ナガト ~彼方から来た天才~



季節は秋。と言うのは名ばかりの、九月上旬。



未だに聞こえてくる蝉の鳴き声が、俺たちが必死に忘れようとしている残暑を、嫌でも思い出させる忌々しいスパイスとなっている。



永遠に続いて欲しかった夏休みも遂に終わってしまい、健全な高校生ならば誰しも、
また今年もこの忌々しいまでの暑さが忌々しいまでの寒さに変わるまでの、
とても今の状態からでは想像も出来ない長い長い道のりを、一日一歩ずつ、しかも勉学と言う名の向かい風を受けながら、歩いていかなければならないということに絶望を感じずにはいられないはずのこの時期に、俺たちは、学校に嬉々として登校していた。



Why?なぜかって?


OK,そう急ぐなって。まずは俺の薀蓄に耳を少しばかり傾けてくれ。



死亡遊戯と言うものを、皆さんはご存知だろうか?
昔々、どのくらい昔かって言うと、中国がまだ何十もの国に別れていたころの話だ。
その数々の国の一つにてあるゲームが開発された。そのゲームはあまりの面白さから、瞬く間に民衆に広まり、やがて民衆は国のために働くことを忘れ、次第にその国は衰えていき、遂にはその国は滅んでしまった、と言う話である。



さて、ここで賢明なる読者の諸君の脳裏には、つい先日、まだ夏休みだったころ、俺たちが2日目に無人島の地下で遊んでいた『そのゲーム』のワンシーンが浮かんでいることであろう。



一国を滅亡させたその遊戯にとって、SOS団部室はまさにうってつけであった。
放課後に行けば必ずそろっている面子、加えて、一般人にとっては理解不能な活動内容ゆえ、近寄りがたい部室。そこ、チクるなよ。



俺たちがしばしの間、その遊戯に熱中したのは、ある種、必然だったのかもしれない。
そう、俺たちは、この時期、ただ遊ぶために学校に登校していたといってもあながち間違いでは無かったのだろう。世間一般的に見れば激しく間違いだが。



そして、あの猪突猛進なハルヒがあんなことを言い出し、そして、その発言をきっかけに、あんなことになるのもまた、今思えば、全て必然だったのかも知れない。



9月4日、金曜日、晴れ。
俺らはいつものように放課後の暑さを、麻雀に没頭することで、過ごしていた。


「・・・ロン。イッツー・ドラ1。7700。」



「あー!!またやられた!ダマって何よ!嫌らしいわね!」



……おいハルヒ、お言葉だが、東パツ、先制リーチなしのイッツードラ1のペン七万待ちなんて、普通リーチかけないぞ。



「うっさいわね!あたしはリーチが好きなの!」



だからって、毎回ノミ手愚形リーチのオンパレードはどうかと思うぞ。



「キャー来たわ!リーチ♪・・・・」



「・・・ロン。清一色。18300。ラスト。」



「これで長門さんの七連勝ですか。まったく、強いですね・・・」



オイ、古泉、目が笑ってないぞ。
ハルヒもハルヒだ。言わんこっちゃ無い。少しは長門の捨て牌見とけよ。どんな手だよ・・・あーまたドラ単か・・・
つーか、お前、この手からピンズ切ったのか!?



「う、うっさいわね!ここが暑くてちょっといつもより頭の回転がいつもより鈍ってるだけよ!」



暑さのせいにしやがった。この女。



「・・・そうだわ!」



東1局で長門に飛ばされて不機嫌だったハルヒが突然極上のスマイルを浮かべて叫びだした。
なんだ、お前のその上家のニヤケ野郎の0円スマイルに匹敵する不吉さの顔は。



「みんな!今日は雀荘に行くわよ!」



おいハルヒ、遂に暑さでSOS団雑用に見捨てられるまで、頭がイカレちまったか。
先生に見つかったら停学もんだぞ。



「だって!牌積むのめんどくさいし、向こうは涼しいし・・・それにほら!あたし達SOS団としては、たまにはそういうところの見回りも必要だと思うのよね!」



ハルヒ、素直に『一度行ってみたかった』とか、『悔しいんだ』とか、言ったらどうなんだ? 



「うっさい!」
「ねえ古泉君?そう思うでしょ?」



「まったくその通りかと。」



時々、ハルヒが古泉を副団長にした理由は、古泉のこんなところにあるのかと、思ってしまう。
まったく。お前も少しは反対したらどうなんだ。



「副団長もこう言っていることだし。決定!今すぐ帰って着替えてあの場所集合!じゃあ一時解散!」



やれやれ。



そんなわけで、俺はいま、公園に着いたところだ。



「遅い!罰金!」



……この宇宙人、未来人、超能力者、およびその元凶の集まりの早さに、俺がいつか勝てる日が来るのだろうか?毎度毎度そう思わされる。



俺は罰金として、団員にジュースをおごることを命ぜられたが、今回ばかりは、俺の財布は窮地を救われることになった。
俺はハルヒに雀荘はジュースが飲み放題なことを伝えると、ハルヒは俺に代わりの罰を与えることもなく
「じゃあ早く行きましょ♪」
と言って、まるで3段跳びのようなスキップをしながら出発してしまった。



そんなわけで俺たちは大人への扉の玄関に立ってしまった。





「ここが雀荘ね・・・なんか、そこいらから負のオーラを感じるわね・・・」



実も蓋もないことを言い出した。



「キョン君、怖いですうぅ・・・」



ホレ見ろ。朝比奈さんなんか、すっかりびびってしまっているじゃないか。



「・・・ユニーク。」



長門は興味深々なのかよ・・・



「まあいいわ、ホラあれ!ウイーンっての!全自動卓!一度触ってみたかったのよね~」
「さ。入るわよ、みんな。」



オイ、待てって!



「いらっしゃいませー」



「す、す、す、すいまっせーん♪た、卓貸してくださ~い♪」



こいつでも、緊張しているのだろうか。鶴屋さんと朝比奈さんが合体したようなテンションになりだした。



「学生5名さまですか?只今の時間でしたら、1卓1時間600円となっておりますよ。」



「うんうん!それ!それで!」



やれやれ。



喉本過ぎればなんとやら。
卓に案内された俺たちは、緊張も解け、5人で交代交代ですっかりマイペースで遊んでいた。
まあ、これがフリーだったらそうもいかなかっただろうが。



「ちょっと喉が渇きましたね。皆さん、コーヒーでも飲まれますか?」



「さっすが古泉君!気が利くわね!」
「お願いします。」
「頼む。」
(・・・こくん)



「砂糖、ミルクは入る、ということで、宜しいですね?」



俺はこの後耳を疑った。



「アリアリ5つー!」



「ハイ、喜んでー!」



「あ、あとアツシボも1つお願いしますね。」



「ハイ、喜んでー!」



「・・・古泉君、いまなんて言ったんですか?」



朝比奈さんの頭に?マークが2つくらい浮かんでいるのが見える。
ひとつは、言葉に対して、もうひとつは古泉のキャラに対してであろう。



「ああ、今のは、コーヒーの『砂糖・ミルクあり』を5つに、『熱いおしぼり』を1つと頼んだんですよ。」



「古泉君って、物知りなんですね~」



「ははは。」



何が『ははは』だ。古泉、お前ってやつは。
……と、若干1名、マイペース過ぎるやつもいたが、そんなこんなで、俺たちはいい環境で思う存分麻雀を楽しんでいた。



あの後、あんなことになるなんて、思いもよらずに。







確かに。





あえて俺らを雀荘内で目立っていたか目立っていなかったかでくくるとすれば、確かに俺たちは目立っていた。
それは別に、俺たちが宇宙人、未来人、超能力者だから、というわけではない。
美少女3人を含む、どう見ても高校生の5人組が雀荘で麻雀を打っているのなんて、なかなか見られない、光景だ、という意味だ。



そんな珍しい5人組を見かけたら、別に俺らがそんな軍団とは知らずとも、チョッカイを出してくる輩が、雀荘には、ごくたまにはいるのかもしれない。俺らは運悪く、たまたま最初の1回目に、そういった輩に出会ってしまった、そういうことなんだろう、恐らくは。




あ。出た。高めね。



「ロン!メンタンピン三色ドラ2裏1!16000は16600!」



「・・・」(チャリ)



「長門さんが倍満打つなんて、ずいぶん久しぶりですね」



(ギロッ)



「・・・ヒッ!ごめんなさいごめんなさい~」



朝比奈さん、非常に恐縮ですが、それ、一言多いです。



「私のこの一打の期待収支点数が、期待損失点数よりも上回った。だから打った。ただそれだけ」



長門、ひょっとして、悔しいのか?お前も好きなんだな、麻雀。



「これは確率のゲーム。オセロや将棋と違って、大きく運が作用するため、展開が私にも解析不可能。故に、私という固体も、興味を持っている。」



確かに、俺が長門に勝てるものといったら、この麻雀くらいだろう。それも、ごくたまにだが。



「ハハ、長門さんの能力でも、全勝不可能なゲームですか。」



古泉、お前なら、下手したら全敗なら可能だとは思うぞ。



俺らが何故ハルヒに聞かれたら長門の情報操作に頼るしかないような会話をしているかといえば、それは勿論ハルヒが抜け番で、いないからであった。
何故どっか行ったのかは・・・まあ深く考えないでいてあげよう。一応レディだしな。



・・・お、また引けた。




「ツモ。300-500、ラストだな。」



「キョン君も、なかなかやるようで。」



フリー慣れしているお前に言われると、なんか腹がたつのは気のせいではないだろう、古泉よ。



「ところで、遅いですね。涼宮さん。番なのに。」



「お腹でもこわしたんでしょうかね?」



だから朝比奈さん?先ほどから一言多い気がしますよ?
まあ、流石に俺も、少し心配になってきた。
5分で戻る、そう言って俺は、店を出てすぐそこにあるトイレに行くついでに、外を見ることにした。




外へ出ると、2人の俗にいうイケメン大学生らしき男が、なにやら女の子を囲んで話していた。ナンパだろうか。



「だからさあ、おじょうちゃん。俺らが、教えてやるって。麻雀。」
「そうそう、あんなツレの男じゃ、下手糞すぎてちっとも上手くならないからさ。」



時々、思うのだが、イケメンというのは、なんで大概のことが許されるのだろうか。
テニスやサーフボードといった、スポーツならまだしも、麻雀をネタにしてナンパなんて、俺がやったら、ただのギャグにしかならないだろう。



そんなことを思いながらトイレに行こうとした次の瞬間俺は本日またもや自分の耳を疑った。



「うっさいわね!なに?どうせあんたらなんて、彼女のいなくて寂しいから雀荘にいるんでしょ!ナンパなら別のところでやりなさいよね!」



どうやら図星らしい。男2人の眉が、ピクッと動いた。長門の表情が分かる俺にとってはこんなの朝飯前だね・・・ってそんなことはどうでもいいんだ!!あの馬鹿!!!



「まあ、そう言わずにさ・・・」



男はハルヒの肩を掴んだ。そして―



パシッ



ハルヒのビンタが、男の頬に直撃した。



「この女!」



男が拳を振り上げる。俺は、咄嗟に、ハルヒの前にでた。
ああ、終わったな、俺。って、痛くない。アレ?



「やめろよ。」



そう言って、気性の荒い男を止めたのは、以外にも、もう一人の男だった。



「君、この子の彼?」



「いや・・・えっと・・・友人、です。」



「そうか。まあね。今のは俺らも悪かったし、おあいこってことにしようよ。」



「はあ・・・」



「でもさ、こいつがこのままじゃ済ましたくないって言うんだ。」



嫌な予感がした。今考えると、本当にやばいのはこっちの男のほうだった。



「ここは雀荘だろ?麻雀で決着付けようじゃない。」



「君等が勝ったら、俺らが謝るよ。好きにしてくれ。」



「・・・負けたら?」



「なーに、レートの額だけ、金をもらうだけさ。何、彼女の話では、君も結構強いんだろ?」



「あったり前でしょ!」



オイ、俺の後ろから出てくんな!話がややこしくなる!



「で、幾らなのよ?」



「こっちも4人いるんだ。2対2のチーム戦で、勝ったほうが10万、ってのはどうかな?あ、ないなら体で払ってもらっても構わないよ。」



止めろ!今の頭に血が上ったハルヒにそんなことを言うのは止めてくれ!



「・・・上等じゃない。」



何が『一時の感情や気の迷いで面倒事を背負い込むほどの馬鹿じゃない』だ、バカヤロウ。
しかし、こうなってしまったハルヒを止めることは、もうどうやっても不可能であった。






「・・・と、言うわけだ。すまない、長門、古泉。」


「・・・最善を尽くすが、運ばかりは、我々のテリトリーの範囲外。できるだけの事をやるしかない。」



「まったく。あなたという者がついていながら。」
「ハッキリ言いましょう。これは今までで、世界にとっての最大の危機です。」
「もし我々が敗北してしまった場合、涼宮さんのプライドは大きく傷つき、同時に世界も大きく変わってしまうでしょう。」



古泉は、頭を抱えていた。
……そうなのだ。
今回ばかりは、長門のインチキも使えず、勿論古泉の超能力も、現実空間では役立たず。
おまけに負けたら今回ばかりは確実に世界が崩壊する、というおまけつきだ。
世界の運命は、俺たちの雀力と運に委ねられてしまったのである。
随分安くなっちまったな、世界。



「とにかく、我々に残された道は勝つしかありませんね。」
「大丈夫です。僕も出ましょう。」



余計心配だ。




勝負は2対2、を2卓の麻雀勝負。25000点持ち30000返しアリアリ。ウマは10-30.チームの合計点が多いほうが勝利となる。
クジ引きでチームを決めた結果、ハルヒと古泉がやつらの連れ2人の卓、
俺と長門がさっきの2人の卓に入ることになった。



「キョン!?あんた絶対勝ちなさいよ!負けたら全部払って、そのあと死刑100回だからね!」



世界が消滅する前に俺が消滅しそうだ。
そんなハルヒの叱咤激励をうけ、俺と長門は卓についた。



下家が気の短いほうの男、上家が勝負を提案した男だ。下品な笑いを浮かべている。
長門にばかり頼れない今、結局俺がなんとかするしかないんだ。
集中しろ、俺よ。奴等の顔なんて見るな。卓上の牌だけを追え。世界を、ハルヒを守ることだけに、今は集中だ。



かくして、10万とプライドを、もとい、世界を賭けた麻雀勝負が始ってしまったのである。





「ツモ。ツモ・タンヤオ・イーペー・ドラ1で、4000オールだ。」



「・・・チッ。」



読者諸君の予想とは、裏腹に、俺はツイていたのかもしれない。俺は起家で、良い配牌をもらい、4000オールをあっさりとツモることに成功。勝負の性質上、どうしても相手方からの直撃が欲しいところだったが、まあ4000オールならまったく問題ないだろう。
続く1本場の配牌はとても悪かったのだが―



「・・・イーソー、ポン。」


「・・・ウーピン、チー。」



えーと、長門さん!?あなたは何をしてらっしゃるのですか?



「・・・」(チラッ)



俺は長門のわずかな表情から、長門の手を瞬時に読み取った!そして!
……ああ、これか。ほらよ。



「・・・ロン。西のみ。1300。」



順風満帆。俺は見事に差し込みを成功させ、うまく場を流した。そこ、普通だとか言うなよ。
ともかく、こんな感じに、まずは東1局だけで、実に16000もの差をつけることに成功したのである。
こっちの卓は問題ないかもしれないな。問題は向こうの卓だが―



「ロン!リーチ・1発・ダブ東で12000!いやー1発目からこんな生牌出してくれるとはね。」



「あーもう!何で字牌であたんのよ!」



ハルヒ、たまには降りろ。一発で12000放銃。だめだこりゃ。
はっ、どうやらとんだお荷物を背負っちゃったようだぜ。
俺たちが何とかするしかなさそうだな、長門。


(・・・こくん)



「ロン!チートイ・タンヤオ・赤!6400!」



「・・・ツモ。2000オール。」



「チッ・・・」



向こうは―
「ロン!タンピンドラ赤!8000!」



「油断しましたね・・・」



向こうから聞こえてくる不吉な言葉もなんのその。俺たちは、最初の流れにうまく乗り、終始好調のまま、適当なリードを保ちつつ、早、南2局を終わった。一方あいつらは、いまからオーラスを迎えようとするところだった。
相方のチームの点を見るために、俺らの卓は勝負を一時中断して、あちらの卓の観戦に移った。






「41200」
「45200」
「・・・12300です。」
「・・・1300、ね・・・」



点棒確認が終わったようだ。って、オイ!弱すぎるぞ、お前ら!特にハルヒ!



「・・・」



長門の眉がぴくっと動いた。あの長門ですら、呆れることがあるらしい。



「うっさい!私はラス親なのよ!こんくらいの点差、屁でもないんだからね!」



ハイハイそうですか。
はー。ハルヒたちは3-4位か。今のうちにトイレでも行っておこう。
長門、戻ってきたら、点数報告してくれよ。



(こくん)



本日17杯目のコーラを飲んで観戦している長門に、おれはそう言うと、トイレに走った。




さて、俺たちは後何点取ればいいのだろう?俺らが1-2位フィニッシュをすれば、取り敢えず順位点はチャラになるから、素点勝負だ。たしか75000点くらいだったな。
あと30000くらいか。・・・きっついぜ。次の長門の親番が鍵だな。
用を足しながら、そんなことを考えていた。



しかし、トイレから戻った俺を待っていた光景は、俺の皮算用を根底から覆すものであったのだった。






「ツモ!」



戻ってきた俺が見たものは、ハルヒが力一杯牌を叩きつけている光景だった。



「キョン!どこ行ってたのよ!?私のアガリの時くらい、ちゃんと見てなさいよね。」



よしよし、どうせいつものリーヅモのみの1000オールなんだろうが、4000点差を縮めたことは大いに評価してやろう。その調子で、1本場も、もう少し頑張ってくれよ。



「馬鹿ね、そんなチャチなアガリじゃないわよ。」


ハルヒは牌を倒した。


「リーヅモ、トイトイ、3暗刻。6000オールよ、6000オール。」



その瞬間―
場の空気が、凍った。



―お前、それは――!



「涼宮さん、それ役満・四暗刻で16000オールです。」



俺が言いたかったのに。古泉。



「僕が飛んで終了ですが、こちらはまあ我々の勝利なので、良しとしましょう。」




こうして、ハルヒたちの卓は、


ハルヒ:49300
古泉 :-3700
相手A:25200
相手B:29200



という結果で、順位点も含めると、俺たちは、実に16200点のリードをもらったことになる。役満ツモっといてそれは少なすぎる気もしないではないが。



さて、こちらも後2局、リードも貰ったことだし、さくっと流して終わるぞ、長門。




……流れが変わってしまったのは、恐らく間に時間を置いた、この時だったんだろう。


出来ることなら、この時間に戻りたい。
このとき俺は、この楽勝ムードに、この勝負で賭かっているものの大きさを、すっかり忘れてしまっていた。






勝負再開。
南3局。長門の親のこの局に、俺はかなり満足のいく配牌を貰った。なんだこれ。


①①①④⑤2223456發 {ドラ①}


ダブリーまであるイーシャンテン。リーチをかければ満貫確定である。しかも最高形ならば、5面待ち。とどめのとどめのとどめの一撃だ。



―しかし―


くそっ!


違う!お前なんかじゃない!



……まあそんなうまくいくはずも無く、俺は7順連続でマンズやら字牌やらを引き当て、少しイライラしていたのもあったのだろう。ツモ切った中が下家に鳴かれたことなど、気にも留めていなかった。



そして、8巡目。


①①①④⑤2223456發 ツモ:⑥



念願の⑥を引き当てることに成功。
俺は有無を言わず、發を切ってリーチを宣言した。



「ポン。」



下家は俺が牌を置くよりも早く、ポンを宣言し俺が捨てた發を奪い取った。
長門の表情が、凍りついた。
しまった!今になって俺はようやく気付いた。
もしこの時、俺にもう少しの慎重さと、自制心が在ったならば、あんな事にはならなかったのだろう。



「・・・どうした?お前のツモ番だぜ。」



怖い。俺はツモった牌の絵柄を見ずに、そっとその絵柄を親指で撫でてみた。
麻雀の上級者ともなれば、点字のように、表面をなぞっただけで、その絵柄が分かるという。これを盲牌という。
もちろん俺は、上級者ではないし、盲牌など出来はしない。
ただ、一つの牌を除いては。
そして、俺にはその牌が「それ」であることは、直ぐに分かってしまった。




俺は、叩きつけるように、その牌を河に置いた。
そして、下家の手牌が、開かれた。



「ロン!役満・大三元!32000!」






俺は、大馬鹿だ。






「コラ!バカキョン!何やってんの!!負けたら死刑よ!死刑!」



後ろでハルヒが騒いでいる。果たしてハルヒはこの状況が如何に絶望的かを理解しているのだろうか。さっきみたいなことがまた起こるとでも思っているのか、コイツは。



今は、オーラス。
状況を大雑把ではあるが整理してみる。
俺の大ポカのおかげで、素点では大幅に差をつけられてしまった。



現在の得点は:
俺  : 2300
長門 :26100
下家 :53500
上家 :18100



結局のところ、この状況を逆転するには、


・ 1位を取り、順位点を叩く
・ 素点の大きいアガリをする


の2択しかなく、つまるところ俺は役満をツモるか3倍満を直撃する位しか、道は残されておらず、長門もまた、下家からの倍満直撃か、3倍満以上をツモるしかないのである。
しかも、親は上家。これをたった一局で、だ。
やるしかない。
俺は意を決して、配牌を空けた―



24589一五七八③⑤東西 ドラ:發



こんな手で、何をしろと言うんだ?俺は絶望した。スマン、世界。そしてハルヒ。



「負けたら死刑よ!し・け・い!」



ああ、もっと詰ってくれ。今すぐ死刑にしてくれ。どの道、おれはもう直ぐ世界中の生命を絶滅させた史上最大の凶悪犯さ。



(ちらっ)



長門、お前も俺を軽蔑するのか。そりゃそうだよな。


タンッ


長門は俺の目を見てから、意を決したように第1打に赤⑤を切り出した。
長門、お前・・・
長門の目には、まだ光が宿っていた。



-国士無双-



長門の狙いは明らかであった。
……スマンな、長門、いつも頼ってばっかりで。
俺は救助を待つ難民のような気持ちで、何とか振り込まないことだけを念頭に、ゲームを進めようと決意した。
……お前に任せた。頼むぞ。



この局、俺らにとって幸いだったのは、相手の手の進行が、遅かったことであろう。


長門、急いでくれ!!




6巡目。長門はまだ、手から不要な牌を切っている。



1筒。9筒。1万、9万、1索、9索。白。發。中。東。南。西。北。



長門の命とも言える、その1つ1つが河に放たれたり、俺の手に来るたびに、俺の胸は締め付けられそうになる。
一体、お前に足りない牌は何なんだ?



残り、8巡。長門の手から遂に1筒が出てきた。もう少しだろう。
そして残り2巡。長門はツモった牌を手に入れると、手から西を1枚切った。



長門が一瞬こちらを見る。
その目を見て、俺は確信した。



―張った―!!!





残り、2巡。この間に、長門が最後のパズルの1ピースを引けるかどうかで、世界の命運が決まってしまう。さて、俺に出来ることは何なんだろう?何も無いな。後は俺は、ただそれを見守るだけさ。そう思って、俺は牌をツモろうとした。


……ちょっと待て、あるじゃねえか。長門のためにしてやれること。
長門のツモ回数を、1回でも多くすること。



「チー。」



俺は残り少なくなった牌山に伸ばした手を引っ込め、上家の切った牌を鳴いた。後1回だ。後1回鳴けば、長門のツモは1回多くなる。
長門、ツモってくれ。


タンッ


長門の手から3筒が放たれた。



ちっ・・・
仕方ない。上家、頼んだぞ。



俺の狙いに気付いた上家は熟考の末、俺の現物の2索を切った。



「チー!」



俺も必死だ。出来面子を崩して、長門のツモに賭ける事にした。
これで、俺のすべき事は終わった。
長門のツモは後、2回。
長門!ツモってくれ!
しかし、俺の祈りも空しく、長門の手から放たれたのは、またもや西であり、長かったこの勝負も、いよいよ残り1巡となった。
そして、ここで俺は知る事になる。いかに自分は役立たずであるかを。
さっきの自分の気配りが、いかに余計なものであったのかを。







最終巡目。



俺の上家は、ほっとした様に、西を合わせ打つ。
畜生、降りやがって。どうすりゃ良いんだよ。くそっ。
何も出来ない俺は、3巡振りに、本来、俺が鳴かなければ、長門の最後のものであったはずの牌をツモり、先ほどと同じように絵を見ずに撫でてみた。
俺は、絶句した。このときの牌の感触を、俺は一生忘れはしないだろう。




そこにいたのは、世界の崩壊を示すサイン、
すなわち、場に、2枚切れ、表示牌に1枚使われの、最後の長門のアガリ牌。
4枚目の白であった。





俺は、なんて役立たずなんだろう。







バカ、アホ、ドジ。死ね。そんな罵倒の言葉で済むなら、幾らでも言ってくれ。
殴ってすむのなら、幾らでも殴ってくれ。
俺は、世界と、ハルヒを守れなかった。
長門と、古泉と、ハルヒの頑張りに、答えることが出来なかった。





その後のことを少しだけ語ろう。





ハルヒはあいつ等に連れて行かれ、三日三晩、奴等の相手をさせられた後、路上でボロボロになっている姿で、発見された。昏睡状態から回復したハルヒは、病院で、遺体となって発見された。地球に突如現れた隕石が衝突する、その一週間前であった。













……ってな事にでもなるのだろうか。これから。



これからのことを考え、気付くと俺は4枚目の白を伏せ、代わりの切る牌を持ったまま、手を震わせて、すっかり固まってしまっていた。



この牌を切ったとき、全ては終わってしまう。



すまない。みんな、本当にすまない。
長門、ごめんな。


(にこっ)



???????????



長門は、笑っていた。



「切って。」



「しかし・・・」



「早く」



どういうことだ?混乱した俺は言われるがままに手にした七万を切った。



「終わりだな。白か東だろ?この状況で国士なんざ、ツモれる訳ねえ。」



下家がニヤニヤしながら七万を切る。ツモれるだと?可能性があったらどれだけ良かったことか。もう、白は山には無いんだ。




ハイテイ。


気がつくと、長門の後ろには、店の客全員が張り付いていた。
美少女が打ってるだけでもアレなのに、更に役満のハイテイなんて、注目されないほうがおかしいからな。本当は世界の危機だなんて、こいつらが知る由もないだろうが。
長門は、ゆっくりと山に手を伸ばし、さっきの俺のように、牌の絵柄も見ずに、親指で、盲牌をした。



長門の動きが、親指を残して、止まっている。まるで受験に失敗した受験生が何度も何度も自分の番号を確認するように、何度も、何度もその牌をなぞった。



「どうした?見る勇気もないのか?なら俺が―」



「いい。」


「私たちの勝ち。」




男が長門の牌を見ようとしたその時。長門はその牌を、自分の元に叩き付けた。
俺は目を疑った。




「ツモ。役満・国士無双。8000-16000。ラスト。」





あるはずの無い、五枚目の白が、其処にはあった。
一体何故?場から拾った形跡もないし、俺の手牌にももちろん白は偉そうに鎮座している。別に卓下に手を伸ばして、持ち込んだ牌とすりかえた訳でもない。
何故だ?そんなことはどうでも良い。
ハルヒは、救われた。その事実だけで、十分じゃないか。



俺は黙って、手を伏せ、こっそりと、さっきの白をポケットに入れた。



「有希~っ!!」
「さっすが、あたしが見込んだSOS団団員ね。」



「ふえーん。長門さん・・・よかった・・・」



「いい」



「も~水臭いわね~!よし!今日は戦利品で有希の為に鍋やりましょう!」



(こくん)



ハルヒにもみくちゃにされ朝比奈さんに抱きつかれ、ちょっと髪の乱れた長門は、意外とまんざらでもなさそうだった。



「長門、助かったよ。」
正直、何がなんだかよく分からんが。



「いい。」
「あなたのおかげ。」



俺の?
まてまてまて、俺はお前の足なら存分に引っ張らせてもらったが、お前を助けた覚えは無いぞ。



「最後のあなたのツモ。わたしは最後の白がどこにあるかを把握できなければ、あの手はアガれなかった。」



だが、俺が下手に気をきかせて鳴いたりしなければ、お前は普通にツモアガリできたんだぞ。



「それは確率の問題。仕方が無い」
「ありがとう。」



こちらこそ。






「あ!ちょっとあんたたち!」



「ひっ!」



「別に謝んなくてもいいけどさ、あたしたちのほうが強いってわかったんでしょうから。」
「でもね。」
「約束のものは、置いていきなさいよね。」



「ふざけんな!納得いかねえ!」



そんな下家を止めたのは、やっぱり上家のやつだった。



「おい、止めろ。俺たちの負けだ。」



気がつくと、俺たちの後ろには、さっき長門の後ろで見ていたギャラリー全員が立って、四人組を睨んでいた。



「クソ!覚えとけよ!」


「いつでも相手になるわ!」



そういって、やつらは金を置いて、とっとと退散してしまった。



それからが大変だった。
客、店員両方に気に入られちやほやされたハルヒたちは、結局、フリーで打つことになり、点5という、俺たち高校生にしては破格のレートで、ハルヒは2万、朝比奈さんは1万ほど戦利金を消耗した。やれやれ。



他の3人はといえば、長門は疲れたのか、熟睡してしまい、俺と古泉はハルヒたちが終わるまで「あの」卓で2人麻雀をやっていた。



「しかし妙ですね。」



「ああ、そういやお前だけは俺の後ろで見てたっけ。」



「そうです。あの5枚目の白は一体―」
「あ。ツモです・・・ん?」



「どうした古泉?符がわからんのか?」



「いえ、この白、なんか立体的というか、その、表面が、抉れている気が・・・」



俺たちは顔を見合わせ、その後、隣で熟睡している長門の方を見た。



「・・・クー、クー・・・クシュン!!・・・・クー・・・」



今くしゃみしたぞ、こいつ。



「・・・クスッ」
クックック・・・あ~っはっは!




長門、お前は本当に、大したやつだよ。





一週間後



残った七万で、あ、牌の話じゃないぞ、そこ。俺たちは部室にクーラーを買って、今日も麻雀をしている。
あの一件以来、すっかり麻雀にハマってしまったハルヒは今度は地元の大会に出ると言い出し、今は、その練習というわけだ。



「あ!それロン!リーチトイトイ3暗刻!満貫、8000!出上がりだと役満じゃないのが残念ね。」



お、やられたな。お前も、少しは勉強したんだな。



「ふふん。まあね。」



「・・・ん?」



どうした?



「キョン、ゴメ~ン!純チャンもあったわ。倍満で16000ね。」



お前、それは―



「涼宮さん、それ役満・清老頭で、それに1本場で32300です。」



……うん。だめだな、こりゃ。
親指に絆創膏を巻いた長門とともに、俺は大きく溜息をついた。




ナガト ~彼方から来た天才~ 完


作者より追記:

気付いたら、麻雀ブログ「近代麻雀漫画生活」様に紹介されてました。

管理人のいのけんさま、本当にありがとうございます。

そちらの方で、元ネタの解説やら、牌画を使ったアガリ形が紹介されているので、そちらも併せてご覧頂くことをお勧めします。

http://blog.livedoor.jp/inoken_the_world/archives/50733780.html

参考資料:アニメ「涼宮ハルヒの憂鬱」第6話、孤島症候群(前編)

      フリー雀荘:どくだみ荘

参考文献:

      「ミリオンシャンテンさだめだ!」

      「ノーマーク爆牌党」(以上2作品、片山まさゆき)

      「アカギ」(福本信行)

      「リスキーエッジ」(押川雲太郎)

      「ムダヅモ無き改革~テキサスの大戦~」(大和田秀樹)

      


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