いつものように部室のドアを開けた俺は、いつもとは違った奇妙な光景を目にした。
「なにしてんだ?」
その問いに、ダンボール箱の上に正座をしていた長門が答えた。
「侵入者を捕獲した」
「侵入者だと?」
いや、それよりもなぜそんな原始的な方法で捕獲しているんだ?
「……」
長門は空虚を見つめており、その表情はかすかにこわばっている。
長門には似合わない表情だ。勘違いか?
俺は真っ先に浮かんだ質問を部室の入り口から投げかけた。
「侵入者ってのは異世界人か?」
長門は水汲み鳥のように視線を行き来させた後こちらを見た。
「ない」
どうやら俺と同じ一般的な人間らしい。突然爆発したりはしないだろう。
俺はドアを閉め、パイプ椅子を広げると長門の前に座った。
「侵入者は悪事を働いたのか? もしかして文芸部の入部希望者だったりしないだろうな?」
「一般的な人間ではない」
おいおい、いきなりなにを言い出すんだ。問題はそいつが爆発するかどうかってことだ。
爆発はしないのか? 性格が一般的ではないということか?
よく知っている人物のように。
「爆発はしない。凶悪。ただし、凶悪というと語弊があるかもしれない」
「というと?」
「……」
 
「……」
長門は、黙ったままだ。
うまく言語化できないというやつか。
「……」
「ヘンタイ」
長門が答えた。
変態だと? まさか長門、
変態にあんなことやこんなことをされてしまったのでは……などと、
いらぬ想像をしていると、
「大丈夫」
長門が答えた。いつもの表情だ。
そうだ。侵入者は長門によって、すでに捕獲されている。
俺は、忍び寄る変態を一瞬でダンボール箱に押し込める長門の姿を想像して、
変態に少しだけ同情した。
「職員室へ連れて行くか? いや、警察か?」
「処分する」
「ちょっ、さすがにそれは」
いったいどんだけの変態だったのだ。
俺は汚いモノを見せられた長門の表情を想像しながら、ある疑問に気づいた。
「やけにおとなしいが」
「……」
長門は、人差し指でダンボール箱をつっついた。
「今は大人しくなった」
「なにかしたのか? 眠りの魔法をかけたとか」
「ない」
長門はダンボール箱をじっと見つめている。
その箱は、正座して体を折り曲げると大人ひとり入れそうな大きさで、
前後には取っ手になる穴が開いている。
俺は、目潰しをされないか不安を感じながらも、その穴を覗いてみた。
 
なにもいなかった。
「おい長門、なにもないようだが」
そう言って正座をしている長門の膝へ視線を向けた瞬間、
首筋に電撃が走ったかように頭が仰け反った。
「うぉ、目が! 目が!」
うかつだった。穴から視線をはずした瞬間に目潰しを食らってしまったのだ。
俺は痛みで目を開くことできなくなってしまった。
もちろん長門の三角地帯も見えなかった。
「長門、大丈夫か!」
返事はなかった。
その代わりにトタトタと遠ざかる足音が聞こえた。
この部屋には俺と長門しかおらず、長門は段ボール箱の上に座っていた。
この足音は侵入者のものか? それとも長門がダンボール箱から降りたのか?
いや、考えたくはないが、どちらにしろ侵入者が出てきてしまったとことになる。
 
そのとき、ドアが開く音が聞こえた。
「こんにちはぁ」
朝比奈さんの声だ。
「きたらだめだ! ここは危険です朝比奈さん!」
俺は叫んだ。
「えっ、なんですかキョン君、あ、ふぇ、こっ、来ないでー!」
「朝比奈さーん!」
 
「くっ」
俺は目をつぶったまま立ち上がったが、これではどうすることもできない。
「一体、何事ですか」
古泉だ。今だけは頼りになる。
「古泉、朝比奈さんをお守りしろ!」
「え? うわっ、なんですかこれ、わわっ」
「どうした古泉!」
「これは僕には無理ですよ。わわっ」
なにが無理なんだ、役たたずめ。
 
そのとき、また別の声が聞こえた。
「あんたたち! 団長をのけ者にして、なに騒いでるの!」
ハルヒだ。ちくしょう、どうすればいいんだ。
 
「こ、来ないでぇ! ふぇっ」
「わわっ、飛びました、飛びましたよ今」
飛んだだと? 一体どんなやつだというんだ。
 
次の瞬間、軽快な音が響いた。
「だらしないわね、あんたたち。ゴキブリくらいで」
な、ゴキブリだと?
「ふぇっ、ふぇっ、」
「いやー、さすが涼宮さんです」
「キョン、あんた相当ビビリなのね。目までつぶって」
俺はどう答えていいか分らなかったが、なんとか目が開くことができた。
 
そして、そのとき最初に目にしたのは、カーテンにくるまっている長門であった。
 
―― END

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最終更新:2020年03月15日 18:28