忌々しい期末テストが終了し、春休みも間近に迫ったある日のこと

午前中だけの授業が終了し、いつもの習慣でオレは部室に向かった。
部室のドアを開けると、いつもの場所に長門が座っていた。

キョン「よ、長門。一人だけか?」
長門「そう」
キョン「朝比奈さんや古泉はどうしたんだ?」
長門「古泉一樹は用事があるといって帰った。朝比奈みくるはまだ来ていない」
キョン「そうか。ハルヒも今日は買い物があるとか言って帰っちまったんだ。
   今日の活動は休みってことだな」

普段からなんの活動をしているかよくわからん団体だから
休みもくそもないっちゃないんだが、それはいまさら考えてもしかたのないことだ。

キョン「オレもたまには本でも読んでみようかな・・・なんかオススメはないか?」

オレがそういうと長門は本棚を睨み、若干戸惑った後に
厚めの本を取り出して机の上に置いた。

長門「これ」
キョン「お、どれどれ?・・・長門、これ恋愛モノじゃないか
   こういうのよく読んでるのか?」
長門「・・・たまに」

長門が読む恋愛小説に興味を引かれたオレはその本を受け取り、
団長席に座って読み始めた。

内容はよくある話だ。ひっこみ思案の女の子が偶然出会った男を
好きになるという話。紆余曲折を経て、きっとヒロインは
その男と結ばれるのだろう。

オレは時間が経つのも忘れ、めずらしく読書に没頭していた。
長門はそんなオレの読書姿が物珍しいのか、チラチラと視線を投げかけてくる。
そういや長いこと本読んでなかったな。部室で読むのは初めてだし。

読み始めてから数時間経っただろうか。いつのまにが日が傾きはじめ、
気がつくと長門が横に立っていた。

キョン「ん・・・もうこんな時間なのか。結局朝比奈さんはこなかったな。
   長門、そろそろ帰るか?」

長門はだまってうなずいた。もしかしてオレが帰るのを待ってたのか?

キョン「この本しばらく借りていいか?読み終わるまで
   しばらくかかりそうなんだ」
長門「いい」

オレは本をカバンにしまうと、ドアのほうへ向かった。
長門がその後に続いてくる。

キョン「そういや2人で帰るの初めてだったな」
長門「そう」
キョン「今日はひさびさに本の面白さを実感したよ。これ読み終わったら
   またオススメ教えてくれないか?」
長門「・・・・・」

気のせいか、ほんの一瞬だけ、長門が悲しそうな顔をしたように見えた。

キョン「・・どうした?」
長門「なんでもない。また教える」

そういうと長門は顔をそむけた。少し元気がないように見えるのは
オレの気のせいではないかもしれない。

不意に、オレの左手に柔らかく、そして少し冷たいモノが触れた。
見ると長門がオレの手をつかんでいる。
こ、これは俗にいうところの、手をつなぐという行為ではないのか・・・!?

キョン「長門・・・?」
オレは少し不審げに長門に声をかけた。

長門「少しだけ、こうしていたい」
キョン「そ、そうか・・・別にオレはかまわないが」

若干きょどりながらもオレはなんとかそう答えた。
しかし、緊張のせいなのかオレは全身油の切れたロボットのような
ぎこちない歩き方となった。無意識に顔が引きつってくるのを感じる。
ひょっとして今のこの状況は、はたから見ればまるで
付き合ってる男女が仲良く下校しているように見えるのではないか?

そんなオレの内心を知ってか知らずか、長門は淡々と歩みを進めている。
しかし、時折こっちを向いては目を背けるという仕草が気になる。
やはり長門の顔には寂しげな表情が浮かんでいるように感じる。

そうこうしているうちに長門のマンションの近くまできた。

キョン「そ、それじゃまた明日な」
長門「・・・・・」
キョン「どうした?」
長門「・・・なんでもない」

やはり長門の様子が少しおかしい気がする。もともと表情の少ない長門だが、
長い間同じ時間を過ごしてきたSOS団メンバーは、
彼女の微妙な表情の変化を察知することができるのだ。

キョン「長門、なにか問題でも起きたのか?」
長門「ない。いつもと同じ」
キョン「ならいいんだが・・・困ったことがあったらなんでも
   言ってくれよ?」

長門はかすかにうなずいた。本当に長門が困るような事態が
起きたとして、それがオレや他の団員の手に負えるかどうかはかなり疑問だが、
少なくとも彼女のそばにいることはできる。一緒に困ってやれる。
SOS団はすでに一連托生なんだ。古泉や朝比奈さんだってそのことは
理解しているし、ハルヒなら団員のピンチを見過ごすはずがないだろう。

キョン「それじゃ、また明日な」

そういうと長門はマンションのほうへ歩き出した。その後ろ姿を少し眺めてから、
オレも歩き始める。
家に帰ると、オレは小説の続きを読み始めた。
実はさっきからずっと気になっていたんだ。本がこんなに面白いと感じたのは
久しぶりだ。明日長門に礼を言わなくちゃな。

結局その日は夕飯と風呂の時間以外ほとんど読書に費やした。
熱中しすぎたせいで寝る時間がかなり遅くなってしまったが。


まだこのときは、後にあんな事態が起ころうとは夢にも思っていなかった。


翌日教室に着くと、ハルヒがめずらしく憂鬱そうな顔で座っていた。
最近はずっとハイテンションだったからその反動かもしれない。

キョン「よ、元気か?」
ハルヒ「あまりよくないわね」
キョン「昨日はどうしたんだ?」
ハルヒ「みくるちゃんと一緒にね、
   新しいコスチュームを探しに行ってたのよ」


それは聞いてなかった。貴重な時間をムダにして、
朝比奈さんも災難だったろう。

ハルヒ「部室に居たって時間を有効に活用してるとは言えないでしょ」

自覚してたのかよ。

キョン「んで、新作コスプレはどんなのだ?」
ハルヒ「これっていうのが見つからなかったから、結局買わずに
   帰ってきたのよ。私は踊り子の衣装がいいっていったんだけど、
   みくるちゃんが泣いて反対したからしぶしぶあきらめたの」

どうやら朝比奈さんにはとんだ厄日だったようだ。
その日の午前中だけの授業は一瞬にして終わり、オレは部室に向かった。
今日は団員が全員集合する・・・はずだった。

ハルヒ「有希はまだきてないみたいね・・・」

長門はまだ部室に来ていないようだった。いつもの読書席が空いているので、
たまにはいいかと思い、そこに座って昨日借りた本を読みはじめる。

ハルヒ「あんた、有希のモノマネのつもり?全然似てないわよ」

いいところをハルヒのチャチャで邪魔される。まったくもってうるさいヤツだ。

キョン「オレだってたまには本くらい読むさ。邪魔すんなよ」
ハルヒ「ふーん。めずらしいこともあるもんね。明日雨降らなきゃいいけど」

さらなるハルヒのチャチャを無視して、オレは読書に集中しはじめた。
しばらくして朝比奈さんや古泉が来たようだが、読書に熱中するあまり
全然気づかなかった。

みくる「なんの本読んでるんですかぁ?」
キョン「おわ!あ、朝比奈さん!」

いつのまにか朝比奈さんがお茶を入れてくれていたようだ。

キョン「ああ、これは長門に借りた本なんですよ。恋愛小説です」
みくる「へえ~、長門さんも恋愛小説なんて読んだりするんだ」
キョン「ええ。オレも少し意外でしたよ」

古泉「そういえば、今日長門さんは学校を休んだそうですよ」
ハルヒ「へ?ホントに?」
古泉「ええ。小耳に挟んだところによると、病欠ということです」

やや真面目な顔で古泉は言った。あいかわらずの地獄耳だな。
しかし長門が学校を休むとはめずらしい。昨日少し様子がヘンだったのは、
調子でも悪かったのかな。
…去年の年末のあの事件を思い出し、オレは少し不安を感じた。

長門が原因不明のエラーにより、ハルヒの力を使って世界を改変したあの事件・・・
改変後の世界ではハルヒにトンデモ能力はなく、古泉はただの転校生で
ハルヒの追っかけ、朝比奈さんはこの時代の人間で、長門は普通の女子高生だった。
…いや、おとなしくて気の弱い、そしてたまに見せる笑顔がすごく可愛い
女の子だった。

そしてオレだけが改変前の記憶を持っており、世界を元に戻すために奔走した
あの事件。
あのときの長門はたまに思い出す。できればまた会ってみたいと思うが、
かといってまた改変後の世界に戻りたいなんていう気にはならない。
今のオレにはSOS団のない世界なんて考えられないからだ。

キョン(あのときの長門は疲れていたんだ・・・オレたちが事あるたびに
   長門を頼りにして、アイツにばかり負担をかけていたから・・・)

ハルヒ「ちょっと有希に電話してみるわ」

ハルヒはおもむろに携帯を取り出し、長門に電話をかけた。

ハルヒ「・・・おかしいわ。全然出ないわね」
キョン「気になるな。帰りにちょっと寄ってみるか?」
ハルヒ「そうね。団員の心配をするのも団長のつとめよね
   それじゃ今から行きましょ」

あいかわらずの行動力だな。だが今回はオレも賛成だ。
朝比奈さんが着替えるのを待ち、それから全員で長門のマンションへ向かった。

ハルヒ「・・・チャイムにも出ないわね。もしかして、ひどい風邪で
   寝込んでるのかしら」
キョン「風邪でも電話くらい出ると思うんだが・・・」
ハルヒ「うーん、とりあえず部屋の前までいってみましょ。
   前やった作戦で行くわよ」

というわけで、オレたちはマンションの住人がくるまでひたすら
エントランスホールで待っていた。
30分くらいたってから、自動ドアの内側から40手前くらいの女の人が出てきた。
前のときも出てきたのはこの人だったような・・・

ハルヒ「今よ!」

ハルヒが素早い動きで自動ドアの向こうに滑り込んだ。

ハルヒ「なにしてんの!はやくしなさいよ」

ハルヒに促されてオレと朝比奈さんと古泉はいそいそと足を進めた。
それからエレベータに乗り、7階の長門の部屋に向かった。

ハルヒ「有希~、調子はどう?見舞いに来たわよ」

ハルヒはドアをノックしながらそう言った。

ハルヒ「中にいないのかしら?全然反応がないわね」

古泉「・・・!?見て下さい」

そういうと古泉は、表札のあたりを指差した。
その方向に視線をやると・・・表札はかかっていなかった。

キョン「!?・・・前はたしか、長門って書いてあったよな・・・」
ハルヒ「これ、どういうことよ!キョン、なんか聞いてないの?」

ハルヒは今にも暴れはじめそうな剣幕でオレに詰め寄った。

キョン「いや、なにも聞いてないぞ。昨日は一緒に帰ったし、
   帰り際にまた明日って言ってたし・・・」

一緒に帰ったというくだりでハルヒはやや眉毛の角度を変えたが、
今はそれどころではない。
しばらくの間ハルヒがドアをにらんでいたが、そのとき古泉がオレに小声で話しかけてきた。

古泉「少し困ったことになりましたね。さっそく機関で長門さんの調査を
  始めることにします。なにもなければいいのですが・・・
  あなたは涼宮さんのことをお願いしますよ」

機関は探偵業も請け負っているのか。そういや長門の仲間ともコンタクトを
とっているらしいな。

古泉「くれぐれもお願いしますよ・・・涼宮さん!」

古泉がやや大きな声でハルヒに呼びかけた。

古泉「今学校に連絡をとってみたところ、長門さんは今朝間違いなく風邪で休む
  との連絡をしたそうです。長門さんが家にいないということは、なにか
  事情があるのでしょう。ここは一旦様子をみることにしませんか?」

ハルヒ「・・・そうね。ここで騒いでてもしかたないわね」

ハルヒはそれで納得したらしく、エレベータホールに向かって歩き始めた。
エレベータ内では、1階に着くまで一同終始無言だった。

古泉「それではまた明日」
みくる「私もここで。・・・長門さん、明日はちゃんと来てくれますよね?」
ハルヒ「もちろんよ!明日は全員で会議だから、遅れちゃダメよ」

古泉と朝比奈さんが帰ると、オレはハルヒと2人になった。

ハルヒ「有希、大丈夫かしら・・・アンタ本当に何も聞いてないの?」
キョン「ああ」
ハルヒ「あの子無口だからあんまり自分のこと話したがらないのよね。
   一人暮らししてる理由もまだ聞いてないし・・・」

そういや年末の雪山の洋館での一件はなかったことになっていたんだな。

世界改変の日以来、長門は統合情報思念体に処分を検討されていた。
ハルヒは直接そのことを知ったわけではないが、長門の様子が少しおかしいことに
うすうす気づいていたらしい。

あのとき、もし長門がオレたちの前からいなくなったときは
オレはハルヒに加担して、地の果てまででも探しに行くと言った。
ハルヒの記憶にあのときのオレのセリフは残っているのだろうか?
あのときのオレの決意はまったく変わっちゃいない。

しかし、昨日の長門の寂しそうな表情・・・いまさらながら気になってきた。
まさか、長門は本当にいなくなってしまったのか・・・?

いやいや、今朝だって長門自身が学校に連絡したっていうんだ。
ちゃんとした理由があるはずだ。明日くらいにはまた学校に来てるさ。
オレは動揺している自分をそう納得させた。

キョン「大丈夫だ。きっとなにか事情があるんだよ。電話に出ないのだって、
   きっとなにかで忙しくて手が回らないだけだろ。用事が終わればすぐに
   電話かけてくるさ」
ハルヒ「・・・うん」

先ほどとは異なり、ハルヒは少し元気がないようだ。

ハルヒ「キョン、年末の雪山のこと、覚えてる?」
キョン「!?・・・ああ」
ハルヒ「私、あのとき吹雪の中でまぼろしを見たって言ったわよね?」
キョン「そういや古泉もそんなこと言ってたな」

どうやらあのときの記憶はまだ残っていたらしい。

ハルヒ「まぼろしの中でキョンと話をしてるときにね。
   もし有希がいなくなったらどうするっていう話になったんだけど」
キョン「・・・・・」
ハルヒ「そのときアンタはなんて言ったと思う?・・・
   いや、アンタならどう答える?」
キョン「決まってるだろ。お前や朝比奈さんや古泉と一緒に探しにいくさ。
   もし長門が家の都合でいなくなるってことになってもオレは納得しない。
   長門がそんなこと望むはずもないしな。多少無茶をしてでも
   オレは長門をひきとめる」

当然だという顔でハルヒに言った。

ハルヒ「そう・・・そうよね!それを聞いてちょっと安心したわ」
キョン「大丈夫だ。明日になればちゃんと学校に来るさ」

オレがそう言うとハルヒは急に走り出した。

ハルヒ「じゃ、また明日ね。明日はSOS団全員で会議だからね!」
キョン「わかってるって。またな」

ハルヒと別れると、オレは家に帰った。
実を言うとオレは未だに不安だった。さっきから何度か携帯に連絡しているのだが、
つながる様子はない。
何かわかれば古泉が連絡をくれるだろうから、
今は機関の調査に希望を託すしかない。
特にできることもなく、かといって何もしていないと落ち着かないので、
オレは長門から借りた本の続きを読むことにした。

物語は終盤に差し掛かっており、数時間で読み終えることができた。
結末はオレの予想と大きく異なっていた。

中盤あたりで、ヒロインが好きになった男に
惚れる他の女の子が現れた。いわゆるライバルキャラである。
中盤まではヒロインと惹かれあっていた男だが、除々に
ライバルの人並みはずれた行動力と不思議な魅力に惹かれはじめる。
終盤には引っ込み思案のヒロインに出る幕はなく、
ライバルと男の絆は括弧たるものとなる。ラストはヒロインが
元の一人ぼっちに戻り、寂しい結末を迎えるという話だった。

オレは言いようのない寂寥感に襲われた。あんなに熱心に読んでいた本なのに、
読後の今はいっそ泣き出したいような、そんな気分だった。

長門はどんな気持ちでこの本を読んでいたのだろう。あの長門でも、
一人のときは寂しさを感じていたのだろうか。

やりきれない思いを感じながら、オレはいつしか眠りに落ちていた。

翌日の休み時間、古泉に呼び出されたオレはとんでもないことを聞かされた。

キョン「長門が転校しただと!」
古泉「はい。今朝長門さんのクラスの担任に聞いてみたところ、朝突然学校に
  電話がかかってきて、長門さんが一身上の都合で転校すると告げられた
  らしいです。行き先は海外だとか」

オレは朝倉の転校を思い出して愕然とした。まさか、長門までが
こんなことになってしまうとは・・・
古泉もかなり動揺しているようで、普段の余裕が感じられない。

キョン「誰がそんな電話をかけたんだよ」
古泉「わかりません。・・・ただ」
キョン「なんだ?」
古泉「組織が定期的に接触を試みていたTFFI端末の多くが、同時に姿を
  消したということです」
キョン「・・・どういうことだ?」
古泉「わかりません。現在、組織が全力を挙げて調査中ですが・・・そういえば今、
  涼宮さんはどうしてますか?」

そうだ、ハルヒのことを忘れていた。もしこのことを知ったら、
どんな行動に出るかわかったもんじゃない。

キョン「授業が終わったと同時に教室を出て行った。まさか、長門のクラスを
   見に行ったんじゃ・・・」
古泉「僕が見てきましょう。キョン君は念のため、部室のほうを見てきて下さい」
キョン「わかった」

オレは急いで旧館の部室まで向かった。ドアをノックするが返事はない。
持っていたカギでドアを開けたが、中には誰もいなかった。
オレはイスを引いてゆっくりと腰をおろし、深いため息をついた。

キョン「長門・・・一体どうしちまったんだよ。どうしてなにも言わずにいなくなるんだ」

長門の親玉のせいなのか。あのクソッタレが再検討した結果、
やはり長門を処分することにしたっていうのか。
もし本当にそうなら、オレはハルヒにすべてを話さなければならない。

しかし・・・すべてを知ったハルヒはどうなるのだろうか。オレが話してしまうことは簡単だが、
アイツはこれから世界を創造する力を抱えたまま生きていかなきゃならないことになる。
もしもオレがアイツの立場だったら、そんな状況には到底耐えられないだろう。

机に突っ伏してそんなことを考えていたら、不意に部室のドアが開いた。

「あれ、キョン君だけ?・・・久しぶりね。元気してた?」

部室に入ってきた人物を見て、オレは驚愕のあまり声も出せない・・・はずだった。
しかし、オレは自分でも驚くほど冷静になっていた。

キョン「またお前か、朝倉。もう二度とお前の顔は見たくなかったぜ」
朝倉「・・・ずいぶんと嫌われたものね」
キョン「当たり前だ。去年のことを忘れたとは言わせないぞ。
   オレは2回もお前に殺されかけてるんだ」

朝倉「終わったことはもういいじゃない。それより、長門さんの話聞きたくない?」
キョン「・・・言ってみろ」
朝倉「そんなに長い話じゃないんだけどね。あなたたち長門さんのこと探してるようだけど、
  きっぱりあきらめてくれない?」
キョン「ふざけんな」
朝倉「私は真面目に言ってるつもりだけど?統合情報思念体内部で大きな変革があってね。
  長門さんはもう用済みってわけ」

キョン(こいつ!)
怒りのあまり声を荒げそうになったが、かろうじて抑えた。

キョン「どういうことだ」
朝倉「簡単に言うとね、統合情報思念体内部で主流派の割合が減って、今は穏健派が
  主流を占めてるってわけよ。かくいう私も穏健派として再構成されたの」
キョン「お前が穏健派だって?」
朝倉「そう。今は別にあなたたちとケンカをしようなんて思ってないよ。
  穏健派が主流を占める統合情報思念体にとって、大規模な時空の改変は
  望ましいものではないわ。だから涼宮ハルヒのそばに長門さんがいることは
  危険だって判断されたの」

キョン「お前らの親玉は本気でそう思っているのか?」
朝倉「そうよ。私はあなたたちがヘンな事をしないように釘を刺しにきたの。
  統合情報思念体は、長門さん以外のメンバーに手を出すことはよくないって
  判断してるから」

こいつらの親玉はとんだマヌケ野郎のようだ。長門がいなくなればオレたちが
どういう手に出るかをまったく考えていないのか。

朝倉「あなただって、世界がおかしくなることなんて望んだりしないでしょ?
  それに根暗な長門さんが一人いなくなったって誰も気にしないわよ」

キョン「お前にとってはそうかもしれんが、オレたちにとっては大事な、その、
   仲間なんだ。いなくなりましたって言われてはいそうですかって
   納得できるかよ」
朝倉「すぐ慣れるわ。なんなら長門さん似の明るい女の子のTFFI端末をこの学校に
  転校させようか?長門さんよりよっぽどSOS団のマスコットにふさわしいんじゃない?」

そう言うと朝倉はクスクスと笑いはじめた。
これ以上こいつと話していてもラチがあかないようだ。それにSOS団のマスコットは
朝比奈さんであり、長門はSOS団になくてはならない無口キャラなんだ。
まあ、そんな属性はどうでもいいがな。

キョン「お前とこれ以上話すことはない。なんなら教室へ行ってこいよ。
   オレと違ってみんな喜ぶと思うぜ」

朝倉は首をふり、

朝倉「今日の用事はこれで終わり。くれぐれもおかしなことしちゃダメだよ」

そう言うと朝倉は部室から出て行った。

朝倉が出て行った後、念のためドアを開けて廊下を確認してみるが、
すでに彼女の姿はなかった。

さて、これからどうするか。オレは再びイスに腰を下ろした。
休み時間はとっくに終了して、今は2限目の授業が始まっているはずだが
教室に戻る気にはならなかった。どうせ今の状態では
授業なんて上の空だしな。

…こうなった以上、ハルヒに本当のことを言わなければならない。

ハルヒの力で長門を救い出し、親玉を懲らしめたとして、その後はどうなる?
自分の力を自覚したハルヒは、今まで通り生きていけるだろうか。
もしかしたらハルヒの能力が封印されるような都合のいい展開があるかもしれないが、
最悪の事態だってありうる。

先のことなんて、考えてわかるようなことではない。
オレが答えの出ない問いに延々と頭を悩ませていると、再び部室のドアが開いた。

入ってきたのは・・・ハルヒだ。

ハルヒ「とっくに授業始まってるわよ」
キョン「頭が痛いから今日は早退ってことにしてくれ」
ハルヒ「有希が転校したそうね」
キョン「・・・古泉に聞いたのか」
ハルヒ「詳しいことは後で担任から聞きだすから、今はおとなしくしてほしいって
   言われたわ」

ムダな悪あがきだな。どう言いくるめたっていずれハルヒは動き出すんだ。
…まあ、アイツだってどうしていいかわからないんだろうな。

ハルヒ「アンタたち、なにか知ってるんでしょ」
キョン「オレはさっき古泉に話を聞いて初めて長門の転校を知ったんだ。
   オレだって訳がわからないんだ」
ハルヒ「ウソよ!」

ハルヒは叫んだ。

ハルヒ「古泉くんもアンタも、大事なことを隠しながらしゃべってるわ。
   私だってバカじゃないのよ。そのぐらいの事はわかるわ」
キョン「・・・・・」
ハルヒ「アンタたち、たまに私に隠れてなにかやってるわよね?」
キョン「ハルヒ・・・」
ハルヒ「知られたくないことなら無理に聞き出すのはよくないと思ってたのよ。
   でも・・・有希がいなくなったっていう時にまた隠し事?もううんざりよ!」

いつのまにかハルヒは涙目になっていた。罪悪感が容赦なくオレの心を責めたてる。
オレはハルヒが何も知らないと思っていた。まさか、オレたちがハルヒに隠れて
やっていることをうすうす感づいていたとは。

オレはハルヒを信じている。もしハルヒが自分の力に気づいたとしても、
決して世界がおかしな事になるなんてことはないはずだ。1年前のハルヒならともかく、
今ならそう断言できる。それくらいのことはわかっているつもりだ。
問題はその後なんだよ。

ハルヒは団長席に座り、オレから目を反らすように外を眺めていた。
オレはハルヒにすべてを伝えてしまいたかった。宇宙人や未来人、超能力者とその組織・・・
それをハルヒに信じさせることは簡単だ。一言こういえばいい。
『オレはジョン・スミスだ』と。

4年前の七夕、ハルヒが中1のときにすべては始まった。
オレが朝比奈さんと一緒に過去へ行き、中1のハルヒと一緒に
東中の校庭に宇宙人へのメッセージを描いたあのとき、
ハルヒに名前を聞かれたオレはそう答えた。

そのときから長門の親玉はハルヒの観察をはじめ、古泉に超能力が生まれた。
そうそう、朝比奈さんはその時代から過去へ行けなくなったって言ってたっけ。

オレは、4年前のあのときから始まる長い物語を頭の中で整理しはじめていた。
やはり話そう。すべてをハルヒに伝えてしまおう。

キョン「ハルヒ」
ハルヒ「・・・・・」

ハルヒは窓の外を見つめたままの体勢でいる。

そうだ。長門を取り戻した後はオレたち全員でハルヒを支えてやればいい。
オレはハルヒにすべてを伝える決意をした。
そのとき、タイミングがいいのか悪いのか、また部室のドアが開かれた。

古泉「キョン君、涼宮さん・・・やはりここにいましたか」
キョン「古泉、お前どうしたんだ?」
古泉「あなたたちのことが気になりましてね・・・特にキョン君」
キョン「なんだよ」

古泉は小声でオレに話しかけてきた。

古泉「涼宮さんに長門さんのことを話したんじゃないでしょうね」
キョン「これから話すつもりだ」
古泉「キョン君!」

オレは古泉の小声に合わさず、普通のトーンでそういうと
古泉は非難の声をあげた。

古泉「自分がなにをしようとしているのかわかってるんですか?」
キョン「ああ、よく理解しているつもりだ」
古泉「少し冷静になって下さい!」

オレはいたって平常な状態だ。冷静じゃないのは古泉、お前のほうだろ。
オレたちが押し問答をしていると、ハルヒが横を通り過ぎていき
部室から出ていった。

キョン「ハルヒ!待て!!」
古泉「待って下さい」

古泉は強引にオレの腕をつかんで押しとどめた。

キョン「離せ古泉!お前こそわかってるのか?このままハルヒをほっとけば、
   例の空間が加速度的に広がっていくんだぞ」
古泉「今の状況ではそのほうがマシでしょう。むしろ涼宮さんは落ち込んでいるように
  思えます。閉鎖空間を生み出すような状態ではないと思い・・」

話の途中で、オレは古泉の胸倉を掴んで引き寄せた。

キョン「アイツはな、オレたちが影でなにかやってるってことにうすうす感づいていたんだ。
   オレは好きでやってた訳じゃないが、それでも隠し事をされるってのは
   いい気分ではないだろうよ。・・・まあそんなことはいい。
   オレが言いたいのは、ハルヒは本気で長門の心配をしてるって事だ」
古泉「・・・・・」

オレは古泉の胸倉を離して一歩後ろへ下がった。

キョン「オレだってそうだ。長門が今どんな状況でいるのか、気になって頭がどうにか
   なりそうだ。お前は違うのか?」
古泉「それは・・・」

キョン「さっき朝倉がここに来たんだ」
古泉「!?」
キョン「長門の親玉の内部が穏健派に変わった、とか言ってたな。長門がハルヒのそばに
   いるのは危険なんだとさ」
古泉「それが本当なら、機関が接触していたTFEI端末の消滅も理解できますね。
  穏健派となった統合情報思念体は現状維持のための行動さえ危険だと考えているのかもしれません」
キョン「そんな事情もどうだっていいんだ。問題はどうやって長門を助けるかってことだ。
   お前、なんかいいアイディアあるか?」
古泉「それは・・・」
キョン「相手は長門の親玉だ。超能力者だって太刀打ちできないだろうな。
   未来人にだってどうにかなる相手とも思えん。オレにはなんの力もない・・・
   今の状況を変えるには、もうハルヒの力に頼るしかないんだよ」

キョン「古泉、お前に頼みがある」
古泉「・・・なんでしょう」
キョン「冬休みに鶴屋さんの別荘に行ったときゲレンデで妙な洋館に閉じ込められただろ?」
古泉「あのときのことは忘れもしませんよ」
キョン「じゃあ、あの約束も覚えているか?」

古泉「・・・長門さんがピンチになり、それを放置することが機関にとって都合のいい場合、
  僕は一度だけ機関を裏切る、ということでしたね。まさに今の状況そのものです」
キョン「ハルヒに真実を教えなきゃならんってのは想定外かもしれんが、今こそあの約束を
   果たしてほしいんだ。なんなら黙認してくれるだけでもいい」
古泉「・・・・・」
キョン「オレはこれからハルヒを探しにいく。見つけ次第部室に連れ戻して、
   それからすべてを話すつもりだ」
古泉「・・・・・」
キョン「・・・頼む」

古泉は黙ったまま立っていた。
オレは古泉を残し、部室を出てハルヒを探しに向かった。

それから、教師に見つからないようにめぼしいところを探したが
ハルヒは見つからなかった。
もしかして、学校の外へ出ていったのか。
さきほどからハルヒに電話をかけているのだがつながる様子はない。

しかたない、探しに行くか。
オレはこっそり学校を抜け出すと、長門の家、駅前の広場や喫茶店、川沿いの公園など、
ハルヒがいそうな場所を探し回った。

ここにもいない・・・か。
川沿いの公園までくるとさすがに疲れを感じ、オレはベンチに腰かけた。
今日はいい天気だな・・・そろそろ春の訪れを感じさせる風が吹いており、
心持ち暖かい。あたりを見回すと親子連れが川の中で遊んでいた。
ふと時計を見ると11時を回っている。

まさか教室に戻ってたのかな・・・ん?
まてよ、もしかしてあそこかもしれないな・・・

オレは再び、心当たりがある場所に向かって走りはじめた。
しばらく走っていたが、除々にスピードを下げて歩きだした。

ここだ。ハルヒがオレと初めて会った場所。

オレの目の前に東中の正門があった。さすがにこのまま中に入るわけにはいかないので、
学校の敷地の回りを歩いてみることにする。

…いた!ハルヒだ。体育倉庫のあたりからぼんやりとグラウンドを眺めていた。

キョン「この時間に制服姿でこんなことうろついてたら補導されるぞ」
ハルヒ「キョン?なんでここがわかったの・・・?」

キョン「それはだな・・・」
なんて説明したらいいのか、一瞬戸惑った。
オレは少し視線を泳がせ、グラウンドのほうを見てみた。
昼前の太陽の光がグラウンドに降り注いではいるが、4年前の七夕の夜の光景が
ありありとよみがえってくる。

…やはりすべてのはじまりから伝えるべきだな。
再度覚悟を決め直し、オレはハルヒと向き合った。

キョン「ハルヒ、この模様に覚えはないか?」

ポケットから古びた短冊を取り出し、ハルヒに見せる。

ハルヒ「これ・・・もしかして・・・・・」
キョン「そうだ、お前が4年前に、このグラウンドに描いた模様だ」
ハルヒ「!?・・・どうしてそれを?」

ハルヒは驚きと疑惑が混じりあった視線をオレに突き刺してくる。

キョン「4年前の七夕の夜、お前がこの模様を描くのを手伝った高校生のことを覚えているか?」
ハルヒ「まさか・・・ウソでしょ・・・・・」

オレは一呼吸して、ゆっくりとハルヒに言った。

キョン「オレがあのときのジョン・スミスだ」

ハルヒはこれまで見せたことのない驚愕の表情でオレを見つめていた。
たとえツチノコを発見したとしてもここまで驚くことはないだろう。

ハルヒ「そんな・・・だってあのときのジョンは間違いなく北高の制服を着ていたわ。
   たしかに言われてみれば、シルエットはアンタとよく似ていたけど、
   アンタがジョンだっていうなら、あのときは私と同じ中一のはず・・・」

そこまで言ってハルヒはなにかに気づいたようだ。

ハルヒ「まさかアンタが時間移動して4年前の私に会いにきたっていうの!?
   ウソよ!ありえないわそんなこと!アンタ、本物のジョンからその話を
   聞いたんでしょ!彼は今どこにいるのよ?」

ハルヒは一方的にまくしたてた。改変後の世界と違ってえらくうたぐり深いヤツである。
当然か。オレだって、私は4年前に行って過去のあなたと会ってきましたなんて言われたら
間違いなくソイツの頭を疑うだろう。朝比奈さんと会うまでは、であるが。

キョン「信じられないだろうが本当の話だ。あの日のことはよく覚えている。
   オレからしてみれば去年の夏の出来事だったが・・・とにかくオレが
   お前に声をかけたときは、お前は確か校門をよじ登って中に侵入しようと
   していたんだったよな。お前の姿はTシャツとハーフパンツ、髪はたしか、
   肩より少し長いくらい、だったかな」

キョン「お前の指示に従ってオレはこのグラウンドに白線を引いた。引き終わったら
   お前が模様に手直しをして、それからオレにある質問をしたんだったよな」
ハルヒ「・・・・・」

キョン「『宇宙人がいると思う?』だったっけ?未来人や超能力者、異世界人についても
   聞かれてたな。そのときオレはなんて答えてた?」
ハルヒ「・・・いるんじゃねーの、とか、いてもおかしくはないとか・・・異世界人には
   まだ会ったことがないって言ってたわね」
キョン「そうだったな。あの時点のオレはまさに未来人だったってわけだ」

少しだけ微笑みながらオレは答えた。正直言ってここまでハルヒがうたぐり深いとは
思っていなかったから、少し意表を突かれた感があった。
しかしハルヒは半信半疑ながらも除々にオレの話にくらいついてきている。

ハルヒ「!?・・・まさか、2回目の市内探索のときの話、あれも本当だったってこと?」

ハルヒと2人きりで閉鎖空間に閉じ込められ、そして脱出した後に行った
市内探索のとき、オレは冗談まじりに長門、朝比奈さん、古泉の正体を
ハルヒに教えてやった。あのときのハルヒは頭ごなしに否定してきたが、話の内容自体は
ちゃんと覚えてくれていたようだ。

キョン「そういうことになるな。4年前のあの日、
   オレが背負っていた女の子のことを覚えてるか?」
ハルヒ「・・・あ!?」
キョン「あれはオレと一緒に時間遡行した朝比奈さんだ。あの人に頼まれて
   オレはタイムトラベルをするはめになったんだ」
ハルヒ「そんな・・・」
キョン「お前はたしか、あの後ジョン・スミスと会うために北校生を入念に調べたんだよな。
   下校時間に校門付近で張り込んだりしたんだっけ?結局ジョン・スミスは
   見つかったのか?」

ハルヒ「・・・・・」
キョン「そんな生徒は影も形もなかった、だろ?当然だ。そのときのオレは中1だったからな」

ハルヒ「・・・じゃあ」

ハルヒが少し目を伏せながら口を開いた。

ハルヒ「あのときのメッセージ、なんて書いてあったかわかる?」
キョン「『私はここにいる』だったかな?いや『私ならここにいるから
   はやく現れなさい』だったっけ」

オレは長門の言葉と、改変後の世界のハルヒの言葉を思い出しながらそう言った。

ハルヒ「・・・なんでそこまでわかるの」
キョン「この短冊をな、長門が解読してくれたんだよ」

長門の名前を聞いたとたん、ハルヒは電撃を撃たれたように顔を上げた。

ハルヒ「有希・・・そうよね。こんなときにアンタがくだらない冗談言うわけないわよね。
   信じるわその話」
キョン「ハルヒ・・・」
ハルヒ「で、その話がどう有希とつながるの?さっきの話からすると、
   有希はタダモノじゃないってことだったわよね?」

オレとハルヒは学校まで戻りがてら、これまでのSOS団に関する話をした。
オレとハルヒ以外の団員の肩書きとその背景。朝倉涼子の転校の真相。
閉鎖空間で起きた出来事。さらにその後の不思議な出来事の数々。

気づけば学校まで戻ってきていた。オレたちは部室に戻り、話を続けた。
それからオレはハルヒの能力について、長門や古泉の見解をふまえながら
詳細に語った。

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