これはいかん、眠れん。
 俺は今、SOS団の冬合宿と称した温泉旅行に来ている。
 去年はいろいろと大変だったから、今年はゆっくりとした合宿にするという、ハルヒらしからぬ提案でそうなった。
 まぁどうせ何かがあるだろうと思って、構えて待っていたのだが……本当にゆっくりしただけだった。
 おかげで全然疲れも無くて、エネルギーを持て余してしまった俺は眠れないわけだ。……少し楽しみだったんだがな、サプライズが。
 すでに1時を回っている。古泉も寝ているし、別室の三人も寝ているだろう。
 しょうがないから一日中焚きっぱなしの露天風呂でも行くか。
 今夜は冷えると言っていたし、上手くいけば綺麗な景色や星が見れるかもしれん。
 どうせ何もないならとことんリフレッシュしてやる。
 古泉を起こさないように準備をして、ゆっくりと部屋を出て行った。
 さすがにこの時間になると不気味なくらい静かだ。
 こんな時こそ探索したら何か出るんじゃないか? ……いや、今更言ってもな。
 結構部屋から離れている風呂。チョロチョロと窓から覗く景色は綺麗そのものだった。
 空から降り注ぐ月明りと星明かりが、辺りを化粧している雪を照らして輝く。
 みんなにも見せてやりたいくらいだ。
 そんな景色や、旅館の中を見回しながら風呂まで行くと、俺の視界にある人物が入ってきた。……何してやがるんだ、あの野郎。
 おい、ハルヒ。こんな時間にこんな場所で何してる。まさか夢遊病とか言い出すんじゃないだろうな?
「うわわわっ! キョ、キョン!? あんたこそ何してんのよ!」
 そんなに慌てなくてもいいだろう? 眠れないから風呂に入りに来ただけだ。
「あら、あんたもなの? あたしもなんだか眠れなくて……」
 そうか。じゃあゆっくりと風呂でリラックスして明日に備えろよ。
 俺は足早に脱衣場へと駆け込んだ。
 特に話は無いし、ハルヒにいろいろ言われるのも面倒だしな。
 
 
 浴衣を脱いで、解放感溢れる格好になったらすぐに露天風呂へのドアを開けた。
 ……って寒っ! 早くつからないと凍死体になっちまう!
 俺は、子どもがはしゃぐ要領で勢いよく風呂に飛び込んだ。
 ふぃ~……誰もいないっていいな。体の芯まで暖まり、心の芯までリラックス出来るぜ。
 露天風呂の周りの雪化粧されている木々を見ながら一人でたそがれていると、ドアが開く音が聞こえ、その後、ヒタヒタと足音が聞こえてきた。
 こんな時間に俺以外にも風呂に来るやつがいるのか……ついてないな。
 視線を上にやり、星と月の光を眺めた。
 冷たい空気の中では、より一層綺麗に見える。なんとも幻想的で神秘的な景色だ。
「あんたが風景眺めるなんて珍しいわね。空に何かあるの?」
 あぁ、たまにはそんなセンチな気分にもなるん……っておい。ちょっと待て。
 俺が視線を横にずらすと、白い肌を長タオルで隠して風呂につかっているハルヒが居た。
 ここは男湯だぞ? 何故ここにいる?
「一人で入っても味気ないじゃない? 喜びなさいよ、このあたしと混浴なんてなかなかないわよ」
 こいつはバカだ。俺の伝えようとしていることが伝わっていないのか?
 あのな、ハルヒ。客は俺達だけじゃないんだ。誰か入ってきたらどうするんだ。
「誰も来やしないし、気にもしないわよ。……それよりさ、綺麗だよね?」
 ハルヒが少し距離を詰めて、空を指さした。
 そこには、住んでる町では絶対に見られないような輝きを放つ北極星があった。
「人ってさ、若い時、好きなことをできる内だけが輝いてるんだと思うの」
 北極星を見上げたままハルヒは自分の考えを語りだした。いつもなら軽く聞き流すのだが、今日は何故か耳を傾けてしまう。
 そして、ハルヒはこっちを向いて、湯につけている俺の手を取って微笑みながら口を開いた。
「キョンから見て、あたしはさ、今……輝いてる?」
 
 ―――ドクン。―――
 
 ……なんだ、今の鼓動は。……それより、俺は何をしている。 
 何故こんなことをしている?
 ………………っはぁ。
「っはぁ……はぁ……キョ、キョ……ン?」
 何でこんな近くにハルヒの顔がある? 何故二人とも呼吸が乱れている?
 ……違う。認めやがれ、くそったれ。自分のやったことを認めろ。
 
 俺は、ハルヒにキスをした。それも、強引に。
 
「キョン……あ、あたし……」
 すまん。忘れてくれ。
 風呂から飛び出し、走って脱衣場に戻った。
 急いで体を拭きながらも、呼吸の乱れが治らない。急げ、ハルヒが来る前に部屋に戻れ。
 体の拭き方が中途半端で、浴衣が張り付き上手く着れない。……何やってんだよ。
 逃げ出すように部屋に戻り、布団にくるまった。
 なんだ今のは。誰の仕業だ? 俺の意思だったのか?
 悩みに悩む。気持ち悪い空間から抜け出すためでもないのにキスをしただと? しかも俺から。
 意味がわからん。恥ずい。死にてぇ。
 ……しかし、あの時のハルヒの顔は一枚絵のように頭に焼き付いている。
 月光、星光。それを反射する積雪。それらが一点に集まったような感じだった。
 神秘的で、幻想的。その感想がハルヒに乗り移ったかのようだった。
 ……なんてな。そんなこと考えてどうする。明日は起きたら謝ろう。
 運がよければ罰金くらいで済むはず。……食事代が高くないことを祈るか。
 目を瞑り、気持ちを落ち着けた……。
 
 
 ははは、かっこわりぃ。結局、一睡も出来なかったぜ……。
 6時くらいに布団を抜け出し、顔を洗った。
 鏡に映った冴えない面のバカ野郎。思いっきり殴り飛ばしてやりたいね。
「おや、お早いですね?」
 ……お前こそ早いな。いつも早起きか?
「まさか。こんなにゆっくりと休んだのは久しぶりですよ。非常にゆっくり出来ましたよ」
 そりゃよかったな。
 答えるとすぐに熱い茶を淹れた。もちろん一杯だけ。
 口から体内へ、熱い液体が流れ込む。とりあえず心を休ませろ。
 部屋に備え付けの将棋をゆっくりと古泉と指していると、食事の準備ができたと伝えられた。
 食事は全員でとることになっている。
 男の方が先に来たらしく、しばらく座布団の上で座って待っていると、三人が揃ってやって来た。
 どうやら朝からガツガツ食う奴はいないらしく、非常にゆったりとした朝食をとっていた。……んだけどな。
 問題はここから、ハルヒが夜の話をしようとした時だった。
「ねぇ、キョン。きの「古泉、醤油取ってくれ」
 ……何故遮った。ちょこっと話をして謝れば済むだろう?
「ちょっと、キョ「朝比奈さん。おかわりもらえますか?」
 ……何故だ? どうしても遮ってしまう。
 それどころか、俺の目の前に位置取るこいつの顔をまともに見れない。
 自分の分の食事を掻き込むと、逃げるように部屋へ戻った。
 夜の、風呂から帰る時のようなスピードで。
 なんだよ、これ? まともに顔も見れないし話も出来やしねえ。
 ハルヒの体の一部が見えたり、声が聞こえたりすると、夜のあのシーンが脳内でフラッシュバックされる。
 ……たぶん、今、顔真っ赤だな。
 あのシーンが頭に出て来る度に、鼓動が大きくなる。顔が熱くなる。
 まさか、俺は朝比奈さんの笑顔ではなく、ハルヒの笑顔にクラッと来てるのか?
 おいおい、頼むぞ。なんだって俺があいつに惹かれる?
 こんなこと谷口にでもバレたらバカ笑いでからかわれてしまう。
 自分に嫌気がさすぜ……やれやれ。
 ともかくだ、ハルヒに昨日のことを謝らないと始まらない。さ~て、どうするべきか……。
 そう考えていると、ドアがノックされた。
 古泉はノックしないし……朝比奈さんか?
 どうぞ。
 ……参ったね。予想に反して、入って来たのはハルヒだった。
 何故予想に反してかって? そりゃこいつがノックして入って来るなんて有り得ないからさ。
「……なんで避けるのよ」
 わ、わからん。わからんから困っている。
 と答えながらも、俺の視線はハルヒを外していた。
「なによそれ。あ、あんなことしたのはあんたじゃない!」
 しかし、何故あんなことをしたかすらわからないから、さらにわからなくなる。
 黙ったまま窓の外を見ていたら、ハルヒに頬を挟まれて睨まれた。
「人と話す時は目を見て話しなさい!」
 バカ、近いって。……あんまり近付くと心臓の音が聞こえるだろ、離れろ。
 ……と言いたかった。言いたかったが、口から言葉が出ない。
 頭がボーッとする。呼吸だけが早くなる。唇が空回りする。
 どうしたんだよ、俺の体は……。
 
 
 目が覚めると、ハルヒに見下ろされていた。
 
「キョン! あんた昨日ちゃんと体拭いたの!? すごい熱よ!」
 どうやら俺は、ハルヒと睨めっこをしたまま寝たらしい。なんて都合のいい体だ。
 あぁ、悪い。もう大丈夫だ。今日はどこに連れてってくれるんだ?
「……三人には好きなように出かけていいって言ったわ。あんたはあたしとお留守番よ」
 なんということだ。古泉の奴め、両手に花じゃねーか。帰ってきたらとりあえず殴ってやる。
「さ、話を元に戻しましょう」
 あぁ、完全に忘れてたぜ。よく考えると、今は普通にハルヒと喋れてるし、顔も見れる。
 ……で、意識した今、またハルヒの顔を見れなくなった。
 しかし、上から見下ろされる立場の俺は、視線を逸らすことすら出来ないわけだ。
 まぁ……なんだ、その……悪かった。
「……なんで謝ってるのよ」
 いや、だからいきなりあんなことしちまって……。そんなつもりは全然なかったんだ。
 ハルヒは顔色を変えた。なんか……怒ってる?
「あんた……今なんて言った?」
 だから、いきなりあんなことして悪か……「その後よ!」
 ……そんなつもりは全然なかったってやつか?
 表情が怒りから哀しみに変わった。……哀しみだと?
 何故こいつが哀しむ必要がある? 有り得ない。
 そのとき、俺の顔に水滴が落ちて来た。……ハルヒが涙を流していた。
「……もう知らないっ! 一人で熱で苦しんどけっ!」
 走って部屋から出るハルヒを追いかけた。やべぇ……頭痛ぇ。
 旅館の玄関を出る頃には、もう10メートル程差がついていた。
 速すぎるんだよ、ちくしょう!
 階段を一段飛ばしで降りる……ズルッ。
 ……………………。
 
 見事に足を滑らせた俺は、草木の中に見事に突っ込んだ。雪が衝撃を和らげてくれたのが不幸中の幸いか。
「キョン! 何してんのよ、バカ!」
 ハルヒが走って戻ってくる音が聞こえる。根は優しいんだよ、こいつは。
 しかし、熱を出しながらもそんなに着込んでない状態で雪にダイブは効くぜ……。
 あぁ、世界が回る。もうダメかもわからん。
「なんで追っかけて来るのよ! 寝ときなさいよ、病人なら! しかもこんな薄着で……」
 バカ、追っかけさせたのはお前だろ。……それより、すまん。もうダメだ。
 ハルヒに体を預け、俺の意識は飛んだ。
 まったく……よく意識が飛ぶ日だな。やれやれ。
 
 
 またもや、目が覚める。やっぱり頭は重……くない?
「キョン、調子はどう?」
 ハルヒが俺の顔を見ながら心配そうに聞いてきた。
 すこぶる快調だ。何故かわからんが完全に治ったようだな。
「それはよかったわ。有希が持ってきてくれた薬が効いたみたいね」
 あぁ、そういうことか。長門が何かしら入った薬を作り、それをハルヒに渡したのだろう。
 それならこの効果のありようも納得だ。
 体を起こし、肩や首をグルグルと回す。……うむ、健康そのものだ。
 ところで……なんでいきなり逃げ出したか聞いていいか?
 ハルヒは一瞬だけ顔をしかめたが、すぐに口を開いた。
「あたし……初めてで、すっごくうれしかったのに……。
あんたが、あんたが『忘れろ』とか、『そんなつもりは全然なかった』とか……言ったから……。
ひくっ……返せ……あたしのうれしかった気持ち返してよぉ……ひぐっ……」
 初めて見るハルヒの女らしい仕草は、顔を伏せて肩を震わせ、涙を流している姿だった。
 
 かなり不謹慎だが、俺はその姿を見て、こんな女らしい一面もあるんだなと思ってしまった。
 いや、女らしいっていうのは俺の独断と偏見による見方だがな。
 俺は泣き出したハルヒに何も出来ず、ただ見続けていた。
 自分が最低なのはわかっている。だからと言って、俺にどんな言葉をかけろと言うんだ?
 古泉がいるなら『好きだ』と言ってくださいとか言うんだろうがな。
 だけどな、正直な気持ちがわからないんだ。ハルヒには好意を持っている。
 しかしどこまでの好意なのかがわからない。恋愛対象としてなのか、友達としてなのか……。
 自分の思考の迷路を辿っていると、ハルヒの出した、蚊のなくような小さな声が聞こえた。
「……あたしが泣いてても、何も声かけてくれないの? ……バカキョン……」
 すまん。……すまん。
 あぁ、何でだろうな。俺の目から汗が吹き出してきやがった。
「キョン……」
 俺に言えることはこれしかない。ダメな俺を責めて構わない……すまん。
「ふふふ……あんたって本当にダメね。こんな時は嘘でもいいから『好き』って言ってくれればいいのに……」
 ……不器用なんだよ、俺はな。
「ほんっと不器用。それで鈍感で、ついでにバカね」
 言い過ぎじゃないか? 終いにゃ泣くぞ。……もう泣いてるけどな。
 『バッカみたい』と笑いながら言われた後、ハルヒは自分の部屋に戻った。
 たぶん入れ替わりで古泉が戻ってくるだろう。
 その前に顔洗っとかないとな。泣いたなんて知れたら恥ずかしすぎる。
 顔を洗い終えた後、しばらく待っていると、ゆっくりとドアが開いた。
 
 待ってたぞ、こいず……み……?
 予想外なことに、ドアを開けて立っていたのは、SOS団の読書要員宇宙人、長門有希だった。
 長門、いきなりどうしたんだ? ……あぁ、薬の件は助かったぜ。
「いい。それより、あなたは……」
 まさか、こいつからこんな言葉が出るとは思わなかったぜ。
「わたしと卓球をするべき」
 何を考えてるんだろうね、この宇宙人は。
 
 
 壮絶なラリーの応酬、左右に走り回る俺。一歩も動かずに打ち分ける長門。
 ……いじめか、いじめなんだな?
「違う」
 こいつが能動的に腕を振っているのを見るのは珍しいことだが、その代償が体力とは割に合わん。
 わけのわからん情報パワーが発動してるのは間違いないがな。
 約30分程打ち合い、俺がぶっ倒れたところで卓球は終了した。
 汗まみれだし、腕も足も痛ぇ。
 はぁ、はぁ……な、長門。何の意味があったんだ、これ?
「……わたしの趣味」
 おい。
「……冗談」
 真顔で冗談を言うな。本気に見えるから。
「……そう。本当は、あなたのストレス発散。動くことで頭を空っぽにして欲しかった」
 あぁ、そうか。みんな俺を心配してくれてるんだな。ハルヒに対して答えを出せない俺を……な。
「汗をかいたから、次はお風呂で流してくるといい」
 そうするよ。……ありがとな、長門。
「……いい。上がったらちゃんと体を拭いて」
 長門に気遣いを受けながら、俺は風呂へと向かった。
 ……待ち構えてるのは古泉だろうな。かなり嫌な気分だが。
 しかしながら、汗がベタベタして気持ち悪い。しょうがないから俺は一目散に風呂に向かい、ドアを開けた。
 ……誰もいない? まさか古泉は露天風呂の方に構えていたとかか?
 多少の疑問を感じながらも、俺は体を洗い、湯船につかった。
 人がいないのは夜と一緒だが、上を見上げても、もちろん空は無く、天井だけが俺の目に映った。
 ……あいつは今、部屋で何してるかな?
「キョ~ンく~ん!」
 壁一つ隔てた向こうから、かわいらしい声が聞こえてきた。待ち構えてたのは朝比奈さんだったか。
 俺は湯船の、壁に一番近い方に位置を変えた。
 聞こえてますよ、朝比奈さん。
「あの、騙してお風呂に連れて来ちゃったみたいになってごめんなさい! わたしと長門さんはキョンくんの為を思って……」
 わかってますよ。大丈夫です。
「よかったぁ。そ、それでですね、涼宮さんのことなんだけど……」
 この話題も予想していた。……が、俺は何を言われるのだろうか? 大体わかってはいるんだが……。
「どんな結果になってもいいから、自分の気持ちをはっきりとしてから涼宮さんに伝えてくださいっ!」
 ……正直、驚いた。土下座で謝って、『好きだ』と言えとでも言われるかと思っていたからな。
 さらに、朝比奈さんは続けて言葉をだした。
「あ、でも! ……わたしはキョンくんと涼宮さんは付き合って欲しいな」
 ……それは、未来のためですか?
「ば、馬鹿にしないで! わたしだって大好きな友達には幸せになって欲しいんですっ!
 これは、《朝比奈みくる》個人の気持ちですっ!」
 わかっていた。朝比奈さんは心からそう思っていることを。
 少しだけ遊んでみただけなんだが、まさかここまで怒るとはな。
 冗談ですよ。俺は朝比奈さんをはじめ、みんなを信頼してますから。
「ふえっ! ご、ごめんなさい! つい熱くなっちゃった……恥ずかしいよぅ……」
 恥ずかしがってる朝比奈さんが想像出来るぜ。……言っておくが、裸を想像したわけじゃないからな。
 結構な時間、話をして、のぼせる直前に風呂から上がった。
 ……やっぱりか。
 脱衣場には古泉が待ち構えていた。
「あなたの心は決まりましたか?」
 ……さぁな。だが、一つだけは言える。ハルヒと二人で話がしたい。
「……そうですか。わかりました、夜の食事の後に二人で話が出来るように取り計らっておきますよ」
 まったく、頼りになる奴だぜ。嫌味なくらいにな。
 着替えを済ませると、部屋に戻り、窓の外を眺めた。
 相変わらずの白い世界が、心を落ち着かせる。
 夜……か、長いな。
 
 
 かなり美味い夕飯を腹一杯に堪能して、合宿最後の夜を迎えた。
 俺は自分の部屋で一人、ハルヒを待っていた。
 もちろん、窓の外の景色を見ながら、まだ固まっていない想いを考えながらだ。
 満面の笑顔や、不機嫌な顔、初めて見た泣き顔……そして、深夜の露天風呂に見た、神秘的で幻想的な微笑み。
 いろんな顔を浮かべるハルヒが脳裏に浮かんだ。
 よくここまで覚えてるよな、脳年齢も意外に若いかもしれん。
 などと冗談混じりに考えていると、ノックを経て、ドアを開けてハルヒが入ってきた。
「……来たわよ」
 あぁ。まぁとりあえず座って茶でも飲んでくれ。
 目の前で淹れた茶を置いてやった。味は朝比奈さんの足下にも及びやしないだろうがな。
「まずまずね」
 俺の淹れた茶を一口飲むとそんな感想をくれた。美味く淹れたつもりはないから構わないが。
 さて、問題はハルヒに何を伝えるために二人になったのかだ。
 頭の中はぐちゃぐちゃで使い物にならん。それなら、口から出た言葉が俺の気持ちじゃないのか?
 何せ、俺は自他共に認める不器用人間だからな。
 ……まぁ、本当は自分の気持ちだってわかってるつもりだ。
 とりあえず、俺の口が発する意見を聞いてやろうじゃないか。
「ハルヒ、よく聞け。夜に風呂でやったことについて謝るのはやめた。
 俺は不器用だから単刀直入に言うぞ。あの行為こそが俺の本当の気持ちだと受け取ってくれ」
 ……ほらな。絶対に俺の口ならそう言うと思っていたぜ。
 まぁ、自分の口だから当たり前なんだが。
「「……………………」」
 二人の間にしばらくの沈黙が流れた。
 気まずさに耐えかねて、俺が口を開こうと思った時に、ハルヒが喋りだした。
「……やっぱりお茶、不味い。なんか……しょっぱい」
 しょっぱい? そんなことは無……
 俺は言葉を止めた。どんなに鈍感でも、これくらいはわかるさ。ハルヒが泣いてるってことくらいな。
 悪い。ちょっと淹れ方間違えたみたいだ。……バカだからな。
「ふふ……ぐすっ、ほんっとバカね。バカキョン……大好きっ!」
 ハルヒはこれ以上ないくらいの勢いで俺に抱き付いてきた。
 もちろん受け止めるだけの力は俺には無く、後ろに倒れこんだわけだが。
「大好き大好き大好きっ!」
 いや、ハルヒ。そんなに言われたら恥ずかしいんだが……。
「うるさいっ! だって、うれしいもんはうれしいんだからしょうがないじゃないっ!」
 俺もうれしい。……が、ハルヒが落ち着くまではうれしがるのは無しだ。
 ……何故かって?
 そりゃあ、ハルヒのうれしがる顔を見逃すのはもったいないからさ。
 記憶に残るハルヒの表情達の一ページにしっかりと刻み込みたいんだよ。
「あぁっ、もう! ニヤニヤが止まらない!」
 ハルヒは、SOS団を思いついた時より、朝比奈さんで遊んでいる時よりも良い顔をしていた。
 しかしだ、このまま抱き付かれたまま喜ばれ続けても困るよな。収集がつかないから。
 おい、ハルヒ。そろそろ離れろ。
「やだ」
 ……だだっ子か、お前は。無理矢理に離されたいか?
「それは……やだ」
 やだやだって、こいつは精神年齢が低くなったのか? まるで、新しく買ってもらったおもちゃを離さない子どもだ。
「……ごめん。やっぱり離すから、そんなに困った顔しないで」
 いつの間にか表情に出ていたらしい。ハルヒはあっさりと離してくれた。
 ……こいつ、根は甘えん坊か? ツンデレのツンだけがきっちり抜け落ちたみたいだ。
 まぁ、どうせ他の奴等の前じゃ元通りになるんだ。俺と二人の時くらいこんなになっても構わないか。
 俺だけが知ってる、ハルヒの意外な一面だ。
「ん~……」
 ……おい、それは何の真似だ。
 ハルヒは、俺に向かって唇を突き出し、目を瞑っていた。
「決まってるじゃない、キスよ。一回やったんだし、別にいいじゃない」
 それを言われると言い返せないな。……やれやれ。
 恥ずかしいから頬にちょこっと唇をつけてやった。
「ちょ、ちょっと……」
 ハルヒに赤い顔を見られたくない一心で、俺は古泉達を呼びに部屋を出た。くそ、羞恥プレイは専門外だ。
「どこ行くのよ、待ちなさいっ!」
 予想通り追いかけてきやがった。追いかけて来るのは構わないが、せめて部屋の戸締まりはしてくれよ。
 ……まぁ、いい合宿だったよな。疲れも取れたし、一騒動あったり、風邪もひいたりしたが楽しかった。
 そして何より、ハルヒと付き合えた。
 
 よくよく考えると幸せ極まりないな。こんなに愛されてるとは思いもしなかったし。
 どれもこれもハルヒのおかげか。それならお礼の一つくらい……いいか。
「ぅぶっ! きゅ、急に止まるなっ!」
 立ち止まって、ハルヒを全身で受け止めた。柔らかい髪からいい匂いがした。
 ハルヒ、ありがとう。俺は幸せ者だよ。
 そう伝え、今度は唇同士を合わせた。
 ハルヒの表情はわからない、目を瞑ったからな。
 それにしても俺は不意打ちのキスが多いな。閉鎖空間といい、風呂の中といい、今といい……。
 ゆっくりと唇を外す。ハルヒの表情は……。
「バカキョン……最低ね」
 口では悪態をついてもわかるぜ。それは《幸せ》の表情だろ?
 ほら、口の端がひくついてやがる。そろそろ見せてくれるんだろ? 俺の大好きな笑顔をさ。
「キョンのくせに、あたしを出し抜くなんて……死刑なんだからっ!」
 ほらな、言った通りだ。
 あぁ、死刑でも何でも来いよ。俺はお前の……《彼氏》として何でもしてやるよ。
 
 
 こうして、冬合宿は終わった。
 やっぱり二人じゃない時のハルヒは今まで通りで、デートなどの時は多少甘えん坊になる。
 よく考えると、キャラを使い分けれるハルヒの器用さに脱帽してしまう。
 まぁ、不機嫌なハルヒも、ご機嫌なハルヒも、俺の大好きなハルヒには変わりないわけだが。
「キョン! 何ボーッとしてんのよ!」
 あぁ、そうだった。俺は今、ここ一番の寒い日に街中を歩いている最中だ。
 特に何をやるわけでもなく、ただ色々な店を回る、普通のデートだ。
 寒い中を歩き、面白そうな店や、気に入った物が置いてある店があったら入る。
 こんな行き当たりばったり感が俺達には似合ってるからな。
 店を出て、二人で手を繋ぎながらフラフラ歩いていると、空から雪が降ってきた。
 こんだけ寒けりゃ、雪も降りたくなるよな。
「あ、思いだした」
 いきなりどうした、何を思いだした?
「あたし達、今、好きなことやってるわよね? 好きな人とデートっていう」
 ……あぁ、そうだぞ。ただの惚気か?
 ハルヒは膨れっ面を作って答えた。
「違うわよ。……いまから質問するからちゃんと答えてね?」
 まったく何なんだよ……。答えてやるから早く言え。
「温泉でさ、『若い時、好きなことをできる内が輝いてる』って言ったわよね?」
 言ったな。その後に俺が無理矢理にお前の唇を奪ったんだよな。……恥ずい、消し去りたい思い出だ。
「こうやって、舞い降りながら輝く雪で思いだしたのよ。……あんたは輝いてるわ、すっごく」
 そりゃ、ありがとうよ。
 ハルヒの周りの空気が、だんだん神秘的、幻想的に変わっていく気がした。
 まるで、あの温泉の時のように……。
「じゃあ、質問いくわよ。 キョンから見て、あたしはさ、今……輝いてる?」
 あの日と何も変わらないハルヒの表情がそこにあった。
 舞い降りる雪を見上げ、輝く景色を見渡した。
 俺はあの日、答えの出せなかった俺じゃない。答えはもう見つかった。
 さぁ、言ってやろうじゃないか。あの時に言えなかった言葉を。
「輝いてるぜ、ハルヒ。この舞い降りる雪より、世界中のどんな物よりも……な」
 やっと聞けた答えに、ハルヒは満足そうに笑った。
 つられて俺も笑い、そのままハルヒを抱き寄せた。
 街中? 関係ない。誰が見てようが構いやしない。
 ハルヒに、あの日のキスとは完全に意味合いの違うキスをした。
 《愛してる》という答えの出たキスを。
 
 後はハルヒからの感想の言葉を聞くだけだ。怒られようが、褒められようが、全て受け入れてやる。
 なぜなら俺は……ハルヒの彼氏だからな。
 ハルヒ、俺の答えに対する感想は?
 心の奥底から暖まるような笑顔を見せられながら、答えが返ってきた。
「100点満点よ! キョン、大好き!」
 
 
おわり

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