お約束のように、古泉が最後にやってきたのは、いつもながらの変わり映えのしない、団活の真最中だった。どうせなら、不思議体験ツアーだけじゃなくて、毎日の団活でも最後に来たら、おごり、を励行して欲しいものだ。入って来るなり古泉は俺のそばに来て
「ちょっとお話が」
などと、ほざきやがった。顔が近いぞ、古泉。なんだ、言ってみろ。
「ここではちょっと」
とささやく古泉の視線の向こうには、いつものごとくハルヒが....、ん、
なんだ、長門の前じゃいえない話か?
「はい」
「何、古泉君?キョンと内緒話とは聞き捨てなら無いわね。」
「いえ、御婦人方にお聞かせするような内容では」
「あー、いやらしいわね。そういう話はどっかでさっさと済ませて来て頂戴」
「はい、それでは」
古泉は
「中庭へ行きましょう」
といつものテーブルへ俺を誘った。
「今度はなんの話だ?」
ハルヒ、お前はまた、特大級の閉鎖空間でも生成したのか?疲れ来った古泉の様子を見ながら、俺は思った。
「機関上層部が判断を変えました」
どう変えたんだ古泉。お前じゃなくて美少女エスパーでも派遣してくれるのか?そうだったらうれしいがな。
「いえ、そうではありません。力の源泉の件です」
ハルヒの話?
「そうであるとも、ないとも言えます。我々、つまり、機関ですが、は根本的なミスを犯していました。力の源泉は涼宮さんではありませんでした。」
ほう、それはおもしろいな、で誰れ、あるいは、何が、源泉だったんだ、古泉。そう言いながら俺はさっき古泉の視線の先にいた人物を思い浮かべていた。長門有希...。
「長門さんです」
やっぱり。
「あまり驚かれないのですね」
そういわれてもな、古泉、ハルヒが「神」だというのはお前から聞いた話で100%納得していたことは一度もない。大体、ハルヒが自分で望んだ状況が実現しているのに気づいてないってところが一番納得が行かなかったのは事実だしな。その点、長門なら全ての状況を認識している。
「さすがですね。御明察です」
大体、「明示的なパワー」に限れば、SOS団員で最大のパワーを保持しているのは明らかに長門だ。長門はその気になればほとんど全てのことを自分の思い通りに改編できる。
「そのとおりです。彼女こそ力の源泉に相応しいのです」
言われてみれば符合することばかりだ。こんな状況(宇宙人、未来人、超能力が登場する)が大好きなのは誰れだ?ぶ厚いSFを愛読している元眼鏡っ娘じゃないのか?本当に世界を「改編」してしまったのは誰れだった?ハルヒは閉鎖空間を作っただけだ。あれが新しいパラレルワールドだというのは古泉(あるいは機関)の解釈に過ぎない。俺がみたのはせいぜい学校のサイズの「小さな」閉鎖空間に過ぎない。俺がハルヒに、その例のあれをしなかった場合、本当にあの閉鎖区間は別の世界に成長したと保障できるのか?
力の源泉が長門だってちっともおかしくない。いや、その方がもっともらしいかも。他にはどういうことが解ってるんだ、古泉。
「はい。ことの始まりは3年前です。長門さんも自分の存在は3年前からと主張しておられます」
しかしなあ、情報統合思念体はどうするんだ、古泉。長門を作ったのは情報統合思念体なのだろう?じゃあ、思念体はこの世の創造主の創造主なのか?ややこしい。
「いえ、違います。それで我々もすっかり騙されたのです。いいですか、情報統合思念体が3年前に長門さんを作ったのでは有りません。長門さんが情報統合思念体を3年前に作ったのです」
なんと。その手があったか。うかつだった。
「はい。その他にも、僕の超能力が3年前に出現したのも長門さんの意図です」
ややこしいな。でも、そうするとまず、長門がハルヒに閉鎖空間作成能力を与え、次に、その抑止方法としてお前たちを作りだしたのか?
「そうではないようです。むしろ、涼宮さんが閉鎖空間と神人を作りだす能力をもともと持っていたようです。その抑止手段として長門さんが我々を作りだした、と」
解らないな、古泉。ハルヒの能力が時空改編じゃないなら、閉鎖空間を抑止しないといけない理由などないだろう?あれは現行世界をのみこむパラレルワールドになどならないのだから。
「まだお分かりにならないのですか?」
古泉はあきれたように言った。
「原因はあなたですよ」
「俺?」
「はい。あなたが涼宮さんと閉鎖空間に隔離された時、涼宮さんはこの世界に戻りたがらなかったのではありませんか?そして長門さんはあなたにその時、なんと言われました?」
俺は、あの時、長門がパソコンを通じて俺に伝えようとした最後の(そして未完の)文章を思い出していた。

YUKI.N> また図書館に

「答えは明らかですよ。長門さんにあなたをとられまいとした涼宮さんはあなたを閉鎖空間に隔離したのです。その思いがあまりにも強かったため、抑止手段たる我々さえも弾き出された。切羽詰まった長門さんはあなた自身を使うことを思い付いた」

YUKI.N> sleeping beauty

「そのほかにいくらでも思い付くことはあります。なぜ、SOS団は長門さんが棲息している文芸部室ではじまったのか?朝倉涼子は長門さんがあなたを助けると言う状況を作りだすために作り上げた仮想敵です。涼宮さんが文化祭でにわかボーカルをするはめになって長門さんを誘ったとき、彼女が無意識のうちに望んでいたのは、見事、ギターを弾き切る長門さんではなく、抜群の歌唱力披露してあなたを惚れ直させている涼宮さんの脇で不様に失敗している長門さんだったんです。残念ながらそうはなりませんでしたが」
長門が力の源泉だというのはわからんでもない。だが、一連の騒動が俺のせいだというのは無理があるんじゃないか、古泉。そんな面倒なことをなぜ、長門が望むんだ?「恋敵」のハルヒがいない方が長門は都合がいいんじゃないか?古泉は溜息をついた。
「本当、御自分のこととなるとすっかり、いつもの切れ味がにぶられますね。涼宮さんがここにいる理由は、単純です。あなたが心惹かれたのが涼宮さんだからですよ。長門さんがあなたに『SOS団を(SO「N」団かもしれませんが)を作るから手伝え』といったら承諾しましたか?」
俺は答えなかった。今の質問は俺の16年間の人生で受けた全ての質問のうちでもトップ10の「答えたくない質問」のリスト入り確実だった。
「宇宙人、未来人、超能力者といっしょに遊びたいと思っているのは涼宮さんではなく、長門さんです。自分も『宇宙人』として参加することで。あなたを選んだのは涼宮さんではありません。長門さんですよ。正確に言えば、あなたを選ぶことが確実な涼宮さんを選ぶことであなたを選んだのです。ついでに、もうひとつ。涼宮さんが望んだ(つまり、長門さんの望み、ということですが)4種類の異人のうち、異世界人だけは出現していません。変だと思いませんか?とっくに出現していますよ。涼宮さんは異世界人です。彼女は我々が「閉鎖空間」と呼んでいる世界の住人です。異世界人の出現を望んだ長門さんが強制的に召喚したのです、閉鎖空間から。勿論、涼宮さんは過去の記憶を失ってますがね。彼女が奇人なのは当然です。彼女はこの世界の人間ではないのですから。閉鎖空間の出現は、故郷に帰ろうとしている涼宮さんのあがきですよ。我々はそれを、長門さんの意志とも知らずに妨げていたんです。あの涼宮さんによる最大の閉鎖空間騒動、あなたが二人っきりで閉鎖空間に閉じ込められたあの事件は、あなたを伴って『帰郷』しようとした涼宮さんの無意識の意識が現実化したものにすぎません。だから、あなたが「帰りたい」と強く望んだとき、涼宮さんは妥協したのです。まだ、機は熟していない。と」

あれから俺は帰宅し、食事し、入浴し、いま、ベットであおむけになっている。そして、最後に古泉が言ったことを思い出していた。

「力の源泉は涼宮さんから長門さんに移行しましたが、鍵たるあなたの存在はまったく揺らいでいません。力の源泉が長門さんだとなると非常に面倒なことになります。涼宮さんと違い、長門さんは全てを把握している。にも関わらず、長門さんは「力の源泉は涼宮ハルヒ」という状況を作りだし、自分自身もそれを信じていると言う複雑なことをやってのけている。早急に長門さんに真実を認識してもらう必要があります。力の源泉は自分だと。でないと、この捻れた状況は改善せず、いつかのように突発的に長門さんが世界を改編してしまうことになりかねない。長門さんと話をつけてください。今すぐ」

言うだけだったら簡単だよな。古泉。ようやく、お前の気持ちがわかったよ。俺はいつも傍観者だったが、今回はそれが許されないってことだな。おまえが毎日やっているように俺も世界を救わないといけないわけだ。


翌日、部室には長門しかいなかった。古泉がうまくやったのだろう。
「長門」
「何?」
本から顔を上げた長門に、俺は、昨日、古泉から聞いたことをかいつまんで説明した。
「...ということなんだ、長門」
次に言った長門の言葉は俺の意表を突いていた
「あなたはそれで私にどうして欲しいと望んでいるのか?」
俺はてっきり「あなたの分析はおかしい」とか「非論理的」とかいう答えが戻って来るとばかり思っていた。いや、むしろ、古泉が提示したシナリオを長門が論理的に否定してくれるのじゃないか、とさえ、期待していた。俺がしばらく答えずにいると、さらに、長門はこう尋ねた
「それで、あなたは、どっちを選ぶの?」
「何の話だ?」
勿論、俺には長門が何を聞いているか解っていた。どっち。二人のうちのどっちを選ぶのか。長門は答えなかった。いつもの無表情を変えないまま、じっと俺の答えを待っていた。俺が本当に好きなのはハルヒだ、いや、待て待て、ついさっきまで俺は自分自身にさえその事実を認めては来なかったのじゃないか?こういう状況でだけあっさり認めるのはルール違反だろう。大体、『異性として』真剣に長門とハルヒを比べたことなどあったのか?そんなんでこんな質問に答えられるのか?気がつくと、俺はこんなことを口走っていた。
「わからない。わからないんだ。長門。いますぐは無理だ。ただ、これだけは言える。俺はこの状況が好きだ。お前がいて涼宮がいて、朝比奈さんがいて、古泉がいて、それから鶴屋さんや国木田や谷口がいるこの日常が好きだ。だから、とりあえず、この世界を変えないでくれないか?」
長門はじっと俺の方を見ていたが、
「そう」
というとまた、本に視線を落とした。

結局、それだけだった。古泉はあれから何も言って来ないし、世界が改編されたことも無かったようだ(本当に改編されたら俺には解らないだろうが)。いつもの日常、わがまま暴走スーパー美少女を団長に頂く、わがSOS団の活動はあれから変わりなく続いている。古泉の「新解釈」も二度と持ち出されることは無かった。

ひとつだけ、今でも残念だったことがある。もし、あの時、おれが「長門」とか「ハルヒ」と答えていたら、あの自称ヒューマノイドインターフェースは何をしたんだろうか?情報操作?世界改編?それとも俺の意識をいじる?長門が何をどうするつもりだったのか、それを知りたかったなあ。

 

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最終更新:2020年03月15日 19:08