「ん~・・・ふぁ~」
連日のアルバイトで、流石の僕も欠伸が出てしまう金曜日。
冬は寒く、欠伸が大きく白い水蒸気となって霧散する。
「・・・さて、学校にでも行きましょうか」
僕は一通りの準備を終えると、玄関のドアを

ゴンッ

開けた。って、・・・ゴンッ?
「うぅ・・・痛い・・・」
僕は扉から顔を出した。すると、そこに見覚えのある少女が額を押さえて座り込んでいた。
物の見事なタンコブがそこには出来ている。なんか、可愛らしい。
彼女は僕に気付くと潤んだ上目遣いで僕を見てくる。
「とりあえず、氷持ってくるので少々お待ちください」
僕は笑うのを必死に堪えて家の中へと氷を取りに戻った。


「どうですか、まだ痛いですか?」
「うん・・・ぐすっ」
そして、僕と、少女―――神人―――は肩を並べて歩いている。
神人とはもちろんあの世界に出てくるアレである。
まぁ、多少なり世界は違うし、異世界人と言えるかもしれない存在だ。
そんな彼女と僕がどうして肩を並べて歩いているか、それは解らない。
ただ、ある日突然現れて、涼宮さんに朝比奈さんの時みたいに無理矢理入れさせられたのだ。
SOS団に。


神人さんは額に氷の入った袋を当てながら歩いている。
なんで、こんなことになったか。
彼女は、僕を待っていたらしい。部屋の扉の前で、じっと。
で、その時に扉との距離が短すぎて突然開いたそれにぶつかったわけである。
「うー・・・ぐすっ」
彼女は、目をうるうるとさせている。
そんな姿が非常に可愛くて、ついつい抱きしめたくなるのを抑える。
「いっくんのせいだからね・・・」
ぼそりと、彼女が恨めしそうに呟いた。ついつい、苦笑いが出る。
ちなみにいっくんとは僕の事だ。僕の本名が古泉一樹。で、一樹だからだからいっくんらしい。。
「僕は関係ないですよ。扉の近くに立っていた貴女が悪いんです」
「そ、そうだけど・・・でも、いっくんも悪い!」
びしっと人差し指を立てて僕を指す。子供のような容姿に似合う、子供のような仕草だ。
「はいはい、僕も悪いですね。そういう事にしておきます」
「もう!真面目に話を聞・・・・うっ!!」
突如、彼女が苦しみだした。
「どうしましたか!?」
「あれが、来る、の・・・!!」
あれが、来る。
その言葉の意味を僕は重々理解していた。また、彼が何かしでかしたと見て間違いないだろう。
あれとは、閉鎖空間の事だ。
「大丈夫です。自我を保ってください。あの空間に取り込まれないように」
「う・・・あぁぁっ・・・痛い、頭が割れるように、痛いよー・・・・ぅうっ・・・・!!」
「しっかりして下さい!」
「いっ、くん・・・わ、私を、抱きしめ、てて・・・!!」
何故この状況下で抱きしめないといけないのか。そんなことは解らない。
「わ、解りました」

僕は、言われた通りぎゅっとその小さな華奢な体を抱きしめた。
そうして彼女の苦痛が軽減するなら、と思って。
神人さんは僕の背中に腕を回してぎゅっと抱きしめてきた。
「うぅ・・・あぁああ・・・っ!!」
悲痛な、少女の叫び。ここが人通りのあるところだったら変な風に見られているだろう。
人が居ないところであったことを感謝しつつ僕は精一杯声をかけつづける。
「大丈夫です。頑張ってください、神人さん!」
ここで、神人さんが意識を手放したら二度と会えなくなる。
実際にはわからないけど、そんな気がした。だから、とにかく声をかける。
好きな人を失う恐怖を、何故か心の何処かで知っているから。
そう、僕は、この子が好きなのだ。
「あぅ・・・うーっ!はぁ・・・はぁ・・・はぁ・・・」
彼女の声から、苦痛の色が消えた。
「・・・大丈夫ですか?」
「う、ん・・・ありがとう、いっくん・・・」
僕は、彼女から離れようとした。だけど、

ぎゅっ

僕は、更に強く抱きしめられて離れられなかった。
「・・・神人さん?」
「・・・私、怖い・・・」
「怖い?」
「もし、この苦痛に耐えられなくて、巨人になってしまったらって思うと・・・私、怖い・・・」
「神人さん・・・」
神人さんは深呼吸すると、僕の瞳を真っ直ぐ見てきた。

「あのね、私、いっくんの事大好きなの。だから・・・いっくんを傷つけたくない」
衝撃の告白だった。もちろん、言われて嬉しくないわけがない。
ただ、僕はその言葉がどんな事を意味しているか理解した。
それは、明らかに何か起こる前に言っておこうという雰囲気だった。
この推理を裏付けるように彼女の目にじんわりと水玉が浮かんで、こぼれた。
そして、また浮かんで、こぼれる。彼女は、泣いていた。
「だから、だから・・・もし、私に何かあったら・・・いっくんの手で、ぐすっ、私を・・・」
「そんなことは、冗談でも言うものじゃないですよ」
僕は、そっと彼女の頭を撫でる。
「ひぐっ・・・冗談じゃ、ぐすっ・・・ないよ・・・私、本気だよ・・・」
「尚更ですよ、神人さん。僕も、貴女が好きですから・・・」
「ぐすっ・・・ありがとう・・・」
「万が一の時には、僕が貴女を元に戻してあげますから。約束しましょう」
「私、離れたくないよ・・・離れたくないよ・・・・・」
そう言って泣いている彼女をただ抱きしめて、ただ頭を撫でた。
それしか出来ないから。
僕は、求める。

もし、神様が居るならどうかお願いです。この少女をどうか、守ってください、と。
この命をこの少女に捧げても構いません、と。

ひ~らりひひらりひひらりら~は~るがきたきたふくがきた~

そんな音楽がどっからか聞こえてきた。



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