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「これで詰み、だな」
「おやおや…参りました。今日のあなたはことの外、お強いですね」
「いや、いつも通りだろ」

 そう、この日も涼宮ハルヒ団長閣下を始め、SOS団の面々は文芸部室でいつも通りの放課後を過ごしていた。ハルヒには悪いが、平穏無事で何よりだね。

「しかし、将棋も飽きたな。次は何か他のにしないか」
「そうですね。では久々にダイヤモンドゲームでも」

 そうして古泉が駒を片付けている間、手持ち無沙汰だった俺は何気なく部室を見回して――偶然“それ”に気付いちまったのさ。ああ、あれは単なる偶然だった。と、そう思いたいんだがなあ。

「おい、ハルヒ。ちょっとパソコンに近付き過ぎじゃないのか」
「え、そう?」

 正確には、ハルヒが顔を近付けていたのはディスプレイであってパソコンじゃないんだが、それは瑣末な相違だろう。
 俺の指摘に、朝比奈さんと古泉もハルヒの方へ顔を向ける。長門だけは相変わらずハードカバーに目線を落としたままだが、こいつはそれでも状況は理解できるわけで、まあご愛嬌だな。

「確かにキョンくんの言う通り、近頃の涼宮さんは少し猫背っぽいかも…」
「ん~、集中してるとついつい画面に見入っちゃうのよね」
「それはあまり良い事ではありませんね。視力も落ちてしまいますし、背骨の歪みは様々な体調不良をもたらすそうですよ」

 朝比奈さんに続いて古泉にもそう言われ、ハルヒは団長椅子の上で、うーっと大きく伸びをした。しかしそれでもスッキリしなかったのか、ハルヒは肩口辺りを押さえて難しい顔をしている。
 と、不意にその顔をこちらに向けたかと思うと、ハルヒは左手の人差し指の先をくいくいと曲げて、不遜に俺を手招きした。

「…なんだよ」
「なんだ、じゃないでしょ。畏れ多くも団長様の気分転換の手伝いをさせてあげようっていう、ありがたい思し召しよ。ほらキョン、さっさとこっちに来なさい」
「手伝えって、何をだ」
「ストレッチ。どうせあんたヒマでしょ?」

 正直「アホか」と一蹴してやりたかったが、よくよく考えてみるに、確かに今の俺はヒマだった。将棋の盤面を片付けた古泉は、これからダイヤモンドゲームの駒を並べ始める所で、それまで俺はやる事が無い。でもって古泉は、いかにも「よろしくお願いします」と言いたげな笑顔を俺に向けている。
 まあいい、たまには団長様のご機嫌でも取ってやろう。将棋で3連勝していた気分の良さもあり、俺は従順に席を立つ事にした。

「で、どうすりゃいいんだ?」
「手首を持って、上に引っ張って」

 そう言ってハルヒは両腕を上に伸ばす。指示のままに、俺はハルヒの座る椅子の後ろに回り、両の手首を掴んで引っ張り上げてやった。

「どうだ?」
「うーん、肩は伸びるんだけど背骨はあんまり…」
「じゃ、もう少し後ろに反らしてみるか」

 言葉通り、俺は後ろに向かって力を入れる。だが結果的に、それは椅子が後方へずり動くだけに終わった。

「椅子に座ったままじゃうまく行かないな。ハルヒ、ちょっと立ち上がってくれ。で、腕を横に…」
「あいたっ。ちょっと、ヘンな事しないでよっ!?」
「するかバカ。痛いのはずっと同じ姿勢で筋肉が強張ってるからだろ。ほら、力抜いて体を伸ばせ」

 背後からハルヒを羽交い絞めにした俺は、そのまま胸を反らせてハルヒの体を持ち上げた。
 ここから後ろに放り投げればフルネルソンスープレックスだが、もちろんそんな事はしない。つーか出来ない。俺はゲーリー・オブライトではないし、たとえ空想でもハルヒにそんな事をしたら、いったいどんな報復を受ける事か。俺はまだまだ命は惜しいつもりだ。
 ともかく宙に足が浮いた状態のハルヒを、軽く上下に揺すってやる。もちろん肩を痛めないように、ゆっくりと。始めの内はぎこちない様子だったハルヒも俺の意図を汲んで、だんだんリラックスしてきたみたいだな。

「あ、コレいいかも。背筋が伸びて、うん、いい気持ちだわ。キョンにしては上出来ね」
「へいへい、そいつはどうも」

 素っ気なく応じてはいるが、自分の工夫を褒められれば、俺だって悪い気はしない。と、ここで調子に乗っちまったのが運の尽きだったのかね。

「よし、それじゃハルヒ、こいつはサービスだ」
「へっ? ちょっとキョン、何を…」

 ハルヒが何事か言いかけた時にはもう、俺はハルヒの脚を左右に揺らし、その勢いでくるりと回転を始めていた。
 このまま上昇して宇宙まで飛び出せば廬山亢龍覇だが、もちろんそんな事はしない。つーか出来ない。俺はドラゴン紫龍ではないし、まだまだ命は惜しいつもり…って、いいかげんしつこいな。
 ともかく、俺はハルヒを抱え上げた状態のまま、その場でくるくる連続で回転してやったわけだ。

「どうだハルヒ、面白いか?」
「やっ、ちょっ…バ、バカっ! 面白いわけないじゃない! もうやめ、やめてよっ! ふあっ、目がまわる…」

 なに? 予想に反して悲鳴じみた声を上げるハルヒに、俺は慌てて回転を止め、ハルヒを床に降ろしてやった。
 すると本当に目を回していたのか、ハルヒは床にくてっとへたり込んでしまう。そして焦点の合わない瞳で、キッと俺を睨み上げた。

「こ、このバカ! バカキョン! なんでいきなりあんな事すんのよっ!?」
「いや、すまん。本当にサービスのつもりだったんだ。
 妹が小さい頃に、よくこういう遊びをやっててさ。どんなにむずがってても、『ほーら人間メリーゴーラウンドだぞー』って振り回してやると、あいつはすぐに機嫌を直してきゃらきゃら笑ってたもんだから、お前も面白がると思って…」

 頭を掻きつつそう弁解して、ハルヒに片手を差し出す。だが、む~っと唇を尖らせたハルヒは、べしっと俺の手を払いのけた。

「人を子供扱いしてんじゃないわよ、このアホキョン!
 もう、なんか興が削がれちゃったわ! 今日はこれで解散っ!」

 言うなり鞄を引っ掴むと、ハルヒはおぼつかない足取りで、左右にふらつきながら部室を飛び出して行ってしまう。なんだかなあ、と俺が半開きのままの扉を眺めていると、今度は俺の鞄が目の前に差し出された。

「…何のつもりだ、古泉?」
「差し出がましい真似をして申し訳ありません。ですが」
「ダメですよぅ、キョンくん! すぐに涼宮さんを追いかけて、家まで送ってあげてくださいっ!」

 と、古泉のセリフを掻き消す勢いで詰め寄ってきた朝比奈さんが、俺の正面で両手と共に声を震わせていた。

「涼宮さん、あんなにふらふらしてたじゃないですかっ! もし事故に遭ったりしたら…」
「あなたとしては非常に寝覚めが悪くなるのではないか、とお察しいたしますが」

 見透かしたような笑顔で、古泉がそう続ける。ちっ、俺の味方はいないのか。思わず窓辺へ視線を向けると、まるで俺の心情を見越したかのごとく長門が顔を上げた。そして。

「人間の概念で言うならば」

 無機質な黒の瞳で、長門は静かにそう述べた。

「たとえ悪気が無くとも、己の行動が起こした結果に対して、人はその責任を負うべき」

 ぐはっ、宇宙人に道徳を説かれちまった!
 ええい、分かってるよ俺だって。ただなんとなく、あいつに涙目で睨み上げられて、思わずたじろいじまっただけで…って、いたずらがバレても素直に謝れない小学生か俺は。
 くそっ。結局、無言で古泉の手から鞄を引ったくった俺は、足早に部室を後にする事となったのだった。出来うる限り「嫌々ながら仕方なく」って顔をしてたのは、意地っ張りな俺のささやかな抵抗だとでも思ってくれ。

 しかし、この歩行スピードだとその内ハルヒに追いついちまうわけで、追いついたらやっぱりあいつを無視する事など出来ないわけで、詰まる所、今日の俺はハルヒを家まで送る事を余儀なくされるんだろうな。
 ああ忌々しい。まったく忌々しい。忌々しい。



 翌朝、俺が教室へ顔を出すと、ハルヒは頬杖をついて窓の外へ顔を向けていた。その背中には、薄暗いどんよりオーラが漂っている。
 あまりこのセリフを使いたくはないんだが…やれやれ。昨日はわざわざ遠回りしてやったっていうのに、ハルヒの奴はまだ不機嫌を引きずったままだってのかよ。どうしたもんかな、とその背中を眺めながら掛けるべき言葉を考えていると、逆に俺の方が後ろから声を掛けられた。

「キョンくん、どうかしたのね?」
「ああ、阪中か。いや、別にどうも…」
「もしかして昨日、涼宮さんと何かあったのね?」

 うお? 今日の阪中はやけに鋭いな、と内心で驚いていると、向こうから勝手にそのタネ明かしをしてくれた。

「実はわたし、昨日見ちゃったのね。涼宮さんとキョンくんが、帰り道に二人で仲良く買い食いしてるとこ」

 あー、そうだったな。むくれたハルヒをなだめるために、俺は道すがらの販売車経由で、焼き芋をハルヒに献上する羽目になったのだった。もちろんあいつの事だから1個や2個で済むはずも無く、俺の財布の中身は惨憺たる有様だ。今は思い返したくもないね。

 っていうか阪中、お前はなんでそうニコニコ顔なんだ。二人で仲良く、だと? 絶対何か勘違いしてるだろ。
 確かに公園のベンチで並んで焼き芋は喰ったが、ハルヒの奴はその間ずっと「あたしは妹なんかじゃないんだから!」とか延々文句を垂れてたし、挙句には俺の食べかけの芋まで取り上げて喰っちまうわで、ちっともフレンドリーな雰囲気なんざ無かったんだぞ。


「あのなあ、阪中。俺がハルヒに声を掛けるのをためらってたのは、そういう事じゃなくてだな」
「じゃあ、どういう事だっていうのよ」

 なにっ、気配を全く感じさせずにこの俺の背後を取るとは!? って、単に俺が阪中の方に気を取られていただけだが。
 振り返って、俺は盛大に溜息を吐いた。なんだよハルヒ、そのわざと作ったようなしかめっ面は。昨日あれだけ焼き芋貪っといて、まだ足りないってのか? いいかげん機嫌直せよ。

「なあに、その言い草は。開き直っちゃって。
 いい、キョン! 今度またあんな真似したら死刑だからねっ!」
「キョンくん、何か涼宮さんを怒らせるような事したのね?」 
「いや、俺は別にそんな」
「しらばっくれるつもり!? だいたい、あんたが強引にあたしを抱き上げたのがそもそもの発端でしょ!?」

 つんざくようなハルヒの怒声に、教室の中がざわ、と揺れた。なんだよ、それじゃ俺が一方的に悪いみたいじゃないか。

「ちょっと待て、最初に『気分転換したいから手伝え』って言ってきたのはお前の方だろうが」
「いきなり背中から抱きかかえられて、ゆさゆさ揺すられるなんて思いもしなかったけどね」
「ちょ、ちょっと涼宮さん…声が大きいのね…」

 阪中があたふたとハルヒをたしなめる。まったくだ、声を荒げれば自分の主張が通るとでも思ってるのか?

「まあ、一万歩譲ってそこまでは許してあげるわ。初めは痛かったけど、だんだん気持ち良くなってきたし」
「き、気持ち良かったのね?」
「でもね、そこからがヒドいのよ! キョンの奴ったら『これはサービスだ』とか言って、あたしをぐるぐる回し始めたの! 信じられる、阪中さん!?」

 同意を求められた阪中は、やたらとおろおろしていた。ハルヒに詰め寄られて焦っているのか、その顔は茹でダコみたいに真っ赤だ。

「え、えええっ!? あのその、回すって…そ、それはキョンくんとくっついたままで…?」
「そうよ、キョンを中心にして。って言うか、くっついてなきゃ回しようがないじゃない? なに言ってんの?」
「ご、ごめんなさいなのね」

 おいおいハルヒ、今度は阪中まで吊るし上げるつもりか。ほら見ろ、教室のそこかしこで、こっちを見ながらひそひそ話の花が咲き乱れてんじゃねえか。もう少し落ち着けって。
 けれどもハルヒはやはりというか何というか、外野の事など全く気にも掛けていない様子だった。

「ホントにもう、あたしがやめてやめてって言ってんのに、キョンったら『人間メリーゴーラウンドだ』とか自慢そうにへらへら笑っててさ。
 ようやく床に降ろされた頃には、もうあたしはフラフラでまともに立つ事さえ出来なかったわよ」
「だから俺はお前を喜ばせるつもりだったんだって、何度も――」
「そっちこそ! あたしはもう子供じゃないって、いったい何度言えば分かるのよ!?」
「に、人間メリーゴーラウンド…? 悦ばせ…?
 ふぇ~、もうダメ、わたしには刺激が強すぎるのねぇ~」
「えっ、ちょっと阪中さん!? どうしたの、しっかりしなさい!」

 いや本当に、これはどうした事だろうか?

 まるで長湯にのぼせたみたいに上気した顔で、鼻血を噴きながらぶっ倒れてしまった阪中に、ハルヒも俺も慌てて駆け寄る。そうして成り行き上、二人で阪中を保健室に運ぶ事となり、俺たちの口論は棚上げになってしまったわけなのだが…。
 当事者が揃っていなくなった、その後の教室では。


「そうか、あの二人がついにねえ」
「でも、聞いた? あの涼宮さんを足腰立たなくさせたって!」
「ああ見えて、キョンくんってば意外と絶倫なのかも…」
「さすがだ、キョン! 俺は前々から只者じゃないと思ってたぜ!」

 などと尾ヒレが付きまくった憶測が錯綜していた、というのを俺が谷口や国木田から聞いたのはしばらく後の事であり、その頃には俺とハルヒは翔んだカップル(死語)としてクラス中、どころか全校にまで認知されてしまっていて、面目やら世間体やらの失われた諸々が俺の元に還ってくる事は、もう決してなかったのだった。
 ええい、みんな落ち着け! これは孔明の罠だ! ああ、絶対にそうだ…。そうに違いな…い…。

…………
………
……



 ぼんやりと薄目を開けるなり、俺は顔をしかめちまった。
 ちぇっ。どうせなら、もっと愉快な夢を選んでくれりゃいいのにな。どうして脳って奴は、思い出したくもないような事柄に限って夢に見させようとしやがるんだろうげほっ!?

「もうっ、パパったらいつまでおねむなのーっ!?
 せっかく公園に来たのに、つまんないつまんないつまんない!」

 つまんないの連呼と共に、5歳児相当の重量が俺の腹の上でバウンドする。おかげで俺は、むっくり起き上がらざるを得なかった。
 やれやれ、娘には「起こすなら起こすで、せめて優しく頼む」といつも言い含めてるんだがなぁ。ちっともさっぱり聞き入れてくれる様子が無い。この辺りは妹の小さい頃にそっくりというか、俺の家系の形質なんだろうな。でもって、全く悪びれもせずに俺を見据えるくりくりとした大きな瞳は、あいつの形質か。
 本当、見事に双方の女性的形質が遺伝したもんだ。ダーウィン先生には平伏する他ないね。


「分かった分かった、一緒に遊ぼうな。さーて、何がいい?」
「ん~っとね、ぐるぐるってやって! ぐるぐる!」

 やっぱりか。お前は本当にこれが好きだな。

 苦笑しながら俺は娘を胸に抱え上げ、芝生の上でくるくると横回転を始めた。途端に、娘はきゃらきゃら楽しそうに笑い出す。さっきまでのふくれっ面がウソのようだ。まったく、我が子ながら現金な奴だなあ。
 とか思いつつ、俺もつられてはしゃいでるんだけどさ。


「ようし、スピードアップだ!」
「きゃははははっ! パパすごいすごいっ!」
「あら、また『人間メリーゴーラウンド』? 飽きないわねえ、あんたたちも」

 唐突に、からかうような声が響く。遊ぶのに夢中になっている内に、いつの間にか妻がすぐ傍まで歩み寄って来ていた。
 いかにも呆れたような表情で、そのくせこいつは眩しいものでも見るみたいに目を細めて、俺たちを見つめている。何というか、思い出すのさえ恥ずかしい誤解から成り行きで付き合って、そのまんま結婚しちまったような俺とこいつだが、可愛い子宝にも恵まれて、今の生活は割と悪くない、かもな。

「買い物は済んだのか?」
「うん、大漁大漁! 今日の夕飯は腕によりをかけちゃうからね、せいぜい期待してなさい!」

 日頃の運動不足がたたってか、さすがに息が切れた俺に向かって、腕まくりをした妻がにぱっと自信ありげに笑う。それから妻はすっとこちらに歩み寄り、俺の腕の中の娘の、親子お揃いのリボン頭をいとおしそうに撫ぜ回した。

「あんたも良かったわね、今日はパパにたくさん遊んで貰えて」

 すると娘は、何やら不満そうに唇を尖らせてみせる。

「ぶーっ! 違うもんっ!」
「え?」

 そうして俺たちの愛娘は、100Wの笑顔でこう言い放ったのだった。

「ママったら勘違いしてるっ!
 パパが遊んでくれてるんじゃなくてぇ、あたしがパパと遊んであげてるんだからねっ!!」



大回転勘違い   おわり
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