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Report.06 長門有希の陥落


 いつもと違う、ちょっとおかしい(主に服装が)彼女と、いつもと違う、ちょっとおかしい(主に言動が)わたしの、いつもと違う、ちょっとおかしい(主に空気が)風景。
 お茶を霧にしたり、お菓子の袋を引きちぎったりと忙しい彼女だったが、それでも次第にくつろぎ、話をし始めていた。
 わたしはお茶のお替りを淹れたり、飲み物を取ってきたり、お菓子を食べたりしながら、彼女の話を聞いていた。
 正確に言うと、話をしている彼女を見ていた、となるかもしれない。
 彼女の話す内容は様々だった。普段部室やSOS団の活動中に話しているような内容もあれば、自分の身の上話、国際政治や領土問題から、芸能に今夜のおかずまで。彼女の興味の対象は幅広い。聞いていて飽きない、という感想を相対した人間は持つだろうと予想された。
 ただ、それでも全体的な傾向としては、平均的な女子高生の会話の内容といえた。見識や考察が、平均的な女子高生を凌駕しているだけで。
 そのまま食事に移行する。コンビニエンスストアの弁当。
 わたしは味覚から得られる情報には特に重きを置いていないが、今日の弁当は普段よりも、人間の言葉で言うところの『美味しい』ものだった。
「ぷっは~~~! やっぱり食事にはコレやね!!」
【ぷっは~~~! やっぱり食事にはコレよね!!】
 彼女は、『甘くない炭酸』を飲みながら言った。
「あたし、前から甘ったるい炭酸飲料しか売ってへんことが不満やってん。外国ではむしろ『ノンガス』って頼まんと、『水』を頼んだら『炭酸水』が出てくるっていうし。今まではカクテル用のソーダで我慢してたんやけど、最近はいろいろ選べるようになったわ。やっと時代があたしに追いついてきたんやなぁ。」
【あたし、前から甘ったるい炭酸飲料しか売ってないことが不満だったの。外国ではむしろ『ノンガス』って頼まないと、『水』を頼んだら『炭酸水』が出てくるっていうし。今まではカクテル用のソーダで我慢してたんだけど、最近はいろいろ選べるようになったわ。やっと時代があたしに追いついてきたのねえ。】
 彼女は、しみじみと言った。
 『誰かと一緒に取る食事』は、『一人で取る食事』よりも『美味しい』。今日初めて知ったこと。


 食後は、お茶を飲みながらのんびりと過ごす。彼女の希望で、TVやラジオは電源を入れていない。あれだけの取材攻勢を掛けられ、大衆の好奇心に弄ばれた。いや、今も弄ばれている。当分は見たくもないのだろう。何事もなかったかのように明るく振舞っているが、やはりその心中は穏やかではない模様。
 彼女が哀れだと思った。そして、なぜかそばに居たいと思った。
 そろそろ食事から時間が経った。入浴を提案しよう。
「お風呂の準備をする。それともシャワー?」
「あ、溜めて溜めて。」
「了解した。」
 わたしは席を立ち、湯船にお湯を張る準備をして、また席に戻った。
「あなたから入るといい。」
「有~希~?」
 彼女はにんまりと笑いながら、『彼』が見たら先のことを考えて諦観に至りそうな顔で言った。
「あたしが、このままお風呂を用意されて、はい、そうですか、って入る人間やと思うか~?」
【あたしが、このままお風呂を用意されて、はい、そうですか、って入る人間だと思うのかしら?】
 わたしは、彼女の性向を考慮したデータベースから、該当する状況を検索する。
「……思わない。」
「女の子同士でお泊まり()うたら、お風呂で流しっこに決まっとぉやろ♪」
【女の子同士でお泊まりと言えば、お風呂で流しっこに決まってるじゃない♪】
 その情報は、主に男性向けの情報源によって提供される一種の幻想なのだが、普段の言動からも分かるように、彼女の主な情報源はそのような男性向けの類なので、彼女にとっては、それが当然の行為。
 やがて、湯船に規定量のお湯が溜まった事を知らせる音が鳴った。
「さ、入ろ、入ろ~♪」
 彼女に手を引かれて浴室に向かう。彼女の顔は1MeV(メガエレクトロンボルト)級の笑顔だった。今の彼女なら、一億度以上にプラズマを加熱して、熱核融合炉を起動させることができそうだと思った。


 まずわたしが彼女を洗う。
「背中にニキビを発見した。」
「嘘ぉ!? どこどこ?」
「ちょうど手の届かない場所。」
 そう言って、わたしは該当箇所を指先で触れる。
「痛たたた……確かにそこは、ちょっと痛いなとは(おも)てたけど、ニキビできてたんか。」
【痛たたた……確かにそこは、ちょっと痛いなとは思ってたけど、ニキビができてたのか。】
「保湿に気をつけるべき。後で薬を塗ってあげる。」
「頼むわぁ~。うう、油断した……不覚っ……!」
【頼む~。うう、油断した……不覚っ……!】
 自分の目の届かない場所でニキビの発生を許したのが余程悔しかったらしい。だが、これも致し方ないことなのかもしれない。
「ニキビの発生もストレスの表れ。やはりあなたには気晴らしが必要だった。」
「そやね……」
【そうね……】
 お湯を掛けて、泡を洗い落とす。
「はい、おわり。」
「ありがと~。気持ち良かったわぁ♪」
 『気持ち良い』という言葉には、大まかに分類すると二つの意味がある。
 一つは、精神的な意味。もう一つは、性的な意味。
 わたしはふと、彼女が言ったのはどちらの意味なのだろうかと考えた。それは、人間で言うところの、ある種の『予感』だったのかもしれない。
「次はあたしが洗ったげる番やな。」
【次はあたしが洗ったげる番ね。】
 彼女は……ニヤニヤしていた。にやけるのを必死で堪えて、結局堪え切れなかったという表情に見えた。
 わたしはその時、感じるべきだったのだろう。『貞操の危機』というものを。
 今度は彼女がわたしを洗う。
「うわ~。有希の肌って、ほんま白いなぁ~。それにめっちゃすべすべやし。」
【うわ~。有希の肌って、ほんと白いわね~。それにすっごくすべすべだし。】
 彼女は背中だけでは終わらせなかった。
「……そこは自分で洗える。」
「ま、ええから、ええから。気にしたらあかん♪」
【ま、良いから、良いから。気にしちゃだめよ♪】
 彼女の手が、わたしの腕を、腹を、脚を、洗ってゆく。彼女は、わたしの身体を撫で回しながら、怪しく囁いた。
「ええかぁ~? ええのんかぁ~? 最高かぁ~?」
 はっきり言って、今の彼女は、いわゆる『えろおやぢ』である。
 何が彼女をこうしてしまったのだろうか。やはり不安定な精神状態のときに異性装をさせたのがまずかったのだろうか。
 ということは、結局のところわたしの行動の結果、わたしがこのような状況に置かれているわけで、人間の言葉で言うところの『自業自得』、過去におけるわたしの行動の責任を現在のわたしが取っているわけで、そもそもなぜわたしはあの時、わざわざ『男装』を提案したのかを考えてみるに、彼女の属性と最もかけ離れた属性として男性を選んだからであって、しかし、彼女の麗しの男装姿を見てみたいと少しだけ思ったのもまた事実であり、ああ、もう何を考えているのか分からない。とりあえずこれだけは確実に言える。
「……きもちいい。」
 彼女は、とても満足した顔をした。彼女の瞳が妖しく光る。
 もう、どうにでもしてください。
 …………
 ………
 ……
 …


 最後に二人で一緒に湯船に浸かる。二人で入ってもさほど窮屈ではない湯船だが、今わたしは彼女に後ろから抱きかかえられ、密着している。
「有希の体って、胸はちっちゃいけど、めっちゃ抱き心地ええなぁ~」
【有希の体って、胸はちっちゃいけど、すっごく抱き心地良いわね~】
 わたしの耳元で、彼女が囁く。結局、あれからわたしは、全身を隈なく蹂躙された。わたしが『ぐったり』するまで。
「……すけべ。」
 振り返って、わたしは言った。
「そういう反応も、めちゃめちゃ可愛いなぁ~」
【そういう反応も、めちゃ可愛いなぁ~】
「…………」
 わたしはそっぽを向いた。
「さっきは、その、思わず暴走してしもたけど……詳しく語ると18禁になるし……って、あたし17歳やな……詳しくは語らへんけど、有希と、こうしていちゃついてると、すごく気持ちが落ち着くわ。何ていうか、めっちゃ気持ちええねん。性的な意味だけやなくて、精神的な意味でも。」
【さっきは、その、思わず暴走してしまったけど……詳しく語ると18禁になるし……って、あたし17歳だったわね……詳しくは語らないけど、有希と、こうしていちゃついてると、すごく気持ちが落ち着くわ。何ていうか、すっごく気持ち良いのよ。性的な意味だけじゃなくて、精神的な意味でも。】
「性的な意味もあるの。」
「うっ、それは……気にしたら負けや♪」
【うっ、それは……気にしたら負けよ♪】
 彼女はわたしの耳に息を吹きかけてきた。背筋がぞくぞくする。
「ぁはぁ……」
 吐息と声が漏れる。
「んふふん? 耳弱いんや?」
【んふふん? 耳弱いんだ?】
 彼女はわたしの耳を弄び始めた。またスイッチが入ってしまったのだろうか。
「……もう、上がる……のぼせそう。」
「むふー、残念。」
 彼女はわたしの耳を甘噛みしながら言う。
 わたし達は湯船から上がった。彼女の体が桜色に上気しているのは、入浴のせいだけではないのだろう。


 風呂上り。わたしと彼女は二人して、『豆乳』を一気飲みする。彼女曰く、片方の手を腰に当てるのが作法なのだそう。もちろんそれは違うのだが、もはや何も言うまい。
 二人、パジャマ姿で片方の手を腰に当て、豆乳を一気に飲み干す。
「ぷっはぁ~~~~!!」
 彼女が情報源にすると思われる様々な情報を検索すると、この場合、一気に飲み干される飲み物としては『牛乳』が最も登場頻度が高かった。
「牛乳って、実はあんまり体に良ぉないんやって。えーと、何やったかな。燐が多いから、体からカルシウムが排泄されて、かえって骨粗鬆症になるとか、たんぱく質が体内に入り込んでアレルギー体質になるとか、そもそも哺乳類が離乳してからも乳を飲むことは本来不都合やとか……あ、そうそう、乳糖を分解できひんから、お腹壊すんやって。」
【牛乳って、実はあんまり体に良くないんだって。えーと、何だったかな。燐が多いから、体からカルシウムが排泄されて、かえって骨粗鬆症になるとか、たんぱく質が体内に入り込んでアレルギー体質になるとか、そもそも哺乳類が離乳してからも乳を飲むことは本来不都合だとか……あ、そうそう、乳糖を分解できないから、お腹壊すんだって。】
 そのような理由から、豆乳を飲むことにしたらしい。『健康ブーム』の影響で、飲むのはおからも含んだどろり濃厚な無調整豆乳。


 わたしは彼女の死角で薬箱を構成した。
「では薬を塗る。そこに横になって。」
「はぁ~い。」
 彼女は上半身裸になると、リビングのラグの上にうつ伏せになる。
「膿を持っている。膿を抜いておいた方が、治りが速い。」
「うっ……そうなん?」
【うっ……そうなの?】
「そう。」
 背中であるため、彼女からは死角になるのを良いことに、わたしは処置を開始する。彼女への情報操作は許されていないが、要は『直接』彼女に操作しなければ良い。わたしは情報操作によって、人間が使用する『医療機器』を作り出した。
 そう、『道具』を介在させることで、彼女への操作を可能にできる。今頃になって、そのことに思い至った。
 ピンポイントレーザーで、ニキビの頭部に小さな穴を開ける。皮脂腺に挿入できるほど極細のピンセットで、奥にある細菌叢ごと、膿をつまみ出す。生理食塩水で、膿を取り去った跡と周囲を洗浄する。これにより、患部は本来の微生物分布に戻る。
(術式おわり。)
 何となく声に出さずに呟いた。
「おわった。」
「あ、ありがと……何か、いろいろされたような気がするけど……何したん?」
【あ、ありがと……何か、いろいろされたような気がするけど……何したの?】
「適切な処置。」
「……そう。」
 彼女は、服を着ながらぽつりと呟いた。
「今の有希、お医者さんみたいやったな……」
【今の有希、お医者さんみたいだったわね……】
 『おいしゃさんごっこ』
 なぜかこんな言葉がわたしの記憶領域に浮かんだ。この言葉にもやはり二つの意味があるらしい。
 一つは、とてもほほえましい意味。もう一つは、どちらかというとこっちが主な用法に思えるが、性的な意味。


 今日という日も残り少なくなった。そろそろ寝ることを提案しよう。
「そろそろ寝る時間。」
「あ、もうこんな時間なんや。さすがに疲れたかな、今日はちょっといろいろあったし。」
【あ、もうこんな時間なんだ。さすがに疲れたかな、今日はちょっといろいろあったし。】
 彼女も同意する。わたしの瞳を見据えて。
「主に新発見方面で。ほんまイロイロ発見させられたわ。」
【主に新発見方面で。ほんとイロイロ発見させられたわ。】
 わたしも彼女にいろいろされた。主に性的な意味で。わたしの中で涼宮ハルヒの呼称が変化したのも、今日のこと。
「布団を準備する。待ってて。」
「有~希~?」
 彼女はにんまりと笑いながら、わたしが見ても先のことを考えて諦観に至りそうな顔で言った。
「あたしが、このまま布団を用意されて、はい、そうですか、って寝る人間やと思う~?」
【あたしが、このまま布団を用意されて、はい、そうですか、って寝る人間だと思う~?】
 わたしは、彼女の性向を考慮したデータベースから、該当する状況を検索する……までもなかった。
「……思わない。」
「と~ぜんや♪ 女の子同士でお泊まり()うたら、(おんな)じ布団で仲良く語り合うに決まっとぉやろ♪」
【と~ぜんよ♪ 女の子同士でお泊まりと言えば、(おんな)じ布団で仲良く語り合うに決まってるじゃない♪】
 なお、彼女の言う行為は決して平均的な人間の行動ではないが、もちろん彼女は平均的な人間ではない。
「有希の部屋って、どんな感じなんやろな? 意外に女の子らしい、可愛い部屋やったりして。」
【有希の部屋って、どんな感じなんだろ? 意外に女の子らしい、可愛い部屋だったりして。】
 ……申し訳ない。わたしの部屋は、あなたの期待には到底応えられそうにない。
 わたしの身辺は、結局のところ、あなたがわたしという個体を見て思い描く通りに設定されている。よって、今のわたしの部屋は、あなたが普段本を読むわたしを見て思い描いた通りの部屋だと思う。
 なるほど、そういう意味ではあなたの期待に違わないのかもしれない。
 しかし今のわたしに対するあなたの印象は随分変化したはず。わたしが変化させてしまったから。だから、現在のあなたが期待するものは、わたしの部屋にはないだろう。
 でも、もしあなたが『こうあってほしい』と願うなら、わたしの身辺はあなたが願った通りに再構成される。
 わたしはあなた色に染まる。あなた好みのわたしになる。もっとあなた色に、わたしを染めてしまってもいい。染められてしまいたいかもしれない。
 ……ここまで一気に考えて、ようやくわたしは正気を取り戻す。
 確かに今日のわたしは、どこかおかしいらしい。つい数時間前にそう呼ぶのをやめようと決意したばかりだが、さすがにこれは呼んでも良いと思う。大量のエラーが発生している。こんな微妙に回りくどい独白をしているなんて、まるで『彼』のよう。やれやれ。これも『彼』の口癖。
「……有希、それキョンのモノマネ? 妙に似てるっていうか、実感篭もっとぉで?」
【……有希、それキョンのモノマネ? 妙に似てるっていうか、実感篭もってるわよ?】
 声に出していたらしい。独白の朗詠(ろうえい)もとい漏洩(ろうえい)は『彼』のいつもの行動。やれや……おっと。

 



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