Report.14 長門有希の憂鬱 その3 ~涼宮ハルヒの追想~


 活動後の部室。ハルヒは独り佇んでいた。他の団員達は先に帰した。夕日に照らされ、オレンジ色に染まった部室。あの日と同じ風景。思い出す、あの日の出来事。
 本棚に歩み寄る。ここは本来文芸部室。だから、本棚の蔵書数は北高の全部室中随一だろう。蔵書には、SFのハードカバーが目立つ。その多数の厚い本を読む人物は、今はこの部室にいない。
 あの日起こった、不幸な心のすれ違い。ハルヒは忘れられない。自分が突き飛ばしたせいで、負傷して血を流す彼女の姿を。そして、その彼女を置き去りにして、逃げるようにその場を立ち去った自分の行動を。
 彼女はいつも通りの無表情だった。自分はどんな顔をしていたのだろうか。
 ハルヒは、自らの行動を悔いていた。そして、だからこそ、彼女に合わせる顔がないと思っていた。だから、翌日彼女が事情により学校に来ていないと聞いて、少し安堵した。時間が稼げたから。
 しかしそれは間違いだった。時間が経つほど、考える時間が増えるほど、自らの行動が重くのしかかる。ますます彼女に会いにくくなる。考えれば考えるほど、会い辛い。
 最近、部室での会話で、彼女について触れられることが多くなっていた。いくらハルヒが話題を変えても、いつの間にか話題は彼女のことに移っていた。特に、昨日の朝比奈みくるの発言は、決定的だった。
「はい、涼宮さん、お茶です。はい、長門さん……っと、長門さんはおらへんかった……うっかり用意してしもた~」
【はい、涼宮さん、お茶です。はい、長門さん……っと、長門さんはいないんだった……うっかり用意しちゃった~】
 お茶を出し終えると、みくるはぽつりとハルヒに言った。
「あたし、みんなにお茶を淹れてるから分かるんですけど、一人おらへんだけで、すごく違和感ありますね……」
【あたし、みんなにお茶を淹れてるから分かるんですけど、一人いないだけで、すごく違和感ありますね……】
 ハルヒは、自分の眉がつり上がるのを自覚した。
「なぁに、みくるちゃん? 何が言いたいん?」
【なぁに、みくるちゃん? 何が言いたいの?】
「ひっ!? い、いえ、ただ、寂しいなーって……」
 それきり、ハルヒは黙りこくったので、みくるも自分の席に着いて、編み物を始めた。
 窓辺の指定席は、今は無人。パイプ椅子は、畳んで立て掛けられている。いるべき人がいない風景。それはとても違和感がある風景だった。
 ハルヒは知らない。ハルヒの力のせいで彼女が消滅したことを。彼女を取り戻すために、彼らが様々な工作を行っていることを。
 彼らの工作は、じわじわとハルヒに効き始めていた。


「わたし達の工作は、どうやら効果を示しているようですね。」
 喜緑江美里が口を開いた。
 空間封鎖された生徒会室。ここは今、『長門有希消失緊急対策本部』となっている。
「僕らは部室での会話で、それとなく、しかし確実に、長門さんの話題に触れ続けとります。」
【僕らは部室での会話で、それとなく、しかし確実に、長門さんの話題に触れ続けています。】
 古泉一樹が言った。彼は部室の会話で、長門有希の話題に誘導する役を務めている。
「俺は、どうも長門についてはハルヒにマークされてるみたいやから、あからさまにはできひんけど、みんなの話題には参加するようにしとぉ。あとは、そうやな……」
【俺は、どうも長門についてはハルヒにマークされてるみたいだから、あからさまにはできないけど、みんなの話題には参加するようにしてる。あとは、そうだな……】
「あんさんは、無意識に長門さんを視線で探してますから、それで十分でっせ。」
【あなたは、無意識に長門さんを視線で探していますから、それで十分ですよ。】
「……俺は、そんなつもりはないんやけどな。」
【……俺は、そんなつもりはないんだがな。】
 キョンは一樹を睨む。
「おっと、これはこれは。その反応だけで十分ですわな、状況証拠は。」
【おっと、これはこれは。その反応だけで十分ですね、状況証拠は。】
 一樹はいつもの如才ないスマイルで応じた。
「あたしは、昨日ちょっと積極的に頑張ってみました!」
「朝比奈さん、あれはGood Jobでしたよ。」
 みくるの行動を賞賛するキョン。
「ええ、まったく。昨日のあなたの言動は、相当効いたようです。MVPは間違いなくあなたですね。」
 江美里も同意する。
「昨日のあなたの言動がきっかけになって、今、涼宮さんは『寂しい』という状態になっています。」
 それがどんな感情なのか、わたしは実感できないんですけどね、と江美里は付け加える。
「もう一押し……ってわけね。」
 朝倉涼子は思案顔で呟く。
「今日早めに活動を切り上げた涼宮さんは、今は部室で独り、物思いに耽っています。」
 江美里は、涼子に向かって言った。
「さて。お膳立ては整いました。あとは長門さんの代理……あなたの仕事ですね。」
「そう……やね。そろそろ……行けるかな?」
【そう……よね。そろそろ……行けるかな?】
「『機は熟した』と思いますわ。『鉄は熱いうちに打て』っちゅう言葉もありまっせ。」
【『機は熟した』と思いますね。『鉄は熱いうちに打て』という言葉もありますよ。】
 一樹も賛同する。
「うん、そうやね。ほな、ちょっと行ってくるわ。」
【うん、そうよね。じゃあ、ちょっと行ってくるわ。】
 涼子は、部室へと向かった。


 部室の本棚の本を手に取るハルヒ。そのまま窓辺に行くと、立て掛けてあるパイプ椅子を広げて座った。あの日から学校に来なくなってしまった彼女のように、無言で窓辺に座るハルヒ。そうすることで、彼女を追想するように。
 思い出す、彼女と過ごした日々。
 最初は、まるで部室の付属物のように存在感のない娘だった。
 それが、共に過ごすうち、だんだん彼女を見る目が変わっていく。彼女は万能だった。何でもそつなくこなせた。
 決定的だったのは、一年生時の文化祭。
 メンバーの病気や怪我で出演ができなくなった、先輩女子のバンド。見かねたハルヒは、彼女を誘って急遽メンバー入りし、舞台に立った。そこで彼女は、驚くべきギターの腕前を披露した。ハルヒの歌声とともに、彼女の情熱的なギタープレイは、その場にいた誰もを魅了した。それは、他ならぬ、共に舞台に立ったハルヒ達も同様に。
 体育祭では、ハルヒに負けず劣らずの素晴らしい身体能力を見せつけた。特にアンカーを務めたクラス対抗リレーでは、最下位でバトンを受け取ると、表情を変えずに見る見る走者を追い抜き、ハルヒがアンカーを務める1年5組に次ぐ、二位にまで持ち込んだ。無表情ながら鉢巻きをたなびかせて疾走し、見る見る順位を上げていく小柄な体操服姿に、彼女の隠れファンが急増した。
 バレンタインデーの時は、料理の腕前も見事だった。徹夜で賑やかにチョコレートケーキを作る、ハルヒとみくる。彼女はそんな二人を静かに、そしてこれ以上ないほど的確にサポートした。何と彼女は、温度計もなしに、チョコレートのテンパリング(温度調節)をやってのけた。さらには、まかない料理も作ってくれた。チョコレートケーキ製作中は、匂いが移ったり味が分からなくなったりしないよう、薄味の惣菜と、ほかほかご飯に吸い物。プレゼントを山に埋めて帰ってきたら、胃腸に負担を掛けずに冷えた身体を温める、手作り出汁の香り高いうどん。
 阪中家での『陽猫病』事件では、その博識ぶりで、見事に事件を解決した。いつも大量に本を読んでいるが、それが実際に役に立つのだから大したものだとハルヒは思った。彼女は阪中家の恩人として盛大な歓待を受け、ハルヒはそれを我がことのように喜んだ。
 共に過ごした一年の間に、ハルヒは彼女を『SOS団随一の万能選手』と捉えるようになっていた。
 そんな二人の関係に転機が訪れる。先日の、ハルヒの捕り物劇に端を発する、一連の騒動。
 ハルヒは精神的に追い詰められていた。そんなハルヒを救ったのが、彼女だった。彼女は、ハルヒの行動の意図を理解し、危険を冒してハルヒに会いに来てくれた。苦しさに押し潰されそうだったハルヒの慟哭を受け止め、優しくそばに寄り添ってくれた。
 一緒に帰るために『男装』を提案するなど、意外な一面も見せてくれた。彼女の部屋に招待し、泊まって行くことを勧めるなど、積極的な面も持っていた。そしてその夜、二人は結ばれた。性別の垣根を越えて、肉体的にも精神的にも、二人は繋がった。
 次の日には、彼女を通じて彼女の友人に問題を解決してもらった。彼女の人脈には驚かされた。その日はそのままデートにも行った。朝の目覚めの時と同様、彼女の素顔、生の言動に心を揺さぶられた。
 彼女と朝倉涼子のそっくりさんに遭遇したこともあった。
 その時は彼女も一緒にいた。彼女のそっくりさんは、彼女とは性格が全く違っていた。声も違っていた。しかし、実は彼女もそっくりさんも、お互いの声を真似ることができた。彼女がそっくりさんの声を、いつもの無表情で真似したときは、正直、絶句した。あまりにもシュールでユニークだったから。
 彼女との思い出は、どれも大切な、掛け替えのないもの。記憶の中の彼女は、大半が無口で無表情だったが、それでも輝いていた。
 そして、つい先日の、あの出来事。
 彼女に、自分の恥ずかしい物を目撃されてしまった事件。ハルヒは激しく動揺し、とんでもないことをしでかした。しかし、そのことで実感したこともあった。ハルヒは彼女を……
 ハルヒは、知らず、涙を流していた。自分の中で、こんなにも彼女の存在が大きくなっていたのか。
「会いたい……会いたいよぅ……何で、あんなことになってしもたん……有希……(はよ)……会いたい……謝りたい……何で、謝らしてもくれへんの……? 何で、何で……」
【会いたい……会いたいよぅ……何で、あんなことになってしまったの……有希……早く……会いたい……謝りたい……何で、謝らしてもくれなにの……? 何で、何で……】
 言葉にならない思い。言語化できなかった分は、涙と嗚咽になって溢れ出す。
「ゆ、ゆき、有希……有希ぃ――――! うわあああぁぁぁ……!!」
 以前にも声を上げて泣いたことがある。その時は彼女が、優しくハルヒの頭を抱いて、ハルヒの慟哭を受け止めてくれた。
 でも今は――誰もいない。


「悩み事?」
 その時、声が掛けられた。
「うっ、ぐすっ……朝倉?」
 涙を拭いながら、部室の入り口を見るハルヒ。
「何よ、人が泣いてんのが、そんなにおかしい? 悪趣味やな。用がないんやったら()っといてくれる?」
【何よ、人が泣いてんのが、そんなにおかしい? 悪趣味ね。用がないんだったら()っといてくれる?】
 涼子は、部室に入ると、扉を閉めた。
「ご挨拶やなあ。わたしは、女の子が泣いてるのが()っとかれへんかっただけ。」
【ご挨拶だなあ。わたしは、女の子が泣いてるのが()っとけなかっただけ。】
 ゆっくりとハルヒに近付く涼子。
「何? 慰めの言葉やったら、要らへんで。」
【何? 慰めの言葉だったら、要らないわ。】
 涼子を睨み付けるハルヒ。しかし涙に濡れたその目は真っ赤に充血しているので、迫力に欠ける。
「慰め(ちゃ)うけど、何て言うのかな……うん、独り言!」
【慰めじゃないけど、何て言うのかな……うん、独り言!】
 涼子は微笑を湛えたままで言う。
「そこまで涼宮さんに思われる長門さんも幸せやね。」
【そこまで涼宮さんに思われる長門さんも幸せよね。】
「…………」
「……大丈夫。あなたが願えば、きっとすぐに会える。」
「……根拠は?」
「な~んにも。」
 ハルヒは大きく溜め息をついた。
「何よ、それ……」
()うたやん? 独り言って。」
【言ったじゃない? 独り言って。】
 涼子は、指を組みながら言った。
「でも、わたしは、『信じる』ことって、結構重要やと思うな。成功のイメージを信じて行動すれば、上手くいく時があると思わへん? 逆に、悪い方にばっかり考えが行く時って、何やっても上手くいかへん時もあるし。悪い方に考えて気持ちが沈んで、結局上手くいかへんのと、良い方に考えて気持ちが盛り上がって、結局上手くいくのとやったら、わたしやったら、上手くいく方を選ぶな。」
【でも、わたしは、『信じる』ことって、結構重要だと思うな。成功のイメージを信じて行動すれば、上手くいく時があると思わない? 逆に、悪い方にばっかり考えが行く時って、何やっても上手くいかない時もあるし。悪い方に考えて気持ちが沈んで、結局上手くいかないのと、良い方に考えて気持ちが盛り上がって、結局上手くいくのとだったら、わたしだったら、上手くいく方を選ぶな。】
「『信じる』……」
「長門さんとまた会えることを信じればええん(ちゃ)うかな。きっと長門さんも、涼宮さんに会いたがってると思うわ。」
【長門さんとまた会えることを信じれば良いんじゃないかな。きっと長門さんも、涼宮さんに会いたがってると思うわ。】
 涼子は言葉巧みにハルヒを誘導していく。涼子は優秀だった。


「結局、朝倉は、どうするつもりなんやろな?」
【結局、朝倉は、どうするつもりなんだろうな?】
 キョンが口を開いた。緊急対策本部では会議が続いていた。
「人間の『感情』というものは、わたしにはよく分からないので、何とも言えませんが。」
 江美里は答えた。
「その、朝倉さんって、喜緑さんや長門さんと同じ、その……『端末』、なんですよね。」
 みくるは言った。
「ということは、こんな言い方は失礼やと思うんですけど……みんな、人間の『感情』はよう分からへんのですよね?」
【ということは、こんな言い方は失礼だと思うんですけど……みんな、人間の『感情』はよく分からないんですよね?】
「その質問の答えは、」
 江美里が答える。みくるが息を呑む。
「禁則事項です。」
 盛大に椅子からずり落ちるみくる。
「というのは冗談ですが、基本的にそう考えていただいて差し支えありません。」
(TFEI端末って、実は意外と冗談好きなんか……!?)
《TFEI端末って、実は意外と冗談好きなのか……!?》
 と、キョンは思った。
「ただし、例外もあります。例えば長門さんについては、キョンくんはよくご存知ですよね?」
「え? あ、ああ……長門は、顔には出さへんけど表情に表れへんだけで、無感情なんやなくて実はかなり感情豊かです。長く一緒におったら、だんだん分かるようになってきました。」
【え? あ、ああ……長門は、顔には出さないけど表情に表れないだけで、無感情なんじゃなくて実はかなり感情豊かです。長く一緒にいたら、だんだん分かるようになってきました。】
 そうですね、と江美里は続ける。
「そして長門さんは、様々な体験をして、暴走したこともありました。そう、あの冬の世界改変事件です。と言っても、お二人さんには、実感はないでしょうけれど。」
 江美里はSOS団員達を見回して続ける。
「暴走の原因は、現在も検証中なのではっきりとしたことは言えませんが、長門さんに、人間で言うところの『感情』に相当するものが発生したのが一因ではないか、というのが大勢の見解です。」
「ははあ。すると、あれでっか。長門さんは、感情が生まれ、育っていったものの、本質的には理解でけへんもんやから、だんだんとその感情を『持て余した』っちゅうわけでっか。」
【ははあ。すると、こういうことですか。長門さんは、感情が生まれ、育っていったものの、本質的には理解でないものだから、だんだんとその感情を『持て余した』、と。】
 一樹がしたり顔で解説する。
「『感情』がどのようなもので、それがどのように作用したかについては見解が分かれていますが、とにかく、『感情』のようなものが関係しているのではないか、という点では概ね一致しています。」
 江美里は、これは私見ですが、と前置きして続けた。
「同様に、朝倉涼子が独断専行し、キョンくんを殺害しようとした件も、やはり『感情』が何か関係しているのではないかと、わたしは考えています。」
「そういえば、朝倉はあの時、何も変化せぇへん観察対象に飽き飽きしてるって()うてたな……」
【そういえば、朝倉はあの時、何も変化しない観察対象に飽き飽きしてるって言ってたな……】
 キョンは、当時を思い出しながら言った。朝倉涼子本人の謝罪を受けたことで、多少は『彼』の精神的外傷も緩和されたものと思われる。少なくとも、冷静に当時を振り返ることができるくらいには回復していた。
「本来わたし達は、『飽きる』ということはありません。そのようには作られていないのです。飽きてしまうようでは、観測ができませんからね。でも、朝倉涼子は、観測に飽きた。そして、独断であのような凶行に及んだ。暴走としか言いようがありません。『未熟な感情の暴走』。これが、二人が起こした事件を定義する言葉ではないかと考えています。」
「えっと、それじゃ……今の朝倉さんは、未熟ながらも感情を持っている、ってことですか?」
 みくるが問う。
「それが本当に『感情』かどうかは分かりませんが、少なくともわたしよりは、朝倉涼子の方がよく人間の感情を理解して、より適した行動を取れると思います。」
「でも、それじゃ、その、また感情に流されて……」
 恐る恐るみくるは問うた。江美里が答える。
「朝倉涼子は、人間で言えば二度死にました。そして二度生き返りました。『感情』を持つ『生命体』が、『臨死』又は『転生』を経験した。それが思考や行動に大きな影響を与えるだろうことは、想像に難くありません。これまでの彼女の言動から推察するに、もう以前のように暴走する可能性はないと言えるでしょう。」
「随分、朝倉を信用してるんですね。」
 キョンの問い掛けに、江美里はやや思案するような表情で答えた。
「信用……ですか。」
 江美里は窓があると思しき辺りに視線を巡らせながら言った。
「我々端末同士の関係は、人間のそれとは少し違いますが、そうですね。人間の関係に例えて言うなら、確かに『信用』という言葉が近いかもしれません。」
 江美里はキョンに視線を戻して続けた。
「キョンくん。あなたは、長門さんを『信用』していますか?」
「もちろんです。全幅の信頼を寄せてると断言できます。はっきり言って、俺は自分よりも長門の方を信用してるかもしれません。」
 キョンは即答した。
「それなら、今の朝倉さんも信用してもらえませんか? もちろん、そう簡単には考え方を変えられるものではないということは、情報としては知っています。でも……」
 江美里は、ふっ、と表情を緩ませて言った。
「何と言っても、今の朝倉さんは、その長門さんのバックアップ、代理なんです。彼女が長門さんの代わりを務められるのは、単に能力が同程度だからというだけではなくて、あなた達と関係が深くて、かつ、あなた達の行動を同程度には理解しているからなんですよ。今の彼女は……長門さんそのものだと思ってもらって差し支えありません。もちろん、元々の性格付けの設定が違うので、例えば無言で本を読んでいる朝倉さん、という姿を見ることはないでしょうが、『涼宮ハルヒとその周囲の観測及び保全』という任務に関しては、長門さんと全く同じ行動原理に制御されています。」
「せやから、彼女を信用せぇ、っちゅうことを言いたいわけでっか。」
【だから、彼女を信用しろ、と仰りたいわけですか。】
 一樹が口を挟む。
「信用しろ、とはおこがましくて、とても言えません。わたしに言えるのは……」
 ここで江美里は立ち上がった。
「どうか、彼女を、朝倉涼子を信じてやってください。お願いします。」
 こう言って江美里は、深く頭を下げた。
「えっ、わっ、わっ、そ、そんな、頭を上げてください! あ、あたしが変なこと()うてしもたから……」
【えっ、わっ、わっ、そ、そんな、頭を上げてください! あ、あたしが変なこと言っちゃったから……】
 みくるが慌てて立ち上がり、江美里に声を掛ける。
「……朝倉は、長門が元に戻れば自分が用無しになるって分かってて、それでも長門のために動くって言いました。」
 キョンは江美里をしっかりと見つめていた。
「俺らを守るって()うた長門の言葉を信じるように、俺は朝倉の言葉も信じようと思います。」
【俺らを守るって言った長門の言葉を信じるように、俺は朝倉の言葉も信じようと思います。】
「……ありがとうございます。」
 江美里は、柔らかい表情で謝辞を述べた。


 彼らが様々な工作を行う一方で、彼らの意思とは関係ない部分でも世界は動いていた。長門有希が消失したことで、涼宮ハルヒの周辺を取り巻く勢力の版図が変化していた。
 その中の一つ、情報統合思念体の内部でも、大きな変動が起きていた。かつてキョンを殺害しようとした急進派からは、更に先鋭化した『過激派』が派生していた。
 過激派とは、観測対象である涼宮ハルヒ自身に直接刺激を与え、その反応を観測しようとする集団。早い話が、涼宮ハルヒに危害を加えようとする一派のこと。急進派は、その勢力を大きく減じていた。
 攻撃か、静観か。派閥内の者には、二者択一が迫られた。朝倉涼子は、長門有希のバックアップを務める事で、自動的に主流派に取り込まれることとなった。
 かつての同志が敵となり、かつての仇敵が友軍となる。情報統合思念体の内部は、今や群雄割拠の相を呈していた。
 そんな過激派の一部が、長門有希不在を好機と見て、涼宮ハルヒへの攻撃を企図していた。
 情報統合思念体内部の意思は不統一。彼らの行動を止める者は誰もいなかった。
 彼らの手が涼宮ハルヒ達に近付いていた。
 『その時』が迫っていた。

 



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