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「だから…あなたを殺して、涼宮ハルヒの出方を見る」

そう言って繰り出された朝倉のナイフを、俺はすんでの所でかわしていた。
おい、コレ何の冗談? もしあのナイフが本物なら、かすっただけで
首筋から血がぴゅーって噴き出すぞぴゅーって。
いやホント、恐いからそんな物騒なモノしまってくださいお願いします朝倉さん。

「うん、それ無理♪」

いかん、なんだか分からないがこいつは本気だ。本気と書いてマジだ。
その考えに至った時にはもう、俺は脱兎のごとく走り出し、
そして――不可思議な壁に激突していた。ええ? ウソだろ教室の扉が!

「無駄なの。この空間はあたしの情報制御下にあるんだもの。
ふふ…分かったら、死になさい」

うわ反則くせえ。なにこの日本vsブラジル戦?
正直、俺は死を覚悟せざるを得なかった。そして、恐怖に頬を引きつらせた俺とは
対照的に、晴れやかな笑顔を浮かべた朝倉は大型ナイフを片手に突進し――

――3歩目で何もない所で足をもつれさせて、派手にコケた。
おや?

「いったぁ! もう、何なのよ!」

赤くなった鼻先をこすりこすり、涙目で起き上がる朝倉涼子。そりゃ、
あれだけ全力ダッシュで前にすっ転んだらそうなるわなあ。
いやでもだからって俺を睨まないでくれよ。俺、なんにもしてないし。

「うっさいうっさい! キョン君がさくっと殺されてくれないのが悪いのよ!」

そう怒鳴り散らして、片手を俺に向かってかざす朝倉。すると、俺はたちまち
身動きが取れなくなっちまった。なんてこった、まばたきすらできねえ。

「さ、最初からこうしておけばよかった。うふふふ、ちょっと手間取っちゃったけど、
これでもう…あなたは…何の…抵抗…も…」

ん? どうしたんだ? 朝倉のセリフがだんだんスローモーに、唇の動きや動作も
コマ送りみたいになってくぞ?
と思ってる内に、彼女は完全に停止してしまった。まるで電池の切れたロボットだよ。
おーい、朝倉さーん?

「ぷはっ! い、いけない、キョン君の周りだけのつもりが、うっかり
この教室全体の時間を止めかけちゃったわ。
あ、あやうく心臓から何から機能停止しちゃうとこだった…」

と、いきなり動き出した朝倉は膝から床に崩れ落ち、四つん這いの状態で
ぜーはー大きく息を吐くじゃないか。
なんだかよく分からないが、とにかくずいぶん苦しそうだな。

「おい、大丈夫か朝倉? すごい脂汗だぞ?」
「な、何なのよそれ! あたし、あなたを殺そうとしてるのよ!? なんで
あたしの心配なんかしてんのっ!」
「ん~、じゃあ死ぬ前に、ひとつだけ質問させてくれ」
「…何よ」
「お前の本性って、もしかして………ドジっ娘?」

瞬間、朝倉はかっと顔全体を紅潮させた。う~む、この状況でそんな彼女を
カワイイと思っちまう俺って、変か?

いやしかし、という事はアレだな。最初の一撃をかわせたのも俺の反射神経が
優れていたからではなく、単に朝倉の狙いが外れまくってただけか。
いやはや、まったくお恥ずかしいことで。
苦笑いで頭をかく俺を、朝倉はなぜだか憎悪の絶頂な目で睨みまくっていた。

「よ、よくも人間の分際で情報統合思念体の一部であるこのあたしを
コケにしてくれたわね? 楽に死ねると思わないでよ!」

って、いまさら凄まれてもなあ。俺が心底困った表情で頬をぽりぽり掻いていると、
不意にドカーンと教室の天井が吹っ飛んだ。おいおい、今度は何だ?

「一つ一つのプログラムが甘い。だからわたしに気付かれる。侵入を許す」
「…有希お姉ちゃんッ!」

おー、長門か。今日は友人知人の意外な側面を発見しまくりな日だな。俺も既に
だいぶ麻痺してきたみたいで、いちいち驚く余裕もないぞはっはっは。
って、なんだ? 有希お姉ちゃん? お前ら姉妹だったのか!?

「彼女はわたしの後に造られた。私のバックアップ用の個体。血縁はないが
人間でいう姉妹関係ではある」

そういえば朝倉の奴、さっき自分の事を『情報統合思念体の一部』とか
言ってたな。って事はこないだ長門のマンションで聞かされた話は大マジで、
この不思議時空も宇宙パワーの成せる業かよ? うへえ。

「邪魔しないでよお姉ちゃん! キョン君を殺せば、涼宮ハルヒは
確実に動くのよ? 分かるでしょ!」
「あなたはあくまでわたしのバックアップ。わたしに従うべき」
「また、そうやって頭ごなしにッ…」

いつもの如く鉄面皮な長門に対して、情感豊かに反論する朝倉。宇宙の
なんとか端末も人生いろいろなんだな。というか…。
今、朝倉の目に切なそうな寂しそうな色が見えたように思えたのは、
俺の気のせいか?

「ふ、ふふ、そうよね。言って分かってくれる人なら、最初から
強行手段を取る必要なんかないんだもの…。
有希お姉ちゃん! 今日こそ決着を付けさせて貰うわ!」
「どうしてもと言うのなら…情報結合を解除する」
「やれるかしら? この教室は私の情報制御空間。私の方が有利よ!」

言うなり、朝倉は手近な机を引っ掴んで、ひょいと持ち上げた。たちまち、
それは巨大な槍のように変化する。おいおい、そんなの刺さったら
痛いじゃ済まされないだろうが。
さすがに圧迫感に押されて後ずさる俺。そんな俺をかばうように、
長門が緊迫した表情で――パッと見にはいつも通りの表情なんだが――
間に割って入ってくる。
そんな俺達を朝倉は冷酷な瞳で見つめ、一言だけ言い放った。

「死になさい!」

ぶん、と巨大な獲物が唸りを上げる。狙いは俺か。そして、次の瞬間。





えーとほら、長門が入ってきた時に幾つも破片が散らばっただろ?
手にした槍を投げようと一歩踏み込んだ際、その内の一つに足を乗せてしまった
朝倉はバランスを崩して、えらい勢いで後方にひっくり返っていた。

「きゃあっ!?」

そりゃもう、一瞬スカートの中身が見えちまった程さ。うん、白か。白だな。

ごちん!という鈍い炸裂音。でもって朝倉は、両手で後頭部を押さえながら
無言でごろごろ教室の床を転げ回っていた。
分かる、分かるぞ。本当に痛い時ってのは言葉も出ないもんだ。なんだか
見てるこっちの方が苦しくなってくるぜ。しかしこいつ、本当に天然なんだなあ。

などと俺が思っていると、今度は長門が、こちらも無言のまま前に歩きだして、
朝倉の眼前に仁王立ちに立ちはだかる。
一瞬、朝倉の顔に怯えの表情が浮かんだ、ような気がした。

「パーソナルネーム朝倉涼子を敵性と判定。当該対象の有機情報連結を解除する」
「う…くっ…」

奥歯をぎりりと噛み締める。が、それはほんの僅かのこと。
次の瞬間にはもう、朝倉は、晴れやかとさえ言える笑顔を浮かべていた。

「あーあ、残念。しょせんわたしはバックアップだったかあ…。
わたしの負け。良かったねキョン君、延命できて」

そう言う朝倉の身体が、端から次第に光の粒子になって散っていく。おい、長門?
有機なんとかの解除って、お前まさか?

「じゃあね、キョン君。涼宮さんとお幸せ…に…?」

なんでだろうな。正直、あの時は深く物事を考えてなかったんだが。
まあとにかく、俺は長門と朝倉の間に、朝倉をかばうように両腕を広げて
割り込んでいたのさ。

「その辺にしといてやろうぜ。なあ、長門」

瞬間、長門が眉をひそめた。ように思えた。
そりゃそうだよなあ。守りにきた対象=俺が、攻撃してきた敵=朝倉を
かばったりしたら、おかしいを通り越して不快に感じるか普通は。

「なぜ? あなたには朝倉涼子を保護する理由がない」
「そうだな。自分でもなんでこんな事してんだって思うよ。でもな…」

ちら、と後ろを振り返ると、朝倉はあり得ないといった表情で
俺の顔を見上げていた。

「朝倉はお前の妹分なんだろ? 姉妹ゲンカで相手を消しちまうってのは、
そりゃちょっと乱暴すぎじゃないか?」
「それは――」
「ちょ、ちょっと! なに勝手なこと言っちゃってんの!?」

長門のセリフを遮り、憤慨の声を上げたのは、当の朝倉だった。

「私はね、私の都合であなたを殺そうとしたのよ! その私をどうして
かばおうとするの! 憐れみのつもり? 偽善者ぶっちゃって!」
「憐れみって言うかな、うーん、なんとなくこう見てらんないんだよ。
ほら、俺にも妹いるからさあ」

俺の一言に、朝倉はぎくりとしたように凍りついた。

「確信はないんだけどな。でもまあ、おおよそ察しはつくっていうか」
「…やめて」
「朝倉、お前は別に俺が憎くて殺そうとしたわけじゃないんだろ? ただ単に
手段として、俺を殺すのが一番手っ取り早かっただけで」
「やめてってば…」
「知らない内にお前に迷惑かけてたんなら謝るけどさ。けど本当の所、お前は」
「やめてって言ってるでしょ!」

光の粒になりかけの朝倉に、抑止力はない。だから俺は、おもいっきり意地悪に
核心に触れてやった。

「長門と、情報統合思念体とやらに、見せつけられる成果を上げたかっただけだろ。
そうしたらきっと、自分の事をものすごく気にかけて貰えるもんな?」

俺の指摘に、長門がちらりと朝倉の方を見やる。手足の先は既に消失して、
ほとんど胸像状態の朝倉は、その視線から目を逸らす事もできない。
するとそんな朝倉の両の瞳から、不意に大粒の涙がぽろぽろこぼれ落ち始めた。

「どうして…どうしてそんな事、有希お姉ちゃんの前で言うのよ!?
バカ! キョン君のバカぁ!
今度は…ぐすっ、絶対ホントに殺してやるんだから…お、覚えてなさい!」

やれやれ、まるっきりいたずらのバレた子供だな。
しかし、ちょっとイジメすぎちまったか。俺は朝倉に気付かれないように、
長門にこっそり目配せしてやった。朝倉が一体何を求めていたのか、
今はもうお前にも分かってんだろ、長門?

はたして、長門は膝を畳んで朝倉と同じ目線に立つと、抑揚のない声でこう言った。

「あなたは、とても優秀」
「え…?」
「わたしという個体も、あなたを喪失することを残念に思っている。もしあなたに、
今後の活動方針について協議の余地があるのなら――」

何事か、まるで聞き取れない呪文みたいな言葉を長門がささやく。すると、
光の粒になりかけてたはずの朝倉が、あっさり元の姿に戻っていった。
ついでに荒れ果てた教室の中身も。でたらめだなあ、もう。

「――また、一緒にカレーを」
「うわあああん!」

またまた長門の言葉を遮って、朝倉は長門の胸の中に飛び込んでいた。

「バカ! バカ! キョン君も有希お姉ちゃんも、なんで、そんなに…。
嫌い嫌い、二人とも大っ嫌い!」

あとはもう、嗚咽で言葉にならない。仕方がないなあと俺と長門は顔を見合わせ、
苦笑する他なかった。…いや、長門は無表情なままだな。

「あなたには、感謝している」
「うん? なんだよ長門、いきなり」
「“妹”を、失わずに済んだ」

真顔でそう言う長門に、俺は思いっきり大げさに肩をすくめてやったね。

「俺は自分で自分を守ろうとしただけさ。朝倉の後任に、もっとヤバい奴が
来たりしたら困るだろ?
それなら美人の分だけ、朝倉の改心に期待した方がお得ってもんさ」

見事に似合わないキザったらしいセリフの後も、長門はじーっと
俺の顔を見続けていた。ん? いまこいつ笑ったか? いや、気のせいだな。
まあしかし、この宝石のように貴重な穏やかな空気は、いきなり大きく開かれた
教室の扉の音によって、見事にぶち壊されちまうんだけどな。

「WAWAWA わ~すれ~もの~♪ 忘れ…うおっ!?」
「谷口?」
「す、すまん! ごゆっくり!」

アホの谷口は、俺の話も聞かずツチノコみたいに去っていった。何なんだあいつは。
この状況を一体どう理解したんだか。
…俺が朝倉を泣かせるようなマネをして、それを長門がなぐさめてる。う~む、
微妙に合っているな。つか俺、ひどい悪者?

「仕方がないわね。彼の事はあたしに任せて」

気が付くと、朝倉涼子が本当の意味で復活していた。

「情報操作は得意だもの。有希お姉ちゃんと違って、ソフトな情報操作が、ね♪」

そう言って、ぱちりと蠱惑的にウインクしてみせる。ああ、確かにそれはそうだな。
どう考えても長門にクラス委員長は務まらないだろう。
と、朝倉の発言を挑戦と受け取ったのか、長門がぽそりと呟いた。

「あなたは、戦闘系情報操作をもう少し学ぶべき。あれでは話にならない」
「はい? またそうやってお姉さん風吹かすつもり?」

見えない火花を散らす女と女。やめてくれよ、もう。お前ら二人がケンカすると、
俺なんか百万人くらい余裕で死ねるんだぞ?

「な、なあ朝倉。もし気が向いたら、お前もSOS団に…いやハルヒに
こき使われる事になるかもしれないが、そうすれば毎日、長門と」
「ううん、それはやめとく」

なんとか場を和ませようと慌てふためいた俺の発言を、しかし最後まで言わせず、
朝倉はきっぱりはっきり言い切った。

「私の役目はやっぱり、長門有希のバックアップだもの。長門有希と同じ現場に
居合わせて、同じトラブルに巻き込まれるわけにはいかない、でしょ?」

言い含めるような口調で、ちょんと人差し指の先で俺の唇を塞ぐ。やれやれ、
今まで通りの委員長然とした態度、そして極上の笑顔だ。
ドジっ娘涼子ちゃんもそれはそれで可愛かったけれども、やっぱり俺は見慣れた
こっちの朝倉の方が落ち着くね。
そうして安堵の息を吐いた俺はふと、斜め後方からの視線を感じた。

「長門、なんとなくだがお前、不機嫌そうな顔してないか?」
「…していない」

ふい、と目線を逸らせてしまう長門。そんな長門と俺のやり取りを、なぜだか
朝倉はくつくつと、楽しそうに笑いながら見ていたのだった。


不機嫌な朝倉たん  もしかしたらHAPPY END
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