SOS団結成二年目のクリスマスまでもう10日ほどと言うその日、俺達は世間様がそうするのと同じようにクリスマスの準備に追われていた。別に特別なことは何もなく、部屋を飾りつけたりツリーが設置されたり朝比奈さんが部室専用サンタの孫娘になったりするくらいであり、最後の嬉しいワンポイントを別にすれば、それはおかしな事件などとは無縁な普通の楽しいクリスマスの始まりであるはずだった。
「は、はわわわ~」
「朝比奈さん!」
 しかし世の中はそう簡単に俺達の上に『平穏』やら『普通の幸せ』なるものを与えてくれないように出来ているらしい。クリスマスツリーの飾り付けの最後、ハルヒの提案によりツリーの一番上に星を飾る栄誉を与えられていた朝比奈さんが、足を滑らせ脚立から落ちそうになったのである。
 俺は一瞬長門かハルヒが乗り移ったんじゃないかという速度で彼女の下へ滑り込みその小さな体が地面に激突する前に受け止めたが、事はそれで終わってくれなかった。
「みくるちゃん、怪我している!」
「え、あ……、ひゃうっ」
 ハルヒの言葉どおり、朝比奈さんは怪我をしていた。
 朝比奈さんの可愛い顔、その瞼の上に、引っかいたような傷があった。
「すぐに病院へ行きましょう! ハルヒ、俺は朝比奈さんを病院に連れて行く、いいな」
 女の子の顔に傷を、なんて言っている場合ですらないな。性別年齢関係なく、この位置の傷は小さくたって放って置いて良いものじゃない。見た目には瞼の上だけだが、場合によっては失明したり視力に影響が出る危険があるから、出来るだけ早く専門の医者に診てもらったほうが良い。
「え、あ……、あたしも行くわ! 古泉くんと有希は待機していて!」
 かくして俺は、朝比奈さんを抱え、ハルヒを伴い、病院へと向かうことになった。

 タクシーに乗り込んだ俺は、迷わず何時ぞやの私立病院へ向かうよう運転手に告げた。
 古泉や『機関』に借りを作るのは少し癪だが、こういうときはそんなことを気にしている場合じゃない。何せ俺の知っている限り一番早めに診てくれそうな病院はそこだからな。
 そして俺が予想したとおり、受付を済ませてほんの数分後、ハルヒが切れるよりも前に朝比奈さんは医者に診てもらえることになった。
「……眼球に異常はないでしょう、薬をつけて二週間ほど覆っておけば大丈夫のはずです」
 朝比奈さんを診察してくれた医者の言葉で一応安心できたものの、片目を眼帯で覆われながらもちょっと力なく笑っている朝比奈さんを見て、俺は胸が締め付けられるような思いを感じてしまった。多分、隣に居るハルヒも同じかそれ以上なんだろうな。
「ごめんね、みくるちゃん。あたしが、」
「あ、ううん。良いんです。大事にはならなかったですし……、でも、眼帯のサンタさんって何だか変ですよね」
 そうそう、慌てていたせいですっかり説明を忘れていたが、朝比奈さんはこのときまだサンタの孫娘のような姿のままだった。そんな彼女を抱えて大急ぎで病院に飛び込んできた俺とハルヒ、そして朝比奈さんを他の人々がどう思ったかは……、まあ、そういうことはあんまり考えないようにしておこう。
 今は朝比奈さん自身が言うとおり、大事にならなくて良かったということに安堵するべきときなのだ。

 翌日以降、ハルヒが気を遣ったのか、朝比奈さんはサンタ姿を免除となり、代わりに長門がサンタの孫娘その2のようになっていた。ハルヒは朝比奈さんに怪我をさせてしまった責任を感じてかやや落ち込み気味、朝比奈さんは一応元気ではあるものの片目が不自由な状態なせいも有ってかどこか空元気な雰囲気が漂い、長門はサンタ姿のまま何時もながらの静観モードというシュールな状態、古泉もさすがにこの状況を盛り上げようとする気はないらしいという、俺達SOS団は、クリスマス前なのにちょっとばかりローテンション気味の状態になってしまっていた。
 そんなクリスマス前だというのにイマイチ盛り上がりに欠ける日々が過ぎ、クリスマスまで後三日、つまり22日の夕方になってから、朝比奈さんから俺に電話が有った。
『あのね、キョンくん……、一つ、お願いがあるんですけど、いいですか?』
「お願い? 何ですか、俺に出来ることなら構いませんけど」
 過去やら未来やらに飛んでほしいとか規定事項がどうのとかだと言うのならちょっと事情が違ってくるが、今回はどうやらそういう類に入るものではなさそうだ。
『うん、明日ね……。クリスマスケーキを作るのを手伝ってほしいんです』
「え?」
『涼宮さん、わたしが怪我しちゃったせいなのか、元気が無いでしょう? それで、ケーキの予約をすることも忘れちゃっているみたいだし……』
 そんなもの、予約してなくたって古泉か長門がどうにかしてくれるような気もするんですが。
 ……いや、そういう問題じゃないな、これは。
『だから、クリスマスのケーキを用意するためと、ええっと、それと、ケーキを作れるくらいなんだから大丈夫ですよっていうのを伝えるために、ケーキを作ろうと思ったんですけど、片目だと、やっぱりちょっとやりづらくて……、だから手伝ってほしいんですけど……駄目ですか?』
「全然駄目じゃないですよ。俺で力になれるんでしたら喜んで手伝います」
「よかったあ。ありがとう、キョンくん」
 かくして俺は、クリスマス前日の国民的祝日を、朝比奈さん及びSOS団の面子のためにケーキを作るという形ですごすことになった。

「えっと、卵は……」
「あ、砂糖は三度に分けて入れるんです」
「泡立ては、もっとさっくりと、ええっと、切るようにって言えば分かりますか?」
 ……ケーキくらい何とかなるだろうと思っていたが、生まれてはじめてのケーキ作りは結構大変だった。
 朝比奈さんの指導方法や助言自体は悪くないし寧ろ的確だとさえ思えるのだが、彼女は比較的おっとりしているので、俺が行動してから指摘するという形になってしまうことが何度かあり、そのたびに俺達はお互いに頭を下げあう羽目になってしまったのだ。
 普段ならちょろちょろとうるさい妹が、雰囲気と事情を察してかおとなしいのが救い言えば救いか。
「じゃ、後は焼いて、クリームをかけるだけですね」
「はい、そうです。……焼けるまでの間、お茶にしましょうか」
「そうですね。あ、俺が入れますよ。俺が入れてもあんまり美味くないと思いますけど」
「そんなことないです。キョンくんが入れてくれるだけで嬉しいですよ」
 ありがとうございます、朝比奈さん。
 そう言ってもらえるだけでも俺は嬉しいですよ。

 かくして俺達は何とかクリスマスケーキを作り終えた。
 味は……、まあ、切れ端や余ったクリームで味見した感じではきっと大丈夫だろう。俺の腕の方はともかく、朝比奈さんの教え方が良かったからな。
 そうそう、ケーキを作った後もまだ時間が有ったのでマドレーヌとクッキーなんてのも作ったりしたわけだが、いやはや、お菓子作りってのは結構疲れるもんだな、何てことを実感してしまった。
 イベントが有る度にお菓子や料理を用意してくれる朝比奈さんのありがたみが良く分かろうってものだな。

 そして俺はその夜電話で長門と古泉にケーキを用意してくれなくて良いということとその事情を説明し、ハルヒにのみはサプライズとして、俺達は翌日、クリスマス本番とも言えるイブの日を迎えた。
「え、これ、みくるちゃんが作ってくれたの?」
「はい、そうです」
「でも、片目じゃ……」
「片目でも、何とかなりました。……だから、大丈夫です」
 もちろんこれは嘘なのだが、俺と朝比奈さんの心遣いが詰まったハルヒを安心させるための嘘なのだから、今日が誕生日の神様とやらも許してくれるだろう。
「みくるちゃん……」
「あ、目自体ももうほとんど大丈夫ですから。一昨日お医者さんの所に行ってきたんですけど、明後日くらいには眼帯をとっても大丈夫だって言ってました」
「そっか……、良かった。でも、本当、ごめんね」
「気にしないでください、わたしがドジだったのも悪いんですから」
「ううん、そんなことない。あれは、あたしが……」
「涼宮さん……、あの、そんなに謝らないでください。それに、今日はクリスマスなんですから、みんなで楽しみましょう」
「う、うん。そうね……。じゃ、まずは乾杯ね!」
 どうやらハルヒも元気になってくれたようだな。
 不意の事故から始まった少し暗い日々だったが、これでもう大丈夫だろう。


 ……さて、この後俺達はクリパで騒ぎまくりその後は忙しない年越しの日々を送ったわけだが、この話にはちょっとした後日談がある。
 年が明けて三学期が始まって数日後、朝比奈さんが俺にプレゼントをくれたのである。
「はい、これ……少し遅れちゃったけど、クリスマスプレゼントです」
「……え?」
 まだ肌寒いその日、朝比奈さんが俺の首にかけてくれたのは、手編みのマフラーだった。
 時期的にプレゼントを貰う理由はないしクリスマスプレゼントという名目なら分からなくもないが、どうして今の時期にクリスマスプレゼントなのだろうか。
「本当は、クリスマスに渡したかったんですけど、片目だと編み物もし辛くて……、遅れてごめんね、キョンくん。それと、クリスマスのときは本当にありがとう」
「あ、いや……。たいしたことじゃないですよ」
 ああ、なるほど、そういうことか。
 そういう風に説明されれば納得出来るな。
「でも……」
「まあ、これはありがたく貰いますけどね。ありがとうございます、朝比奈さん」
「キョンくん……」
 朝比奈さんの手編みのマフラーなんだ、ありがたく貰わない理由なんてどこにもない。
「でもこれじゃ本当に、割に合ってない気がするんですよね。ちょっと不謹慎な気もしますけど、俺は、朝比奈さんと二人三脚でケーキを作っている時間を結構楽しんでいたわけですし」
「え、そうだったんですか? あたし、てっきり迷惑をかけているとばかり……」
「そんなこと有りませんってば」
「キョンくん……。ごめんね、ありがとう、キョンくん」
 朝比奈さんがこれ以上謝罪やお礼を言う理由なんてどこにも無いのに、何て風に思わなくも無かったが、俺は朝比奈さんの言葉をありがたく受け取ることにした。
 そうでないと、この人はまた色々と考え込んでしまいそうだ。
 俺は別に、朝比奈さんを困らせたいわけじゃないからな。
 だから今は、このちょっと時期遅れのクリスマスプレゼントにありがたみを感じながら、どうやったらこの幸せと同じだけの幸せを朝比奈さんに返すことが出来るかを、じっくり考えてみることにしよう。
 その方が朝比奈さんのためになるだろうし、俺自身のためにもなるだろうからな。


 終わり


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