「あなたに相応しいのはわたし。涼宮ハルヒではない……」
普段どおりの日常のはずだった。いつもの文芸部室。放課後に皆で集まり、
俺と古泉はオセロに興じ、ハルヒはネットサーフィン、朝比奈さんは
お茶を入れた後マフラーを編んでいる。そのマフラー誰にあげるんですか
朝比奈さん? いや、それどころじゃない。
長門だ。

俺には100年かかっても理解できそうも無い本を、いつもと変わらず
読んでいた長門が、突然立ち上がり俺に向かって言い放ったのが冒頭の
台詞だ。部室内が凍りついた。
「えっ、有希? 今なんて言ったの?」
ハルヒはきょとんとした顔で長門を見つめる。次の瞬間。

「邪魔者は排除する」
長門が冷徹な声で呟いたかと思えば、一瞬にしてハルヒはその姿を変え
形容しがたい物体と化していた。
「ひぃぃぃぃぃぃ!!!」
朝比奈さんが変わり果てたハルヒを見て尻餅をつき、その場所に
おおきな水溜りを作る。表情は無くただガタガタと震えるばかりだ。


「長門、これはどういう訳だ? 説明してくれ」
意外にも冷静な俺は、長門に問いかける。古泉はただ俺と長門の
やり取りを聞いているだけだ。
「説明?」
「そうだ、なぜハルヒを殺した?」
初めてみる長門が戸惑う表情。何だその人間くさい反応は?
「邪魔だから排除しただけ。もうあなたの選択肢はわたししかないはず」

確信めいた顔。絶対的な自信を秘めた憎たらしいまでの表情に見えた。
「俺がハルヒを選んだらどうするんだ?」
長門は薄く微笑む。これまた貴重な笑顔だ。こんな時じゃなく、ほかの
時に見たかったぜ。
「あなたはわたしが嫌い? 涼宮ハルヒは死んだ。もうこの世にはいない」
「そうだな、だからって俺がお前を選ぶと思うか? 俺はハルヒが好きなんだぜ」

「それは認めない!」
長門が語尾を強めて言う。部室内に殺気が漂うのが分かる。
「俺の心を入れ替えるなんて、お前には簡単にできるんじゃないか?
なぜそれをしない? ついでにハルヒの心まで手を加えれば、殺す事は
無かっただろ。なぜこんな無謀な事をする? 俺はハルヒがいない世界は
認めないぜ。俺は少なくとも今のお前は嫌いだ。長門」


長門から表情が消え瞬間移動するがごとく俺の前に現れると両手で
首を絞めあげる。
「わたしを選ばないのはなぜ?」
長門の目が俺を射抜く、その瞳は濁りもはや俺の知るそれではなかった。
なぜこんなことに……。
「俺は、お前を恋愛対象としては見れない。大事な友人でSOS団の一員。
それ以上でも以下でもない」

「どうして……。わたしは……あなたが好きなのに……。
あなたは応えてくれない!! 邪魔者まで排除したのになぜ? なぜ!?
なぜ!!! くっ!!」
長門はギリギリと俺の首を絞めあげる。俺の意識が遠のきそうになる。
ハルヒ、あの世で俺を待っててくれるのか? 
俺たちは向こうの世界で結ばれるのか?
朦朧とした意識の中、部室のドアが開き誰かが侵入してきた気がした。
そこで俺の記憶は途絶える。

――――

…………。どこだここは? 俺は寝ているのか……目が眩しい――。
「ああっ! 目が覚めましたかぁ? キョン君」
聞きなれた声がする……。どうやら俺は生きているらしい。意外にも軽い
その体を俺はゆっくりと起こした。
「ここは一体……」
辺りを見回す。保健室か? 辛気臭い部屋、朝比奈さんと古泉、何故か喜緑さん
が俺のベットを取り囲んでいる。


「あなたが意識を喪失する瞬間、喜緑さんがあなたを助けたのです。
僕たちではどうする事もできませんでした」
古泉がいつものスマイルで俺に説明する。顔が近いんだよお前は。
「すみません……長門さんの暴走を察知して急いで駆けつけたのですが……。
あなたには迷惑をかけてしまいました」
喜緑さんがうつむいたまま俺に謝罪する。正直訳がわからない。
このままだと気が狂いそうだ。俺は喜緑さんに問いかける。

「あの……状況を説明してもらえませんか」

喜緑さんによると、敵対勢力が長門の体をのっとり、ハルヒがいない世界を
構築しようと企てた。ハルヒが消滅すると、その力が俺の体内に宿り、
本人が無自覚のうちにトンでもパワーが使えるようになるんだそうな。
そして俺に宿った力を、操られた長門が利用し一気に優勢な状況に持っていくと――。
聞いているだけで腹立たしくなってくる。ふざけんじゃねえ。そんなことに長門を
利用するなんて誰が許せるものか。ふつふつと沸いて来る怒りを抑え、
俺は喜緑さんの話を聞くことにする。

「それで、長門とハルヒはどうなったんです?」
「わたしが責任を持って肉体と精神を再構成しました。もう心配はありません。
二人は古泉君の用意した病院で休まれています。明日には退院して普段通りの
生活が送れるようになるでしょう。
長門さんには特殊なフィールドで他との干渉はできないようにプログラムを
組みなおし、彼女自身の意思で生活ができるようになっています」
喜緑さんの説明で、俺は正直安堵した。そうか、長門とハルヒは無事か。
俺の今おかれた状況だと、もうそれだけで十分な気もする。


――――

あの日から一週間、SOS団は平常営業だ。ハルヒの記憶は喜緑さんの手によって
修正され、あのときの記憶は無い。長門に干渉してきた勢力については、喜緑さんと
古泉の機関で調査した後、対応を決める事になった。悔しいが今は待つべきだろう。
問題は長門だ。俺はやはり聞いておくべきだろうな。

昼休み、流し込むように弁当をたいらげた俺は文芸部室に急ぐ。今ならいるはずだ。
俺が聞かなきゃいけないこと、その質問をしなきゃいけない人物が。
部室のドアをノックする。予想通り何のリアクションも無い。だが俺は確信している。
そいつはこの中にいる……。
俺はゆっくりとドアを開ける――。いた、窓際でイスに腰掛け読書にふける少女。

「長門」

俺の問いかけに少しだけ視線を動かし、ミリ単位の首肯。いつもの挨拶だ。
俺は長門のいる窓際に移動する。
「長門。少しだけ時間あるか? お前に聞いておきたいことがあるんだ」
長門にしては珍しく少し驚いたような表情に見える。俺の気のせいか。
パタンと本を閉じ音も無く立ち上がると、長門は俺の目をじっと見つめる。
「…………なに?」
俺には分かる。一見無表情に見えて、その瞳の奥で何かを期待するような視線。
お前やっぱり……。
「……お前、あの時の事どこまで覚えてる? 言っておくが、ごまかしは無しだぞ」


「…………」
「…………」

文芸部室を静寂が支配する。俺の目を見つめたまま、長門が重い口を開く。

「…………あなたを好きと言ったのは覚えている……」
「――!! じゃあ、俺が言った事も……」

そう言って俺は、はっとした。そして、また時が止まったかのような無音。
そんな俺の感情の変化を長門が見逃すはずも無い……。長門の目はいつもの
感情を押し殺したような冷たいものに変わっていた。そしてゆっくりと口を開く。

「…………わたしの役目は涼宮ハルヒとあなたの行く末を観察する事。
わたしは、それ以外の事に干渉する事はしない……」
「…………」

『キーンコーンカーンコーン♪』
昼休み終了のチャイムが鳴る。

長門が俺の横を通り抜ける。その瞬間――。
まだ幼さが残るその横顔に、一筋の線が引かれた。


fin

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