俺は今、床に寝転がって、ハルヒの泣き顔を眺めている。頭を撫でてやりたいが、
力が入らない。ああ、ハルヒに謝らなくちゃな。まだ喧嘩の最中だったし。なんか
こうしてみるといろいろやり残したことがあるな。でも、もう時間が…

……………

「ねぇキョン、明日どこ行く?」
正直どこでもいいが、とりあえず涼しいところがいいな。
「なによそれ。もうちょっとまじめに考えなさいよ。」
ああ、まじめに考えてるさ。でも出てこないんだよ。
「…あんた、本当にあたしのこと愛してくれてるの?」
愛してるさ。じゃなきゃこんなにまじめに話を聞かないだろ。
「これのどこがまじめだって言うの!?もういいわ。あんたの本気がこんなもんだとは、
正直がっかりしたわ。じゃあね。」
ちょっと待て。まだ話が
「うっさい、バカキョン!!」

……

ということがあって、ハルヒはここには居ない。
「それはまた、大変なことをしてくれましたね。」
スマン。
「やれやれ、また僕の睡眠時間が無くなりそうです。」
……
「できるだけ早く涼宮さんと和解してください。…と、早速バイトが入ったようです。」
悪いな。
「では、お先に失礼します。」

翌日、俺は遅刻ギリギリに学校へ来た。ハルヒへの謝罪文やら、
デートコースの思案をしていたら目が冴えてしまってなかなか寝れなかったのだ。
教室の中を見てみると、当然のごとくハルヒはもうすでに来ていて窓の外を眺めている。
「よう」
「…」
「昨日のことでちょっと話がしたいんだが。」
「…」
完全に無視を決め込んでいるらしい。しかし、構わずに俺は話を続けた。
「今日の昼休みに部室に来てくれないか?」
「…」
ハルヒはこっちをちらっと見るとまた窓の向こうを向いてしまった。

4時間目が終了すると、俺は部室に直行した。部室にはすでに長門が居たが、
事情を話して席を外してもらった。後はハルヒが来かどうかなのだが…

…どうやらハルヒは俺の謝罪を聞く気はないらしい。とうとう部室へは来なかった。
いや、ハルヒの気配はしたから、部室の前で踏みとどまっていたのかもしれない。
この時に呼ばなかった俺も俺だが。
教室に戻ると、ハルヒは窓を向いて座っていた。

「昼飯は食ったのか?」
返事が返ってこない。そんなに俺に恨みでもあるのだろうか?
「………」


「今日は部活無しね。」
今日初めて聞いたハルヒの声は無情にも俺から謝罪の機会を奪うものだった。
「あと、他の人にもちゃんと言っとくのよ。」
「おい、ハルヒ…」
俺の呼びかけも空しく、ハルヒはさっさと帰ってしまった。

……

というわけで謝れなかった。スマン。
「あのー、キョン君涼宮さんとなんかあったんですか?」
ええ、ちょっと喧嘩をしてしまいまして…
「ふぅ…さて、またバイトが忙しくなりそうですよ。」
本当にスマン。
「っと、またバイトの呼び出しのようです。」
「がんばってくださいね~」
「それでは、失礼します。」
はぁ…何とかして明日は謝らないとな。

翌日、ハルヒは風邪で来なかった。古泉も来なかった。ハルヒに関してはハルヒの家まで見舞いに行って
そのときに一緒に謝ることも考えたが、俺はハルヒの家を知らない。長門や朝比奈さんに聞こうとも考えたが、
家を知らないはずの俺がいきなり行っても怪しまれるので諦めた。いくら電話ししても無視されるしな…
古泉は…まぁ俺のせい神人退治で疲労しすぎたのだろう。そう言うことにしておこう。
…また神人退治に行ってるのかもしれないが。


「古泉君来ないですねぇ…」
古泉とハルヒが休んで3日目になる。古泉も風邪を引いたのだろうか?ハルヒが風邪で
休んでいるのだから、神人とやらから風邪が移ったのかもしれないな。
「長門、古泉はどうしてる?」
「…現在、神人と交戦中。累計1852匹目。」
やっぱり神人退治か。にしても、1852匹目…随分いるな。もうそろそろあいつも休憩しないとやばいだろうな。


4日目、部室に古泉は姿を現した。
…がなにやら様子がおかしい。目の下にクマはできていないので、睡眠不足じゃない
みたいだが、…なんかこう…うまく言葉に出来ないな。
「涼宮さんとは仲直りできましたか?」
「いや、あの後から今まで風邪を引いて学校を休んだから会っていない。」
どうやらハルヒはインフルエンザらしい。あと数日は休みそうだ。
「では、お見舞いにでも行ってあげたらどうでしょうか?」
「生憎俺はハルヒの家を知らない。」
「長門さんならご存じじゃないでしょうか?」
「それでも別に構わんが、家の場所を知らない俺がいきなり行ったら怪しまれるだろ。」
……今、古泉が舌打ちしたような気がした。というか、やっぱりこいつ様子がおかしい。

翌日、古泉は執拗にお見舞いに行けと言ってきた。
「だから、家の場所を知らない俺がいきなり行ったら怪しまれるって何度も言ってるじゃないか。」
「それならメールや電話の一本入れればすむことじゃないですか。」
「それも何度も言ったが、全部無視されてるんだよ。」
明らかに様子がおかしい。何を焦っているんだこいつは。
「お前、少し休め。ここのところ様子がおかしいぞ。」
「休めるわけ無いでしょう!」
「………」
「…すいません。」
「…あのー、古泉君?」
「今日はこれで失礼いたします。」
そう言って古泉は部室から出て行った。
遠くで物が壊れる音がしたのは…気のせいだよな。


「で、仲直りの方は?」
「まだだ。いい加減ハルヒが出てくるまで黙っててくれないか?」
今部室には俺と古泉しか来ていない。なんかものすごくいやな予感がするのだが。
「待てないから何度も催促してるんじゃないですか。そっちこそ、いい加減にしてもらえませんか?」
「古泉、いったいどうしちまったんだ。最近おかしいぞ。」
「…おかしいのはそっちの方じゃないか!」
胸倉をつかまれゆっさゆっさと揺すられる。本当にこいつはいったいどうしちまったんだ。
「…俺の何がおかしいんだ?」
「っ!」

…今俺は何が起きたのか理解できなかった。視界が思いっきり揺れ、
口の中が鉄っぽくなる。殴られたのか。
「いつまでも…放っておけば…僕が…神人狩りに…駆り出されるのを…わかって…おきながら…!」
ピリリリリリリ…
古泉の携帯だ。どうやらまた神人が出たらしい。
「…糞ったれ!」
古泉は長机を蹴飛ばして部室を出て行った。
古泉のパンチは意外にも強く、ダメージはかなりのものだった。
俺は古泉に何発殴られただろうか。鏡を見る気にもならないね。
…親や妹にヤクザに絡まれたとか誤解されなきゃいいんだが。


翌日、ハルヒは昼休みに遅刻してきた。どうやら今日は仲直りできそうだ。
…いったい誰のために仲直りするんだろうな、俺。
「よう、風邪はもういいのか?」
「…ええ、あんたの顔を…」
ハルヒは俺の顔を見て驚いていた。
「…どうしたのその顔。」
「ん?ああ、昨日ちょっとな。」
口が裂けても古泉に殴られたとは言えまい。
「ちょっとって何よ。そんなひどい顔して何がちょっとなの!?」
「…それは心配してくれてるって取っていいのか?」
「当たり前じゃな…まぁいいわ。後で部室行ったら聞いてあげてもいいわよ。」
「そうかい。」

放課後、俺はハルヒよりも早く部室に着いた。そして、ドアをノックしようとしたときだった。
何かが割れる音。それとほぼ同時に聞こえる悲鳴。
「どうしたんですか!?」
部室に駆け込み、うずくまっている朝比奈さんに駆け寄った。
「き、キョン君…ここ、古泉君が」
「古泉、おま…っ」
皆さんは、人間の腕力とはどれくらいあるのかご存じだろうか?成人男性は片腕で
約100kgほどの物を持ち上げれるそうだが、通常はそれが30~50%に抑えられている
らしい。が、「火事場のバカ力」という言葉があるように、生命に危険が及んだり、
精神に異常をきたすとそのリミッターがはずれて100%の力が出るようになる。
その100%の力を出しているのが…古泉だった。
今、俺は首を絞められている。片手で。
「おまえのせいだ、おまえのせいだ、おまえのせいだ!」
「ぐっ…こ…古…泉…」
「殺してやる、殺してやる!」
視界がだんだんぼやけてくる。やばい。酸素が足りねぇ。必死に抵抗するものの、
古泉は全く動じず、次第に腕の力が抜けてくる。
「殺してやる!」
ふと首から手が離れたかと思うと、内蔵が口から飛び出てくるんじゃないか
ってくらいの強い衝撃が背中に走った。どうやら壁に叩き付けられたらしい。
誰かが駆け寄ってくる。視界がぼやけすぎて誰だかわからないが、
多分朝比奈さんだろう。
「そうだ、あいつを殺せば全て終わる。神人狩りに駆り出されることもなくなるんだ。」
なぜ聴覚だけがはっきりしているのかわからないが、俺の耳が腐ってなければ
そう言っていたはずだ。あいつを殺す?誰を?なんで神人狩りに行かなくても済むんだ?
…まさか。
次の瞬間、視界の靄は消え、俺は飛び起きていた。
古泉は…いなかった。

「ハルヒ…っ」
立ち上がったはいいものの、足に力が入らずへたり込んでしまった。
「キョン君、無理しないで」
「早くしないと…早くしないとハルヒが…」
長机に手を掛け、全身の力を振り絞って立ち上がった。
「キョン君…」
ふらふらとよろめきながらも何とか部室を出る。
「…キョン?」
…ハルヒか?
「古泉は…どこに…?」
「見てないけど…どうしたの?」
「おやおや、入れ違いになってしまいましたか。」
…古泉だ。
「ハルヒ、下がってろ」
「なっ、団長に命令する気?」
ハルヒはうだうだ文句を言っているが、そんなのを聞いている暇はない。
「涼宮さん、ちょっとこっちに来てもらえますか?」
右手をポケットの中に突っ込んでいつもの0円スマイル…じゃないな。何かおかしい。
なんだこの感覚。古泉は殺気を押し殺しているみたいだが、完全に殺し切れていない。
「行くな、ハルヒ」
「団長に命令するなんて100年早いわよ!」
「…団長を守るのも…団員の使命だろうが!!」
ハルヒはかなり驚いたらしく、黙って俺の後ろに隠れるように後ずさった。
「……こっちに来いって行ってるだろうがぁぁぁぁぁぁぁ!!」
ついにしびれを切らした古泉が叫びながら突っ込んでくる。なぜか脳内に夕焼けの教室が映し出される。
そこに立つ一人の少女。手に持つのは…そう、ナイフだ。突っ込んでくる古泉と少女が重なる。これは…
不意に天井が裂け、破片が…ってここも一緒かよ。
そして、俺(ハルヒ)に向けられたナイフを素手で受け止めていたのは…
「…有希!?」

「古泉一樹の精神異常を確認。これより、当該対象へのトランキライザー注入を開始する。」
「長門!」
俺呼びかけに反応しこっちを振り向いた。
長門は俺とハルヒを見て――誰でもわかるくらいに――はっとした顔をしていた。
「ちょっと有希、どういうことそれ!?精神異常って…」
「邪魔だ、どけぇぇぇぇぇぇ!!」
ハルヒがいるためにインチキ行為が出来ない長門はいとも簡単にはじき飛ばされた。
「ハルヒ、逃げ……」
脇腹に冷たい感触。目の前には古泉がいる。
「くくく…はははははははははははははははははははははははは!!!」
そうか、また刺されたのか。不思議と痛みはなく、ただ傷口に違和感だけを感じる。長門が鎮痛薬でも塗っといて
くれたのだろうか。古泉のナイフが抜け、ハルヒにもたれかかるように倒れた。
「ちょ…ちょっと、キョン…キョン!」
ハルヒが必死に俺を呼んでいる。そんなに出血がひどいのだろうか?痛みがないからあまり実感がない。
しかし、視界の縮小とともに、確実に死の足音が近くなっているのを感じた。
ふと頬に水滴が落ちる。泣いてるのか、ハルヒ?
「キョン…お願い…死なないで…」
ハルヒの泣き顔…初めて見たな。頭を撫でてやりたいが、力が入らない。ああ、ハルヒに謝らなくちゃな。まだ喧嘩の最中だったし。
「ハルヒ…ごめんな…」
「何謝ってんのよ、バカ…」
「結局…仲直り…出来なかったな…」
「そんなことどうでもいいわよ…だから…お願い…」
「長門…後は…頼んだぞ…」
「…わかった」
「キョン、キョン!?」
もう…駄目みたいだ…血が足りねぇ。
「…やだ、嘘でしょ!?」
「ごめん…な…」
「キョン、目を覚ましてよ!キョン!!キョーーーーーーーーーン!!!」

「キョン!キョン!!死んじゃ嫌ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
正直こんなハルヒは見ていられなかった。このままだったらこっちまでおかしく
なりそうだ。今すぐにでもハルヒを抱いて落ち着かせてやりたいのだが…
……って、意識を失ったはずの俺が何でハルヒの後ろに立ってるんだ?
ハルヒの前にはちゃんと意識を失った俺が…って、随分ひどい出血だな、俺。
もしかして、これが噂に聞く体外離脱ってやつか?まだ三途の川は渡りたくないぞ。
「…さて、次はあなたですよ、涼宮さん。」
ようやく笑い終えた古泉が右手に持ったナイフをハルヒに突きつけて冷たく言い放った。
ハルヒははっとしたように古泉を見て小刻みにふるえていた。
「…させない」
長門がハルヒの前に立つ。
「…有希…あなた…」
「…逃げて」
「…グスッ…いやよ、そんなの…」
「おやおや、わざわざ殺されるためにここに残りますか。」
こいつ…殴っていいか?てか、今の状態で殴れるのか?
「死ねぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」
長門を押しのけ、古泉がハルヒめがけて飛びかかる。
「きゃぁっ」
「…注入開始」
長門は古泉の肩をつかみ、いつものように噛みつき…はしなかったが、小さい注射器を取り出し、
古泉の首筋に刺した。その瞬間、古泉は脱力し、その場に倒れた。
「…古泉君?」
「大丈夫、眠らせただけ。それよりも早く、救急車を。」
「…グスッ…いつまでも泣いてる場合じゃないわね…行ってくる。」
そう言ってハルヒは職員室に向かって走っていった。その際、俺の中を通り過ぎていく。やはり透明なのか、俺。

ハルヒがいなくなると長門が俺の方を向く。
「…長門よ、俺が見えるのか?」
「目視は出来ない。ただ、脳内の情報を全て空間にコピーした。今あなたの意志は統合思念体と
同じ原理で存在している。」
そういうことか。
…待てよ。ってことはコピーの際に俺の記憶を全て長門が見ちまったってことか?
「大丈夫。プライバシーの保護は完璧。」
そう言う問題でもないんだが…まぁいいや。
「で、俺の体はどうなってるんだ?」
「90%は修復した。残りは止血をしてこのままにしておく。」
完治は…させない方がいいのか。
「すまんな、長門。」
「…いい」
…で、本題の古泉だが、
「古泉はいったいどうしちまったんだ?」
「肉体的、精神的ストレスによる自我の崩壊。すぐに修復できるが、一時隔離するのが望ましい。」
「そうか。」
朝比奈さんは…まぁこっちを見てないみたいだから古泉みたく精神が壊れることはないか。
「はやく!こっちに来て!」
ハルヒと一緒に担架を持った救急隊員が駆けつけてきた。
「長門、そろそろ…」
「…わかった」
長門が早口で何かをつぶやき、俺はまた闇の中に放り込まれた。

赤い血の海…いや、これは白い天井だな。夕日に照らされ、辺り一面真っ赤に染まっていた。
…そうか、俺、血不足で気を失ってたんだっけ。そんなことを思いながら体を起こす。頭が重い。
そりゃそうだ。いくら長門に治療してもらったとはいえ、あんな大出血をしときながら何でもない方がおかしい。
「キョン!」
声の主の方を向くと、今にも泣き出しそうなハルヒがいた。
「…このバカキョン!…もう…本気で死んじゃうかと思ったじゃない…」
「…悪い。」
「…ちゃんと…罰金……払いなさいよね…」
ハルヒは顔を隠してうつむき、すすり泣き始めた。
「ああ、わかってるさ。」
「うっ…ヒック…うわああああああ」
ハルヒは俺にしがみつき、思いっきり泣いた。
「…ごめんな。」
俺はハルヒの頭を撫で、そうつぶやいた。

ハルヒが落ち着きを取り戻す頃にはもう辺りは暗くなっていた。
「そう言えば…」
ハルヒに聞きたいことがあるんだった。
「どうしてこの前までずっと俺のこと無視し続けてたんだ?」
「…あまりにもキョンがあたしに無関心に見えちゃってね、あたしがいないとどんなことになるのかなって思ってやったの。」
馬鹿だな。
「俺がハルヒに無関心なんてことあるかよ。俺たち付き合ってるんだろ?」
「…ごめんね」
「確かに、今までの関係を保とうとして、普段と変わらない、もしくは意識しすぎて
無関心に見えたかもしれない。その点については謝る。」
「いいわよ謝らなくても。あんたがあたしのことを気遣ってくれてるのがわかっただけで十分よ。」
「そうか。じゃ、これからもよろしくな。」
「うん!」

その後のことを少し話すと、けがも意外と浅く――長門が塞いでくれたのだが――予後も
きわめて良好と言うことだった。
しかし、今回の件で、罰金と心配料として、次回のデートはすべて料金俺持ちということになった。
正直、財布の中身がありません。
古泉はというと、現在精神病院に入院中で、順調に回復しつつあるという。
後で謝らないとな。いろいろ迷惑掛けたし。


そんなこんなで、今俺はいつもの駅前に向かっている。全く、
退院直後にそりゃ無いぜ…と言いたくなるが、なにやらも退院祝含まれている
みたいなのであえて言わないでおく。

「遅い!罰金!」

さて、皆さんご一緒に

「はぁ、やれやれ」

end

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