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 珍しく妹に叩き起こされる事なく目を覚ましたと思ったらそこは閉鎖空間だった。
 今まで散々理不尽なことに巻き込まれてきたが、こんなに酷いのは初めてだな。
 俺が見る限り、ハルヒはここ最近人が変わったんじゃないかと思うくらいにニコニコしてたぞ?
 何が不満でこんな不機嫌空間を生み出しやがったんだ。
「とぼけるのですか?」
 突然の声は、
「古泉か」
 また、赤い人間もどき。
「あなたはなんでそんなに落ち着いていられるのですか」
 不機嫌な声とは珍しいな。
「何でと言われても、なあ? ハルヒがなんでこんなことしたか分からんからな」
「なぜか分からない? 冗談でしょ? 僕が今まで聞いた中で一番面白くない冗談ですよ」
 冗談なつもりは、これっぽっちもない。
「なあ、何でそんなにカリカリしてんだよ」
「あなたは自分のした事の重大性に気付いてないのですか?」
 どうも話がかみ合わねえ。
「だから、俺が何をしたんだ? 特に大したことはしてないだろ」
 古泉が声を荒げて、
「まだとぼける気ですか!
それとも、自分は涼宮さんに気にいられてるから何をしてもいいとでも!?」
 待て待て待て待て。なんでそんなに責められなきゃいけないんだ。
 それに俺はそこまで傲慢じゃない。
「ああ……、なるほど。
自分は死んだんだから世界がどうなろうと知ったことではないと言うんですね。
あなたがそこまで腐った人だったとは……」
「待てよ。俺が……死んだ? 何のことだ」
「……」
 なんでそこで黙る。
「……ふざけてるんですか?」
「俺はまじめだ」
「……おかしい。なんでここまで話がかみ合わないんだ?」
 俺が聞きたいくらいだ。現世には全く絶望してねぇよ。
「待って下さい。あなたは今日首を吊って自殺した。そこはあってますよね?」
 何と言うか……。
「スタートから違う。俺は死ぬまでにやりたい事がまだまだあるんだ」
 古泉もどきは首をひねって、
「おかしいな。本当にあなたですか?」
 俺がお前に訊きたいくらいだ。お前の知ってる俺は本当に俺か、って。
「見た目は……、そうですね。でも中身が違う。僕の知っているあなたは常に怯えていた」
 何にだ? 消えた朝倉か?
「涼宮さんですよ」


「はい?」
 お前の目は節穴か? 俺はハルヒにうんざりした事はあれど、怯えた事はないぞ。
「やはり、別人ですね……」
 だろうな。
「僕の知る限りあなたは涼宮さんの一所有物でした。
そしてあなたはそれを嫌っていたにも関わらず何も言わなかった」
 所有物だと? 例えば?
「例えも何もありません。あれをやれと言われれば何も言わずに実行してました。
つい最近ですと着衣寒中水泳させられてましたよ。
理由は……朝比奈さんを見ていたから、でした」
「暴君だな」と、溜め息混じりに言う。
「僕もそう思いまして一度訊いてみた事があるんです。『どうして何も言わないのか』と。
そしたらあなたは『約束だからしょうがない』って言って笑いましたよ。
あんな砂漠みたいな笑い声聞いた事ありませんよ」
 どんな俺だよ。やれやれ、どうやらまた別の世界らしいな。
「……お前の推測でいい。俺がお前の記憶にある俺と違うのはなぜだ?」
「一つの可能性としては、あなたはパラレルワールドの住人で涼宮さんに呼び出された。
もう一つの可能性として、あなたはこれから始まる新世界における涼宮さんのパートナーとして
新たに作りだされた存在と考えられます」
 俺は前者の可能性を信じたいものだな。後者は救いがなさすぎる。
「それは神のみぞ知るといったところですね。仮に前者だろうとあなたには時間が残されていない。
もう、こちらの世界の八割は閉鎖空間に包まれています。あと一時間あるかないか。
それを過ぎれば涼宮さんの作り出した新たな世界が始まります」
「……長門あたりに聞けば正確な事は分かりそうだな」
 そうつぶやくと古泉はすっ頓狂な声で、
「ああ、そういえばお二人から伝言を預かってました」
 そんな大事な事を忘れるな。
「すいません。なにぶんさっきのあなたの印象が強烈でして。
それで朝比奈さんからは
『キョン君は『禁則事項』の『禁則事項』で『禁則事項』です』、だそうです」
 わけが分かりません、朝比奈さん。
「あの雰囲気からして未来の新しい罵詈雑言じゃありませんかね。
怒った朝比奈さんなんてはじめて見ましたよ。もっとも泣きながらでしたけど」
 ああ、そうかい。
「それと長門さんからは前と同じです。『パソコンの電源を入れるように』と」
 そして、古泉は消えた。
 全くどうなってやがるんだ。俺は俺のいた世界に帰るぞ。
「……とりあえず部室に行くか」


 部室に入るなりパソコンの前に座り電源を入れた。
 点滅する白いカーソル。
 YUKI.N> 見えてる?
『ああ』
 YUKI.N> 馬鹿。
 なんてこと言い出すんだ。
『待て。詳しくは何とも分からないが俺はお前たちの』
 動きだしたカーソルが俺の文章を遮る。
 YUKI.N> 知ってる。言ってみたかっただけ。
「……」
 YUKI.N> あなたが別の世界から来たかどうかはわたしには分からない。
 でも、あなたと言う存在に対して涼宮ハルヒの力が働いたのは事実。
『……どうすりゃいい?』
 YUKI.N> 何も。
『なんでだ?』
 返事がなかなか返ってこない。ようやくかえって来たと思ったら――。
 YUKI.N> さよなら。
 画面が暗転し、パソコンがOSの起動画面をうつしだす。
 俺はパソコンの電源を落として、
「……さよならってどう言うことだよ、長門」
「そのまんまよ、キョン」


 この声は何と言うか、
「ハルヒ、か?」
 怖くて振り返れない。
「そうよ。……ねえ、なんであたしに背を向けたままなの?」
 肩に触れる冷ややかな手。俺は意を決して振り向いた。
「よう」
 そこにいたのはハルヒであってハルヒにあらず、そういうのが一番適切だった。
 顔を笑顔の形に歪め、
「そんなことより、言うことあるでしょ?」
 ハルヒの白い手が俺の首元へのびる。
「……」
「なんで黙っちゃうのよ?
ほら、あたしに黙って死んじゃったじゃない、あんた。言うこと、あるでしょ?」
 首にかかったハルヒの手。少しづつ力が込められる。
「ッ……、悪かった。もうしない」
 不意にハルヒの手の力が抜けた。
「そう、それでいいのよ」
 ハルヒの顔がまともに見れねえ。どこで狂っちまったんだよ、この世界は。
「学校で岡部に話を聞かされた時は驚いたわよ」
 ハルヒは笑った。
「そのあとあたしだけ職員室に呼ばれてね、手紙を渡されたの」
 ハルヒの腐った水のように濁った目が俺を見る。
「あんたの遺書よ」
 また、ハルヒの右手が持ち上がる。
「そこに書いてあったのは一言だけ」
 ハルヒの左手が右手の後を追うように持ち上がる。
「『もう、涼宮には付き合い切れない』よ?」
 また、首に触れる。
「笑わせるわっ!」
 一気に力が込められる。目の前に星がちらつきはじめる。
「あんたがあたしのいう事をなんでも聞くっていったんでしょ!?」
「ハル……、ヒ」
 意識が飛ぶ直前、肺に空気が入って来た。
「なのに、何が……何が付き合い切れないよっ!」
 いつの間にか床にはいつくばっていた俺の髪をハルヒが掴む。
「あんた去年の五月、あたしにここで言ったわよね。
『俺がお前の言う事を全部かなえてやるから元の世界に帰ろう』って」
 なるほど、こっちの世界で俺はハルヒにあれをしなかったのか。
「なのに、あたしに付き合い切れないって……馬鹿じゃないのっ?」
 ハルヒが俺の顔を見て唇の両端を持ち上げる。
「でも、いいの。許してあげる。条件付きでね」
 ハルヒは笑顔のつもりだろうが俺にはそうは見えない。
「もう一回約束してくれたら、許してあげるわ」
 ……俺はこのハルヒとやっていけるか? 答えはノーだ。
「断る」
 ハルヒの顔が固まった。
「……なんて言ったの?」
「断る。俺はお前のものじゃない」


 ハルヒが壊れた。
「違うわ、あんたはあたしのよ。そうなの、あたしが決めたから。駄目よ……駄目なのよ」
 どこのガキだ。
「じゃあな。お前のものになるくらいなら消えてやるよ」
 俺はハルヒに背を向け部室を出ようとした。
「行かないで!」
 泣き声を無視し、ドアに手を掛けた。
「行かないで。行くな……、行くなっ!」
 怒号が響く。
 そして、扉が開かなくなった。
「くそっ」
 力任せに引いても押しても開かない。そんな俺を見てハルヒは笑っている。
「なんだ、ここはあたしの思い通りになるんじゃない! さ、キョン。こっちに来なさい」
 嫌だね、と言おうとして俺は驚愕した。床が動いてる!


「よしよし」
 ハルヒはまるで犬でも扱うように俺の頭をなでる。
 そんな俺は手錠で手と足を固定されている。こんな時に自分の力を自覚すんな。
「ねえ、キョン。約束してよ」
「断固拒否する」
「なんで? いいじゃないの、別に」
「……」
 ハルヒは溜め息を吐いて、
「しょうがないわね。あんたがその気になるまでみくるちゃんで遊ぶ事にするわ」
「いない人間で何をするって?」
 俺としては痛烈な皮肉のつもりだったんだが、
「いなければ呼べばいいじゃない」
 ハルヒが言い終わるやいなや、朝比奈さんが現れた。
「ひぃっ……」
 もはやこのハルヒは正気じゃない。いつの間にかナイフを握ってやがる。
「あんたがちゃんと約束してくれれば被害者、少なくてすむわよ」
「ぴっ……」
 朝比奈さんは気を失ったようだ。
「……もし俺が後で約束やぶったらどうなる?」
「言わなくても分かるでしょ?」
 にらみ合う俺たち。


「……あーあ。時間切れ」
 何を言っているか咄嗟にはわからなかった。
「一人目よ。ゴメンね、みくるちゃん」
「馬鹿、よせっ!」
 制止にもかかわらず飛び散る血。
「いたっ、いたいよぅ……なん、で?」
 ナイフを引き抜いたハルヒは言った。
「さあ? キョンに聞いてね」
 倒れる朝比奈さん。次いでハルヒのそばに長門が現れた。


 それからどれくらいの時が流れただろう。部屋にこもる異臭。
「これで三人よ? ……あんたも強情ね」
 俺は目を開いていたが何も見ていなかった。何も聞いていなかった。
 ただ決断するのに少し時間が掛かっただけの話だ。
「分かったよ。約束する。これからずっとお前がやれって言えば必ず……」
「良かった。さすがに妹ちゃんとかには手を出したくなかったしね」
 こいつは……。
「じゃあ、まずそれを外したげる」
 手錠が足と手から外れる。同時に俺は飛び起き、ハルヒの手からナイフを奪い――。
「……キョン、何、で?」
 俺はもうお前をハルヒと思わないってことだよ。
「馬鹿ね、あんたせっかく、生き……返れたのに」
「団員を殺す団長と暮らすよりはましさ」
「嫌、行か……ないで。約そ……」
 ハルヒが倒れたのを確認する。
 結局俺は元の世界に帰れないで終わるのか。やれやれだ。


 最後のひとときを血まみれの死体とすごすという
 最悪の終わり方を迎えようとしていた俺の人生に一筋の光明がさした。
 突然起動するパソコン。
 これは……。
 YUKI.N> 見えてる?
 まじか、まじで長門か?
『ああ。でもどうして』
 YUKI.N> あなたがいるのは私たちとは別の世界。今、古泉一樹がそちらに向かっている。
『俺は助かるのか』
 YUKI.N> そう。
 良かった。安堵すると同時に、扉が開く。
『じゃあ、またそっちで会おうな』
 YUKI.N> わかった。
「これは」
 古泉が部屋の中を見渡す。
「なかなか刺激が……」
 そういえばこの部屋には――。
「時間がありませんので、すぐ出ますよ。つかまってください」
 俺は古泉に不本意ながらつかまった。
「ちょっときついですよ。長門さん謹製の脱出プログラムですから」
 そういって古泉が目を閉じた。突然襲う立ち暗み。
 俺も思わず目を閉じ――。


 目を開けるとそこは俺の家だった。
 射して来る日差しが眩しい……って今何時だよ。昼くらいじゃないか?
 時計の方に視線をやるとそこに、
「ハル、ヒ……」
 背中を汗が伝う。こいつは、あっちの世界のハルヒだ。一目で分かる。
 なんでここに?
「ふふふ……。ねえ、キョン。約束やぶったら、どうするって言ったっけ?」
 ハルヒが俺に血まみれのナイフを見せつけた。
「ねえ、キョン……約束よ?」
FIN.
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