試行八千七百六十九回目―。

エラーデータの蓄積。解放までの試行残り三百回。
…。

八千七百六十九回目途中経過報告。
訪問先。
市民プール。昆虫採集。アルバイト-風船配り、ビラ配り。
―。
…。

未来に帰れない…。お家に帰った私はしゃがみこんでしまう。
もう一度通信をしてみる。…だめ、反応なし。

長門さんの話ではこれで8769回目…。
それまでの私も同じようだったの?

帰れない…。ずっとここに閉じこめられるの?
もう泣き疲れたのにまだ涙が出てくるよう…。
うっ。うぇっ。うえぇぇぇぇん。うぅぅぅぅぅ~。

涼宮さんのやり残したこと…
私にはわからない。キョンくん…。

ひっく。

頭がぐちゃぐちゃで眠れない…。
がんばらなきゃいけないのに。
でも誰も指示をくれる人はいない。
私ひとり…。

うぇっ、あっ、うわぁぁぁん、うぅぅぅぅ。

泣いてばっかり…。

うぅぅ。

…。


お空が明るい。
時間は…?お昼過ぎ。
何だか頭が痛いなぁ…。どうしてだっけ。
すぐに思い出す。もう泣きたくないのに…うぅ。

鏡を見る…ひどい顔。
今日は天体観測だったっけ…。
今日はお休みしたいな…。
だめ、だよね。涼宮さんが機嫌悪くしちゃう。
眠いなぁ。夢ばっかり見ていた気がする。どんな夢だったっけ?

洋服を選ぶのもなんだかおっくう。
でも行かなくちゃ…。

かたわらに『浴衣』が置いてある…。
この時代の伝統的な衣装…。かわいくて好き。
着せてくれてありがとう。涼宮さん。


「朝比奈さん?大丈夫ですか?」
キョンくんが訊いてくる。私なら大丈夫…。
こんなうそはたぶんキョンくんにはばればれだけど…。
私はひとりで頑張るしかないんだから。
長門さんのマンションの屋上。いい景色。
眠いなぁ…。古泉くんが望遠鏡を準備してる。
お星様かぁ。きれいだろうなぁ。
願い事…。

未来にちゃんと帰れますように…。
すう。


―天体観測。
八千七百十一回目。
観測星系に変化なし。

涼宮さんがボールを次々に打ち返してる。すごい。
私はもっともっとゆっくりなボールを打つことすらできないし、取ることもできないのに。
涼宮さんには怖いものとかないのかなぁ?
私も涼宮さんみたいに強くなりたいなぁ…。
まずはこの夏休みが終わらないと。
未来。
はぁ…。
「朝比奈さん…元気出してくださいね」
キョンくんだった。ありがとう。
元気になるまではもう少しかかりそうだけど…。
「俺が必ずなんとかします。ハルヒの望みくらい見抜けなくてSOS団の普通人は務まりませんからね」
「うふふ」
ひさしぶりに笑えた気がする。少し元気が出た。
落ち込んでてもしょうがないもんね。


―バッティングセンター。
八千七百六十二回目。


きれい。わぁーっ。すごい。
はなび。花火。花火。
浴衣をまた着て、私たちは花火大会に来ています。
少なくともこの時だけ、未来に帰れないことを忘れていられました。
「…」
視線…長門さんがこっちを見てる。

「長門さん。ど、どうかしましたかぁ?」
「へいき?」
私が大丈夫か気づかってくれてるのかなぁ…。
「大丈夫です。ありがとう…。
あのっ、長門さんは大丈夫?」
「わたしはこれが役目。問題はない」
「そ、そうですかぁ」
ほんとに大丈夫なのかな…。長門さんが私たちと違うなんてことあるのかな。
上の人たちはああ言うけれど、こうしていると普通の女の子…。
「なに」
「い、いいえっ。なんでもないですっ!ごめんなさい」
お辞儀。ごめんなさいっ。
「みくるちゃんちょっと見て!早く早く!すごいわあの花火、たーまやー!!」
「は、はいはい!?」
涼宮さんに呼ばれて、今思ったことはそれきりになっちゃった。
変わったかたちの花火がキラキラ光ってる。


―花火大会。
八千七百五回目。
内容に変化なし。
朝比奈みくるが疲れている。休息すべき。

「はぜ、ですかぁ?」
「ハゼだそうです。まったくどこでそんな告知を見つけてくるんでしょうねあいつは…」
キョンくんとお話している間に川に来ていました。
はぜ。涼宮さんが思い切り釣りざおを振ってる―きゃっ!
「あーみくるちゃんごめーん!!!」
「ふえぇ、と、取ってくださいよ~ぅ」
「こらハルヒ!地球ならまだしも朝比奈さんを釣るなんて何事だ!」
「だからごめんって言ってるじゃない。ごねんねーみくるちゃん!」

夏休みはあと3日しかない…。
私には涼宮さんのやり残したことなんて全然わからない。
あんなに楽しそうなのになぁ。

…すごくいいお天気でした。
お昼過ぎ。
「彼がいい案を考えてくれればいいんですがね」
古泉くんがつぶやいた。
「そ、そうですね…。涼宮さんがまだやってないこと…」
古泉くんはいつものように笑って、
「きっと大丈夫ですよ。何となくですがね。彼を信じたい気持ちです」
それは私も一緒。キョンくんなら私たちに分からないことも分かるかもしれない。
「明日は肝試し…でしたっけ?」
「ひえっ!」
「ははは。大丈夫です、何も出ませんよ」
だといいんですけど…。お墓…。

「こらキョン!あんた何度あたしを釣り上げれば気が済むのよ!」
「すまん!何だか知らんが投げるたんび風が吹いてだな」
「言い訳する気!?罰ゲームにするわよ!」

二人とも楽しそう。
ちょっとだけうらやましかった。
ちょっとだけね。うん。


―ハゼ釣り大会。
八千七百五十四回目。


「ひえぇぇぇぇぇえ!!!」
「朝比奈さん、ただの柳ですよ…」
「へ?え…。あ。ふぅぅ~」
「困ったらいつでも俺の腕にすがってくれていいですよ」
「そ、それは…その」
「恨めしやぁ~!」
「きゃ、きゃあああああああああああああああああああああああああああ!」
「こらハルヒ、何度やりゃ気が済むんだよ!朝比奈さんの寿命を縮める気か!」

今日は怖かったぁ。もういやですあんなの…。

つい時計を見ちゃう。
あと2日しかない…。
また元通りになっちゃう。
つい未来と交信しようとしちゃう。誰も応えてくれないのに。
ふぇっ、うぅぅぅぅ。
泣いたってどうにもならないのに…うぅぅぅぅ。
うぇっ、うっ、ふぅぅ。


―肝試し。
八千七百六十三回目。


「これで課題は一通り終わったわね」
涼宮さんが課題表を見てる。本当は終わってないんですよね?
キョンくん…。困ってる。
気のせいかな…長門さんもちょっと困った顔に見える。
「―また明後日、部室で会いましょう」
涼宮さんが出て行っちゃった。前にも見たような気がする。
「さて、これでまた我々は元に戻ってしまうわけですね」
古泉くんが涼宮さんの残していった課題表を見てる。

「何か思いつかないんですか?」
「俺頼りかよ。残念だが何も思い浮かばん。
あいつの考える事がそんな簡単に分かっちまったら、それはそれで問題だな」
キョンくんはまだ困ってる…。口ではこう言ってるけれど。
私は帰れないんだ…。ずっと同じことを、繰り返して。
急に悲しくなってくる。うぅぅ。うっ。
「朝比奈さん…」
キョンくん。ごめんね。うぅぅ。
泣くつもりなんて…ないのに。うぅっ。
「ごめんなさい。何とかするって言ったのに…何も思い浮かばなくて」
「キョンくんの…せいじゃうっ、ふぇっ、ありませっ、んからっ」
そこから涙が止まらなかった。だめな子…。
足を引っ張ってばっかり…。
私が泣き止むまで、他のみんなは黙ってついていてくれた。
家に帰っても涙がまた出てきた。
からっぽな気持ち。
本当の家。
…。
未来。
…。
帰れないなんてやだよう。


―喫茶店。団ミーティング。
八千七百六十九回目。
朝比奈みくるの心労が大きくなりすぎた。
無意識下の蓄積が引き金になった可能性がある。
彼女が泣き止むまでにここまで時間がかかったのは初めて。
あと一日。
99、9999332パーセントの確率で明日の二十四時に試行八千七百七十回目に突入

朝。今日はなにもないみたい。
ぽっかり一日が空いちゃった…どうしよう。
学校の宿題がまだ全部は終わってない、けど…。
私は受話器を取って電話をかける。
プルルルル、プルルル ガチャ
「やっほー!みくるかい!?どうしたの?」
「鶴屋さん、あの…えっと。うーん」
「何か落ち込んじゃうようなことでもあったかなー。んー?」
「えっ。あぁ、その…そうなの」
「そっかそっかー。みくるはいい子だからねー。
人よりちょろっと傷つきやすいのさっ。
でも大丈夫っさ!すぐに元気になれるのもみくるのいいとこだーっ!」
「…」
「んー?どうしたー、みっくるー?」
「うっ、ふえぇぇぇ」
「また泣いちゃったかぁ。んもうみくるは泣き虫さんだなぁ!」

鶴屋さんは一時間近く私をなぐさめてくれた。
ありがとう。ごめんね。変な電話しちゃって…。
「そんなの気にしない!あたしたちは友達なんだからっ。
おっと、もう泣かない!みくるは本当は強いんだからなー!」
ありがとう。

受話器を置いて、私は顔を洗った。
うん、大丈夫。
また繰り返しちゃっても、おんなじように何度も泣いちゃっても。
私は負けない。がんばる。

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