~、他人に迷惑をかけるのはSOS団なら当然のことだろぉ~」

この手のオタクに多いのが、現実と仮構を分けてくれているベルリンの壁を
ぶち壊して見事に思考の統一を果たしてしまったような輩だ。
俺は長い付き合いでこいつの横暴ぶりには慣れてしまったが、
それ以前の問題として他人に迷惑をかけるのはどうかと思うぞ。佐藤。
それに俺は、こういうことで皆の注目が集まるのがイヤなんだ。

佐藤は大口を開けて「わりぃわりぃ」と笑い、
「よしじゃあ山崎、俺たちもSOS団を作ろうぜ」
聞いちゃいない。
「今俺が言ったことを聞いていたか、周りに迷惑を、」
「かけなきゃいいんだよ。ハルヒが好きな有志を集ってSOS団支部を結成するんだ。きっとやりたいって奴いるぞ」
「おーい」
「ちょっと団員集めてくっから、お前はそこで待ってろ。まずは朝比奈みくるだな」
とんとん拍子で議論は一方的に打ち切られ、佐藤は蹴りだすようにして廊下に繰りだしていった。
そんな、マンガみたいに上手くいかねーって。

上手くいった。
選ばれたのは「巨乳」と「朝比奈ばりの珍しい苗字」という2点のキーワードを見事にクリアした
これまたすんげーデブの伊集院くんであり、佐藤に引きずられるようにして現れたときには
どう聞いてもブヒブヒとしか聞き取れない呻き声をあげていた。
「な……なんなんですか? ここ、どこですか? なんで俺連れてこられたんですか?」
しかもすげーノリノリだ。
「紹介するぜ。伊集院ヒカルくんだ」
「知ってる。ていうかウチのクラスだろ」
佐藤は腕を組んで満足気にうなずき、それをマネして満足気にうなずく伊集院くんの顔が異常にむかつく。

「けっこういるんだな……ハルヒオタ」
「そうなんだよ、こりゃ本気でやりゃ余裕で集まるぞ」
日本は本当に滅亡の未来に進んでいるんじゃないか、一抹の不安を抱かずには要られない。
佐藤は続いての議題を唱える。
「あとは長門と古泉なんだが……その前にまず俺達ふたりの配役を決めなきゃな。俺はハルヒとして山崎はキョンな」

正直言うと俺はハルヒがかなり好きである。そのハルヒのポジションに佐藤がつくのはどうも納得がいかない。
どうせなら美少女を据えてほしい、そっちの方がやる気も出るってもんだ。俺がキョン役ならなおさらだ。

「なんでお前がハルヒなんだよ。まぁ団長っていうのと強引さは似てるけど」
「ツンデレじゃん」
「どこがだ。例を挙げてみろ」
「こないだ山崎に三千円借りただろ」

思い出した。先日、佐藤がぱにぽにのDVDを買うのにどうしても金が足りないと言うから、三千円を貸してやった。

「それがなんでツンデレになるんだよ」
「別にアンタのために借りたんじゃないんだからねっ!」
「知ってるよ! それ全然ツンデレじゃないだろマジで自分のためじゃねえか! それより金返せよ」
「なんでアンタなんかに返さなくちゃなんないのよ!」
「それもツンデレじゃないから! 本気で金ないだけじゃんツンしかないじゃん。そのうえ可愛い女の子なら許せるツンの部分もお前だとムカつくの!
もっともっとスパイスの効いたツンと淡い甘酸っぱさを香わせるようなデレを使いこなせるようになってから出直してこい!」
「…………あ、あぁ(´~`;)」
「ちょっと引いてる!? なにその顔文字!? あぁ、くそー俺のほうがヒートアップしちまった……」
「山崎はツンデレが大好きだからな」

否定はできないが、このまま佐藤に言い包められるのはプライドが許さない。

「とにかく三千円を返すまでお前とは口をきかん。くだらんSOS団も参加しない」
「おいおい悪かったって、金は絶対返すからさ。機嫌なおしてくれよ山崎ちゃん」
「…………」
絶対きかない。
「ちょっとぉ~、もしもぉ~し。ねぇ~聞いてる?」
「…………」
「えっ? 俺は悪くない? このっバカ! あ~もういいよ! 知らないっバイバイ!」
「つよきすかよ!」
「わぉ!」
「うるさいよ!」
伊集院くんの「ケーアイ、エアイ」のバックコーラスが聞こえるなか、俺は一刻も早い高校生活の終わりを願うのだった。

のちのSOS団(S:世間から O:大いに避けられる S:3年B組アニオタの団)の誕生である。

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