梅雨も明け、湿度の暑さから解放され、普通の猛暑に苛まれようとする現在。
今日も懲りずに俺は元・文芸部室、現・SOS団部室で古泉とお茶を啜りながらカードゲームをする。
現在、部室には俺、古泉、朝比奈さんが居る。
…珍しく長門が居ない。
 
「やっほー!ごめんごめん、遅れちゃった!全員――有希は?」
いつもの如く、スーパーハイテンションでドアをぶち破るかの様に登場するハルヒ。
長門が居ないコトにはすぐ気付いたようだ。
「長門さんなら……」
古泉が、カードを1枚山札から取りハルヒに会釈をし口を開けた。
「職員室ですよ。」
クスッと軽く笑いながら答えた。
 
「あらそう。珍しいわね。」
俺も思ったな。というか、古泉。俺達にも言わないか?普通。
何で知ってるんだ?
「今日は、日直でしてね。日誌を返しに言った時にすれ違いまして。
  理由は聞いてませんが、長くなる、とのコトで。」
古泉は、弱々しい怪物カードを生け贄に、中級怪物をセットする。
「へぇ。」
俺は1枚引き、呪文カードでその怪物を破壊し、直接攻撃。
俺の勝ち。無敗伝説更新中。
古泉は、残念と思っているのか苦笑し、カードを集めてケースに入れる。
「仕方無いわね。…と言っても、今日はオフにしようと思ってたから。解散!」
……珍しいな。今日は、珍しさ2本立てか。
ハルヒはそれだけを告げて、我先と帰ってしまった。
 
「…それでは、僕達も帰りましょうか。」
しばらくの沈黙の後、古泉がそう言った。
そうするか。暇だしな。
「あっ、それじゃあ長門さんには私から……」
「いいですよ。俺が言いますよ。」
朝比奈さんにわざわざ言わせなくても良いだろう。
長門が職員室に行った理由も気になるしな。
「え?…じゃあお願いしますね。」
朝比奈さんが満面のスマイルを放ってそそくさと帰ってしまった。
……今日メイド服見てなかったな…。
俺は、くやしながらお茶を飲み干し、水洗いした後、盆の上に置いて古泉と職員室に向かった。
 
職員室前。
まだ長門って居るのか?
「いるでしょう。僕達は部室への道を逆に来たのですから。」
ピルルルルル、
携帯の音が鳴った。
古泉のポケットからだ。
「……」
今さっきまでの笑いとは違い、真剣な表情になる。
「"アルバイト"か。」
「ええ、スミマセン。」
手を垂直に立て、謝って古泉は帰った。
「さて、俺も長門の様子を見るか。」
扉に手を掛けようとした。
 
―――ん?
扉と壁の間に、紐が垂れていた。
ギッ、と軽く扉を開けて確認するとソレは見覚えのある栞だった。
栞にはワープロで打ったような書体を赤いインクで書かれていた。
否、インクではない……血。
所々血液が落ちた形跡がある。そして、これは確実に長門。
文面は――――
 
『gymnasium back』
 
―――体育館裏。
俺は、栞を握り締め体育館裏へ直行した。
 
体育館裏。
既に言葉にするのもシンドかった。
職員室と体育館は正反対だからな。
ソコで俺が見たモノは……
 
違う高校の不良と思われる2人とボロボロの長門。
唇に血が乾いた痕があった。
 
「なんだぁ!?テメェ!!」
俺は唇を噛み締めていた。
意識が別の意味で朦朧とする。
頭の中を血液が音速で循環する。
右拳を上げた。
不良はファインティングポーズを取る。
 
ゴッ!
 
1回の跳躍で、1人の左頬を殴り飛ばした。
フェンスに直撃し、うつ伏せの侭動かなくなった。
「テメェ!」
もう1人が後ろから殴りかかる。
ブンッ!
横振りの拳を俺はしゃがんで180度回転。
拳を上に上げアッパーで顎を直撃させた。
 
不良2人は動かなくなり、俺は怒りが治まって来た。
長門は無表情で、地面を見ていた。
「長門…?」
「………」
読書をしている時のように無言で、俺と眼を合わせてもくれない。
……俺は頭の中で最悪の状態を構築させていた。
ツゥと頬を水が伝った。
 
パシャリ。
ジィー、
 
壁に凭れている長門の右、長門を見ている俺の左からシャッター音が聞こえた。
…ん?、と見ると、ポラロイドカメラが、壁から飛び出していた。
「ふっふーん♪キョンってバカねぇ。」
リボンの黄色が明るく見える。
…ちょっと待て。ピンクがかった髪のお方と、右分け茶髪の野郎、それに灰色の髪の人も居るぞ?
「ごっ…ごめんなさい。」
「素晴らしい出来でしょう?」
「………」
どーみても、SOS団ご一行にしか見えません。
 
俺の眼の前にいる長門の頬を触れてみる。……冷たいな。
「僕の血縁に人形職人が居ましてね。先日のお礼に、と言われまして。」
「それを古泉クンから聞いて閃いたの!」
いらんコトをしてくれたな。
ハルヒは右手に写真を持ってヒラヒラと風に当てていた。
「乾いてきた乾いてきた♪キョンのバカ面ー。」
 
「おい!!ちょっと待て!!」
ハルヒを睨み付ける。
横に居た朝比奈サンが驚いて、半泣きになってしまった。しまった。
「なによ。」
「何処から冗談だ。」
「全部よ。私が入って来てから。あーそれと、有希が遅いのは今朝から頼んだの。」
なんてこった。
というか、バカ面言うな。必死なんだぞ。
 
「それじゃあ、私達は本当に帰るから。有希人形よろしく。」
手を振って、ハルヒは帰ってしまった。
不良はなんだったんだ?
と、思ってると不良が目を覚ましてきた。
「いっつ……こっちは芝居でやってたのにな。」
「『機関』の俺達が精進不足だったんだよ。」
やっぱ『機関』か。古泉ばっかじゃないか。血縁も嘘だろう。
「それじゃあ、俺達も帰ります。…えーと…キョンくんだっけ。」
お前もソレで呼ぶか。止めてくれ。
「人形はこのゴミ袋で包んで、粗大ででもどうぞ。」
そりゃあ、ありがた……くねぇ。
とりあえず貰ったけど。
1人は手を振りながら2人は帰った。
 
俺はしばらく無言で立ち尽くした後、ゴミ袋に長門人形とやらを包んで持って帰った。
 
粗大の日は2日後だった。
下り坂が不幸中の幸いだったな。
 
歩いて、チャリを走らせ。
俺は、黒いゴミ袋を担いで家に帰った。
玄関で靴を脱いでいると、妹がシャミセンと現れた。
「何コレー?」と聞きながら、ゴミ袋の中身を見る。
しまった、浅墓過ぎた。
俺が、手を伸ばした時は既に遅し。
中身を見て、俺の見て。もう1度中身を見て妹は去ろうとする。
俺は、捕まえてウメボシをしながら「誰にも言うんじゃねぇぞ?」と脅しかけて了解させた。
 
妹が俺のサイフを削る糧の一部になったのは言うまでも無かった。

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最終更新:2020年03月15日 18:20