冬の寒い日。
わたしは自宅の近くの公園で一人、本を読んでいた。たまに、こうして外で本を読む。寒いけど空気が気持ちよく、気分を入れ替えることができるから。
「あっれー!?そこにいるのは有希っこかい?」
「あ……鶴屋さん」
長い髪の綺麗な女性が立っていた。鶴屋さん、とても明るくてかわいい性格をしていて、少し憧れてしまう。
「なにしてるんだい?こんなに寒い中で読書かい?相変わらずの本の虫っぷりだねぇ!!」
ゆったりとした空気の寒い冬に、ほんのりとあたたかい陽が射したような感じ。鶴屋さんと喋ると世界に明るい色がつくような感覚を覚える。
「一緒に読む?」
わたしは尋ねた。たぶん返ってくる返事はNO。だけど聞いておくのが人間の礼儀。
「いやいや!あたしは遠慮しとくっさ!それより有希っこ、一緒にご飯食べにいかないかい?あたしが奢るからさ!」
わたしは少し考えた。確かに昼食はまだ食べていない。でも、わたしなんかと行って鶴屋さんは楽しいのだろうか?
「……わたしと行って、楽しい?」
鶴屋さんは笑顔を満面に浮かべて答えた。
「あったりまえさぁ!有希っこはかわいいし見てて飽きないさっ!……そだっ!今日はあたしのこと《お姉ちゃん》って呼びなっ!あたし一人娘だから妹が欲しかったのさ!」
お姉ちゃん?わたしが……妹?それもいいかもしれない……。
「お姉……ちゃん」
「よしっ!決まりっさ!じゃあご飯食べにいこっ!」
そういってわたしは《お姉ちゃん》に手をひかれ、店へと連れられて行った。


着いた所はカレー屋だった。……高そうな。

「有希っこはカレーが大好きなんだよねっ?あたしが出したげるからたっぷり食いなっ!にゃはは~、一日姉妹サービスさっ!」
わたしは厚意に甘えることにした。姉妹とは、遠慮などしない気兼ねないものだと本で読んだから。
「ありがとう」
《お姉ちゃん》は笑顔で頷いて店に入り、ごちそうしてくれた。二人で二皿ずつ食べた。……おいしかった、また来よう。
「さてっ!おなかもいっぱいになったし……うちに行こうかっ!」
どんな理屈でそうなるのだろうか。その辺りはよくわからないが、わたし頷いて《お姉ちゃん》の隣りを歩きだした。
「姉妹は仲睦まじく手を繋ぐにょろよっ!」
と言われて、手を繋いだ。冬なのにあったかくて、わたしよりちょこっと大きな手はとても安心できた。
「有希っこの手はやっぱりちめたいねっ!名は体を現すってやつだね、あははは!」
暖かい手と冷たい手。全然似てない二人が今日だけは姉妹というのはなんだか不思議。しばらく手を繋いで歩くと、見たことのある道に。
文化祭で映画を撮ったときに通った道。鶴屋家が近付いてきた。
「ささっ!入った入った!今日は遠慮は無しだよっ!」
言われるままに門をくぐって屋敷の中に入る。いつ見ても大きい家だ。
「ここに連れて来たのはあたしの着物を有希っこに着せたかったのさ!とっても似合いそうなのがあるからねっ!」
……着物?わたしでも似合うのだろうか?身長も少しわたしの方が小さいから合わないように思うが、言われるままに着せてもらうことにした。興味があったから。
出してもらった着物は、紺を基調とした雪の結晶の模様がちりばめられた物だった。
とても綺麗な着物で、わたしにはもったいないくらいの物だ。

「ほらほらっ!ボーッとしてないで早く服を脱ぐにょろよっ!」
と言われたが、自分から脱ぐ前に脱がされる。部室での朝比奈みくるの気持ちがとてもよくわかる。
そのまま手慣れた様子でわたしは着物を着せられた。
「うわおぅ……こりゃまた予想以上に似合ってるねぇ……。有希っこ!写真撮らせてもらうよっ!」
そのままどこからかカメラを持ってきて、何十枚と写真を撮られた。その時、インターホンが鳴った。
「お姉ちゃん……お客さん」
「いーのさっ!来たらこっちに通すように言ってあるからねっ!」
シャッターを切りながらそう返事をされた。こっちに通すということは知り合いなのだろうか。
「鶴屋さーん、来ましたよ……って、長門ぉ!?」
わたしが見た視線の先には彼と、朝比奈みくるの姿があった。
「ふえぇ……長門さん、綺麗……です」
二人とも表情と態度から驚いているのがわかる。そんなにわたしは変わったのだろうか?鏡を見せられていないから自分ではわからない。
「やぁやぁ!キョンくん、みくる、ここにいるのはあたしの一日妹、有希っこだよっ!」
二人に紹介する必要は無いのに、やけにうれしそうに紹介していた。
「そだっ!みんなで有希っこの写真撮って、誰のが一番よく撮れてるか見せ合いっこするさっ!いいよねっ?」
《お姉ちゃん》がわたしに同意を求めて来たので、頷いて答えた。
しばらくは部屋の中で、三人からいろんなポーズをとらされながら写真を撮られていたが、しばらくすると彼が唐突に口を開いた。
「長門、ちょっと庭に出てくれないか?」
少し疑問に思ったが、わたしは戸を開けた。


雪が降り始めていた。一つ一つが大きく、ゆっくりと舞い降りてくる雪。
わたしは空を眺めながら雪の一つ一つに見とれていた。

不意に聞こえるシャッター音。
「その表情もらったぜ、長門」
彼がわたしにカメラを向けていた。他の二人も同じように再び写真を撮り始めた。
しかし、雪が舞い降りる中では着物だけはとても寒かった。
「お姉ちゃん……寒い」
わたしが《お姉ちゃん》と呼んだことに二人は驚いていた。だけど、気にしない。
「ありゃ~、そっか。ごめんごめん!じゃあ中に戻って暖かいお茶でも淹れるっさ!」
わたし達は中に戻り、お茶を淹れに行った二人をわたしは彼と二人で待った。
「しかし……お前が鶴屋さんのことを《お姉ちゃん》だもんな。焦ったよ」
彼は苦笑いしながらそう言った。
「今日一日は、姉妹」
「そうか、いい姉ちゃんを持ったな。……長門、ほんとに綺麗で似合ってるぞ」
彼が褒めてくれるのが、素直にうれしい。着物を着てよかったと心から思う。
「……ありがとう」
そう言った所で、二人がお茶を持って戻ってきた。
「ありゃりゃ~?二人で見つめあってあやしいね~!キョンくん、有希っこを食べるのはお姉さん許さないにょろよっ!」
とても誤解をしているようだ。後ろから入ってきた朝比奈みくるも何故か顔を赤らめていた。
『やれやれ』という彼の声が聞こえる。いろいろなことが起こるのが今は楽しい。
わたしはしばらく楽しい時間を堪能した。


「それじゃ、そろそろ帰るとしますよ」
彼はそう言った。朝比奈みくるもそれに倣い、帰り仕度を始めている。
わたしはしばらく悩んでいた。
「あれ?長門、早く帰る準備をしろよな」
「……わたしは、お姉ちゃんと一緒に寝る。まだ、帰らない」

初めてできたわたしの《お姉ちゃん》。もっと長く一緒に居たくて、わたしはわがままを言った。
「あたしは別に構わないっさ!有希っこみたいな妹が欲しかったし、残念だけど今日だけだからもっと遊びたいさっ!」
やっぱり優しい反応をしてくれた。彼はわたし達を交互に見て、溜息を一つついて口を開いた。
「……しょうがないな。鶴屋さん、長門をよろしくお願いします。朝比奈さん、帰りましょうか」
彼はわたしの保護者のような口振りでそう言うと、朝比奈みくると二人で雪の降る中を帰って行った。


それからわたしと《お姉ちゃん》は、一緒にお風呂に入り、ご飯を食べて、布団を敷いた。
楽しい時間が早く過ぎるというのを、わたしは初めて体験した。
「有希っこ!一緒の布団で構わないねっ?」
わたしは頷いてそれに答えた。借りてから着ている少し大きめのパジャマを引き摺りながら布団に二人でくるまった。
「おほぉ~!有希っこと二人で布団の中とは珍しいこと極まりないねっ!」
誰かと一緒の布団に入るのはわたしも初めてだった。初めて感じる、人の全身のぬくもりにわたしは心地よさと、やすらぎを感じていた。
「……あったかい。お姉ちゃんの体、落ち着く」
《お姉ちゃん》は、薄く微笑んだ。
「そっかい?……ねぇ、有希っこ。今日だけのお姉ちゃんからの最後のお願いさっ、聞いてくれるかい?」
柔らかい笑顔でわたしに問い掛けてきたのを、わたしは首を縦に振って答えた。
「えっと……有希っこの笑った顔がみたいさっ!ダメかなっ?」
わたしの……笑顔。すぐに笑おうとしたけれど、よくわからなくて引きつってしまった。
「今日は楽しかったかい?」

そう聞かれたので、また縦に首を振って答えた。
「じゃあそれを思いだしながら笑顔を作ると上手く笑えるっさ!」
わたしは少し考えて、頭の中でいろいろなことを思いだした。
一緒にカレーを食べたこと、写真を撮られたこと、お風呂に入ったこと……。
次々に思いだしながらわたしは笑顔を作った。たぶん、上手く笑えたと思う。
「うん!やっぱり笑った顔もかわいかったさ!お姉ちゃんはこれで満足だよっ!」
そう言って、満面の笑みを見せてくれた。
わたしがふと時計に目をやると、たった今、午前0時をまわった。
これでわたしと鶴屋さんの姉妹関係は終了した。わたしは様々なことで楽しませてもらい、最後に自然な笑い方まで教えてくれた鶴屋さんにもう一度笑顔を作って、心からの気持ちを伝えた。
「ありがとう、お姉ちゃん」


おわり

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