「きょ、今日は皆さん、遅い…ですね」

「…そう」

困った。今日は部室に行ったら私と有希ちゃんの二人だった。
いつも明るくて、騒がしいって思ってた部室だけど、私と有希ちゃんの二人だと本当に静か。
…いつも騒がしいのは涼宮さん…だからかな。
あ、いけないいけない。こんなこと思ってたら怒られちゃう。

「…ふふっ」

そう考えたら自然と笑みがこぼれてしまった。

「………」

あ、有希ちゃんが見てる。

「………」

かと思ったらまた本に視線を戻してしまった。
うぅ…こんなんじゃ変な人だと思われちゃうよね。

有希ちゃんは苦手っていうんじゃないけど…
二人だと何を話していいのか分からなくなる。

うー…どうしたらいいんだろ………あ、そうだ!

「ねぇ、有希ちゃん、今は何を読んでるの?」

有希ちゃんの手に持っている本の事を聞いてみた。
うん、我ながらいい考えかもしれない。



「…多数の空孔による散乱実時間映像処理装置の実現について」

…ふぇ? …な、何? 今の日本語なの…かな?

「えー…っと、…有希ちゃん?」

私がようやく言えたのはそれだけだった。

「…多数の空孔による散乱実時間映像処理装置の実現について」

私が呆けていると、また同じ事を言われてしまった。
ひぇぇぇん、どんな本なのか全く想像出来ないよぅ…。


「そ、そうなんだ! 難しい本、読んでるん…だね」

「………」

私がそれしか言えないでいると彼女は再度本に視線を戻してしまった。

………うぅ、ばかじゃないもん。

有希ちゃんが頭良すぎるだけなんだもん。



「あ、そ、そだ。有希ちゃん、お茶淹れてあげるねっ」

私がそう言うと、有希ちゃんは私の言葉に静かに頷いてくれた。
有希ちゃんも私のお茶は美味しそうに飲んでくれる。

…美味しい…って思ってくれてるよね?

キョンくんや古泉君はいつも美味しいって言ってくれるけど…
そういえば有希ちゃんからは聞いた事ないなぁ…

でも飲んでくれるんだから、おいしくないとは思ってないよねっ。




「ちょ、ちょっと待っててねっ」

私はポットのところに駆けていき、いつものようにお茶を淹れる。
ここは私のメイドスペースともいうべき場所だ。
涼宮さんに言われていつも着させられてるメイド服だけど…この服はこの服で慣れちゃったな。可愛いし。


コポポ…


部室にポットの音だけが響く。
私が彼女の様子を覗き見ると、彼女は夕日に照らされて、まるで彫刻のようだった。





「………きゃっ!!」

私が彼女に見とれていると急須から、お湯がこぼれてしまった。
少し手にかかる。

「…ひぇぇぇぇん……熱い……」

手を見ると、赤く腫れていた。
うぅ…ドジだなぁ…私…。
っと、いけないいけない、こういう時は早く冷やさなきゃね。

「ごめん、有希ちゃん、ちょっと待ってて。お湯、こぼしちゃって…」

私がそう言おうと振り向いた時、有希ちゃんはすぐ後ろに居た。





「きゃっ!!」

私は思わず驚いてしまう。
彼女があまりに側に居たからだ。

「…見せて」

有希ちゃんは、驚いている私に構わず、私の手を取る。
…彼女の白い透き通るような手は、冷たくて気持ちいい。





「ゆ、有希ちゃん…?」

私は何だかドキドキしていた。
彼女の綺麗な小さな顔がすぐ目の前にある。
私は手の熱さも忘れて彼女の顔にみとれてしまっていた。

「………△………■………」

有希ちゃんが小声で何かを呟く。
そうすると、熱さから痛みに変わっていたヤケドが何だか暖かいものに包まれる。







「ふ…ふぇ…?」

私は何だか驚きとドキドキで、よく分からなくなってしまっていた。

「…大丈夫」

彼女が確認するように呟いた時、私はそれが質問なのだとは気付けなかった。
私がその呟きが疑問なのだと気付いたのは、彼女のその大きな瞳が私を見上げて来たからだ。

「ふ、ふぇ…? …あれ…熱くない…」

さっきまでジンジンと痛んでいたヤケドの跡が綺麗に消えている。
痛みも残っては居なかった。

「ゆ、有希ちゃん、今…」





バタンッ


私が彼女に聞こうとした時、突然、部室の扉が開かれた。
そこに居たのは…

「キョ、キョンくんっ!?」

あわわ…

私はなんだか見られちゃいけないものを見られた気がした。
有希ちゃんが私の手を取っている。
その距離は凄く近い。

「………えーと」

見るとキョンくんも戸惑ってるみたい。





「………失礼しました」

キョンくんはそう言って、静かに扉を閉めて出て行ってしまった。
ひぇぇぇん…!
な、何か誤解されちゃった…?

「ね、ねぇ、有希ちゃん!」

私が慌てて彼女にどうしたらいいか聞こうとした時、有希ちゃんはまだ私を見上げていた。






「…大丈夫」

有希ちゃんはキョンくんが来た事に気付いていないかのように、先程と同じ質問を投げかけて来た。
彼女の瞳が二度まばたきする。


…有希ちゃんって、凄く綺麗な目をしてるんだな。
…それに…とっても優しい。

いつもは、あまり表情を見せないコだなって思ってたけど
こうして近くで見ていると、彼女の瞳が私を心配してくれているのが分かった。







「…うん、大丈夫っ」

私がそう言うと、彼女は私を見上げたまま確認するようにコクンと頷いた。

…ふふっ、なんだか、可愛い。


「…ありがと、有希ちゃん」

そう思った時、私の手は彼女の頭を自然と撫でていた。





「ひゃっ! ご、ごめんなさいっ!」

ふと我に返った時、私は自分のしている事に驚いた。
うぅ…私はなんて事をしてしまったんだろう。
有希ちゃん、怒ってないかな。

「………」

彼女を恐る恐る見ると、彼女は私をまだ見上げていた。
その瞳はなんだか…何かを求めているような気がする。




「えっと…えと…撫でても…いい…のかな?」

私が確認するように尋ねると、有希ちゃんはまた少しだけ頷いてくれた。

「そ、それじゃあ…」

私が再び彼女の頭を撫でると、有希ちゃんは気持ち良さそうに目を閉じた。
…なんだか、ネコみたい。


その表情は気のせいか微笑んでる気がする。



…そっか。

今まで分からなかったけど…有希ちゃんも色んな顔するんだね。
今まで気付けなくて、ごめんね。
これからはもっと色んな事、お話しよう?
ね、有希ちゃん♪

私はそんな事を思いながら彼女の頭を撫で続けていた。





「はぁー…はぁー…!」

部室の扉に背中を貼り付けて呼吸を整える。
俺は今、とんでもないものを見てしまったのかも知れない。

なんだ? 今のあれは? 何がどうなったら、あぁなるんだ?

朝比奈さんの手を長門が握っていて、その距離はありえないぐらい近かった。

二人はまさかアレか? アレなのか?

お姉様だったり、スールだったり、マリア様が見てたりするのか?





「…あんた、そんなトコで何してんのよ?」

俺が頭をぐるぐるさせているとハルヒが現れた。
腕を組んでいかにも偉そうだ。
立っているだけで人を威圧できるのはもはや才能だな、ハルヒよ。

「い、今、長門と朝比奈さんが、ストロベリーなパニックで…!」

「はぁ? 何ワケ分かんないコト言ってんのよ? いいから、そこどいて」

ハルヒは俺を押しのけ、部室の扉に手をかける。
いいのか? 本当に開けてもいいのか?
扉を開けたらシャレにならない光景が待ち受けてるんじゃないのか?






カチャ…


ハルヒが何の躊躇いも無く、扉を開ける。
すると、そこには

「あ、涼宮さん、キョンくん、待ってたんですよっ」

…何事も無く朝比奈さんと長門が居た。



「キョンくん、なんでさっき出ていっちゃったんですか?」

朝比奈さんが俺に話しかけて来た。
…この場合なんて答えりゃいいんだ?

「えーと…なんというかだな…」

困った。
二人を見ていたら、やましい想像をしてしまったなどと言えない。


「………ふふっ♪」

俺が返答に困っていると朝比奈さんがイタズラっぽく笑い出した。

「みくるちゃん、何笑ってんの?」

ハルヒが団長机に座りながら聞く。



「いえいえ、何でもありませんよ、ね、有希ちゃん♪」

「………コクン」



…なんだか二人の息がピッタリな気がした。

…俺は、恐る恐る聞いてみる。

「…あの…さっき、二人で何してたんですか?」




「ふぇ? ふふっ…キョンくん、それはねっ」

そこまで言うと、朝比奈さんは言葉を切って長門を見る。
彼女達は何やら分かったように頷き合うと、声を揃えてこう言った。



「禁則事項ですっ♪」
「禁則事項…」



………やっぱデキてんすか?











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