初詣、といえば神社に行くわけだが、例えどんなに人が多くとも神社に行ってしなきゃならないようなことなんてあっという間に終わるわけで、寧ろ初詣のメインイベントはお参りやらおみくじを済ませたことの方にあるんじゃないだろうか、何て思うのは俺の妄想でもなんでもなく、きっと、この日本という国の普遍的事実の一つだろう。
 でもって普遍的事実として付け加えるのならば、この時期の神社の周りというのは、お祭りのときと同じくたくさんの屋台が並んでいたりするのが普通だ。当然、俺達がやって来た神社もその例に漏れなかった。
「さあ、次は焼きそばよ!」
「良いねえ、あたしも食べるよ!」
 ……とっくに胃袋の限界値に達しきっている俺と古泉を他所に、ハルヒと鶴屋さんは元気に全屋台制覇なんじゃないかいうくらいの勢いで次から次へと食べ物を買っては食べ、買っては食べ、ということを繰り返している。
「二人とも元気ですね」
「ああ、元気だな」
「ほらほら二人とも疲れた顔なんてしない! お正月なんだからぱーっと行きましょう、ぱーっと。あ、それともお腹が空いているの?」
「いや、そういうわけじゃないんだ」
「僕もです」
 丸っきり見当違いのことを言い出したハルヒに対して、俺と古泉は仲良く首を振った。
「ふうん。……まあいいわ、とにかく元気出していきましょう!」
 納得したのかしないのか、ハルヒが大きく手を振り上げた。
 その間鶴屋さんはと言えば、何時の間に焼きそばを食べ終えたのか、既に次の屋台の物色にかかっている。
 どうやらチョコバナナを何味にするか決めかねているらしい。普通の以外にホワイトとかイチゴとかマンゴーとかがあるみたいだからな。
 ……賭けても良い、彼女は間違いなく『全種類』を選ぶだろう。

 チョコバナナを全種類×2買い上げる客なんて、屋台のおっちゃんにとってもレアな客なんだろうな。それも細身な女性が二人だ。
「何でここにこんなものがあるんだろうな」
「さあ……、でも、食べないわけには行かないでしょうね」
 豪快に食べるハルヒと鶴屋さんに気をよくしたおっちゃんは、どういうわけかその後ろに居た俺と古泉にチョコバナナを一本ずつただで渡してくれた。
 誤用だというのを承知で言わせて貰えるのならば、ただほど高いものは無い、なんて言葉を実感するのはきっとこういうときなのだろう。
 俺達二人は、朝に食ったお節とさっきまで食わされていた屋台飯のおかげでお腹いっぱいだ。女性陣と違って俺と古泉の胃袋は正常な範囲だからな。
 しかし、このチョコバナナを食べないわけには……、これを女性陣に渡すという選択肢は、さすがに無しだろう。おっちゃんが目の前に居るしなあ。
「……食うか」
「そうですね」
 かくして俺達はため息を隠しつつ、チョコバナナを食すことになった。
 ……甘い、そして辛い。
 何で俺達、元旦からこんな目にあっているんだろうなあ……。

 チョコバナナの辺りでハルヒと鶴屋さんも食べ物に関してはそこそこ満足したのか、俺達はその後は食べ物系以外の屋台を巡ることになった。
 子供みたいだよな、何て思わないことも無いが、ここ一年くらい忙しくてまともにお祭りに来たことも無かったし、去年の正月は四人とも和服着用の上鶴屋家で畏まっていたことを考えれば、まあ、こういう正月の過ごし方も良いかって気持ちにならないこともないよな。
「あ、キョンの破れたー!」
「くそ、もう一枚だ。おっちゃん、もう一枚!」
 が、そんな穏やかかつ幸せそうな俺の気持ちは、じゃあ、四人で勝負よ! とハルヒが言い出したことにより、あっという間に吹き飛んでしまった。
「はいよ。あんちゃん、ほどほどにしておけよ」
「こっちは七つ目だねっと。おっと、次はこれだよ!」
「……一枚で四つ、まあ、こんなものでしょう。ああ、僕はこれくらいにしておきますよ」
 金魚ならぬ指人形すくいにて、俺達は盛り上がりまくっていた。
 全然上手く行かなかった俺、俺にちょっかいを出す余裕を見せつつも確実にとっていたハルヒ、危なっかしい手付きに見えつつもどんどん数を稼いでいた鶴屋さん、一人ペースを守りながらもそれでいてそつなくそれなりの数を確保した古泉。
 結果、一位ハルヒ、二位鶴屋さん、三位が古泉、俺がビリということになった。
 ちなみに勝負の癖に一人何枚使うか、つまり、金を幾ら使うかは自由という、それは財力勝負の間違いじゃないのか? という条件付だったわけだが、一体誰が一番金を使う羽目になったのかは……、聞かないでおいてほしい。

 ボールすくいの次は輪投げ、その次は射的、次は数字合わせ、と言った感じで、俺達は只管遊んでいた。遊びまくっていた。
 純粋な運が絡むもの以外の、どちらかというと勘や運動神経を要求されそうなところだと大体俺がビリって辺りが、何とも言えないよな。
 まあ、三人が三人とも俺が運動能力で勝てそうな相手じゃないから、仕方ないといえば仕方ないことなんだが。……それでも、悔しいかと訊かれれば少し悔しい。
 ハルヒほどじゃないが、俺にも子供っぽい意地だとか負けず嫌いな部分が少なからず有るってことなんだろうか。ああ、ハルヒに影響されたのかもな。
「あんた鈍っいわねえ」
「うるさい」
 ハルヒ、俺とお前じゃ基本スペックが違いすぎるんだよ。
「あはは、キョンくんったら負け続きだもんねえ。まっ、こういうのは時の運とかもあるから仕方ないっさ!」
 鶴屋さん、それじゃ励まされているのかそうじゃないのかさっぱり分からないんですが。
「まあ、楽しめたから良いじゃないですか」
 古泉、勝負ってのは勝ってこそ……、何てことをお前に言っても仕方ないような気もするんだが、こういうのはやっぱり勝った方が気持ちいいってのが普通だろうよ。
「ま、キョンが鈍いのは今に始まったことじゃないと思うけど。……あら、お面屋さんね」
 ふと、ハルヒが足を止めたのは、食べ物屋でも勝負事になりそうなことが出来るようなところでもない、ただのお面屋だった。
「へえ、懐かしいのが色々有るねえ」
 鶴屋さんがハルヒの脇からひょいと顔を出し、お面を見ながらそんなことを言った。
 そういや、結構懐かしいヒーローが並んでいるな。最近のはさっぱりだが、子供のころから活躍しているようなヒーロー達なら俺にもわかる。鶴屋さんと似たり寄ったりな表情をしているハルヒや古泉も似たようなものなんだろうか。
 ヒーロー、か。
 色々なことを思い出す単語だよなあ。
 今はまあ、そういうことを考える必要もなくなったわけだけどさ。
「おじさん、これちょうだい」
 と思ったら、ハルヒが懐かしいヒーローのお面を一枚買い上げた。
 そしてそれを自分で被るのかと思ったら、
「はい、あんたにやるわ」
 と言って俺に手渡してきた。
 ……これはどういう風の吹き回しだ?
「あんたがビリばっかだったから、その残念賞の代わりよ。ま、鈍いあんたじゃヒーローにはなれないと思うけど」
「何だよそれ」
「良いから受け取りなさい、それから、今からちゃんと被ること! あたしが買ってあげたんだからね」
 ハルヒは顔を赤くしつつ、大きな声で主張した。
「分かったよ。……ありがとな」
 ちょっとはTPOを弁えてくれという気持ちを抑えつつ、俺は一応礼を述べた。
 まあ、ハルヒに買ってもらったっていう事実に間違いは無いからな。残念賞ってのがちょっとひっかかるところだけどさ。
「分かればよろしい!」
 ハルヒはぱっと顔を輝かせると、大きく手を振り上げた。
 何か、幸せそうな笑顔だよなあ。
 でもって俺は、ハルヒがそんな顔をしてくれるなら、勝負に負けたことも、残念賞のことも、これからこのお面を被って歩かなきゃならないことも、まあ、水に流してもいいかな、なんて気に……、いや、最後だけは流しちゃまずい気もするんだが。

 かくして俺は、懐かしいヒーローのお面を被りつつ道を歩く羽目になった。斜めに被ることも許されず、顔を覆う形でだ。
 歩きにくいし、何より恥ずかしい。
 普通に考えたらこんな俺と一緒に居るのだって恥ずかしいと思うものなんじゃないか? と思うのだが、首謀者であるハルヒも、着いて来る二人にも、その理屈は通用しないらしい。
 お前らなあ。
「あー、今日は楽しかったわ」
「そうだねえ、久しぶりに思いっきり遊んだ気がするよ」
「僕も同感ですよ」
「……まあ、そうだな」
 お前ら全員子供かと言いたい気持ちを抑えつつ、俺も楽しんでいたこと自体に間違いは無かったわけなので、一応の同意を示してやった。
 まあ、お面を被ったままじゃ間抜け極まりないわけだけどな。
「あっ、そうだ、帰ったら双六があるんだったわ!」
 双六?
「そう、今年は古泉くんと鶴屋さんの共同製作よ!」
 ハルヒが答え、古泉と鶴屋さんが良い感じの笑顔になる。いや、この二人は普段から笑っていることが多いんだが……。そういう意味の笑顔とは、ちょっと質が違う。
「おっもしろいのを作ったつもりだかんねー。全力で楽しんでおくれよ!」
「もっちろん!」
 未だに元気有りまくりのような鶴屋さんの言葉に、ハルヒが全力で応じる。
 二人とも元気だよなあ……、まあ、元気なのは悪いことじゃないけどさ。
 しかし双六か。古泉や鶴屋さんの考える『面白い』の部分に一抹の不安を感じなくも無いような……、まあ、そんなに心配しなくても良いか。 
 どうせ双六をやるのは家の中、何か大恥をかくような羽目になったとしてもそれを知ることになるのは気心の知れたここに居る三人だけだし、三日まで丸々休みだから遊び疲れて倒れたって大した問題にもならない。
 だから今日は、全力で付き合ってやるさ。
 ハルヒもまだまだ元気を持て余しているみたいだしな。


 終わり 


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