ストーブを持って部室へ帰ると、そこには誰もおらず、机の上にメモと鍵が残されているだけだった。

どうやら先に帰るから部室に鍵掛けてくれってことらしい…随分薄情な団長だな、おい。誰か一人くらい残って待っててくれてもいいじゃないか。まぁ雨足も強くなってきて、さっさと帰りたい気持ちはわからんでもないが。

と考えつつ、俺は下駄箱で靴を履き替え、外を見ていた。しまった!傘がない…。
雨が止むまで待とうにも、いっこうに止む気配がない。むしろ激しくなってきている。

「参ったな……これじゃあ帰るに帰れないぜ…」

しかしずっと立ち往生しているわけにもいかないので、濡れるのを覚悟して学校を出ようとすると

「おやっ?そこにいるのはキョン君じゃないかい?」


振り返るとそこには、鶴屋さんがいた

『鶴屋さん?どうしてここに?』

鶴屋さん「ぐ~ぜんさ~。ところでキョン君、どうやら傘がないみたいだねっ。よかったらあたしの傘に入ってくかい?」
『いいんですか?でも、鶴屋さんまで濡れてしまいますよ?』

鶴屋さん「いいっていいって。そんなの全然気にしなくていいよっ。みくるがいつもお世話になってるし、そのお礼さっ!」

どちらかというと俺がお世話になってるほうだが…。

『それじゃあ、お言葉に甘えさせて頂きます』

鶴屋さん「おっけー。ささっ、入って入って~」
もし朝比奈さんなら、顔を真っ赤にして終始もじもじしていただろうが、鶴屋さんは全くそんなことはなく、
いつものハルヒに勝るとも劣らないハイテンション振りを発揮していた。
これはこれで結構な魅力があった。

鶴屋さん「そういえばこれって相合い傘だよねっ!あっはっはっはっ!まるでカップルみたいさっ。
もしかしてキョン君は、ハルにゃんやみくるのほうがよかったかなっ?」

『いえいえ、そんなことありませんよ。鶴屋さんでもOKです』

そう言うと鶴屋さんは、目を少し細めてにやりと笑いながら

鶴屋さん「おや~?つまり誰でもいいってことかな~?キョン君も見掛けによらず獣だったんだね。みくるやハルにゃんが可愛そう~」

『えっ!あっ、いや…そういう意味じゃなくて…!』

俺の反応に鶴屋さんは満足したのか、いつもの笑顔に戻り

鶴屋さん「あははははははは!冗談さ、じょ~だん。キョン君もなかなかかわいいところあるね~」

笑いながら本気だったりするからな、この人は…。まぁハルヒと違って、きちんとした常識を持ってる人だというのが救いだ。

そうこうしてるうちにあの映画撮影のときに訪れた、鶴屋家の大邸宅にたどり着いた。

鶴屋さん「それじゃあね、キョン君!その傘は持って帰っちゃっていいよっ!そのうち気が向いたら返してくれればいいさ。んじゃ、また明日ね~」

最初から最後までハイテンションな人だったな。鶴屋さんの傘のおかげでずいぶん助かった。傘は明日、ちゃんと返そう。

次の日の放課後、鶴屋さんに借りた傘を返しに行こうとしたのだが、強制的に部活に参加させられたため、返すことができなかった。しかたない、帰りに鶴屋さんの家に寄るか。
部活が終わって俺は、すぐに鶴屋家へ向かった。少々時間が遅くなってしまったが。

俺がインターホンを鳴らすと、少し間を置いてから鶴屋さんの声が聞こえた。

鶴屋さん「はいはぃ、おや?誰かと思えばキョン君じゃないか、どうしたんだい?」

『昨日お借りした傘を返しにきました、遅れてすみません』

鶴屋さん「あっ、わざわざありがとうのご苦労様だねキョン君!疲れたっしょ?上がってお茶でもどう?」

俺は再びお言葉に甘えることにした。

『それじゃあ、お邪魔してもよろしいですか?』
鶴屋さん「りょうかいぃぃ!んじゃあ、ちょろっと待っててね!すぐ行くからさっ」

文化祭の「ちょろっと」とは違って、鶴屋さんは5分程でやってきた。

鶴屋さん「やあやあまた会ったね、キョン君!あっつ~いお茶用意してるから、存分にあったまっていくにょろ!
それともお風呂に入ってくかい?さっきあたしが入ったばっかだから、冷めてないはずだよ!うん、それがいいね!」

鶴屋さんは俺の意見など聞かずに話を進めだした…こういうところはハルヒそっくりだな。
そして俺はそのまま鶴屋さんに流され、鶴屋家の風呂を借りることになった。

鶴屋さん「服はささっと洗濯して、ぱぱっと乾燥させとくねっ。キョン君が帰るまでには乾いとくようにしとくよ!
服の代わりに浴衣用意しといたから、それ着てて!通気性抜群で寒いだろうけど、部屋はちゃんと暖房ガンガン効かしてるから安心していいよっ。んじゃあごゆっくりぃ」

そう言うと鶴屋さんは手を振って部屋に戻って行った。着物姿は普段着なんだろうか、よく似合っている。

しばらくして風呂から上がり、浴衣に着替えて部屋に向かうと、鶴屋さんがお茶を入れて待ってくれていた。

鶴屋さん「おかえり!あったまったかな?」

ええ温まりましたよ、風呂の温度もいい感じでしたし、何せあなたの残り湯……いや、それは置いておこう。

鶴屋さん「ふぅ~~ん、へぇ~~~」

鶴屋さんはいつぞやの草野球のときみたいに、俺を上から下まで見つめて言った。

鶴屋さん「うん!めがっさ似合ってるね!!あたしの狙い通りさっ!」

『そうですか?ハルヒには似合わないだろうから、着るなって言われましたがね』

鶴屋さん「そんなことないっさ~。似合ってるよ、キョン君!ささっ、お茶飲んで飲んで!」

鶴屋さんの入れたお茶は、朝比奈さんの入れるお茶よりもはるかにおいしく感じた。
朝比奈さんのお茶め充分上手いのだが、こちらはプロの味といったところか…鶴屋さんがプロかどうかはわからないが。

鶴屋さん「どうだいお茶の味は?みくるの入れるお茶のほうが、キョン君はよかったかな?」

『いえ、とてもおいしいですよ。それに鶴屋さんの着物姿もよくお似合いです』

鶴屋さん「そ、そそうかい?そう言われると入れた甲斐があったよ。キョン君もなかなかいいこと言うんだねっ」

鶴屋さんは照れているんだろうか、珍しくはにかんだ表情を見せ、顔をほんのり赤くしていた。

それから俺と鶴屋さんは朝比奈さんの映画のこと、焼そば喫茶のこと、ハルヒと長門がステージで歌ったことやこれまでのSOS団について語り合っていた。

すると突然、部屋の電話が鳴った。鶴屋さんは電話を取り、チラッと俺の顔を見た。
話によると服が乾いてアイロンもかけてくれたらしい。感動的なサービス精神である。

『じゃあそろそろ、俺も帰ります。服も乾いたようなんで』

鶴屋さん「そうだね、あんまり遅くなるとお家の人が心配しちゃうもんねっ。残念だけど仕方ないか」

帰り際、鶴屋家の立派な門をくぐったときのことだった。鶴屋さんは真面目な顔になり、朝比奈さん並の可細い声で言った。

鶴屋さん「キョンくん………」

『はい、何でしょうか?』

鶴屋さん「あのさ…もしよかったら……明日も…」

『すみません、最後の部分が聞き取れなかったんですが?』

鶴屋さん「えっ!?あっ、いいのいいの!気にしないで!それじゃ、また明日ねキョン君!!気を付けて帰るんだよっ!」
そう言って鶴屋さんはいつもの調子に戻った。さっき何て言ったんだろうな…?

鶴屋さん「キョン君……できればもう少しお話したかったよ…でも仕方ないよね。また今度……来てね」

そうだ!朝、偶然を装って待ち伏せでもしちゃおっかな?帰りはタイミングずれちゃうし、一緒にお話できるのは朝くらいしかないもんね。


キョン君の迷惑じゃなければいいけど…

次の日の朝、俺がいつもの時間に登校していると、鶴屋さんに出会った。
鶴屋さん「やぁキョン君っ!おっはよーー!こんなとこで会うなんて奇遇だねっ!」

『つ、鶴屋さんっ!?おはようございます!』

意外な人物の登場に、朝っぱらから俺は動揺してしまった。おかげで寝惚け眼だった俺の目は、完全に覚めていた。

鶴屋さん「おっ?キョン君、朝から元気一杯だね!元気なのはイイことだよっ!」

『はは、鶴屋さん程じゃありませんよ』

鶴屋さん「あたしだっていつもは、今よりもちょろっとテンション低めだよ。でも今日は特別なのさっ」

『何かいいことでもあったんですか?』

鶴屋さん「あったよ!だって…」

鶴屋さんは昨日のように途中で言いかけてやめ、少し考え込むような素振りをしていた。

『鶴屋さん?』

鶴屋さん「ん?あっ、早く行かないと遅刻したゃうよっ。ほらぁ~、ダッシュダッシュ!」

『えっ、ああ、はい!』

俺と鶴屋さんは学校まで走った。意外と速いんだな、鶴屋さん。

鶴屋さん『だって…朝からキミの顔が見れたんだから、嬉しいよ。たまにはこうやってキミと一緒に学校へ行きたいな…』

昨日といい今日といい、鶴屋さんの様子が少しおかしい。言いたいことははっきり言うタイプの人の筈なのに、
二度も言いかけてやめるなんて…う~む、考えても全くわからん。
自分で言うのも何だが、俺には非難されるべき点が見当たらない。これだけは断言できる。じゃあ何なんだ……わからん………。

その後も鶴屋さんは、ちょくちょく休み時間に俺のクラスを訪れ、俺たちは他愛のない会話を楽しんだ。

彼女の第一声は決まって
鶴屋さん「やっほー!キョンく~ん!」に始まり、
鶴屋さん「んじゃ、まぁた後でねぇ~」で終わっていた。

そんな様子を見ていたハルヒが、極一般的な疑問を投げ掛けてきた。

ハルヒ「ねぇ、あんたと鶴屋さん…付き合ってるの?」

まぁ、そう思うのも当然だよな。俺がお前なら、同じ質問をするだろう。
『いいや、付き合っちゃいないよ』

ハルヒ「ふぅ~ん、ホントかしらねぇ?まっ、鶴屋さんならいいわよ。みくるちゃんや有希に手を出したらただじゃおかないけどね。
鶴屋さんは我がSOS団の名誉顧問だし、あの人ならあんたを任せられるわ」

『どういう意味だよ、そりゃ』

ハルヒ「そのまんまの意味よ。さっ、部室行くわよ」

鶴屋さんと朝一緒に登校したり、休み時間に会話したりするのが日常になっていたある日のこと。
いつかの雨の日のように、俺は再び下駄箱で鶴屋さんと出会った。
しかし、今回は以前のような偶然と言えるものではなかった。

『鶴屋さん?前にも下駄箱で会いましたね、あのときは雨が降ってましたけど』

鶴屋さん「うん。あんときはたまたまだったけど、今日はキョン君のこと待ってたんだ」

『俺を待っていた?お気持ちは非常に嬉しいんですが…一体どうしてです?』

鶴屋さん「どうしてって……その……キョン君と一緒に帰りたいなぁ~って……思ったからだよ…」

このときの鶴屋さんの顔は、おそらく一生忘れないだろう。
目を泳がせながらほんのり頬を染め、はにかんで見せたその笑顔は…まさに「女の子」だった。
いや、たしかに鶴屋さんは女の子なのだが…いつもハイテンションであっけらかんとしているせいで、
ハルヒと同じような感じで俺は彼女を見ていたのだ。
若干の動揺はしたものの、俺は鶴屋さんのまたとない誘いに即答した。

『いいですよ、俺なんかでよければ』

すると鶴屋さんは満面の笑みを浮かべ

鶴屋さん「ホントかい!?いやぁ~よかったよかった。めがっさドキドキしちゃったよ~。よーし、そうと決まれば早速行くよ!キョン君!!」

今日の鶴屋さんの笑顔は、いつもとは違って見えた。具体的にどこがと聞かれてもわからん。ただ、なんとなくそう見えたんだ。

鶴屋さん「ってことがあってさ、今思い出すだけでも笑いが止まんないね!あっははははははは!」

鶴屋さんは本当に楽しそうに笑う人だ、この人の屈託のない笑顔には何度か救われてきたものだ。そんな鶴屋さんの笑顔をじっと見ていると

鶴屋さん「なにかなぁ~?さっきからじ~っと見つめて?」

『い、いや、別に深い意味は…』

鶴屋さん「えっへへ。ねぇ、キョン君?ちょっとお願いしてもいいかなっ?イヤなら断ってくれても全然オッケーだからさっ!」

『何ですか?大抵のことならOKしますよ?』

鶴屋さん「え~っとね…その~……手…繋いでもいい…かな?」

いつもSOS団で無茶な要求に応じてる俺からすると、このような申し出は文字通りお安い御用だった。

『構いませんよ、どうぞ』

そう言って俺は鶴屋さんに手を差しのべた。

鶴屋さん「へへっ!サンキュ、キョン君!!」

鶴屋さんは恥ずかしそうに微笑み、家につくまで俺の手をぎゅっと握り締めていた。指も少し絡めていた気がするな…。

鶴屋さん「今日はあたしのわがままに付き合ってくれてあんがとっ!もうお腹いっぱいさっ!んじゃね、ばいばいっ!」

鶴屋さんは門で大きく手を振り、それにつられて俺も大きく手を振っていた。

少し歩くと、鶴屋さんが走って近付いてきて

鶴屋さん「あのさキョン君、よかったらまた一緒に帰っちゃったりしてもらってもいいかなっ?たまにでいいんだっ、たまにで」

この笑顔が魅力な方の誘いを断る人間がどこの世界にいるだろうか、もしいたら来い。全力でぶん殴ってやる。

『もちろん構いませんよ。鶴屋さんの都合がいい日ならいつでも』

鶴屋さん「ホントっ!?ありがとよっ、キョン君!やっぱりキミはあたしが見込んだ通りの、いい男だ!!あっ、もう帰るとこだったね。じゃねっ、また会おうキョン君っ」



それからしばらくしてわかったことだが、鶴屋さんにとって都合のいい日とは「毎日」だったらしく、俺は毎日鶴屋さんと一緒に帰るようになっていた。

手を繋いでいたのは、言うまでもない

ある日の放課後のこと、まれにあるハルヒの気まぐれで今日は珍しく部活は休みだった。

『さて…どうしたもんかね……ん?』

ふと中庭に目をやると、鶴屋さんがベンチに座っている姿を見掛けた。

『鶴屋さん…何してんだ?………行ってみるか』
中庭へ下りてみると、鶴屋さんは夕陽を見つめて何か考え事をしているようで、俺が近付いても無反応だった。

『鶴屋さん?何やってんですか、こんな時間にこんな所で?』

鶴屋さん「ひゃあっ!キョン君っ!いつのまに!?」

鶴屋さんは俺が話し掛けてやっと気付き、そしていつもの調子に戻った。
『何かあったんですか?考え事してるように見えましたけど…』

鶴屋さん「そんな大したことじゃないよっ!心配ご無用さ」

いや、そうは見えねぇ。あれは確実に何かあった顔だ。

『鶴屋さんらしくありませんね。隠し事なんて、俺にはわかりますよ』

鶴屋さん「キョン君…そっか、キミにはお見通しか…」

『よかったら話してくれませんか?』

鶴屋さん「あのさ~、キョン君?ちょろっとお願いしてもいいかな?イヤだったら断ってくれて全然オッケーだからさっ」
いつもはっきり物事を言う鶴屋さんが、もじもじして言いにくそうにする姿はかなり珍しかった。
『何ですか?いつもSOS団で無理難題なことに応じてるんで、大抵のことならオッケーしますよ』
鶴屋さん「ホントっ!?じゃあ~言っちゃうけど、今日…あたしと一緒に帰っちゃったりしてくんないかな?」

『構いませんけど、俺でいいんですか?朝比奈さんじゃなくて?』

鶴屋さん「いいのいいの!キョン君と帰りたいしさっ!んじゃ、校門前で待ってるねっ!バイバイ!!」


そう言うと鶴屋さんは大きく手を振って去っていった

放課後、校門前にいくと約束通り鶴屋さんが待ってくれていた。

鶴屋さん「おっす!キョン君っ!」

『すいません、待ちましたか?』

ベタベタな言葉だが、言わないわけにはいかないだろう。

鶴屋さん「んなことないっさ~。そんじゃっ、行こっか!」

鶴屋さんは普段通りのハイテンション振りを発揮し、笑い声が途切れることはなかった。しかし、急に黙りこんだかと思うと

鶴屋さん「ねぇねぇキョン君?その~………手…繋ぎたいな…」

正直に言おう、そのときの鶴屋さんはもんのすごく可愛かった。そして俺は黙って鶴屋さんの手を握った。

鶴屋さん「あ……うん……あんがと………へへっ///」

鶴屋さんも俺の手を握り締め、やや指を絡めてくれていた。
そのはにかんだ笑顔を見ていると、抱き締めたくなるのは俺だけではないだろう。

しばらく沈黙が流れていたが、不思議と居心地はよかった。何気無く鶴屋さんの横顔を見ると、彼女も俺を見ていたのだろう…二人の視線が交差した。

鶴屋さん「あっ……」

小さく呟くとすぐに前を向いてしまったが、俺が構わず見続けていると

鶴屋さん「もうっ……そんなに見られると…何か恥ずかしいよ……」

いつも笑顔が魅力的な鶴屋先輩…彼女のこんな姿を見たのは初めてだったので、俺はこの人を一人の「女」として意識していた。
それは朝比奈さんへ抱く気持ちとは全く異なるものだった……気付くのはもう少し後のことだが…

すると鶴屋さんは、無言で見つめる俺の視線に耐えきれなくなったのか、少し怒った顔をして言った。そう、まるでハルヒのように…

鶴屋さん「こらっ!キョンっ!いつまでじ~っと見てんの!?いい加減にしないと…え~っと…し、死刑だよっ!」

望むところですっ!!…と言いたくなったがやめといた。

『ははっ、ハルヒの口調にそっくりですね。最後が少し違ってましたが』

鶴屋さん「えっ?そうだったかな~?結構イイ線いってると思ってたんだけどねっ。やっぱ難しいや、あっはっはっはっ!!!」

気付けばもう鶴屋家は目の前だった。
できればここで遠回りしたいと思っていたが、そういうわけにも行くまい。握っていた手を仕方なしに離そうとすると

鶴屋さん「待って!!」
離れようとする手を鶴屋さんはギュッと握り締めて言った。その顔はいつになく真剣だ。

『ど、どうしたんです?急に改まって…』

鶴屋さん「ちょっとだけ…ほんのちょっとだけ、付き合ってもらっても…いい?」

願ってもいない申し出である。俺の答えは当然イエスだった。

『はい、俺でよければ喜んで』

鶴屋さん「じゃあ、あたしについてきてっ!」

鶴屋さん「あたしね、一度でいいから男の子と一緒に帰ったり、寄り道したりしたかったんだ」

『意外ですね、そういう経験なかったんですか?』

鶴屋さんは長門並に小さく頷いた。気付けるのは俺くらいだろう、たぶん。

鶴屋さん「あっ、ジュース買ってくんねっ!何がいい?ウーロン茶?麦茶?それとも渋い緑茶がいいかなっ?」

ジュースといいつつ選択肢が全てお茶になってますよ、鶴屋さん。まぁらしいといえばらしいですが。

『そうですね、じゃあウーロン茶をお願いします。あっ、いくらですか』
俺が財布を出そうとすると、彼女はそれを遮るように

鶴屋さん「いいっていいって!あたしが連れて来たんだし、ここは奢ったげるよっ!ウーロン茶だね、ちょろっと待ってて!」

文化祭のときの「ちょろっと」とは違って、鶴屋さんはダッシュで自販機へ向かい、ダッシュで帰ってきた。
息が全く乱れていないな、この人…。

鶴屋さん「あいよっ、お待たせキョン君!冷えたウーロン茶だよ!」

冷えたウーロン茶?温かいじゃなくて?

鶴屋さん「ごめんよ~、温かいウーロン茶をちゃんと選んだのに、冷たいのが出てきちゃったのさ。あたしのと交換しよっか?」

自販機この野郎、何ボケてやがる!…と、一時は憤慨した俺だが、これが実は神様からの一足早いお年玉だったということに気付く。
俺と鶴屋さんはベンチに座り、お茶をずず~っとすすっていた。しばらくそうしていると鶴屋さんが

鶴屋さん「キョン君、これ飲みなよっ!あったか~い緑茶だよ、あたしもウーロン茶飲みたいしさっ」

『えっ?でもこれ、冷たいですよ?』

鶴屋さん「いやぁ~実はさ、舌を火傷しちゃったんだよねっ。だから冷やしたいのさ。あっははははは」

この人の笑う顔を見ていると、こっちまで笑ってしまうから不思議である。

『はははっ。わかりました、いいですよ』

鶴屋さん「おっ、そうかい?悪いねっ!」

鶴屋さんは俺が口をつけたウーロン茶を飲もうとしている、俺は鶴屋さんの…略

つまりこれはあれだよな、ああ……間接キスってやつだよな。なら迷う必要はない、俺は俺のすべきことをするだけだ!

鶴屋さん「ぷっはーーっ!このお茶結構おいしいねっ、ちょっと飲みすぎちゃったかも…ごめんよキョン君」

『この緑茶もおいしいですよ、おかげで温まりました』

鶴屋さん「そうかい?それはよかったよ!………ところでさ、キョン君……」

まさか俺のさっきの下心がバレたのか!?かなり動揺していたが、なるべく平静を保った顔で答えた。

『な、なんでしょう?』
鶴屋さん「これってさ…間接キス……だよね?めがっさ照れちゃうよ……えへへっ///」

それから俺たちは何とも言えない雰囲気の中、お茶をすすって時間を過ごした。無論、二人とも顔は真っ赤で会話などなかった。

鶴屋さん「さてとっ!お茶も飲み終ったし、そろそろ帰ろっか!」

本音を言えばもっとこうしていたかったが、それ言うのも少し気が引けたので

『そうですね。暗くなって来ましたし、行きましょうか』

立ち上がり、空のカンを捨てて公園を跡にした。もちろん、手を繋いでな。



鶴屋さん「(ホントはね、キョン君。舌なんか火傷してなかったんだよ?)」


本日二度目の鶴屋家の門である。鶴屋さんは最初のハイテンションが嘘のように静かで、手を握る力も強くなっていた。

鶴屋さん「今日はあたしのワガママに付き合ってくれてあんがとっ!」

『俺のほうこそありがとうございました。楽しかったですよ』

鶴屋さん「ホントっ!?んじゃあさぁ~…キョン君の都合の良い日でいいから…また、一緒に帰ってくんない…かな?」

そんな遠慮がちに聞かないでくださいよ、俺の答えは決まっていますから。

『ええ、こちらこそお願いします、鶴屋さん』

鶴屋さん「うんっ!!」

鶴屋さんは今日一番の笑顔でそう答えた。笑顔が眩しいとはこの人のためにある言葉だろう。

鶴屋さん「そんじゃあねっ、また明日学校で会えるのを楽しみにしてるよっ!ばいば~い」

俺が角を曲がって見えなくなるまで、彼女は手を振り続けていた。


鶴屋さん「(えっへへっ///…今日は間接キス…しちゃったな…。あたしたち、周りからどう見られてたかな?恋人同士って思われたいな…)」



手を引っ張られて着いたところは、とある公園だった。辺りが夕陽の色に染まり、静かでいい雰囲気な場所だ。

その日を境に俺と鶴屋さんは、毎日一緒に登校し一緒に下校するようになっていた。昼休みになると弁当を持って、中庭で昼食をとっている。
周りの男子、いや女子からの目も熱い。

そんな穏やかで幸せな日々が1ヶ月ほど続いた、ある日の放課後のこと。
『あれは…鶴屋さん?』
鶴屋さんは中庭のベンチに座り、夕陽を眺めていた。

俺は中庭へ下りて、ベンチに座る鶴屋さんに会いに行った。

『鶴屋さん?こんな時間にどうしたんですか?』
鶴屋さんは俺が声を掛けるまで存在に気付いていなかったらしく、随分驚いているようだった。

鶴屋さん「キョ、キョン君っ!?もぅ~、びっくりさせないでよ~」

そんな気は全くなかったんだがな。

鶴屋さん「そんで?どうしたんだい?」

『鶴屋さん、先にその質問をしたのは俺なんですが…』

鶴屋さん「えっ?あ、ああ、そうだっけ?ん~っと…あたしはねぇ~…ちょっと考え事してたのさっ」

考え事?鶴屋さんが?
『考え事って、何かあったんですか?』

鶴屋さん「うん…あったよ、いっぱい…いっぱいね…」

しんみりとした表情で言うもんだから、俺は少し心配になっていた。

鶴屋さん「キミのことを、考えてたんだ…」

俺…?俺はもしかして自分でも気付かないうちに、鶴屋さんを悩ますようなことを?落ち着け、よく考えるんだ俺。

俺が考え込んでいるのを察したのか、鶴屋さんが口を開いた。

鶴屋さん「ちょっとちょっと、キョン君ってば!何でそんなに難しい顔してるんだい?」

『俺が無意識のうちに、鶴屋さんを悩ますようなことしてしまったのかと思いまして…』

鶴屋さん「あっははははは!そんなことないっさ~。キョン君にはめがっさ感謝してるよっ!」

『じゃあ一体どうして俺のことを?』

そう言うと、鶴屋さんはほんの少しムッとした表情になって

鶴屋さん「あれれ~?ホントにわかんないのかなぁ~?」

鶴屋さんはいつかの草野球のときのように、俺の顔をじろじろ見始めた。

鶴屋さん「ふふっ。まっ、いっか。キミがちょっと鈍い性格だっていうのは、ここ一ヶ月でわかっちゃったしね」

『うっ、すみません…』
鶴屋さん「あっはははははは」

それから鶴屋さんは一笑いすると、急に黙り込んでしまった。

やっぱり様子がおかしい…。

鶴屋さん「(こうやってキミとお喋りして、笑っているのが今はとっても苦しいよ…ねぇ、キョン君?キミは…あたしをどう思ってるの?)」

『鶴屋さん?』

鶴屋さん「(もうこれ以上は我慢できないよ…ううん、我慢したくない…。)」

『あの~鶴屋さん、聞こえてますか?』

鶴屋さん「(あたしは言っちゃうよっ!だから、そのあとはキミの声を聞かせて!)」

『つ…』

鶴屋さん「キョン君っ!!」

『は、はいっ!』

何度呼び掛けても無反応だった鶴屋さんが突然、初めて聞くような大声を出した。俺は驚きのあまり自分の声が裏返っているのに気付かなかった。
鶴屋さん「あのね、あたしね…キミのことが大好きだよっ!」

好き…?今、好きって言ったのか?しかし鶴屋さん、その笑みはどう受けとればいいんですか?冗談……もしくは「友達」としてってことですか?
鶴屋さん「(言っちゃった……でもどうしよう…笑いながら言っちゃったから、冗談って思われたかな…?真面目な顔してなんて言えないよ…恥ずかしくて)」

俺はどう言えばいい?いや、そもそも俺は鶴屋さんをどう思っている?
たしかに俺も鶴屋さんのことは好きだ、でもそれはどっちの意味でだ?友達としてか?

いや、違う。

何故そう言い切れる?

俺はこの一ヶ月間、鶴屋さんと多くの時間を過ごした。登下校、昼休み、そして公園での寄り道と間接…いや、それは置いておこう。

それらは全て俺にとって幸せな時間だった、おそらく鶴屋さんにも。そして毎日の登下校や昼休み…俺にとっては部活以上に楽しみな時間だ。そのために学校へ来てると言ってもいい。

そうだ…俺はいつも鶴屋さんと一緒にいたいと思ってる。その気持ちは決して「友達」レベルなんかじゃない…

好きなんだ

俺は

鶴屋さんのことが


もう言うべきことは決まった…すみません、鶴屋さん…俺はあなたに引っ張ってもらってばかりですね…次は俺が…あなたを……


『鶴屋さんっ!!!』

俺は彼女よりも大きな声を出した

『俺も…あなたのことが………好きです、大好きです…』

鶴屋さん「キョン君?………あっ、あたしが好きって言っちゃったからかな。ごめんねっ、気を遣わせちゃったねっ……」

『違います……今、気付いたんです。あなたへの気持ちに…』

鶴屋さん「キョン君…本気…なの?」

『本気ですよ…鶴屋さん』

鶴屋さん「(わかってる…彼の目はウソをついていない……)」

『鶴屋さん…?』

うつ向き加減の鶴屋さんの顔を覗き込むと、彼女は涙を流していた…。

鶴屋さん「キョン君っ……!」

泣きながら精一杯の声を出し、彼女は俺に抱きついてきた

鶴屋さん「ふふっ、こんな風になるのをずっと……待ってたんだよ…」

『すみません、気付きませんでした』

俺はゆっくり鶴屋さんの背中に手を回し、その細い体を包み込んだ。

鶴屋さん「もうっ!鈍いんだから…キミって人は…。」

鶴屋さんが俺の背中に手を回す……体温が伝わってくる…。

鶴屋さん「ねぇ?公園の間接キス、覚えてる?」
『はい、もちろん』

鶴屋さん「あのときは舌が火傷したからって言ったけど、あれね…嘘だったんだよ……」

『そうだったんですか?まぁ俺は嬉しかったですけど』

鶴屋さん「あたしもだよっ。本当は間接じゃなくて直接がよかったけどね」

鶴屋さん「そだっ!ねっ、今してよっ!あたしの唇にチュッて」

『いいですよ。ただし、その前に条件があります』

鶴屋さん「条件?なになに?ささっとクリアしちゃうよっ!」

『笑わずに、真面目な顔で好きって言ってください』

鶴屋さん「えっ!?ど、どうしてさっ!?」

『最初、鶴屋さんが笑いながら言うもんだから、冗談かと思ってたんですよ?』

鶴屋さん「それは……照れ臭くて……///」


しばらく沈黙が流れた後、鶴屋さんはしぶしぶ承諾した。

鶴屋さん「もうっ!わかったよ~……」

鶴屋さんは上目遣いで俺を見つめ、そして言った

鶴屋「あたしは、あなたのことが……す、好きだよっ……これでいいっ?///」


そしてその瞬間、俺は鶴屋さんと口付けを交した

その後の俺たちはというと、今までと大して変わりはしなかった。変わったといえば、鶴屋さんが以前より大胆になったことくらいだな。

鶴屋さん「あっ、キョン君、帰ろ帰ろっ!!」

『今日は部活に出ろってハルヒが…』

鶴屋さん「いいじゃんいいじゃんっ!ハルにゃんにはあたしが話つけとくからさっ!それじゃあ、レッツゴー!!」

『えっ!?ちょっと、鶴屋さん!』

俺はこうして鶴屋さんに振り回されっ放しだ。まぁこれはこれでいいっちゃあいいが。

鶴屋さん「あっ、あの喫茶店で何かあったかいの飲まないかい?うん、それがいいね!行こう行こう!」

そう言うと組んでいた腕をぐいぐい引っ張り、俺を喫茶店へ連れ込んだ。

鶴屋さん「はいっ、あ~ん」

鶴屋さんは飲み物とホットケーキを頼んだようで、俺は今ムリヤリ食べさせられようとしている。

『つ、鶴屋さん、人がいますから…』

しかし鶴屋さんは聞く耳持たず

鶴屋さん「いいからいいから。早くっ、あ~んしてってばっ。」

しぶしぶ口を開け、鶴屋さんを受け入れる。実は鶴屋さんも少し恥ずかしいようで、俺はわざとイヤがる仕草をしている。

鶴屋さん「あれっ?口元に何かついてるよっ!とったげるっ!」

鶴屋さん、顔が近いです、近すぎます


チュッ

あろうことか鶴屋さんは、公衆の面前でキスをしてきた。

『鶴屋さん、もしかして…』

鶴屋さん「うんっ!口元にはな~んにもついてないよっ!へへへ…」

とまあ、最近はこんな感じだな。俺も振り回されるのも悪くないって思ってきているところだ。
最初は俺が鶴屋さんを引っ張っていたんだがな…

話は変わるが俺たちは今、公園に向かっている。そう、間接キスをしたあの公園だ。

『行きましょう、鶴屋さん』
鶴屋さん「うんっ!!」
いつも通り、彼女の笑顔が眩しかった。

鶴屋さん「(キョン君、ありがとう。今は毎日が楽しいよ、キミとこうやって腕を組んで歩けるから。だから、離しちゃイヤだよっ。もし浮気なんかしちゃったら、ハルにゃん達に言いつけてやるからねっ!
ふふふっ、なんてね…あなたはそんなことしないよね。
信じてるからね、キョンっ!)」

長門「……目標を補足した。目的地は〇〇公園と推測される」

古泉「だそうです、涼宮さん」

ハルヒ「OK、わかったわ!さっ、あたしたちも行くわよっ!!」

みくる「あのぉ~、ホントに行くんですかぁ~?二人きりのほうがぁ~?」

ハルヒ「大丈夫よ、みくるちゃん!鶴屋さんの許可はちゃ~んともらってるわ!」

古泉「そういうことです、問題ありませんよ」

長門「ない」

みくる「でも、キョン君がぁ~…」

ハルヒ「よーし!SOS団しゅっぱーつ!」



番外
こうして僕達は涼宮さんの指揮により彼を尾行することになりました。厳密に言うと、これはちょっとしたドッキリなんですがね。
鶴屋さんには涼宮さんが事前に伝えていたようですし、今日この日に二人がデートに行くように仕向けたのも涼宮さんなわけです。

長門さんの力で尾行は成功し、あとは二人のキスシーンをカメラで撮影するだけとなりました。
二人がキスをするタイミングも、長門さんがいれば完璧に把握できます。

おっと、二人が目を閉じました。涼宮さんにも合図は送りましたし、あとは結果を待つだけですね。

彼の反応が非常に楽しみです。

ふふふ……まだまだ甘いわね、キョン。あんたは忘れてるようだけど、鶴屋さんはSOS団の名誉顧問よ。このデートは全てあたしの仕込みよ!
まっ、あんたが誰かと付き合ってるって聞いたときは、はらわた煮えくりかえってたけど、鶴屋さんなら構わないわ。
許しといてあげる…このドッキリが成功したらね!

ちゃんと捕まえとくのよ……もし他に女作ったりしたら即刻死刑よ!
まぁ万が一あんたがフラレた場合は、仕方ないからあたしがその候補に入ってあげてもいいわ。その前にあんたの顔を一発ぶん殴ってやるけどね。


あんたたちが長く続くように、祈っといてあげるわ。

だから、幸せになんなさいよね……キョン……



 終わりっさ!!

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