あぁ……ごめんね? わたし、どうしても帰りたくなくなっちゃったの。
 今、わたしの目の前には帰宅途中の少年がいる。
 あと5分程ついて行くと、裏道に入るはず。そこで……。
 人通りの少ない道に入ってすぐ、わたしは包丁を構えて走り出した。……ごめんね?
 人体に刃物が突き刺さって行く感覚、気持ち悪いよぉ……。
「う、うさぎのお姉ちゃん……?」
 少年の何が起こったかわからないっていう顔が、わたしの罪悪感を引き立てた。
 ごめんね、ごめんね……君には恨みはないの。ごめんね……。
 少年の体から力が抜けるのを確認すると、包丁を体から抜いた。
 ……あ、わたし泣いてる。どんな涙かな?
 もう、お母さん達に逢えないから? この子を殺しちゃったから?
 ……ううん、今頃考えても遅い。
 少年の心停止を確認すると、わたしは包丁を隠し、家へと戻った。
 定時連絡が出来なかったら……あの場所に。


 どうしても帰りたくなくなった理由、わたしがキョンくんに告白されちゃったから。
『俺に守られてください』って言われたから。
 あの瞬間を思いだすだけでドキドキしちゃう。

 あぁ……定時連絡の時間だ。繋がったらどうしようかな?
 ………………………。
 繋がらなかった。バイバイ、お父さん、お母さん。
 わたしはこっちで守ってもらうから大丈夫です。
 返事をしに行こう。あの日、初めて逢った部室でキョンくんが待ってる。
 わたしは部室へと小走りで向かった。
 薄暗い学校を一人で行くのは怖い。……だけど、行きだけ我慢すれば帰りは守ってもらえるんだ。
 頑張れ、わたし!
 一歩ずつ歩を進め、明かりの洩れる部屋を見つけた。
 キョンくんはもう来てるみたい。……ドキドキするよぅ。
 どう言えばいいのかな? 『わたしも好きです』かな、『一生守ってください』かな?
 とりあえず今は……早く顔が見たいな。
 そう思って、部室のドアを開いた。
 …………え?
「あ、朝比奈さん……ち、違うんです!」
「あぁ~ら、みくるちゃん。助かったわ、キョンにいきなり押し倒されちゃってさ」
「バカ言え! お前が勝手に脱いで、勝手に俺を引き倒したんだろうが!」
 なに……これ。何で? 二人が口を動かしてるけど、何も耳に入ってこない。
 わたしの視界に入って来た景色。上半身裸の涼宮さんを押し倒すキョンくんの姿。
「ごめんね、みくるちゃん。キョンはあたしといろんなことがしたくてたまらないみたい……ほら」
 涼宮さんが示した先には、キョンくんの興奮している男の部分があった。
「違う! 誤解です、朝比奈さん!」
 うふふ……もう、何が真実かわかんないよ。っていうか、何が真実かなんてどうでもいい。
 キョンくん、待っててください。今、助けてあげますから。
 わたしは小型のナイフを取り出した。

 武器の携帯は危ないけど、護身用にいつも持てと言われたナイフ。
「何よ、みくるちゃん。そんなおもちゃなんて取り出しちゃって」
 うふふふ、涼宮さん、おもちゃかどうか試してあげましょうか?
 涼宮さんの露になっている上半身の肩にナイフを突き立てた。
「ああぁぁああっ!」
「朝比奈……さん……?」
 キョンくん、辛かったよね? 無理矢理裸を見せられて、罪を着せられようとしたんだよね?
「そ、そうですけど……ハルヒ、大丈夫か!?」
 肩を押さえて呻く涼宮さんをキョンくんは心配していた。……必要ないのに。
「痛い……み、みくるちゃん、どうして……?」
 何で『どうして?』なんて言葉が出るんだろう? この人は、わたしを愛してくれている人を奪おうとしたのに。
 涼宮さん、わたしはキョンくんと付き合うんです。その為に《未来》も消しました。だから……邪魔しないで。
「み、未来? 消したってどう言う……あぁっ!」
 次は逆の肩にナイフを突き立てた。少しずついたぶるのは……わたしがいつもやられていたことのお返し。
「朝比奈さん、やめてください! それ以上はハルヒが……」
 だって! 涼宮さんが居たらキョンくん、わたしに構ってくれないじゃないですかぁ……。
 守ってくれるって、嘘でしょ? いつもいじめられても見て見ぬフリじゃないですか……。
「そ、それは……」
 だから、涼宮さんがいなくなっちゃえばいいんです。
 ……わたしとキョンくんの邪魔しないでぇっ!
 力一杯に涼宮さんの胸を目掛けてナイフを振り下ろした。
 ごめんなさい、涼宮さん。あなたが悪いんだよ?


 ……何でわたしが倒れてるの?
 ナイフが涼宮さんに刺さる前にキョンくんに体当たりを受けたわたしは倒れていた。


 嘘つき……。守ってくれるって言ったのに……。やっぱり涼宮さんが……。
「違う! 俺が好きなのは、ハルヒにいじられても我慢する朝比奈さんだ!
 こんな……こんなことするのは朝比奈さんじゃない! ……朝倉だろ、そうなんだろお前!?」
 キョンくんは涼宮さんの頭を撫でながらわたしを睨んでいた。しかも……朝倉さん呼ばわりで。
 ち、違います! わたしは朝比奈みくるです! 信じて、信じてよぉ……キョンくぅん……。
 キョンくんの温もりに癒されたくて、わたしは少しずつ、四つん這いで近付いた。
「よ、寄るな! これ以上はハルヒに指一本触れさせんぞ!」
 涙が溢れてきた。キョンくんから明確な拒絶を受けて、勝手に涙が出た。
 こんなの嫌だよぉ……。ね? キョンくん……わたしは朝比奈みくるですよ? いつも通り優しくして……。
 お腹の辺りに鈍い痛みを感じた。血を流している涼宮さんに蹴られたみたい。
 痛いよ。呼吸が出来ないよ……。
「はぁ、はぁ……よくもナイフなんて……。あんたみくるちゃんじゃないんでしょ!? 早くみくるちゃんを返して!」
 涼宮さん……。あぁ、もうダメだ。わたしは《朝比奈みくる》としては扱ってもらえないんだ。
 もう二度と、幸せな日々も、キョンくんとの時間も過ごせないんだ。

 …………死んじゃおう。

 わたしは喉に向けて、床に落ちていたナイフを拾い、構えた。
 さようなら、キョンくん、涼宮さん。本当は二人とも……大好きでした。


 真っ暗な世界。ポタポタと聞こえる音。……え?
 死んで……ない?
 ゆっくりと瞼を開くと、ナイフを手で受け止めているキョンくんの姿があった。
 そして、そのまま……キスをされた。

「最後の言葉で気付きましたよ。よかった……やっぱり朝比奈さんだった。
 守れてよかった……。朝倉だなんて言っちまった俺はバカだ……好きな人を疑うなんて……」
 キョンくん……キョンくん……キョンくん! ごめんなさいぃっ!
 涙が溢れて止まらない。信じてもらえた、命が助かった、守ってもらえた。
「これからはずっと守りますから。もう二度とあなたらしさを無くさないように守って行きま……す?」
 …………え?
「ハル……おま……なん……で……?」
「黙りなさい。あたしをこんな目に合わせて……好きだったのに……。
 あんたが動けなくなっても、ずっとあたしが一緒に居てあげるわ」
 倒れたキョンくんの後ろから、わたしの落としたナイフを、上がらない肩を震わせながら持った涼宮さんが姿を現した。
「そしてみくるちゃん。あなたにはキョンの心をあげる。あたしはこっちで体をもらうから……あなたは向こうで心をもらいなさい」
 う……あ……。そんな……。
 わたしの胸にも、ナイフが突き刺さった。
 ダメだ、もう助からない。キョンくんも……ダメみたい。
 最期に……キョンくん……。
「朝比奈……さん、向こうでは……ずっと一緒に……」
 うん……大好き、キョンくん……。
 目を瞑って、キスをすると、もう動けなくなった。

 キョンくん、向こうではずっとわたしを守ってね……。


おわり

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