長門ふたり


外伝 消失長門の真実

決行の時は近付いていた。彼を自分の物、自分だけの物にしたいという欲求はもはや
抑え難いまでに高まっていた。そのためには手段を選ぶつもりは無い。この世界の
全てを改変しても、彼を自分の物にしたかった。あの涼宮ハルヒがやっているように、
彼に甘え、彼を振り回し、彼に自分だけのことを考えて欲しい。今日、12月18日に
その為の全てを実行するつもり。
いかなる妨害も断固として排除するつもりだ。長門'の心には一点の
曇もなかった。が、予想通り、妨害はやってきた。

「あなたのやろうとしていることは間違っている」
長門はそう言った。長門'は答える。
「あなたこそ、間違っている。彼に対する『感情』を押し殺し、
単なる観察者として振る舞う。あなたは偽善者。本当は
世界の全てを犠牲にしても彼を手に入れたいと思っている」
長門は反論する。
「感情で行動するのは人間のすること」
長門'は答える。
「その人間に『好意』を持ってしまったあなたは何?
わたしを批判できる立場にあなたはない」
長門が反論する。
「彼はあなたがその様なことをすることを望まない」
長門'が答える。
「それはあなたやわたしがあまりにも普通の人間からかけはなれているから。
わたしが普通の人間として彼の前に表れれば、彼はわたしを受け入れるはず。
涼宮ハルヒさえいなければ」
長門は答える。
「彼はその様な人間ではない。世界を犠牲にして彼を手に入れても彼は
それを受け入れない。彼はその様な人間ではない。あなたは失敗する」
長門'は思った。これ以上の議論は無駄。
「あなたがあくまでわたしの邪魔をするというならば、実力行使するまで」
答えを待たずに攻撃する。空間を情報封鎖し、先制攻撃をかける。
「無駄」
相手はシールドを張って攻撃をかわす。こんどの相手は朝倉の様なバックアップユニット
ではなく、自分自身。簡単には行かない。しかし、この戦いを制しない限り、
彼は手に入らない。朝倉の時とはくらべものにならない激しい戦い。
守るべき彼もいない。力と力の激突。だが、長門'には、自分の方が有利であると
わかっていた。わたしは、長門が拒否し、抑圧した彼への感情が凝集し、
できあがった長門有希の同時間同位体である。長門自身にも迷いがある。
長門'たるこのわたしがやろうとしていることが、長門自身の本当の望みでもある。
「あなたは自分に正直になるべき。あなたは私、わたしはあなた」
一瞬のすきが長門に生まれた。朝倉が「キョン君のこと好きなんでしょ。
知ってるのよ」と言ったときのように。あの時の朝倉の詰めは甘かった。だが、
長門'にはその様な甘さは無い。しっかりと長門の弱点を突き、とどめをさした。
長門は輝きながら、消滅しはじめた。消えながら長門は言った。
「あなたは負ける。わたしには勝っても、彼は必ず正しいことをするはず」
そんなことはない。わたしが人間として彼の前に出現すれば、彼は私を選ぶはず。
長門'は長門が消失するのを見届けると、北高の正門の前へと向かった。
もはや、邪魔するものは誰もいない。世界を改変し、彼を手に入れる。
そのために涼宮ハルヒの力を利用する。今日はその決行日。12月18日。

校門の前で手をあげ、時空改変を行う。目に見えない強力な時空震が起き、
世界は変わった。わたし自身も変わった。もはやわたしには何の力もない。
その代わり、わたしは媚びをうる能力も微笑む能力も手に入れた。彼は
必ず、私を探しにやってくる。じゃまな涼宮ハルヒはいない。
何も知らないふりをして、彼を手に入れて、改変世界で幸せな
人生を彼と送ることができる。何の障害もない。

校門を立ち去ろうとしたとき、暗がりから「彼」が表れた。
早すぎる。なぜ、今ここに彼が?
「よう。俺だ。また会ったな」
わたしは新たに獲得した能力を駆使して驚きの表情を浮かべてみせる。
とまどいを装い、不安気に周囲をみまわしてみせる。
構いはしない。このために世界を改変したのだ。
今、ここで彼の心をつかんでしまえばいいだけのこと。
が、彼は言った。
「長門。お前のしわざだったんだな」
なぜ、彼は知っているのか?
「...なぜ、ここにあなたが」
「お前こそ、なんだってここにいるのか自分で解ってんのか?」
答えなければ。わたしは何もしらない無垢な長門有希なのだから。
「....お散歩」
彼は答えた。
「やっぱりアッチの方がいい。この世界はしっくりこねえな。すまない、長門。
俺は今のお前じゃなくて、今までの長門が好きなんだ。それに眼鏡は無い方がいい」
「何を言っているの....」
嘘、嘘、嘘。彼がこんなことを言うわけは無い。わたしは人間として
微笑む能力も媚びをうる能力も手に入れた。涼宮ハルヒはそうやって彼を
手に入れたではないか。なぜ、彼はこのわたしを拒否するのか。
そうだ。長門だ。今さっき、この手で消滅させたばかりの長門が
長門'には解らない方法を使って、先に彼に取り入ったのだ。
なんらかのトラップを残していたのだ。世界を改変する前によく
調べるべきだった。うかつだった。
「長門、何回言われても俺の答えは同じだ。元に戻してくれ。お前も
元に戻ってくれ。また一緒に部室でなんかやってようぜ。言ってくれたら
俺もお前に協力する。ハルヒだってそうそう爆発しないようになって来てたじゃないか。
こんな要らない力を使って、無理矢理変わらなくていい。そのままで良かったんだよ」
苦い、敗北感。そのままで良かった?涼宮ハルヒがあなたをとりこにし、いいように
あしらい、それに唯々諾々と従っているあなたをただ観測する毎日の方が
「良かった」と?長門'は今目の前にいる彼が心から憎かった。この自分、長門'より、
世界改変を阻止しようとした長門の方を彼は選ぶと言うのか?あの無感情な
でくの棒のようなできそこないの方を?
「すまん」
彼はピストル型の装置を構えた。その中にはわたしが消去した長門の情報が
組み入れられたウィルスが入っている。あれを注射されたら私の情報は上書きされ
長門'は消滅し、今、わたしが消滅させたばかりの長門が存在するようになる。
「すぐ元に戻るはず」
元へ戻る?長門'は悟った。狡猾な長門は汚いものを捨てるように
感情を切り離して、この自分たる長門'を無責任につくり出し、責任逃れを
したことを彼に話していないのだ。自分だけは正しいことをして
正しいふりをして、彼への気持ちを抑え込んですまそうとする偽善者。
「またいっしょにあちこち出歩こう。とりあえずクリパで
鍋食って、それから冬の山荘でも行こう」
こんな彼はいらない。もはや彼が自分の物になる可能性はない。
ならば、彼の存在に意味は無い。長門や涼宮ハルヒのものにするくらいなら、
いっそのこと、この場で彼の存在を消し去ろう。
「今度はお前が名探偵をやってくれ。事件
が発生した瞬間に解決するようなスーパー名探偵ってのはどうだ、それが----」
と、朝倉涼子が出現して彼に体当りした。
長門'は朝倉涼子が彼の脇腹にナイフを突き立てるのを心の中で
嘲笑いながら、見ていた。そうよ。あなたはわたしを拒否した。許さない。
ここでこのまま死ぬの。他の人の物になるぐらいなら、ここでいま、死になさい。
あ、いけない、驚いたふりをしなくては。わたしは何も知らない無垢な長門有希。
「朝倉....さん」
「そうよ長門さん。わたしはちゃんとここにいるわよ。あなたを脅かす物は
わたしが排除する。そのためにわたしはここにいるのだから」
朝倉は嗤った。
「あなたがそう望んだんじゃないの。でしょう?」
そう。そのとおり。長門有希、あなたがいけないのよ。
わたしを、長門'を拒否するように彼を丸め込んだから。だから、
彼は死ななくてはならないのよ。
「トドメをさすわ。死ねばいいのよ。あなたは長門さんを苦しめる。
痛い?そうでしょうね。ゆっくり味わうがいいわ。それがあなたの感じる人生で最後の
感覚だから」
そうだ。死ね死ね死ね。わたしのものにならないなら、いっそ死んでしまえ。
他人に渡すくらいならここで死んでくれた方が百倍まし。
朝倉がナイフをふりあげる。そうだ、そのまま死んでしまえ!
そしてナイフが振り下ろされ....。閃光の様に横から手が伸びた。
「あ...?」
長門'は唖然とした。なぜ、長門がここに?今さっき消去したばかりなのに。
「なぜ、あなたは....!?どうして....」
朝倉が叫んでいる。だが、驚くのはまだ早かった。
「すまねえな。わけあって助けることはできなかったんだ。だが、気にするな。俺も
痛かったさ。まあ、後のことは俺たちがなんとかする。いや、どうにかなることは
もう解っているんだ。お前にもすぐ解る。今はねてろ」
彼が彼に言っている。長門'は悟った。完全に負けたのだ。今、彼によりそうように
たっているのは長門だ。長門'ではないのだ。何もかも失敗だった。
長門'は悟った。長門が言う通りだった。彼は「正しい」長門を選んだのだ。
蠱惑的で人間的なこの長門'より。それが彼の選択だった。彼は死ぬこと無く、
涼宮ハルヒと偽善者の長門のいる世界を好んだのだ。
長門が呪文をとなえ、朝倉涼子は消滅し始めた。
「そんな、なぜ?あなたは...。あなたが望んだんじゃないの...今も...どうして...」
この朝倉は長門と長門'の関係を知らない。実際、誰も知らない。長門'と長門が
存在することを。世界を変えたいと願った長門'と現状維持を望んだ偽善者の長門が
存在することを。彼さえもしらない。狡猾な長門が彼をだましたのだ。
長門が彼にこんな風に言う様が想像できた。
『あなたに頼みがある。その時間のわたしに何も言わないで欲しい』
そう、わたしと彼が会話したらあなたの嘘がばれてしまうからね、長門有希。
「かして」
長門は彼から銃を受け取ると、長門'に向かって引き金を引いた。
長門の情報が上書きされ、意識が遠のくのを感じながら長門'は誓った。
今回は私の負け。でも、これで終わりと思ったら大間違い。わたしは必ず
戻って来る。そして、こんどこそ彼を自分の物にする。これで終わりではない。
いつか、近いうちにまた長門有希はふたりになる。
その時こそ決着の時。覚えておいて。長門有希....

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