キョンくんが学校に来ていない。私がそれを知ったのは、ようやく今日も終わろうという頃。
放課後になって、いつも通り部室で着替えようとした時、先に来ていた長門さんの口から聞かされました。

「えーと…それじゃあ、涼宮さんは?」

一番気がかりになってしまうのは、やっぱり涼宮さんの状態です。
素直にキョンくんの心配ができない立場を、ちょっと恨めしく思いました…

文字通り、世界を揺るがしかねない力を持った涼宮さんが選んだ、ただ一人の普通の人。
キョンくんが選ばれた理由は、まだ誰にも分かっていません。私にも、長門さんにも、多分古泉くんにも。
そんな人だからこそ、休んでしまっては涼宮さんにどんな影響を及ぼすのか想像もつかないのです。

「……」

長門さんは読んでいたハードカバーを閉じると、今日初めて私と目線を合わしました。
いえ、実は長門さんと目を合わせたことは数えるほどしかないんですけどね…な、なんだか威圧されてる気分ですぅ。

「…率直に言うと」

長門さんにしてはとても珍しい、もったいぶるような口ぶり。なんだか、今日の長門さんは古泉くんみたい。

「非常に不安定」

うぅ…予想はしてましたが、一番嫌な展開です。こうなると、私にできることなんて殆どありません。
SOS団の中で、わたしにはお茶汲みぐらいしかできないというのが、ここ最近のコンプレックスなのですが…

「でも」
「はい?」

あ、私にも分かるぐらい長門さんの顔が変化しました。キョンくんが見たら驚くかもしれません。
不思議ですねぇ。今日の長門さんは本当にどこか変な感じがします。何があったのでしょう?

「不可解。というより、異常」

うーん…私からすると、今の長門さんが丁度そんな感じなのですが…あ、ゴメンなさいっ!?

私の狼狽を余所に、長門さんの釈然としない言葉は続きます。
言葉の一つ一つの歯切れが悪いと感じているのは、長門さん自身も良く分かっているようです。

「適切な表現ができない。涼宮ハルヒは現在、私の知る限りでの言語知識のいずれにも該当しない状態」

そして「強いて言うなら」と前置きして、長門さんが言葉を継ぎました。

「浮き足立っている…?」



「みくるちゃん。私もう駄目だわ」

ズバーン! と、大きな音を立ててドアを開けたのに、意気消沈を地でいくような声で涼宮さんが部室に入ってきました。

「駄目。もう駄目もう無理ホント無理」

えーっと……あの、長門さん? 「浮き足立っている」? これがですか?
驚くほど落差のある動作で入って来た涼宮さんは、そのまま早歩きで私の胸に飛び込んで…って、ひゃーいっ!?

「みくるちゃぁぁぁん……」

ふ、不可解……というより、異常…長門さん、これはさっきの説明の方が適切ですぅ…
当の長門さんはとっくに眼前の光景が理解の範疇を超えていたようで、目を丸くして私達を見つめています。
私はと言うと涼宮さんの頭が顔が鼻がエプロンを通して胸に押し付けられてふえぅあうぇう…

「涼宮しゃんっ! どうひたんでゆかぁ!」

ろ、呂律が回りませーん。

「私……私ぃ……」

涼宮さんが顔を上げました。今にも泣き出しそうな酷い顔です。こんな顔の涼宮さんは、あんまり見たくありません。
最悪の場合、なんて思い付きもしませんが、それでもどんな言葉が出て来るのか恐々と私は待ち構えていました。そして。

「キョンとセックスしちゃったぁ…」

涼宮さんが全て言い終わる前に、長門さんがドアの鍵を閉めに駆け出していくのが見えました。



「……詳細を」
「あー…ねぇ、有希?」
「詳細を」

もう一度言いましょう。今日の長門さんは変です。でも許しちゃいます。私もこれには便乗させて頂きます。

「涼宮さん」
「な、なにかしらみくるちゃん」
「詳しくお話してください」

あ、誤解されている方も多いかと思いますが、決して嫉妬している訳ではありませんよ。しかし私も女子高性、いえ女子高生。
お恥ずかしい話ですが、なんだかんだ言っても私だって、人並みにそういうお話に興味があるのです。そういうお年頃なんです。

「え、えーとですね! まず、その、どうしてまた!?」
「みくるちゃん、何聞いてんだか分かんない」
「ですから! どうしてまた急にキョンくんとエッチなんかしたんです!」
「ちょっとみくるちゃん声大きい! やめてそれエッチとか叫ばないで!」

大きくもなっちゃいます。お二人が相思相愛なのは今更言うまでもないことですが、
「彼氏彼女」や「恋人同士」などという肩書きではありませんでした。つまり、はっきりと交際宣言してはいないのです。
それなのに突然「セックスしちゃったぁ」だなんて…セックスしちゃっただなんてっ!

「え、と……なんて言うか…場の雰囲気…みたいな、ねぇ? あるわよね、そういうの」

「どこでしちゃったんですかっ!」
「みくるちゃんお願いだから落ち着いて」

私の胸に顔を埋めたまま、涼宮さんがみにゃーと鳴きます。ハイ、すいません……

「どこって…えっと、キョンの家…キョンの……」
「ベッド」

長門さんもどうかと思います。

「彼の匂いが染み込んだベッド」
「有希、言い直さなくて良いわ。っていうかやめて恥ずかしくて死んじゃうホント」
「ベッド」
「長門さん、お茶飲みますか」

とにかく落ち着いてもらうため、私は急いでお茶を作ります。時間があれば私の分も用意したいぐらいですが。
その間、涼宮さんは私の代わりに長門さんに抱きついていました。
「ふみー」とか「んきゅー」とかおよそらしくない黄色い悲鳴をあげ、ぐるぐると長門さんを軸に回っています。

「どうぞ」
「……」

回ったままお茶を手に取る長門さん。一滴もこぼさないのはさすがです。

「昨日の放課後、やることないからなんとなくキョンの家に行って…」

ようやく止まった涼宮さんが、呟くように回想を始めます。私も思わずお盆を持つ手に力が入っちゃいます。

「で、あいつやれやれとかしょうがないなとか言ってた癖に、結局ちゃんと家に入れてくれて…」

あの、そこからなんですか。そこのノロケから始まるんですか。

「それで、夕飯ご馳走してもらって、あいつの部屋で色々話してたら…なんかスイッチ入っちゃった、みたいな……」
「えゃああああああああ」
「いや、違うのよ!? 私から誘ったんじゃなくて、その、キョンが…なんていうか……それっぽい…っていうか…」
「みぃぃぃぃぃぃぃぃ」

思わず絶叫。この際はしたないとか言ってられません。歯が溶けちゃいます。口から砂を吐いちゃいます。
なんですかこの桃色空間は。閉鎖空間の方がまだ無害じゃないですか。これは毒です。猛毒です。

「と、とにかくその…! だから、そんな感じの雰囲気になって…そしたら、キョンが……キスして…ああああああ」

思い出して来たんでしょうか、独白を中断させて頭を長門さんの胸にぐりぐり押し付ける涼宮さん。
って、長門さんも「むー」とかちっちゃい声で言ってます!? なんか目を細めて頬を緩めてますよ!?

「と、とにかくその…! だから、そんな感じの雰囲気になって…そしたら、キョンが……キスして…ああああああ」

思い出して来たんでしょうか、独白を中断させて頭を長門さんの胸にぐりぐり押し付ける涼宮さん。
って、長門さんも「むー」とかちっちゃい声で言ってます!? なんか目を細めて頬を緩めてますよ!?

「閑話休題」

長門さんの一言に、涼宮さんの動きが止まります。ちょうど抱き合う形で見つめ合う二人。

「彼の唇は、どうだった?」
「どうって…いや、もう」

直球、それも半端じゃない剛速球を投げつけて来る長門さん。

「凄かったわよ?」

それを何の苦もなく打ち返す涼宮さん。すみません、それ場外ホームランです。

「詳しく」
「詳しく言うほどのことじゃないわね…『キョンのキス』ってだけで推し量れるはずよ」
「それは、最早、生物兵器」
「どんなに低く見積もってもアレは既に危険物の域だわ…」

なんだか物騒な話になってきました。どうしてそんな殺傷力の高そうな単語が出てくるでしょう。
あー…でも、キョンくんのキスかぁ……限定的ではありますが、確かに人が殺せるかもしれません。2~3人程度なら。

えーと、ところで。私もそろそろ質問して良いでしょうか。

「涼宮さん、ひょっとして舌は?」
「入れたわよ、っていうか入れられたわよ」
「――」

ああ、いけません…今ちょっとだけ目眩がしました。
今までもそうでなかった訳ではありませんが、今の涼宮さんがとっても遠い…
それも今回は「女性として」遥か彼方へ行ってしまわれた訳で、もうなんだか全然追いつけません。

「どんな味?」
「んー、夢を壊すようで悪いけど苦かったわね。唾液の味? まぁ、夕飯の後にしちゃったにしては上出来みたいな」

あー、それは嫌ですよねぇ。キスしたら油ものの味がしたりとか、それはいけませんよね、やっぱり。
だんだん調子が出てきたのか、涼宮さんもだんだん饒舌になっていきます。聞き手としては非常に好ましい展開です。

「でも、途中から味なんてしなくなったわね。私のもキョンのも混ざっちゃったから」
「うわぁ…生々しいですー…」
「それで、まぁ…あの、唾液のネバネバが糸を引いていたんだけど、なんていうか…」

そこで言葉を切る涼宮さん。何事かと思いましたら、ぷるぷると身悶えしていました。

「んんっ…」

ゾクゾクっと背筋を震わせます。その後「ふぅ」と息をつき、また長門さんに頭を預けました。

どうしたものかと首を傾げていた長門さんは、取り合えず涼宮さんの頭に片手を置いてみることにしたようです。

「ヤバかったわよ、アレは…私とキョンこんなことしちゃってるー、みたいな」

それはそうですよ。昨日まで友達以上恋人未満だった人と、あらゆる過程を無視して口と唇と舌を貪りあったんですから。

「あーそうそう、それでねー? その時のキョンの顔が…可愛い、って言ったら良いのかな、そう思えた訳よ」
「写真を取らなかったのが惜しまれる。次に機会があれば是非撮影を。その時は焼き増しをお願いする」
「有希、アンタそれ何に使うの」
「飾る」

凄く嫌な写真立てになりそうです。

「多分、キョンくんも涼宮さんの顔を見て同じことを思っていたんじゃないでしょうか」
「えっ……あっやっ、待っ……んー!」

取り乱す姿がなんだか可愛くて、長門さんの反対からぽすーんと涼宮さんを抱き締めました。
えへへ、なんだかいつもと逆ですね。でも、私もちょっと見たい気がします、涼宮さんのそんな顔。
真っ赤になって、肩で息をして、唇から糸を引いて…あや!? いえ、私はノーマルですよ!? 

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