「部屋に来て欲しい」
別れ際長門が俺だけに聞こえるように小さく言ってきた。
ハルヒたちと別れ、一旦家に帰るふりをして、そそくさと長門の家に向かう。
「お、雪か」
帰るまでは持ちそうだったのだが、降り出してしまったようだ。
傘を持っていないので、足早に長門のマンションの軒下に飛び込んだ。
インターホンを押すとすぐに反応がある。
「入って」言うまでもない。寒いし。
「お~、寒い寒い」
雪が降り出してから急に冷え込んだようだ。
年中置きっぱなしのコタツが、これほどまでにありがたいと思わなかった。
長門は風の子元気の子なのか、寒さなんて気にしないで台所に向かう。
宇宙人製ヒューマノイドインターフェイスは寒さを感じないのか。羨ましい。
「そうではない。むしろ寒がり」
お盆にコップを載せて持ってきた長門は、お盆をコタツの上に置くとそそくさともぐりこむ。
持ってきたのはお茶ではない。透明な液体の入ったコップ。

「飲んで。一気に」
一気に?
「そう、ぐぐっと」
いわれたとおりに一気に飲みほす。
熱い、きついアルコールの香りにむせ返る。
って長門、何飲ませるんだ、お前は!!
「日本酒」
に、日本酒ってお前……
「ぬる燗」
いや、そういうことじゃなくて。
「黒松白鹿純米酒。辰馬本家酒造」
……もういい、それで、何でお前が俺に酒を飲ましてるのか、小一時間問い詰めたい。
「生徒会長がくれた」
あいつか、あいつなら日本酒ぐらい校内に持ち込んでそうだ。
しかし、なんで喜緑さんが止めてくれなかったんだ。
「彼女も賛成してくれた」
……二人グルなら、もう俺にできることはないだろう。
長門は小さなやかんから俺のコップに日本酒を注ぐ。
「かんぱい」
ああ、こりゃもう完敗だ。

こちん、とコップを打ち合わせる。
長門は小さな口からこくこくと水を飲むように日本酒を飲む。
くいっといい飲み口で飲み終え、コップをどんとテーブルに戻す。
「減ってない」
な、何のことだ?
「あなたのコップ、ぜんぜん量が減ってない」
そりゃ、日本酒なんてぐいぐい飲めるほど酒に強くない。
ってか長門さん? 目が据わっててめちゃ怖いんですけれど。
「私の注いだ酒が飲めないの?」
ハイ、ノマセテイタダキマス。
注がれた酒をぐいっと飲み干す。こうなったらヤケだ。
のどの焼けそうな酒を一気に飲み干し、コップをドンっとテーブルに置く。
どうだ、長門。
そのコップに長門はまたとくとくと酒をついでいく。
「飲んで」
だから、お茶みたいなペースで注がないでくれ、頼むから。

大の字に寝転び、天井を見上げる。
コタツの下に敷かれたコタツ布団のふかふかが気持ちいい。
外にはちらちら雪が舞っている。
こりゃ雪見酒だな。
「有希見酒?」
こら、勝手に改変しない。
さっきからぐいぐい飲んでいた長門も、とろんとした目でコタツに寄りかかっている。
「なぁ、長門、お前ってそんなに酒弱かったっけ?」
ぼんやりとした頭で思い出せば、夏休みに行った島では結構飲んでいた気がするのだが。
「この酒には情報制御を阻害する物質が入っている。情報制御によるアルコールの分解が阻害されている。多分、江美里」
あの時は飲みながら情報制御で分解していたのか。そりゃ酒に強いわけだ。
もともとの長門は特別酒に強いみたいじゃないみたいだ。
しかし長門、どうして酒を飲もうと誘ったんだ。
長門はごもごもと口の中で何かを行ったかと思うと、小さく呟いた。
「仲良くなりたかった」
? 何の話なんだ?
「生徒会長が言っていた。仲良くなるのには酒を酌み交わすのが一番と」
あのなぁ、それはあと数年したらの話だ。未成年は酒を飲んじゃいけないの、知ってるだろ?
「うかつ」
どう見ても知ってます。
本当にありがとうございました。

いつの間にか、長門が俺の顔を覗き込んでいた。
「あなたと、もっともっと仲良くなりたかった。ダメ?」
いや、酔っ払っている長門なんて珍しいもの見れたしな。
それに、心配しなくても、俺と長門は仲良しさんだぞ。
長門の頬が赤いのは、きっと酒のせいなんだろう。
「そう、でも私は……」
長門の顔が近づいてゆき、唇と唇が触れ合った。
酒によって感覚が麻痺した唇に、長門の柔らかい唇が気持ちいい。
長門の舌が俺の唇をぺろぺろ舐める。
どうにかなっちまいそうなくらいだ。
長門の顔が離れた。
「私はもっと仲良くなりたかった」
長門が倒れこみ、俺の胸に頭を埋めた。
いいのか、俺。酒の勢いでやっちまって。
でも、長門だって、仲良くなりたいって言っていた。
なら……
「おい、長門」
俺の胸に顔を埋めている長門の背中に手をかける。
長門は……眠っていた。
そりゃもう、この上なく安らかに、すやすやと。
「はぁ~」
一気に脱力した。
いくらなんでも自分を信頼しきってすやすや寝ている少女を襲うほど鬼畜じゃない。
起こさないように寝かしてコタツ布団をかける。
そうやっているうちに自分も眠くなってくる。
谷口に自宅へアリバイ工作を頼む電話をかけるのが限界だった。
長門の横に崩れ落ちるようにして眠った。

翌日、地獄のような苦しみに襲われたのは言うまでもない。
「日本酒は二日酔いになりやすかった。うかつ……」
もう二度と酒は飲むまい。
夏休みに続いて二度目の後悔だった。



おまけ

「キョン君のこと、好きなんでしょ、分かってるくせに」
「江美里、それは朝倉涼子のセリフ」
「でも、酔った勢いで彼を押し倒しちゃえば」
「だめ」
「でも、既成事実さえ作っちゃえば……」
「だめ」
「そう、仕方ないわね。って有希。なんで酒瓶を抱きしめているの?」
「江美里に持たせていると何をするかわからない。だから、私が没収」

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