Report.15 長門有希の憂鬱 その4 ~過激派端末の強襲~


 部室での会話の後、なし崩しに涼宮ハルヒと朝倉涼子は、一緒に帰ることになった。
「何であんたと一緒に帰らなあかんのよ……」
【何であんたと一緒に帰らなきゃならないのよ……】
「まあまあ。たまにはええやん。」
【まあまあ。たまには良いじゃない。】
 ふてくされたようなハルヒと対照的に、涼子は上機嫌に見えた。
 涼子は、見かけ上、喜怒哀楽がはっきり現れるように設定されている。その点では長門有希と対照的。しかしその内実は、あくまで基礎的な人間の観測データに基づき計算された、『恐らくこのようなものだろう』というモデルを基に構築されたものに過ぎなかった。過ぎなかったが。
 二度の『死亡』と『復活』を経て、今や涼子は人間に存在する『感情』に限りなく近いものを獲得した。その『感情』が、涼子を上機嫌な表情にさせていた。涼子の誘導は成功した。ハルヒは、有希に会いたいと思っている。今や、有希に対する負の感情は、わずかばかりの気まずさと罪悪感を残すばかりとなっていた。


 ハルヒと涼子二人の帰り道。二人は他愛のない話に裏話を追加した、意外とためになる話をしていた。
 どこか寄り道でもしようか、と話していた時、急に空の色が変わった。そして同時に、涼子にある異変が起こった。情報統合思念体に接続できない。そして襲い掛かる高負荷。
(っ……!? 何、これ!?)
 彼女の五感が、次々に感度を落としていく。そして緩やかに拘束される身体能力。
(普通の人間と同じくらいしか能力が無くなってる……っ!)
 ハルヒも異変に気付いた。
「ちょ……! 何、これ……!? 急に空が変な色に……それに、物音もせえへんようになって……」
【ちょ……! 何、これ……!? 急に空が変な色に……それに、物音もしなくなって……】
 灰色に塗り潰されたような世界。まるでハルヒが生み出す閉鎖空間のよう。生命の気配が感じられないことも同じ。しかし、決定的に違っていることがあった。そこに『神人』の気配はない。この空間の発生は、ハルヒの能力によるものではない。
(これは……空間封鎖!?)
 空間封鎖は、涼子達、情報統合思念体の勢力が得意とする手段。広く言えば、情報統合思念体と起源を異にする広域帯宇宙存在も空間封鎖を行うが、彼らの手法は術式が違う。
 今のこの空間封鎖は、光学的には偽装しているが、紛れもなく涼子が良く知る勢力の手法だった。
(そんな……情報統合思念体の一派の行動だったら、わたしが感知できないはずないのに……!)
 今の空間封鎖は、全くの不意打ちだった。焦る涼子。涼子はハルヒの手を取った。
「ちょっと!? 何すん……」
 言いかけたハルヒの言葉が止まる。ハルヒの手を取った涼子の顔には、焦燥の表情が浮かんでいた。そして、冷や汗で、顔も手のひらも、じっとりと濡れていた。
「……涼宮さん。わたし、今の状況は、わたし達がはぐれたらあかんような気がすんの。」
【……涼宮さん。わたし、今の状況は、わたし達がはぐれちゃいけないような気がするの。】
「……分かった。」
 涼子のただならぬ気配に、ハルヒもおとなしく涼子の手を握り返す。命の気配が感じられないこの空間で、握り締めた掌だけが、命の存在を伝えている。
『江美里! 江美里っ! 応答して!!』
 涼子は協力者である別のインターフェイスに交信を試みるが、応答はない。
(まずい……完全に孤立した……)
 しかも現状は、涼子は宇宙的な力をほとんど使用できない。身体能力は、辛うじてハルヒの能力に勝っている程度。人間の枠を超えた能力は使えない。例えば、もし肉体を損傷しても、即座に修復することはできない。
「誰かに連絡を……」
「あかん! 携帯は圏外やわ!!」
【だめ! 携帯は圏外だわ!!】
 ハルヒは、携帯電話の画面を睨み付けながら答えた。
(この状況は……わたしを無力化させるため……? だとしたら、相手の目的は……)
 涼子は、たとえ情報統合思念体と接続していなくても、通常の人間以上には高度な思考力を持つように設計されている。ただし、この設計は、あくまで不測の事態に対処するために設けられた『セイフティネット』。この設計が役に立つような事態は、本来あってはならない非常事態。早急な事態への対応が求められる。
 そして涼子は思い当たった。
 涼子を無力化することを、実行し得るのは誰なのか。
 涼子を無力化することで、得をするのは誰なのか。
 ……すなわち、この事件の首謀者は誰なのか。
(これは……過激派……! まずい! あいつらの目的は……っ!)
 その時涼子は何かに気付いた。そして迷わずハルヒの腰にタックルした。
「おわ……っ!」
 不意にタックルを喰らい、盛大に地面に叩き付けられるハルヒ。
「痛いなー、もう! いきなり何すん……」
 怒鳴りかけたハルヒの声が止まる。ハルヒの腰にしがみつく涼子は、衣服の肩の辺りを赤く染めていた。
「ちょっ、どないしたん!?」
【ちょっ、どうしたの!?】
「涼宮さんの死角から、何かが飛んできて……」
 起き上がりながら答える涼子。ハルヒを助け起こすと、何かが飛んできた辺りを睨み付ける。そこには何の痕跡も見付ける事はできなかった。あるのはただ、誰もいない、何もない空間。
 しかし、涼子は気付いていた。
 飛翔体の軌道。出現時間。出現場所。飛行速度。
 これらはすべて、涼子がその存在に気付き、取るべき行動を判断し、実行した時に、ちょうど涼子の肩を掠めるように設定されていた。
(これは……涼宮さんじゃない、わたしを狙った攻撃!?)
 『涼宮ハルヒの観測と保全』が任務である今の涼子は、もしハルヒに危害が加えられるような事態になれば、最優先でハルヒを守る行動を取るであろうことは、容易に推測できる。だから、その危機がより切迫しているほど、涼子は確実に、ハルヒを守る行動を取る。場合によっては、身代わりに攻撃を受けることもあるだろう。
 それが『奴ら』の狙い。
 通常の涼子なら、そのような切迫した状況でも、難なくハルヒも自分も守れる。
 では、情報統合思念体のサポートなしでは? 端末単体の能力で対処せざるを得ない状況では?
 涼子が危機を『回避』する可能性を奪うことができる。確実に攻撃できる。
 そしてまた、これはハルヒにとって強力な精神攻撃ともなる。
 涼子は、ハルヒを庇って負傷する。そうして損傷を蓄積したところで、止めを刺す。
 ハルヒから見れば、ハルヒを庇ったせいで涼子は怪我をし、そして殺害されることになる。
 『自分のせいで人が苦しみ、死んでしまう』
 これはハルヒに、己の無力さと自己の存在意義を強く意識させる事象となる。自らに『力』と『存在意義』が欲しいと強く願ったハルヒからは、間違いなく、巨大な情報爆発が観測できる。
 これが『奴ら』のシナリオ。合理的で、的確な洞察。


 また飛翔体。今度はハルヒの正面から。
 涼子は飛翔体の射線上に躍り出ると、手ではたいて飛翔体の軌道を変えた。涼子達の背後にあった庭木の天辺が切り落とされた。
(随分と舐められたものね……さっきは不覚を取ったけど、いくら情報統合思念体との接続が切れてるからって、そう簡単にやられてたまるもんですか! これでもわたしは、『あの』長門有希の代理者なんだから!)
 『奴ら』の思い通りにはさせない。たとえこの身が果てようとも、ただではやられない。少なくともハルヒだけは逃がしてみせる。それが朝倉涼子の意思。そして長門有希の意思。涼子は覚悟を完了した。
「涼宮さん、わたしのそばから離れんとってよ。」
【涼宮さん、わたしのそばから離れないでよ。】
 涼子は、ハルヒを背に庇う位置に立ちながら言った。
「朝倉、あんた……今さっきの、アレ、どうやってやったん……!?」
【朝倉、あんた……今さっきの、アレ、どうやってやったの……!?】
 ハルヒは、恐怖と好奇心が7:3の割合で混合された瞳で、涼子に尋ねた。
「それは……ふっ!」
 答えの途中で涼子は両手を身体の前で素早く広げた。後方にあるブロック塀に、貫通痕が二つできる。
「実は少々、武術の心得があって……はっ!」
 右足でアウトサイドキック。後方の電柱がえぐられる。
「少々ってレベル違(ちゃ)うやろ、コレは!?」
【少々ってレベルじゃないでしょ、コレは!?】
 ハルヒのツッコミ。涼子は、前方から視線を外さず答える。
「……カナダに行ってる間に、マーシャルアーツの先生の下で武者修行を……やぁっ!」
 左手で飛翔体を掴もうとするが、失敗。後方で植木鉢が弾け飛び、窓ガラスが割れた。
(だめだ……全然見えない。せめて何が飛んで来てるのか分からないことには……)
 それに、肉体の損傷を修復できない以上、素手での対処にも限界がある。涼子の手は、飛翔体を弾いた時の損傷で、所々出血している。損傷の蓄積は望ましくない。
(ここは涼宮さんの能力に賭けるしかないか。少なくとも今のわたしの能力では対処できないわね。)
「朝倉……大丈夫? その手……」
 心配そうに聞いてくるハルヒに、涼子はすかさず誘導を仕掛けた。
「問題ない……って言(ゆ)うたら、嘘になるかな。正直、あんまりよろしくないわ。せめて、飛んで来(き)とぉ物(もん)を止めるか掴むかできれば、それ使って叩き落とせるんやけど……残念ながら、成功のイメージが湧かへんわ。」
【問題ない……って言ったら、嘘になるかな。正直、あんまりよろしくないわ。せめて、飛んで来てる物を止めるか掴むかできれば、それ使って叩き落とせるんだけど……残念ながら、成功のイメージが湧かないわ。】
「成功の……イメージ……」
 ハルヒは思案顔で呟く。
(さあ、想像して、涼宮さん。成功のイメージを……わたしが、飛んでくる『何か』を掴む姿を。)
 次々に飛来する飛翔体。涼子は両手両足をフル稼働させて処理していくが、次第に処理が飽和していく。
 真正面に飛翔体。近い。よけられない。捌き切れない。そう思った時、涼子に見える景色がスローモーションになる。
(……! 見切った!)
 涼子は両手で挟むように、飛来する『それ』を掴んで受け止めた。
「……鉄筋!?」
 ハルヒが恐る恐る覗き込み、驚いた。飛翔体の正体は、コンクリート構造物の補強に使われる『鉄筋』だった。
 涼子の誘導は功を奏した。ハルヒは『成功のイメージ』を作り上げた。それはハルヒが、『そうなること』を願うことに他ならない。かくしてハルヒの望み通りに周囲の環境が書き換えられ、涼子は飛翔体を掴み取ることに成功した。
「こんな物(もん)が次から次へと飛んで来てたんやね……」
【こんな物が次から次へと飛んで来てたのね……】
 言い終わらないうちに、涼子は飛んでくる鉄筋を、右手に持った鉄筋で真下に叩き落とした。激しい金属音と共に、足元に転がる鉄筋。素早く涼子は落ちた鉄筋を拾う。両手に鉄筋を持った涼子は仁王立ちになった。
 一度成功のイメージを作らせてしまえば、後は話が早い。情報統合思念体との接続は切れたままでも、今はハルヒの情報改変能力の援護を受けている。ハルヒが成功のイメージを思い描く限り、涼子に『負け』はない。涼子は両手の鉄筋を巧みに操り、的確に飛来する鉄筋を叩き落としていく。
(こうやって物質に干渉してきている以上、『奴ら』も何か端末を介して情報操作を行っているはず。そいつを見付けてどうにかしないと。)
 涼子は感覚を研ぎ澄まして、周囲の気配を探るが、ここは相手の作り出した空間。かつて涼子が自ら言ったように、この空間は、相手の情報制御下にある。相手の意のままに操れる。通常時ならともかく、今の涼子では、索敵は不可能。ここもやはり、ハルヒの力を借りるしかない。涼子はハルヒに話を振る。
「誰か知らんけど、相手も相当卑怯で臆病やと思わへん? 姿も見せへんで、こそこそ女二人を物陰から狙い撃ちなんて。」
【誰だか知らないけど、相手も相当卑怯で臆病だと思わない? 姿も見せないで、こそこそ女二人を物陰から狙い撃ちなんて。】
「そうやね……確かに、かなりヘタレかもしれへんわ。」
【そうね……確かに、かなりヘタレかもしれないわ。】
 ハルヒが話に乗ってきた。涼子は更に話を続ける。
「こういう時、敵は姿を現して、主人公にボコボコにされるべきやと思わへん?」
【こういう時、敵は姿を現して、主人公にボコボコにされるべきだと思わない?】
「主人公……」
「どう見ても、わたしらが主人公やんな? 常識的に考えて。」
【どう見ても、わたし達が主人公じゃない? 常識的に考えて。】
「……確かに、この状況では、悪役はあっさり姿を見破られて、ボコボコにどつき回されるんがオチやわ。」
【……確かに、この状況では、悪役はあっさり姿を見破られて、ボコボコにどつき回されるんがオチだわ。】
 涼子は畳み掛ける。
「ほな、わたしらで、その状況を再現してやらへん?」
【じゃあさ、わたし達で、その状況を再現してやらない?】
 ハルヒは、100Wの笑顔で答えた。
「うん、それ賛成!」
 再び索敵に集中する涼子。今度はハルヒの能力の援護付きで。
「……そこっ!」
 言うや否や、涼子は何もない空間に、手にした鉄筋を投げ付ける。メジャーリーガーのバックホーム返球のごとく、一直線に何もないはずの空間を貫く鉄筋。中空で鉄筋が、何かに当たったかのように弾ける。すかさず走り込んだ涼子が、その空間を鉄筋で殴り付ける。しかし何かの力に弾き飛ばされ、涼子は元いた場所まで押し戻された。
「……手応えあり。」
 涼子が殴り付けた空間が歪み、人型を取る。
「…………」
 絶句するハルヒ。姿を現した攻撃者をしばらく呆然と見つめていたハルヒは、ぽつりと呟いた。
「……ねえ、朝倉。言(ゆ)うても良い?」
【……ねえ、朝倉。言っても良い?】
「どうぞ。」
「……あたしら、こんな奴に苦しめられとったんやな。」
【……あたし達、こんな奴に苦しめられてたのよね。】
「そやね。」
【そうね。】
「……何(なん)か、めっちゃ腹立ってきたんやけど。」
【……何(なん)か、すごく腹立ってきたんだけど。】
「その反応は、たぶん正しいと思うわ。」
「……あたしら襲うより、銀行かどっか行った方がええと思わへん?」
【……あたし達襲うより、銀行かどっか行った方が良いと思わない?】
「ある意味、悪役らしい格好と言えなくもないとは思うかな。」
「……ねえ、朝倉。こいつ、しばいて良い?」
「危ないから、下がっとって。」
【危ないから、下がってて。】
「……どつき回して、蹴り倒して、大阪湾に沈めたろか思うんやけど。」
【……どつき回して、蹴り倒して、大阪湾に沈めたろかと思うんだけど。】
「代わりにやっとくから。何しよるか分からへんから、下がっとって。」
【代わりにやっとくから。何してくるか分からないから、下がってて。】
「……ケツの穴から手ぇ……」
「女の子が『奥歯ガタガタ言わす』とか言わない。それに、女かもしれへんで?」
【女の子が『奥歯ガタガタ言わす』とか言わない。それに、女かもしれないわよ?】
「……女やったら、ヒィヒィ言わす。」
【……女だったら、ヒィヒィ言わす。】
「えっちなのはいけないと思います。」
 姿を現した攻撃者は、覆面姿だった。性別は分からない。覆面が完璧だったから。
 『奴』は『ストッキング』で覆面していた。
 ――変態が、そこにいた。


 女子高生二人組(うち一人は、両手に鉄筋を持っている)と、女性用の下着であるストッキングで覆面した人型が対峙する。人間の言葉で言うと、非常にシュールな画だった。
 覆面の攻撃者は、無言で手らしきものを涼子に向けて突き出した。途端に、攻撃者の背後に鉄筋が数本出現し、涼子に向けて撃ち出された。涼子は両手の鉄筋で、それらを残らず叩き落とす。人型が間合いを取りながら数度、それが繰り返された。
 こちらの攻撃の届かない距離まで離脱して射撃してくることを感知した涼子は、させじと素早く間合いを詰めて、鉄筋で殴り掛かった。その攻撃を、瞬時に手らしきものの中に出現させた鉄筋で防ぐ攻撃者。もう片方の鉄筋で殴りつけようとする涼子に、今度は攻撃者がもう片方の手らしきものに鉄筋を出して殴りつける。涼子は攻撃を中断し、繰り出された攻撃を防がざるを得なかった。
 そうして数度、鉄筋での攻防が続いた後、両者はいったん離れて睨み合う。
 外見上は、相変わらず睨み合い、時折攻撃者が鉄筋を撃ち出しては、涼子がそれを叩き落とすという状態。しかし、実は先手の取り合いで、両者の間には仮想段階での攻防がものすごい勢いで繰り広げられている。
 正にハルヒが望んだ『超能力』が眼前で展開されている状況。しかし、ハルヒはそれに気が付いていなかった。
 彼女は口ではいくら不思議を追い求めることを言っていても、心の中ではそのようなものは存在しないと否定する、自己矛盾の塊。眼前に繰り広げられる、超能力者VS美少女女子高生という奇抜な光景を、どこか遠くの景色を眺めているかのような瞳で見つめていた。
 ハルヒには、眼前の光景が酷く現実的でないものに思われた。白昼夢を見ているように感じられた。まるで、あの冬休みの合宿で見た白昼夢のように。
「あんまり激しく動いたら、見えるでー……」
【あんまり激しく動いたら、見えるわよー……】
 ぼそりと投げやりに呟くハルヒ。彼女は急速に現実感を喪失していった。希薄になる『成功のイメージ』。
 ハルヒの呟きが聞こえたわけではないだろうが、まるでそれを合図にしたかのように、睨み合いを続けていた涼子と攻撃者の均衡が崩れた。
 攻撃者は同時に撃ち出される鉄筋の数を急増させた。鉄筋による射撃への対処が遅れ気味になっていく涼子。攻撃者は印を切るように、激しく手らしきものを動かすと、今までより高い位置に、膨大な数の鉄筋が出現した。まさしく雨のように大量の鉄筋が涼子に襲い掛かる。とても迎撃できる数ではない。
「朝倉――――!?」
 ハルヒの叫び声は、鉄筋が地面に突き刺さる音にかき消された。


「くっ……! だ、だい、じょう……ぶっ……」
 涼子は倒れ込んで巧みに鉄筋の直撃をかわしていた。しかし、地面に突き刺さり折れ曲がった鉄筋に阻まれて、身動きが取れない。このまま追撃されれば、今度は持たないだろう。
「大丈夫って……そんなん、全然大丈夫そうに見えへんわ!!」
【大丈夫って……そんなの、全然大丈夫そうに見えないわよ!!】
 ハルヒが叫ぶ。涼子は静かな声で答えた。
「大丈夫。あなたがわたしを信じてくれる限り……わたしは負けへん。」
【大丈夫。あなたがわたしを信じてくれる限り……わたしは負けない。】
「そんな都合の良い精神論をしてる場合違(ちゃ)うやろ――――!?」
【そんな都合の良い精神論をしてる場合じゃないでしょ――――!?】
「信じて!」
 朝倉の叫びに、ハルヒはぴたりと止まる。
「前にも言(ゆ)うた通り、わたしは、成功のイメージを信じて行動すれば、上手くいく時があると思うんよ。さっきも成功のイメージができたから、現実に成功したし。『信じる』ことって、やっぱりすごい力なんやで。」
【前にも言った通り、わたしは、成功のイメージを信じて行動すれば、上手くいく時があると思うの。さっきも成功のイメージができたから、現実に成功したし。『信じる』ことって、やっぱりすごい力なのよ。】
 涼子は、何とか一つずつ動きを阻む鉄筋を引き抜きながら、続ける。
「せやから、涼宮さんが彼女に会いたいって願えば、きっとすぐに会えるって。もしかしたら、今この場に助けに来てくれるかもしれへんで?」
【だから、涼宮さんが彼女に会いたいって願えば、きっとすぐに会えるって。もしかしたら、今この場に助けに来てくれるかもしれないわよ?】
 ――それは涼子の『賭け』だった。
 このまま追撃を受ければ、そう長くは持たないかもしれない。しかし、ハルヒを上手く誘導して長門有希を復活させられれば、涼子の任務は達成される。長門有希なら、こんな状況でも上手くやってくれるだろう。『あの』長門有希なのだから。
「有希が……助けに来る……?」
「だって、ヒロインのピンチに颯爽と助けに現れるのは、ヒーローのお約束やろ?」
【だって、ヒロインのピンチに颯爽と助けに現れるのは、ヒーローのお約束でしょ?】
 顔を赤らめるハルヒ。
「もうそろそろ、現れてもええん違(ちゃ)う? あなたのヒーローが。」
【もうそろそろ、現れても良いんじゃない? あなたのヒーローが。】
 そう言った涼子の声に釣られて、有希の姿を思い描くハルヒ。
 攻撃者は、先ほどより更に大量の鉄筋を出現させていた。大量の鉄筋が涼子に襲い掛かったその時。
 何か硬いものが破壊される音。涼子達の近くの空間にひびが入る。そこから飛び出す、小柄な人影。無言のショートカットが揺れる。人影が手をかざし、何やら早口で呪文のようなものを唱えると、たちまち鉄筋の雨が爆散した。
 ――涼子は、賭けに勝った。

 



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最終更新:2020年03月15日 18:48