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「やっぽー、おっじゃまするよーっ」
朗らかな声と共に部室に登場したのは我等がSOS団名誉顧問、鶴屋さんだった。
「ありゃ、キョンくんだけかいっ?」
部室に入るなり辺りをキョロキョロと見回しながら鶴屋さんは聞いてきた。
「ええ。あいにくと今は俺だけです」
「そっかー。ちょろんとおじゃましてもいいかなっ?」
「ええ、どうぞ。お茶も出せませんけど。」
「あっははっ。いいよいいよ。そだっ、あたしが入れてあげよっか?」
「え? そんな、悪いですよ。」
「いーのいーの。あたしが飲みたいだけなんだからさっ。遠慮しなさんなっ!」
そう言って鶴屋さんはいそいそと薬缶に水を注いでコンロにセットし、火を点ける。
「キョンくん、お茶っ葉はっ?」
「ああ、こっちですよ」
俺は言いながらいつも朝比奈さんがお茶っ葉を入れている棚へと近付き、戸を開けた。
「鶴屋さん、これ――」
「うん? どれどれ」
「うぉあっ!?」
驚いた。振り向いたら目の前に鶴屋さんの顔があったのだ。
「どしたの?」
鶴屋さんがいつものニコニコ顔に少しだけ不思議そうな色を混ぜて首をかしげる。
「い、いや、何でもありません。これ使ってください」
「うんっ、ありがとー。あ、湯飲みもよろしくっ」
鶴屋さんは俺に笑顔を向けて言いながらお茶っ葉を受け取ると、いそいそとコンロの前に戻った。
俺はというと、しばらく固まっていた。間近で見た鶴屋さんの笑顔は正直言って物凄い破壊力だった。

「~、~~♪」
お茶を用意するだけだというのに鶴屋さんは何だか楽しそうだ。綺麗な声でハミングなぞしていらっしゃる。
いつもホーン数が高いから気付かなかったが、この人こんな透き通った声をしてたんだな。聴いてて気持ちがいい。
「キョンくん、いつまでそんなとこにいるのっ? 用意できたよっ」
「え? ああ、はい」
どうやら俺は鶴屋さんに見とれて棚の所でずっと突っ立っていたようだ。
慌てて湯飲みを二つ取ってさっきまで座っていた席に戻ると、鶴屋さんが落ち着いた仕草でお茶を湯飲みに注いだ。
そういえばこの人っていわゆるお嬢様なんだよな。こういう心得もあるんだろうか。
「お待たせっ。さ、飲んでみてっ」
「それじゃ、いただきます…」
息を吹きかけて少しばかり冷ましたつもりになってから、湯飲みに口をつける。
舌の上を滑らかに流れ喉を通っていくちょうどいい温度のお茶。…うむ、美味い。
「どうかなっ」
鶴屋さんが実にいい笑顔で訊いてくる。こんな顔で訊かれたら「まずい」なんて言える訳がない。
そもそもお世辞じゃなく美味いのでそんなことを言うつもりもないんだが。
「うん、美味いですよ」
「へへ~、お茶を入れるのにもいろいろコツがあるんだよっ」
と言ってそのコツとやらをいつものマシンガントークで語り始めた。
温度がどうのとか入れ方がどうのとか、理解するよりも早く二の句を次ぐので、
俺はうんうんと頷いて聞いているしかなかったのだが、何と言うか、楽しそうに話す鶴屋さんを見ていると心が和む。
「…っというわけなのさっ」
と鶴屋さんは一通り話し終えると、やっと自分の湯飲みに手をかけてお茶をすすった。
その姿は失礼ながらいつもの鶴屋さんからは想像できない優雅さを持っていて、
腰の辺りまで伸びたストレートの黒髪を眺めながら、ああ本当にこの人にはお嬢様って言葉が似合ってるなと思った。

「…ねぇ」
「はいっ!?」
思わず声が裏返ってしまった。見とれてたのがバレたか?
「キョンくんはー…ハルにゃんのことどう思ってるの?」
「は?」
いきなり何を言い出すんだろう、この人は。
俺がハルヒをどう思っているかと言えば傍若無人なわがまま娘とかそんなことくらいだが。
「…黙ってりゃ可愛いとは思うんですけどね」
辺り触りのない返事をしておく。本音を言ったら鶴屋さんに怒られそうだしな。
「ふーん、そっかー…」
自分で質問してきた割には何だかそっけない返事だ。…笑顔が少し悲しげに見えたのは俺の気のせいだろうか。
「じゃあさ、みくると長門っちは?」
さて。何故鶴屋さんがこんな質問をしてくるのかは分からないが、ここもあまり下手なことは言えないな。
「朝比奈さんは…何と言うか、見てて癒されますね」
「うんっ、それは分かるねっ」
今度はさっきと違って明るい返事が返ってくる。
「長門は…放っとけないと言えばいいのかどうか」
「うーん、確かに長門っちはそんな感じだねー。って言っても話しかけてもあんまり反応してくれないんだけど、それでもやっぱり可愛いよねっ。」
そういえば鶴屋さんは長門を見つける度に妙にコンタクトを取りたがるな。
あの無表情無感動な姿はおおよそ正反対な性格の鶴屋さんにとっては興味の対象なのかもしれない。
「じゃあ…あたしは?」
……。さて、一瞬思考が止まってしまった。再起動してもう一度さっきの言葉を反芻しよう。
流れ的に普通に読めただろうに、残念ながらその時の俺には唐突な質問以外の何物でもなかった。
というか、普段からは想像もつかないしおらしい態度でそんなことを聞いてくる鶴屋さんは、正直めちゃくちゃ可愛かった。
「…可愛いと思いますよ」
「本当? 本当に? めがっさ照れるよ~」
鶴屋さんは「にへ~」という擬音が似合いそうな笑みを浮かべて自分の髪を細い指で弄ぶ。
というか、鶴屋さんは普段だって十分可愛い。
同じかしましキャラでもハルヒと比べたら、少なくとも俺はまず間違いなく鶴屋さんを選ぶね。

「へへ~、男の子にそういうこと言ってもらえるとやっぱ嬉しいなっ」
鶴屋さんの顔に笑顔の花が咲く。今まであまり意識してなかったが、これは反則的な可愛さだ。
ああ、鶴屋さんの長髪でポニーテールなんかしたらもう破壊力抜群に違いない。
そんなことを考えていたら、鶴屋さんが小さな声でこんなことを呟いたように聞こえた。
「…でもあたしは…ハルにゃんやみくるや長門っちにはなれないから…」
「え?」
俺は思わず変な声を上げて鶴屋さんの顔を見る。
「ん? どしたっ?」
…いつもの鶴屋さんだ。…俺の聞き間違いだったんだろうか。
鶴屋さんは既にぬるくなっているだろうお茶を一息に飲み干すと立ち上がって言った。
「さてっ、あたしはそろそろおいとまするねっ」
「え? もうですか?」
「うーん、本当はもうちょっといたいけど、いろいろやることもあるのっさ」
そう言って鶴屋さんは空の湯飲みに手をかけようとする。
「あ、片付けなら俺がしときますよ」
「そう? じゃ、お願いするよっ」
部室の扉に向かって長い黒髪を揺らしながら歩く鶴屋さんの後姿を何気なく見つめていると。また小さく声が聞こえる。
「…もう少し大人しくしてた方が可愛いのかな…」
…幻聴じゃない。確かに鶴屋さんの声だ。だとしたら、さっきのも…。
「キョンくんっ」
「はい?」
突然鶴屋さんが振り向いて言ったので俺は素っ頓狂な声を上げてしまう。
「みくるや長門っちに構うのもいいけど…もう少しハルにゃんにも優しくしてあげてねっ」
「え? はあ…」
「それじゃ、ばいばいっ」
それだけ言うと鶴屋さんはひらひらと手を振って去ってしまった。…その笑顔は、何処か寂しげだった。
…結局俺は、鶴屋さんの言葉とその笑顔が頭から離れず、ハルヒたちがやってくるまでただぼんやりと
ぬるくなったお茶の入った湯飲みを見つめていた…。


 終了
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