放課後になる。
いつもの通り私は文芸部部室へ向かう。
今日は監視対象である涼宮ハルヒに用事で来れないと言われた。
私はそれを残りの団員に伝えなければならない。
それまでは部屋に留まる必要がある。
 
「・・・・・・・」 ペラッ
 
ただページをめくる乾いた音だけが響く。
そろそろ来る頃合だろうか、と考えているうちに足音、そしてノックの音がした。
古泉・朝比奈が2人で談笑しながらこの部屋に到着した。
 
「こんにちは、長門さん。涼宮さんはまだですか?」
「今日は来ない。」
「おや、そうなんですか。実は僕も涼宮さんに渡す予定のモノを忘れてしまいましてね。
明日改めることにさせていただきますか。それでは。」 
「えっと・・・私は・・・」
「帰っても構わない。私はこの事を伝える為にここにいる。」
「そ、そうですか・・・それじゃあまた明日会いましょうね。」
 
そう言いつつ、お茶を一杯だけ入れて私の前に控えめに置いた。
2人の姿は消え、静寂が戻る。
そのまましばらくの時間が過ぎた。
 
残る一人がまだ来ない事に違和感を覚えて、私は視線を外に向けた。
日が少し傾き始めていた。
普段なら来ていておかしくない時間に現れないこと。
それだけで私は胸がざわつくのを感じた。
(・・・・・・・・)
本を開いてはいるが、文字が頭に入らない。
(・・・・・・・・・・)
心を落ち着かせる必要がある。
私は読書を一時中断し、少し目を瞑った。
 
目が開くとそこは自宅になっていた。
「・・・どういうこと。」
現状が把握出来ずに、少し困惑する。
 
涼宮ハルヒによる世界創造の力を観測したか? 否。
第三者の介入により作られた世界か? 否。
 
どちらも違う・・・そして、一目では前の世界と変わらない様に見える。
ただ一つ、決定的に違うこと。
対有機生命体インターフェースとしての能力が完全に欠如していた。
 
時計が視界に入ると、いつもの登校する時間になっていた。
反射的に体が学校に向かう準備をしていた。
この様子では、SOS団にも何かしらの変化が起きているだろう。
情報を入手する為にも登校は不可決だった。
 
学校に到着し、チャイムと共に授業が始まる。
特に変わった様子は無く、時間だけが過ぎていった。
いつの間にか・・・とさえ呼べるほどの早さで放課後になった。
それと同時に私の足も例の部屋に向かっていた。
誰もいないはずの文芸部部室に。
しかし、違った。
そこには、既にいた。
分厚い本が並んでいる棚の前に一人。
いつもどおりの溜息や独り言を吐きながら彼はそこに立っていた。
「やれやれ・・・こんな分厚い本よめr・・・ん、早かったな。よぉ、長門。」
 
私がどんな表情だったかはわからない。
ただ、沈黙があった。
しばらくして・・・といっても実際は数秒だろう、耐えられないという様子で
彼が沈黙を破るようにして言った。
「そうか・・・お前も俺がわからない・・・か。邪魔したな。」
と呟くと部屋を出て行こうとした。
「待って。」
振り向いた彼はただ苦しそうな、今にも壊れそうな表情をしていた。
「私は貴方を知っている。ただ、現状が把握出来ていない。
説明をして貰えると私としても助かる。」
 
その言葉に彼は安心したのか、手近の椅子に静かに腰掛けた。
私もそれに従い、彼の対面に位置する形で腰掛けた。
彼の話によると数日前から周囲の彼に対する反応がおかしくなりだしたという。
「最初の頃は特に異変に気がつかなかったよ。全くといっていいほどな。
ただ、理由も無く避けられてるのかと思っていた。けど、違ったんだ。
皆俺のことが記憶から失われているんだ。ハルヒや古泉、朝比奈さんですら・・・な。
それが昨日だ。そんで俺は今日出席を取られなかったよ・・・一体どうなっているんだろうな、ハハハ。」
 
そう言い終え、乾いた笑みを浮かべる。
どうやらこちらの世界にも団員は存在はするようだ。
この事象が涼宮ハルヒによる世界の改変かとも考えたが・・・。
(存在を消失させるにしては緩やか過ぎる。)
そのように冷静に分析する一方で・・・いや、どちらかと言えばこちらを重要視している。
(このまま彼を一人にしては精神に異常を起こす可能性が高い。)
考えると同時に口が開いていた。
「大丈夫。私が貴方を守る。」
例え能力が失われていても・・・彼の傍にいることは出来る。
私という個体が望み、唯一出来ることだった。
「ったく、相変わらずよくわからん言い方だ。・・・ありがとうな。」
彼は立ち上がり、再び出て行こうとする。
「図書館。」
「え?」
「ついて来て欲しい。」
「しかしだな・・・。」
「・・・・・・・・・・・・。」
「・・・しょうがないな。」
 
こうして半ば強引に図書館に向かうことが決定した。
大して意味も無い世間話をしながら・・・といってもほとんどは彼が喋っていたが。
そうして、図書館に入った。
中では流石に五月蝿くする訳にはいかない為、二人共静かに本を読み、時折本を交換しに行くぐらいだった。
「・・・・・。」
「・・・・・・・。」
「・・・・・・・・・さて、と。」
どれほどの時が経っただろうか、少し前に本の交換に立ったきり彼が帰ってこないことに気づいた。
私も席を立ち、彼の捜索を開始した。
全ての場所を探しても彼の姿は無かった。
そう認識するやいなや、体は走り図書館を飛び出していた。
彼の行く場所の想像はついている。
思考を巡らす必要も無い。それはどこか?
文芸部部室である。
なりふり構わずに走り続けた。
彼の傍にいなければならないから。
否。彼の傍にいたいから。
 
「はぁっ・・・・はぁっ・・・。」
目的の部屋の前に到着し・・・「ガチャッ。」
ドアを開けた先に、やはり彼はいた。
「やっぱ、見つかっちまったか。一緒にいると辛くなるからここに来たんだがな・・・。」
「見つかりたくないならこのような場所にいるはずが無い。
それにどんな場所にいようと私はあなたを見つける。」
「確かにお前なら出来そうだな。」
「だけど、何処かへ行かれると面倒。ここにいて欲しい。」
「そうだな・・・わかった、あんまり長い時間は無理だが。」
 
意図的に彼は私の顔を見ないようにしている。
私も彼の意を汲み取り、背中合わせに立つ。
背中を通して、彼の温度を感じる。
 
「そういえば。」
唐突に彼が口を開いた。
「こうやって二人きりなのも久しぶりな気がするなぁ。」
「・・・そう。」
「そうだ。なんだかんだいってずっと振り回されっぱなしだったからな。
たまには平穏が欲しかったところだ。」
「悪い気はしない。」
「俺もだ。何だかんだ言って楽しかったよ。」
「・・・・・・・・(コクリ)。」
「あぁ、そういえば今日は悪かったな。」
「何も問題はない。」
「やっておいてなんだが、男としてそれは出来ないな。
途中で帰るなんて我ながら最低だ。」
「・・・そんなことはない。」
「遠慮するなって。そうだな・・・今度二人でどこか遊びに行くか。どうだ?」
「・・・構わない。」
「そうか、よかった。断られたらどうしようかと思ったぞ。それじゃあまた-----
 
チャイムが鳴り響き、彼の声は聞こえなかった。
そして、背中の温度が失われた。
 
星空見上げ私だけの光教えて
 
心は暗闇に包まれ、星が消えていった。
 
  貴方は今、ドコで誰といるのでしょう
 
彼は私の知らないドコかへ行ってしまった。
 
  楽しくしてる事を思うと寂しくなって
 
今彼はドコへ、そして何をしているのだろうか。
 
  一緒に見たシネマ、一人きりで流す
 
彼との思い出だけが、頭の中で繰り返される。
 
  大好きな人が遠い、遠すぎて泣きたくなるの
 
彼は目の前でドコかへ行ってしまい、ただ私の目に涙が溜まる。
 
  明日眼が覚めたら、ほら希望が生まれるかも Good Night
 
どうしても直接言えなかった言葉を吐く。
 
「キョン・・・ッ!!」
 
  I Still I Still I Love You
  I Waiting Waiting Forever
  I Still I Still I Love You...
  とまらないのよ
 
涙は堰を切ったように溢れ出して、止める事が出来ない。
 
「約束・・・・・・待っている・・・・。」
 
  I still I still I love you!
  I'm waiting waiting forever
  I still I still I love you
  また逢えるよね?
 
そして、目を閉じた。
 
「・・・・・・。」
 
外の音で私は目を開けた。
気がつけば私は椅子に座っていた。
内容はほとんど覚えていないが、体がエラーを感知している。
顔を上げ、辺りを見回すといつもどおりの変わらない部室だった。
ただ、外は完全に日が落ちていた。
 
「起きたか、おはよう長門。俺もちょっと前に来たところだ。」
彼の言葉には、少しだけ嘘があった。
「部屋が暖まっている。あなたはかなり前に来ていたはず。」
「いいだろ、そんな細かいこと。それに寝ているお前を放っておいて帰るわけにもいかんしな。」
私の体には彼のカーディガンがかかっていた。
何故か余計に温かく感じた。
「さて、帰るか。夜も遅くなっちまったしな。」
 
私は無言で帰り支度をし、彼もまた部屋の出口付近にまで移動していた。
部屋を出て横に並び玄関に向かう。
外の雨に彼は悩むそぶりを見せていた。
「傘が一本しかないな・・・長門、お前が使え。」
「・・・一緒に入ればいい。」
「いや、何と言うかだな・・・。誰かに見られた場合を考えるとだな・・・。」
煮え切らないことをブツブツと言っている。
「嫌?」
「そういうわけじゃないが・・・まぁ、お前とたまにはこういうのもいいかもな。」
 
必然的に私は彼に寄り添って、歩いていた。
どうやら私が濡れないように気を使っているらしい。
 
雨の音だけが響く中、ふと
「・・・・キョン・・・・。」
と呟いていた。
「ん?何か言ったか?」
「・・・何でもない。」
「そうか。お前の家まで送るけどいいか?」
「問題ない。」
「よし、じゃあゆっくり行くか。焦る必要も無いしな。」
「・・・・・うん。」
 
彼と一緒にいられることが、ただそれだけが嬉しく感じられる。
 
またエラーを感知した。
修正の必要がある、と頭では判断している。
しかし、私の中の理解出来ない部分が修正を拒否していた。
 
それは今の私には理解出来ないが・・・
彼や彼のカーディガンと同じぐらい温かなエラーだった。
 
END

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最終更新:2020年03月15日 18:25